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第109話 たかがパン、されどパン
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翌日、昼の仕込みの時点で私たちのところにクレームが入ってきました。
店に飛び込んできたのは、パンを毎日買いに来ていた商業ギルドの職員の男性です。血相を変えて、一体どうしたのでしょうか。
「あらあら、確かフレッドさんでしたよね。どうしたのですか?」
厨房に立つなといわれていましたので、私が対応します。
「実はですね。このお店に対して苦情が入りました」
「なんですって?」
私の顔つきが一変します。
苦情が入るということは不満があるということです。とりあえず、その内容を確認してみることにしましょう。
「なんでも、久しぶりに買いに来たお客様からパンに対して文句が出ましてね。その際にここの名前が出たみたいで、それで頭にきて怒鳴り込んできたんですよ」
「なるほど、そういうことですか……」
話を聞いて、私はとても納得がいきました。
私たちの『憩いのラッシュバード亭』で作っているパンは、すべて酵母入りでふわふわでふかふかなパンなのですよ。
この世界のパンは、それこそガッチガチの石のようなパンでしてね。もっとも柔らかくても、前世のフランスパン並みの硬さがあるんです。なるほど納得のいく苦情でした。
なんといっても私たちの方が後からできたお店ですからね。気に食わなければ潰すなり追い出すなりしようとするわけです。
「私のお店でも硬いパンを作ってないわけではないんですよね。ただ、売り物として出していないだけでして」
「はあ、では、その硬いパンはどのような用途に?」
フレッドさんが質問しますので、私は厨房へ行って実物を作ることにします。その間は待ってもらうことにしました。
「お待たせしました。これが硬いパンを使った料理ですね」
私が持ってきたのは、カツです。ウルフの肉を使ったウルフカツですね。つなぎがありませんので、小麦粉とパン粉だけで揚げてあります。
「なんだか、ごつごつしてますね」
「はい、そのごつごつしているものの正体こそが、パンを削ったパン粉というものです」
「頂いても?」
「はい、どうぞ」
フレッドさんが一口かみしめますと、サクッといういい音が響き渡ります。そう、パン粉によるこの音がなんともたまらないのですよね。
「意外と受けているんですよ、このカツ。音がたまらないという方もいらっしゃるのです」
「ふむ……」
「あと、推測ですけれど、冒険者のような方ですと硬いパンはあまり好まないかもしれませんね。噛み応えはありますけれど、食べるのに時間がかかってしまいます。それこそしっかりとした野営でもできれば別でしょうけれど」
「そういうことか……」
普通の方なら硬いパンでも問題はないでしょう。でも、早く食べなければならない冒険者や歯やあごの弱い方ですと、硬いパンは厳しいです。おそらく柔らかいパンに慣れてしまい、久しぶりに食べたパンが硬すぎてこんなことになったのでしょう。困ったものですね。
そんなわけでして、フレッドさんとお話をした私は、苦情を入れてきたお店へと、あとで伺うことにしました。
そうなれば、酵母の作り方をお教えしませんとね。
お昼のピークの様子を見届けた私は、苦情を入れてきたというパン屋にフレッドさんと一緒に向かいます。
店構えは悪くないお店だと思いますが、なるほど、少し客足が寂しくなっているように思いますね。
フレッドさんの後ろについて、私は問題のパン屋へと足を踏み入れます。
「あいよ、どなたで……これは商業ギルドの職員さん。一体どうなさったのですか」
フレッドさんを見た瞬間に、店主の態度が変わりましたね。
「はい、そちらが入れた苦情ですけれど、『憩いのラッシュバード亭』にお伝えしました」
「おお、伝えてくれたのか。あんまり小娘が出しゃばるというのもよくねえんでな。これで引っ込んでくれればいいんだがな」
「へえ、そうなのですか。素直に仰られたらいいではありませんか、私が目障りだと」
