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憂鬱な転生【カノンの場合】
7.赤い髪の彼女
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図書室に向かって、廊下を並んで歩き始めた。
時雨は言葉が少し乱暴で、ぶっきらぼうな態度をとるけれど、こうして歩調を合わせて歩いてくれている。
カノンは隣を歩く時雨の姿を、チラリと仰ぎ見る。その耳たぶの銀色のピアスが、校庭に面した窓から射す、西に傾いた陽の光に鈍く反射するのが見えた。
カノンは時雨のような、ピアスをしている目つきが鋭い美形だなんて、絶対元々の自分なら話しかけたりなんてできなかったな、と思った。
例え同じ学校にいたとしても、地味な自分が彼の視界に入ることもおこがましい。視線を合わさないように、遠巻きに見るだけで精いっぱいだったはずだ。
時雨とは何度も話しているが、今でも緊張は抜けきらない。こうして並んで歩いている今も、カノンは手に汗を握っていた。
当然といえば当然だが、ゲームの中の会話は日常会話の一部分を切り取ったものにすぎないから、実際のやりとりは気が抜けなくて緊張してしまう。
――私が人と深く関わった経験がないから、複雑に考えてしまうだけかもしれないけれど。
そう思って、内心苦笑する。
「……そういや、舞宮のおやじさん亡くなってたんだってな……大変だったんだな」
「あぁ……、うん。時雨くんが引っ越してすぐ、かな。病気で倒れて、ね。もうすぐ10年かなー。うちのママもすっかりシングルマザーが板についてるよ」
父親が亡くなった時は、本当に寝食すらままならない、抜け殻のようになっていた母親。
今その様子を思い出すと、カノンがいなかったら、後を追っていたかもしれない、とそう思う。
カノンの父親は大学生の時に塾の講師のアルバイトをしていた。その塾に通っていた中学生の母親と大恋愛をして、長い年月を経てやっと結ばれた二人だったと聞いている。
それこそ、父親のものは全てをクローゼットに仕舞い込まないと前に進めない、そんな時期があの朗らかな母親にもあった。
「そんなの板につくとかって問題じゃねぇだろ。今度線香あげに行かせてもらうわ」
「ありがとう。……昔、お互いの家族で一緒にキャンプとか行ったよねぇ。川で釣りとかしてさ」
「あぁ、あったな。舞宮んとこのおやじさん釣り上手だったよな」
「そうだったねぇ。……あ、まだ時雨くん釣りとかする? 釣竿…、うーんとロッド? 残ってるから、もし使うならもらってくれると嬉しいな」
カノンの言葉に、時雨の表情がパッと音がするように輝いた。
「え、マジで。親父さん使ってたやつ、すっげぇいいロッドじゃなかったっけ?」
「なんか高いらしいけど、私もママもやらないしね。時雨くんが使うならパパも喜ぶわ。古いけど、使うなら是非」
「マジか! ちょっとそれはかなり嬉しいかも」
「美雨ちゃんと釣りに行ってみたら? 喜ぶんじゃない?」
「おー、確かに。あいつこないだもさー」
時雨が溺愛している妹の話をし始めたのを聞きながら、この会話の流れだと、結構親密度上がってきてるようだ、と心の中で安堵の息を吐いた。
先日、玲央に会いに行った時に、攻略対象である大河内瑠依に遭遇した。
大河内瑠依こと通称ルイ先輩は、このゲームのメイン攻略対象で、切れ長の瞳が印象的な、これまたものすごい美形だ。
親密度が上がると、すごく甘くて優しい。でも、親密度が上がるまでが長くて、その冷たい態度はゲームの時も心が折れた。
ルイ先輩ルートはイベントに失敗ばかりして、恋人エンドになれたのは一回だけ。エンディングを迎えられた時は、深夜の自室でガッツポーズをしたものだ。
そんな本人に出会えたことが嬉しくて……。必死に話しかけてみたけれど、全く相手にされなくて、玉砕した。
なんとかへこたれずに、次の日親密度が少しでもあがるように、瑠依の好物であるマカダミアナッツのクッキーを持って行ったけれど、それも「そんなのもらえないよ」と返されてしまった。
元々一番好きなキャラだっただけに、仲良くなりたいのだけど、あんな調子だと早々に心が折れてしまいそうだ。
なんのエンドも迎えられないのも困るから、仲良くなれる攻略対象とは親密度を上げておきたい。友達エンドでいいのだ。カノンになった今も、中身は自分だから、ゲームの要素以外に誰かに好かれるとは思えない。恋人になりたいだなんて、おこがましい。
