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憂鬱な転生【カノンの場合】
24.ステージで
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薄暗い廊下を抜け、いざステージへと踏み出すと、あまりの明るさに目が眩みそうになりカノンは目を細めた。
皮膚がビリビリするような緊張感。怖気づく気持ちを押し込めて、足を進める度に痛いくらいに鼓動が高まる。
自分の鼓動、吐息すら響いてしまいそうなほど、しんと静まり返ったステージ。
ステージ上から見下ろす観客席は、意外としっかりと一人一人の顔がよく見える。そんなことをいやに冷静に思う自分自身に、客席に向かい礼をしながら少し苦笑した。
そうして顔を上げると、乾ききった口から一つ息を吐いた。
――大丈夫。
自分自身に言い聞かせるように、そう口の中で呟いた。そして時雨のほうを一瞥すると、ゆっくりと弓をヴァイオリンにあてた――……。
◇◇◇◇◇
「時雨くん、本当にごめんね……!!」
ステージから降りた薄暗い廊下で、あまりの申し訳なさに私は頭を下げた。
「いいって、あれだろ? 最初から6番目だっけ? あそこの音だけだろ、ハズしたの。コンクールとかじゃねーし、初の舞台なら上出来だって」
「いえいえいえいえ、時雨くんはちゃんとできてたのに……。本当にごめん……」
頭を上げることが出来ないままでいる私に、また時雨くんは髪の毛をかき乱すように撫でてきた。
その乱暴さに顔をあげると、想像に反して、時雨くんは満足そうな笑みを浮かべている。
「時雨くん……?」
「大丈夫だって。正直始まる前があれだったから、もっとダメダメかと思ってたぞ?お前十分良くやったって。楽しかったろ?」
「う……、うん」
「じゃー、上出来だって」
そう言って時雨くんは歯を出して、にかっと笑った。
こんな風に笑うのを見たのは初めてだ。私に対しては、いつも距離は近くとも決して踏み込めない一線があるような気がしていたのに。
その笑顔が伝染ったように、いつの間にか私も緩く微笑みを作っているのに気が付いて、口元を抑えた。
そうしてステージの脇を抜け、控室に向けて廊下を歩き始めながら、時雨くんはトランペットを片手に、もう片方の手を身長差がちょうどいいのか、私の肩の上に肘掛のように載せてくる。
距離感の近さにドキドキしてもいいところだけど、今はまるで戦いを終えた同士のようで、その気安さも気にならなかった。
うん、楽しかった……。
まだ目の前がチカチカしている。
自分が楽しかったなんて感じる日がくるだなんて、自分でも驚きだった。初めて大勢の前で、ましてブローチの力もなしに、演奏したっていうのに。
まだ緊張の余韻で、足元はフワフワとしているし、心臓は落ち着かない。
最初ステージに上がった時は、当てられるスポットライト、向けられる視線と場の雰囲気にみっともなく足が震えた。
――でも、それでも、失敗してもいいって思えたから。
時雨くんとのデュエットの曲は、時雨くんが好きだという映画の主題歌をアレンジしたもので、トランペットの二重奏の楽譜をヴァイオリン用に書き直したものだった。
意を決して演奏を始めた途端、最初から6番目の音を盛大に外してしまった。あんなに、あんなに練習をしたのに。
(やっぱり……!)
あんなに意を決して演奏を始めたのに、失敗したときに思ったことは「やっぱり」だった。
血の気が引いて、思わず時雨くんの方に視線を向けるが、時雨くんはそんなことに臆することなく、いつものように演奏を続けてくれた。
――そうだ、きっと見てくれている、先輩も。
始まってしまったのだから、終わりまでやりとおさなきゃ。そう思ったのは覚えているが、そこからは、ただ夢中で最中のことはあまり覚えていない。
でも演奏が終わり、はぁっと息を吐いた瞬間、大きな拍手につつまれた。
それでようやく、本当に終わったのだと実感することができた。
「あ……」
いつものように左胸のブローチに触れようとして、手が空を切った。
つい先ほどのことを、あの壊れたブローチを思い出して、その部分を握りしめて唇を噛んだ。改めて考えてみても、私がこんな人前で披露できるような、拍手をもらえるような技術は持っているはずがなかったのに。
――でも、良かった。ひとまずはなんとか演奏を終えることができて。
あそこで諦めないで、逃げ出さないでよかった。
あそこで逃げ出したりしていたら、それこそもう何も出来なくなって、もうここには戻ってこられなかった気がする。
まだこの世界で、舞宮カノンとして、この学園に通っていたい。だから、逃げ出さないでよかった。
「本当に良かった……」
そう言って、また大きく息を吐いた。
「ん。……あの、お前さ、城野院先輩と付き合ってんの?」
「――え!? ううううん」
「ふーん? それにしては仲良すぎじゃね? あのひとが、あんな風に女子の頭撫でてるところなんて初めて見たけど」
「いやいや、時雨くんだってやってるじゃん、城野院先輩は別にそんなつもりなんて……」
そう言った時、胸にチクリと何かの痛みが走った。
――そうだ、私にとっては先輩は特別なひとだけど……、先輩は私のことどう思っているんだろう……? 私の知っているゲームの世界とは違った、ヒロインを必要としない世界。私が城野院先輩を好きになったとして、振り向いて、もらえるのかな……。
「……パラメーターが見えればなぁ……」