「なっ?!」
私はフレッドさんの間後ろから姿を見せます。
私の姿を見た瞬間、パン屋の店主が思いきり後退っています。そこまで驚きますか。
「な、なんでいるんだ?!」
「いえ、うちのパンが気に食わないと仰るようですので、せっかくですから、うちのパンを広めようと思いましてやって来ました」
「なんだと?!」
店主が声を荒げていますね。
でも、気にしません。教えるといったからには教えます。
「私たちのパンの秘密のひとつは、この酵母というものですね。この酵母を適切に管理して頂いて、パンに混ぜ込むと、私たちと同じふわふわのパンができ上がります。ただ、硬いパンが悪いというわけではありませんよ。シチューなどに加えることによって触感の変化が出せますからね」
私は、酵母の入った土魔法で作った容器を見せながら話をします。
「そ、そんな。俺をだまそうったってそうはいかねえぞ」
「嘘は言いませんよ。論より証拠です。さあ始めましょうか」
まあ信じるわけがありませんよね。ならば見せつけるのみです。
店主の目の前で、いつものようにパンを作り始めます。
私のところではオーブンを魔道具にしてしまっていますが、火加減などは一応しっかり覚えていますので、普通のかまどでも問題はありません。
焼き上がったパンを差し出すと、おいしそうにふっくらと仕上がりました。
「な、なんだ、このふんわりとしたパンは。これが、同じ材料から作ったものなのか?」
店主は驚いています。
「はい、この天然酵母を使って発酵させただけです。硬くなるのは発酵が不十分ということですが、硬いパンも楽しみ方がありますので、私は否定しませんよ」
「その酵母とやらの作り方を教えてもらってもいいのか?」
「はい。そのために今日はやって来たのですからね」
私はにっこりと微笑みます。
「ですけれど、以前のパンも残しておいて下さいね。そちらが好みの方だっていらっしゃるはずですから」
「あ、ああ。それはもちろん……」
笑顔を崩さない私の態度に、店主は完全に白旗のようですね。
こうして、ふんわりパンを扱うお店が、またひとつ増えることになったのです。
店に飛び込んできたのは、パンを毎日買いに来ていた商業ギルドの職員の男性です。血相を変えて、一体どうしたのでしょうか。
「あらあら、確かフレッドさんでしたよね。どうしたのですか?」
厨房に立つなといわれていましたので、私が対応します。
「実はですね。このお店に対して苦情が入りました」
「なんですって?」
私の顔つきが一変します。
苦情が入るということは不満があるということです。とりあえず、その内容を確認してみることにしましょう。
「なんでも、久しぶりに買いに来たお客様からパンに対して文句が出ましてね。その際にここの名前が出たみたいで、それで頭にきて怒鳴り込んできたんですよ」
「なるほど、そういうことですか……」
話を聞いて、私はとても納得がいきました。
私たちの『憩いのラッシュバード亭』で作っているパンは、すべて酵母入りでふわふわでふかふかなパンなのですよ。
この世界のパンは、それこそガッチガチの石のようなパンでしてね。もっとも柔らかくても、前世のフランスパン並みの硬さがあるんです。なるほど納得のいく苦情でした。
なんといっても私たちの方が後からできたお店ですからね。気に食わなければ潰すなり追い出すなりしようとするわけです。
「私のお店でも硬いパンを作ってないわけではないんですよね。ただ、売り物として出していないだけでして」
「はあ、では、その硬いパンはどのような用途に?」
フレッドさんが質問しますので、私は厨房へ行って実物を作ることにします。その間は待ってもらうことにしました。
「お待たせしました。これが硬いパンを使った料理ですね」
私が持ってきたのは、カツです。ウルフの肉を使ったウルフカツですね。つなぎがありませんので、小麦粉とパン粉だけで揚げてあります。
「なんだか、ごつごつしてますね」
「はい、そのごつごつしているものの正体こそが、パンを削ったパン粉というものです」
「頂いても?」