――とりあえずは、時雨くん、かなぁ。
そんな打算めいたことを考えていた時だった。
時雨と二人、階段を上り、2階の端にある図書室までもう少しという時。
その窓から見下ろす校庭、そこを歩く鮮やかな赤い髪が見えたのは――。
「あの人って……」
赤く艶めく長い髪。一瞬見えた横顔はまるでフランス人形のように整っていた。この距離からも、いやこの距離だからこそ、制服の裾から伸びるすらりとした長い手足、色の白さが際立って見えた。まるで本物のお人形が歩いているようだ。
入学して2か月が経とうとしている。当然目にしたことはあった。でも話したことはなかったし、カノンは自分のことで精いっぱいで周りの生徒にまで気を配ることができなかった。でも、無視なんてできない存在感を放つ彼女。
「――あぁ、神崎だろ。神崎彩音。俺と同じクラスにいるけど見たことなかったっけ? すっげぇ美人だよな」
「うん……、すごい綺麗な人だねぇ……」
校門へ向かう道を歩く姿。その表情こそうかがい知れなかったけれど、彼女の周りを歩いている生徒が遠巻きに見ているのが、この位置だと見て取れる。
――学園一の美少女って誰かが言っていたっけ……。あんなに綺麗でピアノもものすごくうまいって。……このゲームでそんな子いなかったと思うけど……。
でも当然か、自分がいるんだもの。まさかライバルでもない限り、ヒロインを食ってしまうような美少女をゲームに出さないだろう。……きっとヒロインとは接点はないのだろう。
徐々に小さくなっていく美しい後姿を見送りながら、そんなことを逡巡する。
――理想の塊みたいだなぁ。私の憧れる、ありとあらゆるものを持っている。
羨ましい、とも言葉にできないくらい、それくらいカノンのなりたいものを具現化したような存在に思えた。
この学園の、努力を重ねた才能あふれる生徒達の中でも、一目置かれるくらいの存在。
彼女なら、自分のこんな類の愚かな労を重ねずとも、自信をもって欲しいものに向かって手を伸ばすことができるのだろう。そしてこんな自分とは違って、誰からも好かれるのだろう。
あまりに手が届かないものを、茫として眺めるしかない。この感情は、嫉妬なんて追い付かないくらいの羨望だった。
――どうか私と、私の周りと、攻略対象と、関わらないでいてくれますように。ライバルになんてなりませんように。
微かな眩暈を覚えながら、カノンは祈るようにそう思った。
時雨は言葉が少し乱暴で、ぶっきらぼうな態度をとるけれど、こうして歩調を合わせて歩いてくれている。
カノンは隣を歩く時雨の姿を、チラリと仰ぎ見る。その耳たぶの銀色のピアスが、校庭に面した窓から射す、西に傾いた陽の光に鈍く反射するのが見えた。
カノンは時雨のような、ピアスをしている目つきが鋭い美形だなんて、絶対元々の自分なら話しかけたりなんてできなかったな、と思った。
例え同じ学校にいたとしても、地味な自分が彼の視界に入ることもおこがましい。視線を合わさないように、遠巻きに見るだけで精いっぱいだったはずだ。
時雨とは何度も話しているが、今でも緊張は抜けきらない。こうして並んで歩いている今も、カノンは手に汗を握っていた。
当然といえば当然だが、ゲームの中の会話は日常会話の一部分を切り取ったものにすぎないから、実際のやりとりは気が抜けなくて緊張してしまう。
――私が人と深く関わった経験がないから、複雑に考えてしまうだけかもしれないけれど。
そう思って、内心苦笑する。
「……そういや、舞宮のおやじさん亡くなってたんだってな……大変だったんだな」
「あぁ……、うん。時雨くんが引っ越してすぐ、かな。病気で倒れて、ね。もうすぐ10年かなー。うちのママもすっかりシングルマザーが板についてるよ」
父親が亡くなった時は、本当に寝食すらままならない、抜け殻のようになっていた母親。
今その様子を思い出すと、カノンがいなかったら、後を追っていたかもしれない、とそう思う。
カノンの父親は大学生の時に塾の講師のアルバイトをしていた。その塾に通っていた中学生の母親と大恋愛をして、長い年月を経てやっと結ばれた二人だったと聞いている。
それこそ、父親のものは全てをクローゼットに仕舞い込まないと前に進めない、そんな時期があの朗らかな母親にもあった。
「そんなの板につくとかって問題じゃねぇだろ。今度線香あげに行かせてもらうわ」
「ありがとう。……昔、お互いの家族で一緒にキャンプとか行ったよねぇ。川で釣りとかしてさ」
