ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊

文字の大きさ
150 / 200

第150話 次の段階へ

しおりを挟む
 翌朝、マサさんは夜が明けないうちに街を去っていきました。
 その際、朝早く起きてパンの仕込みをしようとしていた私に対して、何度も頭を下げていました。
 そんなマサさんに対して、私は胸を張って答えておきます。

「ご家族のことは、お任せ下さい」

 私の言葉に、マサさんはもう一度、深々と頭を下げていました。

 精霊界での一件も落ち着きまして、私たちの周りも普段の様子を取り戻します。
 朝はパンを仕込み、ラッシュバード印のかご一杯にパンを詰め込んで売りさばきます。
 お昼はイリスやカリナさんたちに食堂を任せて、ラッシュバードや農園の様子を見に行きます。
 ある程度食堂も軌道に乗ってきましたので、私は次なる目標を定めます。

「えーっと、植物図鑑を久しぶりに覗いてみましょうか」

 学園が夏休みになると、アマリス様や妹のルーチェが遊びに来る可能性があります。その時のために、次なる作戦を実行しておきたいのです。
 あの二人が来ると間違いなく付き合わされることになりますから、ひと月近く身動きがとりづらくなるでしょうからね。
 とはいいましても、もう学園の長期休暇まで数日といったところです。あまり時間はありませんね。

「やっぱり、前世日本人としては、お味噌と醤油、それと魚とお米が欲しいところですね。和食はお爺ちゃんの家でよく食べていましたから、懐かしくなってしまうんですよね」

 植物図鑑を眺めながら、私は日本人だった前世のことを思い出しています。
 和食もそうなんですけれど、ジャンクフードにラーメン、それにカレーなど、とにかくあの頃の味がとても恋しくなってくるんですよ。
 これらの中で再現できたのは、ジャンクフードの類だけ。それ以外を作るには足りないものが多すぎるんです。
 ジャンクフードもマヨネーズや鶏肉の類がないと完全再現とはいきませんしね。ハンバーガーとフライドポテトくらいですよ。

「植物図鑑で調べられるのは、大豆と香辛料くらいですか。鶏肉は……、鶏じゃないですけれどラッシュバードがいますのでなんとかとは思いますが……」

 鶏肉のことを思い浮かべてみますが、さすがにラッシュバードは愛着が湧きすぎて殺すことなんてできるわけがないんです。これは諦めて他の肉で代替するしかありませんね。
 もっと安定させてから次の段階へというのがいいのでしょうが、いかんせん、カリナさん親子たちの様子を見ていたら、前世を強く思い出してしまったんですよ。そしたら、芋づる式のように前世の職への欲求が強まりましてね……。はあ、困ったものですね。
 私は事務所の中で、一人頭を悩ませていました。

「そうですわ。こういう時こそ、商業ギルドを頼りませんと」

 私は机に手を叩きつけて、勢いよく立ち上がります。
 その勢いのままに、私は商業ギルドのミサエラさんを訪ねたのです。

「どうなされたのですか、レチェさん」

 私の表情を見て、ミサエラさんは不思議そうな顔をしていらっしゃいます。

「ミサエラさん、ちょっと奥でお話よろしいでしょうか」

「ええ、いいですよ。では、私の部屋でお話をしましょう」

 私のただならぬ様子に、ミサエラさんはちょっと引いていらっしゃるようですね。ですが、それでもきちんと話に応じて下さいます。
 ミサエラさんの部屋にやってきた私は、いろいろとお話をさせていただきます。

「なるほど、食堂で扱う料理の幅を広げたいと、そういうわけですか」

「はい。そのためには必要なものがあるのですけれど、ご相談に乗って頂いてもいいでしょうか」

「いいですよ。レチェさんは私の姪でもありますし、目をかけている商会の主なんですから。協力は惜しみませんよ」

 二つ返事で答えて下さいました。実にありがたいことです。
 私は新しい料理に使う調味料や、魚や米に関する情報を求めました。
 ところが、ミサエラさんから返ってきた答えはあまりいいものではありませんでした。

