18 / 48
18 居酒屋『酒のみや』
しおりを挟む課長のマンションに車を置き、そこから徒歩20分。私のアパートのほうに向かったところにその店はあった。
住宅街の中にぽつんとあったその店はまさに隠れ家的な雰囲気を漂わせている。
外見はいかにも個人の居酒屋さん。小豆色の暖簾に焦げ茶になった木材の外壁。赤提灯はなかったけど、暖簾の上の大きな一枚板に『酒のみや』とどこからどう読んでも居酒屋らしい名前が堂々とある。
課長は曇りガラスがはまった木製の引き戸をガラガラいわせながら暖簾を潜った。
「ご無沙汰です」
気安く店内に入っていく課長に続いて初めての空間に足を踏み入れる。
ここまできたら緊張していてもしょうがない。
自分の目的にあった場所ならしっかり馴染んで帰ろうと大げさに決意する。
店内はどんな雰囲気なんだろうかと見渡そうとした瞬間、大きな声に意識をもっていかれた。
「よお恭介! 久しぶりじゃねーか!」
「あら、恭ちゃん久しぶりね」
恭介? 恭ちゃん?
一瞬誰のことだと思ってしまったが、よくよく考えてみると課長の名前だということを思い出す。
課長の背中越しに親しげな声の主の存在を確認しようと顔を覗かせる。
必然的にカウンター内にいた二人の男女と目が合った。
「なっ! 恭介とうとう女を連れ込んできやがったか!」
「まあまあ、彼女? やだぁ、紹介して紹介して」
「えっ! 違います! 彼女じゃないです!!」
初対面にも関わらす、挨拶すらする間もなく全力で誤解を解くことになってしまった。
快活な印象の中年の男性と穏やかで艶のある女性。女性の方も男性と同じくらいの年齢層だ。その両者に好奇心一杯の瞳で見つめられ、一歩下がりたくなったところで課長がさらりと私のことを紹介した。
「こいつはうちの課の部下で川瀬。カウンター座るよ」
慣れた様子でカウンターの椅子を引いて座る。
私も慌てて隣に腰掛け、改めて店内を見渡した。
外観の印象とは違って中は壁もテーブルも明るい色の木材で統一されており外の壁のように寂れているような雰囲気はどこにもない。渋い居酒屋なのかと思っていたけど、どちらかというと小綺麗な小料理屋さんといった感じだ。
席はカウンターに6つ、4人掛けのテーブルが3つだけだった。その内テーブル席二つに客が座っていた。
「にしても、恭介が誰かを連れて来たのは初めてじゃないか?」
店主らしき男性が物珍しげに私を見てくる。
「まあ、そうっすね」
課長は随分気さくにカウンター内の二人に接しているように見える。何度も通っている雰囲気だ。
「ただでさえ久し振りなのに、綺麗な女の子連れてくるなんて本当に吃驚したわ。本当に彼女じゃないの?」
尚も言う女性に私は自ら弁解した。綺麗だなんてお世辞を言われると変に焦ってしまう。
「ほっ本当にそんなんじゃないですっ。私は課長の部下で、今日は訳あってこちらのお店を紹介していただくことになっただけで――」
「馨さんこいつここの近所なんだよ。松さんこんな店に新しい客を連れてきてやったんだからサービスお願いしますよ」
「こんな店とはなんだ」と松さんと呼ばれた店主は声を荒げたがどこか楽しそう。明るい表情のまま二人分のグラスと瓶ビール、お通しを出してくれた。
接待の癖で私から課長のグラスにビールを注ぐ。次いで課長が私のグラスにビールを注いでくれた。やっぱり課長と二人で飲むと思うと少し緊張する。
二人でカウンターに並んで座った状態でグラスを持つ。
「この店は変な場所にあるけど、酒も肴も全部美味いってことは保証する。この場でこれを言うのもなんだがそれでいて結構安い。川瀬の希望はこんな感じの店でよかったか?」
「はっはい。なんだか初めてのお店でソワソワしちゃいますけど、気に入る予感はします」
本心だった。ついさっきしたばかりの脈絡のないリクエストにばっちり嵌った店であることは間違いない。
「それは良かった」と課長が軽く微笑む。次いで至近距離で思いっきり頭を下げられた。
「かなり言うのが遅くなったが、その説は大変お世話になりました。本当に川瀬のお陰で助かった」
「えっ、ちょっとやめて下さい」
慌てて頭を上げてもらうように頼む。カウンター内の二人が目を丸くして頭を下げる課長を見ていて、かなり恥ずかしい状況だ。
課長は下げた頭を起こすと、普段は会社で見せない優しい笑顔を浮かべていた。
「今日は好きなだけ飲んで食べてってくれ、じゃ、乾杯」
私のグラスにコツンと課長のグラスがあたる。
私も小さく乾杯と応じる。何となく気恥ずかしい儀式が終わる。すると課長はグラスの中身を一気に飲み干した。
勢いよく飲む姿が意外でつい見入る。
最初の一杯を飲んだ酒好き特有の「あー美味いっ」という如何にも幸せそうな文句を口にして、課長は手慣れた感じで次々と注文をしていった。