「はい、どうぞ」
フレッドさんが一口かみしめますと、サクッといういい音が響き渡ります。そう、パン粉によるこの音がなんともたまらないのですよね。
「意外と受けているんですよ、このカツ。音がたまらないという方もいらっしゃるのです」
「ふむ……」
「あと、推測ですけれど、冒険者のような方ですと硬いパンはあまり好まないかもしれませんね。噛み応えはありますけれど、食べるのに時間がかかってしまいます。それこそしっかりとした野営でもできれば別でしょうけれど」
「そういうことか……」
普通の方なら硬いパンでも問題はないでしょう。でも、早く食べなければならない冒険者や歯やあごの弱い方ですと、硬いパンは厳しいです。おそらく柔らかいパンに慣れてしまい、久しぶりに食べたパンが硬すぎてこんなことになったのでしょう。困ったものですね。
そんなわけでして、フレッドさんとお話をした私は、苦情を入れてきたお店へと、あとで伺うことにしました。
そうなれば、酵母の作り方をお教えしませんとね。
お昼のピークの様子を見届けた私は、苦情を入れてきたというパン屋にフレッドさんと一緒に向かいます。
店構えは悪くないお店だと思いますが、なるほど、少し客足が寂しくなっているように思いますね。
フレッドさんの後ろについて、私は問題のパン屋へと足を踏み入れます。
「あいよ、どなたで……これは商業ギルドの職員さん。一体どうなさったのですか」
フレッドさんを見た瞬間に、店主の態度が変わりましたね。
「はい、そちらが入れた苦情ですけれど、『憩いのラッシュバード亭』にお伝えしました」
「おお、伝えてくれたのか。あんまり小娘が出しゃばるというのもよくねえんでな。これで引っ込んでくれればいいんだがな」
「へえ、そうなのですか。素直に仰られたらいいではありませんか、私が目障りだと」
「なっ?!」
私はフレッドさんの間後ろから姿を見せます。
私の姿を見た瞬間、パン屋の店主が思いきり後退っています。そこまで驚きますか。
「な、なんでいるんだ?!」
「いえ、うちのパンが気に食わないと仰るようですので、せっかくですから、うちのパンを広めようと思いましてやって来ました」
「なんだと?!」
店主が声を荒げていますね。
でも、気にしません。教えるといったからには教えます。
「私たちのパンの秘密のひとつは、この酵母というものですね。この酵母を適切に管理して頂いて、パンに混ぜ込むと、私たちと同じふわふわのパンができ上がります。ただ、硬いパンが悪いというわけではありませんよ。シチューなどに加えることによって触感の変化が出せますからね」
私は、酵母の入った土魔法で作った容器を見せながら話をします。
「そ、そんな。俺をだまそうったってそうはいかねえぞ」
「嘘は言いませんよ。論より証拠です。さあ始めましょうか」
まあ信じるわけがありませんよね。ならば見せつけるのみです。
店主の目の前で、いつものようにパンを作り始めます。
私のところではオーブンを魔道具にしてしまっていますが、火加減などは一応しっかり覚えていますので、普通のかまどでも問題はありません。
焼き上がったパンを差し出すと、おいしそうにふっくらと仕上がりました。
「な、なんだ、このふんわりとしたパンは。これが、同じ材料から作ったものなのか?」
店主は驚いています。
「はい、この天然酵母を使って発酵させただけです。硬くなるのは発酵が不十分ということですが、硬いパンも楽しみ方がありますので、私は否定しませんよ」
「その酵母とやらの作り方を教えてもらってもいいのか?」
「はい。そのために今日はやって来たのですからね」
私はにっこりと微笑みます。
「ですけれど、以前のパンも残しておいて下さいね。そちらが好みの方だっていらっしゃるはずですから」
「あ、ああ。それはもちろん……」
笑顔を崩さない私の態度に、店主は完全に白旗のようですね。
こうして、ふんわりパンを扱うお店が、またひとつ増えることになったのです。
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