「あぁ、あったな。舞宮んとこのおやじさん釣り上手だったよな」
「そうだったねぇ。……あ、まだ時雨くん釣りとかする? 釣竿…、うーんとロッド? 残ってるから、もし使うならもらってくれると嬉しいな」
カノンの言葉に、時雨の表情がパッと音がするように輝いた。
「え、マジで。親父さん使ってたやつ、すっげぇいいロッドじゃなかったっけ?」
「なんか高いらしいけど、私もママもやらないしね。時雨くんが使うならパパも喜ぶわ。古いけど、使うなら是非」
「マジか! ちょっとそれはかなり嬉しいかも」
「美雨ちゃんと釣りに行ってみたら? 喜ぶんじゃない?」
「おー、確かに。あいつこないだもさー」
時雨が溺愛している妹の話をし始めたのを聞きながら、この会話の流れだと、結構親密度上がってきてるようだ、と心の中で安堵の息を吐いた。
先日、玲央に会いに行った時に、攻略対象である大河内瑠依に遭遇した。
大河内瑠依こと通称ルイ先輩は、このゲームのメイン攻略対象で、切れ長の瞳が印象的な、これまたものすごい美形だ。
親密度が上がると、すごく甘くて優しい。でも、親密度が上がるまでが長くて、その冷たい態度はゲームの時も心が折れた。
ルイ先輩ルートはイベントに失敗ばかりして、恋人エンドになれたのは一回だけ。エンディングを迎えられた時は、深夜の自室でガッツポーズをしたものだ。
そんな本人に出会えたことが嬉しくて……。必死に話しかけてみたけれど、全く相手にされなくて、玉砕した。
なんとかへこたれずに、次の日親密度が少しでもあがるように、瑠依の好物であるマカダミアナッツのクッキーを持って行ったけれど、それも「そんなのもらえないよ」と返されてしまった。
元々一番好きなキャラだっただけに、仲良くなりたいのだけど、あんな調子だと早々に心が折れてしまいそうだ。
なんのエンドも迎えられないのも困るから、仲良くなれる攻略対象とは親密度を上げておきたい。友達エンドでいいのだ。カノンになった今も、中身は自分だから、ゲームの要素以外に誰かに好かれるとは思えない。恋人になりたいだなんて、おこがましい。
――とりあえずは、時雨くん、かなぁ。
そんな打算めいたことを考えていた時だった。
時雨と二人、階段を上り、2階の端にある図書室までもう少しという時。
その窓から見下ろす校庭、そこを歩く鮮やかな赤い髪が見えたのは――。
「あの人って……」
赤く艶めく長い髪。一瞬見えた横顔はまるでフランス人形のように整っていた。この距離からも、いやこの距離だからこそ、制服の裾から伸びるすらりとした長い手足、色の白さが際立って見えた。まるで本物のお人形が歩いているようだ。
入学して2か月が経とうとしている。当然目にしたことはあった。でも話したことはなかったし、カノンは自分のことで精いっぱいで周りの生徒にまで気を配ることができなかった。でも、無視なんてできない存在感を放つ彼女。
「――あぁ、神崎だろ。神崎彩音。俺と同じクラスにいるけど見たことなかったっけ? すっげぇ美人だよな」
「うん……、すごい綺麗な人だねぇ……」
校門へ向かう道を歩く姿。その表情こそうかがい知れなかったけれど、彼女の周りを歩いている生徒が遠巻きに見ているのが、この位置だと見て取れる。
――学園一の美少女って誰かが言っていたっけ……。あんなに綺麗でピアノもものすごくうまいって。……このゲームでそんな子いなかったと思うけど……。
でも当然か、自分がいるんだもの。まさかライバルでもない限り、ヒロインを食ってしまうような美少女をゲームに出さないだろう。……きっとヒロインとは接点はないのだろう。
徐々に小さくなっていく美しい後姿を見送りながら、そんなことを逡巡する。
――理想の塊みたいだなぁ。私の憧れる、ありとあらゆるものを持っている。
羨ましい、とも言葉にできないくらい、それくらいカノンのなりたいものを具現化したような存在に思えた。
この学園の、努力を重ねた才能あふれる生徒達の中でも、一目置かれるくらいの存在。
彼女なら、自分のこんな類の愚かな労を重ねずとも、自信をもって欲しいものに向かって手を伸ばすことができるのだろう。そしてこんな自分とは違って、誰からも好かれるのだろう。
あまりに手が届かないものを、茫として眺めるしかない。この感情は、嫉妬なんて追い付かないくらいの羨望だった。
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