ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊

文字の大きさ
176 / 200

第176話 食堂に新たな動きを

しおりを挟む
 私はようやくキンソンで腰を落ち着けることができました。
 戻ってくる最中にも、散々ミサエラさんからお小言を言われましたが、私はとりあえず元気です。

「さあ、イリス。今日はお魚料理を教えますよ」

 食堂が休みの日に、私はイリスを厨房に呼び出しました。
 今日はいよいよマソルから届けて頂いたお魚を調理するのですよ。いつまでも魔法かばんの中ではいけませんからね。
 前日の夜に冷凍庫に放り込んでおいたお魚を取り出します。冷凍すれば、寄生虫の問題はほぼなくなりますからね。
 それをじっくりと解凍したお魚を使い、私はお魚フライをイリスに伝授することにします。

「レチェ様、よろしくお願い致します」

 イリスは侍女らしく、丁寧に頭を下げてきます。
 今では商会の会長と副会長という立場ですけれど、今までの関係というのは簡単に崩せませんね。仕方ありませんね。

「ここにお魚があります。これを三枚におろしておきますよ」

 おそらくは野〆のじめと思われる魚ですね。数が多いですから、いちいち一匹ずつ処理できませんものね。
 取り出した時、生の状態で入っていましたからびっくりしましたよ。とはいえ、野〆でもあの味ですから、活け〆できればもっと格段においしいでしょうね。今度行った時には、冷凍魔法でもお教えしましょうかね。
 そんなことを思いつつも、私は魚の捌き方をイリスに教えていきます。
 頭を落とし、腹を開いてわたを取り、背中から包丁を入れていきます。

「レチェ様、すごくて慣れていらっしゃいますね。これまでの料理もでしたけれど、どこでこのような技術を身に付けられたのでしょうか」

「うふふふ、それは内緒よ」

 さすがに前世知識とは言えませんよ。この世界にどれだけ転生者がいるかは知りませんが、言ったら絶対頭がおかしくなったと言われそうです。うん、言わない方がいいですね。
 そんなことを思いつつも、私は魚をきれいに三枚におろし終えました。

「なるほど、身が二つに骨の部分。だから、三枚おろしなのですね」

「そうですよ、イリス」

 さすがは私の侍女、理解が早いですね。

「ラ・ギア・リム」

 ここで大事なのが小骨処理です。土魔法を使って小骨を引っこ抜いておきます。放っておくと、食べた時に刺さって痛いですからね。
 こうして小骨を取り除けば、すぐさま塩水で身を洗っておきます。

「そうそう、魚と肉と野菜は別々のまな板と包丁を使って下さいね。におい移りとかありますと、味に影響が出ますから」

「承知しました。今までも肉と野菜は別々の包丁とまな板は分けておりますし、これからも徹底させます」

 ええ、心強い返事ですね。
 その間も、私は作業を続けていきます。フライヤーはあくまでも鳥獣肉の唐揚げ用なので、少し深めに油を張った平鍋を用意します。
 コンロの上でよく温まったところへ、小麦粉をまとわせた魚の半身を置いて焼くような感じで揚げていきます。

「はい、これで出来上がりですね」

 シンプルな魚のフライができ上がりました。前世ですと、ここにソースか醤油を垂らしておいしく晩酌といきたいところです。ですが、こちらの世界には調味料は少ないですし、私はお酒はダメな年齢ですから我慢ですね。
 揚げ終わった魚を、イリスがまじまじと見ています。
 そういえば、マソルに行った時はアマリス様とルーチェの二人でしたから、イリスが見るのは初めてなんですよね。どうりでまじまじと見つめているはずです。

「ひとまず食べてみて下さい」

「はい。それでは、失礼しまして……」

 イリスは魚のフライを口に運びます。

「おいしいですね、レチェ様」

 まだ熱いのでしょうか、口を押さえるようにしながらイリスが感想を伝えてきます。

「肉とは違ってたんぱくな味わいではありますけれど、なかなかでしょう?」

「ですが、これはまた、お酒を要求してくる人が増えそうな感じではありますね」

「そこはまあ、無理ですね。店内でのお酒の提供はしておりませんから」

「そうなりますと、二号店ということも視野に入るのではありませんかね」

 イリスから、思いも寄らない提案が出てきました。
 確かに、半年の経過を見てみまして、私の料理も定着してきました。
 訪れるお客様からは、お酒の提供について聞かれることもありましたからね。お酒の飲める二号店というのは、確かに視野に入れてもよいのかもしれません。
 どう転ぶにしても、私たちの一存で決められることではありませんけれどね。国王陛下からの監視がつけられてしまった今、商業ギルドには活動報告が義務付けられてしまいましたからね。

「はあ……。活動報告がてら、ミサエラさんと相談をしてみることにしましょうかね」

「その方がよろしいでしょうね。レチェ様は長く不在にしていてご存じないとは思いますが、食堂の味の秘密を盗もうとする連中を、最近見かけるようになりましたからね」

「……やっぱり出ますか」

「はい」

 人気のお店というのは、注目されます。当然ながら、その秘密を探ろうとする同業他者が出てくるわけですよ。
 私としては別に構わないのですけれど、この世界ではレシピはかなり大事なものですから、イリスもこれだけ神経質になっているようです。
 とはいえ、この厨房にある魔道具の数々を再現できるとは思えませんけれどね。厨房内の効率において一番貢献している全自動食器洗い機なんて、絶対無理ですよ。

 そんなわけでして、いろいろとミサエラさんに相談することとなりましたね。
 それはさておきまして、私はイリスに魚料理の指導をします。さすがに最初はかなり苦戦をしていましたが、私の侍女はやはり違いますね。
 朝から始めた特訓も、昼を迎える頃にはすっかりマスターをしておりました。これならば、魚料理を提供できる日もそう遠くありませんね。
 ただ、魚の生臭さに、イリスはすっかり参っていたようですけれど。

「このにおい、取れますかね?」

「洗浄の魔法でどうにかしますよ。安心して下さい」

 においに困っているイリスに、私は優しく声をかけておきました。
 こうして、食堂の休業日は過ぎていきまして、その夜の食事はイリスが作った魚のフライが振る舞われたのでした。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

転生幼女は追放先で総愛され生活を満喫中。前世で私を虐げていた姉が異世界から召喚されたので、聖女見習いは不要のようです。

桜城恋詠
ファンタジー
 聖女見習いのロルティ(6)は、五月雨瑠衣としての前世の記憶を思い出す。  異世界から召喚された聖女が、自身を虐げてきた前世の姉だと気づいたからだ。  彼女は神官に聖女は2人もいらないと教会から追放。  迷いの森に捨てられるが――そこで重傷のアンゴラウサギと生き別れた実父に出会う。 「絶対、誰にも渡さない」 「君を深く愛している」 「あなたは私の、最愛の娘よ」  公爵家の娘になった幼子は腹違いの兄と血の繋がった父と母、2匹のもふもふにたくさんの愛を注がれて暮らす。  そんな中、養父や前世の姉から命を奪われそうになって……?  命乞いをしたって、もう遅い。  あなたたちは絶対に、許さないんだから! ☆ ☆ ☆ ★ベリーズカフェ(別タイトル)・小説家になろう(同タイトル)掲載した作品を加筆修正したものになります。 こちらはトゥルーエンドとなり、内容が異なります。 ※9/28 誤字修正

『追放令嬢は薬草(ハーブ)に夢中 ~前世の知識でポーションを作っていたら、聖女様より崇められ、私を捨てた王太子が泣きついてきました~』

とびぃ
ファンタジー
追放悪役令嬢の薬学スローライフ ~断罪されたら、そこは未知の薬草宝庫(ランクS)でした。知識チートでポーション作ってたら、王都のパンデミックを救う羽目に~ -第二部(11章~20章)追加しました- 【あらすじ】 「貴様を追放する! 魔物の巣窟『霧深き森』で、朽ち果てるがいい!」 王太子の婚約者ソフィアは、卒業パーティーで断罪された。 しかし、その顔に絶望はなかった。なぜなら、その「断罪劇」こそが、彼女の完璧な計画だったからだ。 彼女の魂は、前世で薬学研究に没頭し過労死した、日本の研究者。 王妃の座も権力闘争も、彼女には退屈な枷でしかない。 彼女が求めたのはただ一つ——誰にも邪魔されず、未知の植物を研究できる「アトリエ」だった。 追放先『霧深き森』は「死の土地」。 だが、チート能力【植物図鑑インターフェイス】を持つソフィアにとって、そこは未知の薬草が群生する、最高の「研究フィールド(ランクS)」だった! 石造りの廃屋を「アトリエ」に改造し、ガラクタから蒸留器を自作。村人を救い、薬師様と慕われ、理想のスローライフ(研究生活)が始まる。 だが、その平穏は長く続かない。 王都では、王宮薬師長の陰謀により、聖女の奇跡すら効かないパンデミック『紫死病』が発生していた。 ソフィアが開発した『特製回復ポーション』の噂が王都に届くとき、彼女の「研究成果」を巡る、新たな戦いが幕を開ける——。 【主な登場人物】 ソフィア・フォン・クライネルト 本作の主人公。元・侯爵令嬢。魂は日本の薬学研究者。 合理的かつ冷徹な思考で、スローライフ(研究)を妨げる障害を「薬学」で排除する。未知の薬草の解析が至上の喜び。 ギルバート・ヴァイス 王宮魔術師団・研究室所属の魔術師。 ソフィアの「科学(薬学)」に魅了され、助手(兼・共同研究者)としてアトリエに入り浸る知的な理解者。 アルベルト王太子 ソフィアの元婚約者。愚かな「正義」でソフィアを追放した張本人。王都の危機に際し、薬を強奪しに来るが……。 リリア 無力な「聖女」。アルベルトに庇護されるが、本物の災厄の前では無力な「駒」。 ロイド・バルトロメウス 『天秤と剣(スケイル&ソード)商会』の会頭。ソフィアに命を救われ、彼女の「薬学」の価値を見抜くビジネスパートナー。 【読みどころ】 「悪役令嬢追放」から始まる、痛快な「ざまぁ」展開! そして、知識チートを駆使した本格的な「薬学(ものづくり)」と、理想の「アトリエ」開拓。 科学と魔法が融合し、パンデミックというシリアスな災厄に立ち向かう、読み応え抜群の薬学ファンタジーをお楽しみください。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

こちらの異世界で頑張ります

kotaro
ファンタジー
原 雪は、初出勤で事故にあい死亡する。神様に第二の人生を授かり幼女の姿で 魔の森に降り立つ 其処で獣魔となるフェンリルと出合い後の保護者となる冒険者と出合う。 様々の事が起こり解決していく

転生してきた令嬢、婚約破棄されたけど、冷酷だった世界が私にだけ優しすぎる話

タマ マコト
ファンタジー
前世の記憶を持って貴族令嬢として生きるセレフィーナは、感情を見せない“冷たい令嬢”として王都で誤解されていた。 王太子クラウスとの婚約も役割として受け入れていたが、舞踏会の夜、正義を掲げたクラウスの婚約破棄宣言によって彼女は一方的に切り捨てられる。 王都のクラウスに対する拍手と聖女マリアへの祝福に包まれる中、何も求めなかった彼女の沈黙が、王都という冷酷な世界の歪みを静かに揺らし始め、追放先の辺境での運命が動き出す。

処理中です...