そうしたら、先輩との親密度が一目でわかるのに。どのパラメーターを伸ばせばいいのか、努力のしようもあるのに。
無意識に口からため息が漏れた。
皮膚がビリビリするような緊張感。怖気づく気持ちを押し込めて、足を進める度に痛いくらいに鼓動が高まる。
自分の鼓動、吐息すら響いてしまいそうなほど、しんと静まり返ったステージ。
ステージ上から見下ろす観客席は、意外としっかりと一人一人の顔がよく見える。そんなことをいやに冷静に思う自分自身に、客席に向かい礼をしながら少し苦笑した。
そうして顔を上げると、乾ききった口から一つ息を吐いた。
――大丈夫。
自分自身に言い聞かせるように、そう口の中で呟いた。そして時雨のほうを一瞥すると、ゆっくりと弓をヴァイオリンにあてた――……。
◇◇◇◇◇
「時雨くん、本当にごめんね……!!」
ステージから降りた薄暗い廊下で、あまりの申し訳なさに私は頭を下げた。
「いいって、あれだろ? 最初から6番目だっけ? あそこの音だけだろ、ハズしたの。コンクールとかじゃねーし、初の舞台なら上出来だって」
「いえいえいえいえ、時雨くんはちゃんとできてたのに……。本当にごめん……」
頭を上げることが出来ないままでいる私に、また時雨くんは髪の毛をかき乱すように撫でてきた。
その乱暴さに顔をあげると、想像に反して、時雨くんは満足そうな笑みを浮かべている。
「時雨くん……?」
「大丈夫だって。正直始まる前があれだったから、もっとダメダメかと思ってたぞ?お前十分良くやったって。楽しかったろ?」
「う……、うん」
「じゃー、上出来だって」
そう言って時雨くんは歯を出して、にかっと笑った。
こんな風に笑うのを見たのは初めてだ。私に対しては、いつも距離は近くとも決して踏み込めない一線があるような気がしていたのに。
その笑顔が伝染ったように、いつの間にか私も緩く微笑みを作っているのに気が付いて、口元を抑えた。
そうしてステージの脇を抜け、控室に向けて廊下を歩き始めながら、時雨くんはトランペットを片手に、もう片方の手を身長差がちょうどいいのか、私の肩の上に肘掛のように載せてくる。
距離感の近さにドキドキしてもいいところだけど、今はまるで戦いを終えた同士のようで、その気安さも気にならなかった。
うん、楽しかった……。
まだ目の前がチカチカしている。
自分が楽しかったなんて感じる日がくるだなんて、自分でも驚きだった。初めて大勢の前で、ましてブローチの力もなしに、演奏したっていうのに。
まだ緊張の余韻で、足元はフワフワとしているし、心臓は落ち着かない。
最初ステージに上がった時は、当てられるスポットライト、向けられる視線と場の雰囲気にみっともなく足が震えた。
――でも、それでも、失敗してもいいって思えたから。
時雨くんとのデュエットの曲は、時雨くんが好きだという映画の主題歌をアレンジしたもので、トランペットの二重奏の楽譜をヴァイオリン用に書き直したものだった。
意を決して演奏を始めた途端、最初から6番目の音を盛大に外してしまった。あんなに、あんなに練習をしたのに。
(やっぱり……!)
あんなに意を決して演奏を始めたのに、失敗したときに思ったことは「やっぱり」だった。
血の気が引いて、思わず時雨くんの方に視線を向けるが、時雨くんはそんなことに臆することなく、いつものように演奏を続けてくれた。
――そうだ、きっと見てくれている、先輩も。
始まってしまったのだから、終わりまでやりとおさなきゃ。そう思ったのは覚えているが、そこからは、ただ夢中で最中のことはあまり覚えていない。
でも演奏が終わり、はぁっと息を吐いた瞬間、大きな拍手につつまれた。
それでようやく、本当に終わったのだと実感することができた。
「あ……」
いつものように左胸のブローチに触れようとして、手が空を切った。
つい先ほどのことを、あの壊れたブローチを思い出して、その部分を握りしめて唇を噛んだ。改めて考えてみても、私がこんな人前で披露できるような、拍手をもらえるような技術は持っているはずがなかったのに。
――でも、良かった。ひとまずはなんとか演奏を終えることができて。
あそこで諦めないで、逃げ出さないでよかった。
あそこで逃げ出したりしていたら、それこそもう何も出来なくなって、もうここには戻ってこられなかった気がする。
まだこの世界で、舞宮カノンとして、この学園に通っていたい。だから、逃げ出さないでよかった。
「本当に良かった……」
そう言って、また大きく息を吐いた。
「ん。……あの、お前さ、城野院先輩と付き合ってんの?」
「――え!? ううううん」
「ふーん? それにしては仲良すぎじゃね? あのひとが、あんな風に女子の頭撫でてるところなんて初めて見たけど」
「いやいや、時雨くんだってやってるじゃん、城野院先輩は別にそんなつもりなんて……」
そう言った時、胸にチクリと何かの痛みが走った。
――そうだ、私にとっては先輩は特別なひとだけど……、先輩は私のことどう思っているんだろう……? 私の知っているゲームの世界とは違った、ヒロインを必要としない世界。私が城野院先輩を好きになったとして、振り向いて、もらえるのかな……。
「……パラメーターが見えればなぁ……」
そうしたら、先輩との親密度が一目でわかるのに。どのパラメーターを伸ばせばいいのか、努力のしようもあるのに。
無意識に口からため息が漏れた。
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