「魚ですが、獲れる場所は知っています。ですが、ここまでは距離がありますので、持って帰るには先日お渡しした魔法かばんのようなものが必要ですよ。かばんひとつに入る量なんて知れていますし、あまり現実的ではないかと思います」

 魚は傷みやすいということで、ミサエラさんからは期待できないという返答でした。
 ところがどっこい、魔法かばんは私の手元にはいいものがあるんですよね。
 ですので、私は魚が手に入る場所についての情報を求めます。熱意に負けたミサエラさんは、その場所の情報を教えて下さいました。
 さすがのミサエラさんでも、手持ちの情報はあまり多くありませんでしたね。ですが、魚の情報が入っただけでも大きいです。

 食堂に戻った私は、イリスにすぐさま話を持ちかけます。

「本気なんですか、レチェ様」

「はい、私は本気ですよ。ここでしか味わえないもの、たくさん用意させてもらおうじゃありませんか」

 私が意気込みを見せて燃え上がっている様子に、イリスは呆れた表情を向けてきます。
 それもそうでしょうね。食堂の開業からまだ半年です。イリスからすれば、まだまだ不安のある状況でしょう。

「イリス、学園の夏休み中ですが、その期間中における食堂の経営を、全面的にあなたに任せます。私は新たな食材を求めて、しばらく旅に出させて頂きます」

「……承知致しました。命ぜられたからには、その役目、しっかりと果たしてみせましょう」

 イリスは、渋々といった様子ですが、私のお願いを聞き入れてくれました。

 さあ、食堂の経営も半年経過です。
 次の段階に入るべく、少しばかりわがままをさせていただきますよ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生幼女は追放先で総愛され生活を満喫中。前世で私を虐げていた姉が異世界から召喚されたので、聖女見習いは不要のようです。

桜城恋詠
ファンタジー
 聖女見習いのロルティ(6)は、五月雨瑠衣としての前世の記憶を思い出す。  異世界から召喚された聖女が、自身を虐げてきた前世の姉だと気づいたからだ。  彼女は神官に聖女は2人もいらないと教会から追放。  迷いの森に捨てられるが――そこで重傷のアンゴラウサギと生き別れた実父に出会う。 「絶対、誰にも渡さない」 「君を深く愛している」 「あなたは私の、最愛の娘よ」  公爵家の娘になった幼子は腹違いの兄と血の繋がった父と母、2匹のもふもふにたくさんの愛を注がれて暮らす。  そんな中、養父や前世の姉から命を奪われそうになって……?  命乞いをしたって、もう遅い。  あなたたちは絶対に、許さないんだから! ☆ ☆ ☆ ★ベリーズカフェ(別タイトル)・小説家になろう(同タイトル)掲載した作品を加筆修正したものになります。 こちらはトゥルーエンドとなり、内容が異なります。 ※9/28 誤字修正

『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~ -第二部(11章~20章)追加しました- 【あらすじ】 「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」 王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。 彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。 追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった! 石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。 【主な登場人物】 ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。 ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。 アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。 リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。 ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。 【読みどころ】 「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

転生してきた令嬢、婚約破棄されたけど、冷酷だった世界が私にだけ優しすぎる話

タマ マコト
ファンタジー
前世の記憶を持って貴族令嬢として生きるセレフィーナは、感情を見せない“冷たい令嬢”として王都で誤解されていた。 王太子クラウスとの婚約も役割として受け入れていたが、舞踏会の夜、正義を掲げたクラウスの婚約破棄宣言によって彼女は一方的に切り捨てられる。 王都のクラウスに対する拍手と聖女マリアへの祝福に包まれる中、何も求めなかった彼女の沈黙が、王都という冷酷な世界の歪みを静かに揺らし始め、追放先の辺境での運命が動き出す。

処理中です...