0
あなたにおすすめの小説
高嶺の花の高嶺さんに好かれまして。
桜庭かなめ
恋愛
高校1年生の低田悠真のクラスには『高嶺の花』と呼ばれるほどの人気がある高嶺結衣という女子生徒がいる。容姿端麗、頭脳明晰、品行方正な高嶺さんは男女問わずに告白されているが全て振っていた。彼女には好きな人がいるらしい。
ゴールデンウィーク明け。放課後にハンカチを落としたことに気付いた悠真は教室に戻ると、自分のハンカチの匂いを嗅いで悶える高嶺さんを見つける。その場で、悠真は高嶺さんに好きだと告白されるが、付き合いたいと思うほど好きではないという理由で振る。
しかし、高嶺さんも諦めない。悠真に恋人も好きな人もいないと知り、
「絶対、私に惚れさせてみせるからね!」
と高らかに宣言したのだ。この告白をきっかけに、悠真は高嶺さんと友達になり、高校生活が変化し始めていく。
大好きなおかずを作ってきてくれたり、バイト先に来てくれたり、放課後デートをしたり、朝起きたら笑顔で見つめられていたり。高嶺の花の高嶺さんとの甘くてドキドキな青春学園ラブコメディ!
※2学期編4が完結しました!(2025.8.4)
※お気に入り登録や感想、いいねなどお待ちしております。
その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―
鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。
そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。
飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!?
晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!?
笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ!
○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)
皇宮女官小蘭(シャオラン)は溺愛され過ぎて頭を抱えているようです!?
akechi
恋愛
建国して三百年の歴史がある陽蘭(ヤンラン)国。
今年16歳になる小蘭(シャオラン)はとある目的の為、皇宮の女官になる事を決めた。
家族に置き手紙を残して、いざ魑魅魍魎の世界へ足を踏み入れた。
だが、この小蘭という少女には信じられない秘密が隠されていた!?
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
Marry Me?
美凪ましろ
恋愛
――あの日、王子様があたしの目の前に現れた。
仕事が忙しいアパレル店員の彼女と、王子系美青年の恋物語。
不定期更新。たぶん、全年齢でいけるはず。
※ダイレクトな性描写はありませんが、ややそっち系のトークをする場面があります。
※彼の過去だけ、ダークな描写があります。
■画像は、イトノコさまの作品です。
https://www.pixiv.net/artworks/85809405
2月31日 ~少しずれている世界~
希花 紀歩
恋愛
プロポーズ予定日に彼氏と親友に裏切られた・・・はずだった
4年に一度やってくる2月29日の誕生日。
日付が変わる瞬間大好きな王子様系彼氏にプロポーズされるはずだった私。
でも彼に告げられたのは結婚の申し込みではなく、別れの言葉だった。
私の親友と結婚するという彼を泊まっていた高級ホテルに置いて自宅に帰り、お酒を浴びるように飲んだ最悪の誕生日。
翌朝。仕事に行こうと目を覚ました私の隣に寝ていたのは別れたはずの彼氏だった。
距離感ゼロ〜副社長と私の恋の攻防戦〜
葉月 まい
恋愛
「どうするつもりだ?」
そう言ってグッと肩を抱いてくる
「人肌が心地良くてよく眠れた」
いやいや、私は抱き枕ですか!?
近い、とにかく近いんですって!
グイグイ迫ってくる副社長と
仕事一筋の秘書の
恋の攻防戦、スタート!
✼••┈•• ♡ 登場人物 ♡••┈••✼
里見 芹奈(27歳) …神蔵不動産 社長秘書
神蔵 翔(32歳) …神蔵不動産 副社長
社長秘書の芹奈は、パーティーで社長をかばい
ドレスにワインをかけられる。
それに気づいた副社長の翔は
芹奈の肩を抱き寄せてホテルの部屋へ。
海外から帰国したばかりの翔は
何をするにもとにかく近い!
仕事一筋の芹奈は
そんな翔に戸惑うばかりで……
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる