ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊

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第187話 そういえばそうだったんです

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 殿下の訪問から十日ほどが経ちました。
 食堂の前にラッシュバードに乗られて、アンドリュー殿下とアマリス様がいらっしゃいました。なんでお二人が、護衛もなしに来られているんですか。

「やあ、レイチェル。しばらく泊めさせてもらうぞ」

「はい?」

 私は首を捻るばかりです。
 首を傾げたままアマリス様を見ますが、アマリス様は首を横に振っていらっしゃいます。なるほど、誰も殿下を御せなかったということですか……。アマリス様ですら、私に会えるという誘惑に勝てなかったのですね。

「アンドリュー殿下。さすがに護衛をつけていらして下さい。ご自身の立場が分かっていらっしゃるのですか」

「いいではないか。このラッシュバードたちが優秀なのでな」

 ダメですね。私の言葉すら聞くつもりがなさそうです。
 外で話をしていては目立ちますから、ひとまず中に入っていただきましょう。

 食堂は営業中ですので、まずはラッシュバードを以前の鳥小屋に連れていきます。
 事務所脇にある勝手口から中へと入っていただきます。
 イリスも仕事中ですので、私が自ら飲み物を用意します。

「えっと、殿下」

「なんだい、レイチェル」

「まずはそちらの方々をご紹介いただけますでしょうか」

 私は、アンドリュー殿下とアマリス様と一緒に来られた男女をじっと見つめています。服装は貴族といった感じではないですけれど、殿下方と一緒にいらっしゃいますから、おそらくは王宮料理人でしょう。つまり、この方々がミシオさんたちの代わりとなるわけですね。

「おお、さすがはレイチェル。この二人はあの三人と入れ替わりでこちらの手伝いをすることになる料理人だ。ガニミ、カミラ、レイチェルに挨拶を」

 アンドリュー殿下からの紹介で、二人の料理人が私に頭を下げてきます。塩味、酸味、甘味の次は、苦味と辛味ですか……。どういう職場なんですか、王宮の厨房って……。

「ガニミと申します。殿下直々のご命令でございますゆえ、身を粉にする想いで勉強させていただきます」

「いや、身を粉にしては料理ができませんので、無理のない程度でお願いします」

「これは失礼致しました」

 ガニミさんは三十代と思われるがっしりとした体の方です。ミシオさんと似た感じですね。

「カミラと申します。妹がお世話になっておりますが、手紙でかなり腕前を上げたというようなことを申しておりましたので、私もその手腕を見てみたくなりました。どうぞ、よろしくお願い致します」

「妹ってことは、マミアさんって……」

「はい、私の妹でございます。不出来な妹ですので、さぞご迷惑をおかけしたと思います」

「いえ、大丈夫でしたよ。今はみなさんとも打ち解けていまして、とても楽しそうにしております」

 私はカミラさんの問い掛けに、正直に答えます。失敗ばかりしていれば、イリスからすべて報告が来ますからね。そういったことがないですから、きちんとできているとみて間違いありません。
 ええ、私の侍女は誰にでも公平なんです。私にすら平気で物申しますから。

「お話をされるのでしたら、夜までお待ち下さいね。もう時間的に夕方のピークタイムに入りますから」

 私がそう話しますと、殿下たちが窓から外を見られます。
 窓の外の景色は、間違いなく赤く染まり始めていました。
 そういうわけですので、私は殿下方の泊まられる部屋を用意することにします。とはいいましても、食堂には部屋がもう余っていないのですよね。アマリス様は間違いなく私と話をされたがるでしょうし、カミラさんも久しぶりの家族との再会をしていただいた方がいいでしょう。
 私がくるりと殿下の顔を見ます。

「なんだい、レイチェル」

「殿下。部屋がございませんので、宿に泊まって下さいませんか。そもそも宿泊客を受け入れられるほど、この食堂はスペースがありませんのでね」

「それは困ったな。だったらレイチェル、商会の建物を本格的に構えてみる気はないかい?」

「えっ?」

 あまりにも唐突なアンドリュー殿下からの提案に、私は目が点になってしまいました。

「なんで驚くんだい。商会を名乗る以上は、商会の拠点は構えておいた方がいい。それこそ、この食堂の隣でもね」

「た、確かに……」

 アンドリュー殿下から指摘されまして、私は真剣に考えこんでしまいました。
 やりたいことを定着させるので精一杯で、商会でありながら拠点らしい拠点はありませんでした。
 正確にいえば拠点はあるのですが、家の延長といったところでしたからね。主要な取引となると、商業ギルドにお世話になりっぱなしです。

「分かりました。明日にでも商業ギルドに出向きまして、ミサエラさんと相談させていただきます」

「ああ、もう暗くなるからその方がいいだろう」

 私がため息をつきながら申しますと、アマリス様はもちろんですが、アンドリュー殿下もにこにことご満悦な顔をしていらっしゃいました。
 話も終わりましたので、私が食事を準備している待ち時間を利用して、アンドリュー殿下とガニミさんは宿を取りに行かれました。
 お二人が出ていかれた姿を見て、私はすぐさま調理に取り掛かります。

 私の商会を持つ。
 いよいよその段階にきてしまったのですね。
 思い浮かべてみただけでも妄想が止まらなくなりますが、今は調理中です。殿下相手に失礼なものは出せませんから、ひとまず妄想はやめて、がっつりとした夕食を用意したのでした。
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