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第22話 長雨の憂鬱
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長雨の季節は、なにもウィルソン公爵領だけの話ではなかった。
ウィズタリア王国の広範囲にわたって、この時期は雨に悩まされる。
王都も長雨のために、少しいつもの活気に陰りが出ている。
「今日も降り続くな。いつぐらいに止むか分からないか?」
「はぁ……、王宮魔導士を天気予報に使うのはあまり好ましくありませんが?」
アンドリューの質問に、ジャックが苦言を呈している。
王宮魔導士は、ウィズタリア王国の中でも選りすぐりの優れた魔法使いだ。そんな人物を天気予報に使おうなんて、さすがは王子といったところである。
アンドリューがなぜこんなことを言うかというと、やはりレイチェルの隠遁が原因だろう。
本来ならば、レイチェルも揃って婚約者同士仲良くするつもりだった。
ところが、レイチェルがまさかの入学試験に失敗という事態に。そのせいで、王子は一人浮いて学園に通っている状況だ。
雨をどうこうしろというのも、そうした苛立ちからきているものなのである。
「まったく、レイチェル嬢が公爵領に引きこもられたと聞かされてからというもの、殿下の暴挙には困ったものです。ストッパーたるアマリス王女様までいらっしゃらなくなりましたから、どうしたものでしょうかね……」
ソファーに腰掛けてイラつく様子を見せるアンドリュー。その姿にジャックもすっかり頭を痛めていた。
レイチェルが魔法学園に入学できなかった以上、これ以上婚約者としておくのはいろいろと批判が出かねない。
ところが、アンドリューはまったく諦める様子がなく、婚約者の座はレイチェルのままなのだ。
王家と王子との間で、ジャックは板挟みとなっているのである。
「はあ、こうなっては困りましたね。ここは私が一肌脱ぐとしましょう」
完全にふて腐れているアンドリューをよそに、ジャックはこっそりと外へと出ていった。
ジャックが向かった先は、王都のウィルソン公爵邸だ。
アンドリューはレイチェルに強い未練があるために、早めにそれを断ち切らせたい。
このままにしておけば、レイチェルにもいずれこの問題が波及する。彼女が隠遁を望むであるのなら、やはり早いうちの解決が望ましいのである。
「ウィルソン公爵、本日は急な訪問を受けて下さり、誠にありがとうございます」
公爵邸に前触れもなくやって来たジャックだったが、無事に公爵邸に入れてもらえたようだ。
目の前にはウィルソン公爵と夫人、それと次女であるルーチェの三人が座っている。
「ジャック殿、一体どうしたのかね。慌てているようだが」
ウィルソン公爵がジャックに問いかける。
「実はですね……」
ジャックは事情の説明を始める。
黙って聞いていたウィルソン公爵だったが、その内容には表情を曇らせた。
「そうか……。アンドリュー殿下はまだレイチェルに未練があると、そういうわけですか」
「はい。なにぶん小さい頃から交流を重ねていましたから、殿下もかなりレイチェル嬢のことを好いておられますからね。試験に落ちられたからと言って、簡単には諦められないのです」
「ふむ……」
ジャックが改めて言うと、ウィルソン公爵はため息をついていた。
「だが、ジャック殿が仰られるとおり、このままではアンドリュー殿下はおろか、王家やレイチェルにもいろいろと波及しかねんな……。確かに試験に落ちたという落ち度はレイチェルのものではあるが、だからといって私たちはあの子を責めることはできん」
ウィルソン公爵は腕を組みながら唸り続けている。
「あなた、レイチェルで問題があるのなら……」
夫人はウィルソン公爵に声をかけると、自分の隣へと視線を向ける。
そこにいるのはレイチェルの妹であるルーチェだ。
「えっ、私、ですか?」
そう、レイチェルの代わりにルーチェを婚約者に据えようというわけだ。
これなら両家の体裁は一応整えられるし、のんびり過ごしたいというレイチェルの希望も叶えられる。
夫人はそう無言で提案しているのである。
「うむ、それがいいが……」
だが、公爵は少し躊躇を見せる。
「そうでございますね。陛下と王妃様、それとアンドリュー殿下の承認が必要でございます」
公爵が乗り気でない理由はそこだった。
アンドリューに未練があるというのなら、この条件を満たせない可能性があるのだ。
「わ、私は引き受けます。お姉様に頼まれたんですもの。家のためでしたら、婚約者の件をお受けします。勉強を頑張って、学園に入学します」
話を聞いていたルーチェは、覚悟を決めた表情で訴えかけていた。
本当にけなげな少女である。
ルーチェにここまでの覚悟を見せられたのなら、公爵もジャックももう迷っていられなかった。
「それでは、陛下たちに掛け合って婚約者変更のための話し合いの場を設けられるように致します」
「うむ、レイチェルのうっかりのせいですっかり迷惑をかけてしまったな」
「もう済んだことでございます。彼女は社交界から引退するというような話でございますし、これ以上は私としても責めはしません」
こう話すと、ジャックは立ち上がる。
「それでは、すぐに城に戻りまして陛下たちに掛け合ってまいります。決まり次第、連絡致します」
「うむ、頼んだぞ」
無事に話し合いが終わり、ジャックは慌てて城へと戻っていった。
レイチェルのやらかしから始まった騒動は、ひとつの段階を迎えようとしていたのだった。
ウィズタリア王国の広範囲にわたって、この時期は雨に悩まされる。
王都も長雨のために、少しいつもの活気に陰りが出ている。
「今日も降り続くな。いつぐらいに止むか分からないか?」
「はぁ……、王宮魔導士を天気予報に使うのはあまり好ましくありませんが?」
アンドリューの質問に、ジャックが苦言を呈している。
王宮魔導士は、ウィズタリア王国の中でも選りすぐりの優れた魔法使いだ。そんな人物を天気予報に使おうなんて、さすがは王子といったところである。
アンドリューがなぜこんなことを言うかというと、やはりレイチェルの隠遁が原因だろう。
本来ならば、レイチェルも揃って婚約者同士仲良くするつもりだった。
ところが、レイチェルがまさかの入学試験に失敗という事態に。そのせいで、王子は一人浮いて学園に通っている状況だ。
雨をどうこうしろというのも、そうした苛立ちからきているものなのである。
「まったく、レイチェル嬢が公爵領に引きこもられたと聞かされてからというもの、殿下の暴挙には困ったものです。ストッパーたるアマリス王女様までいらっしゃらなくなりましたから、どうしたものでしょうかね……」
ソファーに腰掛けてイラつく様子を見せるアンドリュー。その姿にジャックもすっかり頭を痛めていた。
レイチェルが魔法学園に入学できなかった以上、これ以上婚約者としておくのはいろいろと批判が出かねない。
ところが、アンドリューはまったく諦める様子がなく、婚約者の座はレイチェルのままなのだ。
王家と王子との間で、ジャックは板挟みとなっているのである。
「はあ、こうなっては困りましたね。ここは私が一肌脱ぐとしましょう」
完全にふて腐れているアンドリューをよそに、ジャックはこっそりと外へと出ていった。
ジャックが向かった先は、王都のウィルソン公爵邸だ。
アンドリューはレイチェルに強い未練があるために、早めにそれを断ち切らせたい。
このままにしておけば、レイチェルにもいずれこの問題が波及する。彼女が隠遁を望むであるのなら、やはり早いうちの解決が望ましいのである。
「ウィルソン公爵、本日は急な訪問を受けて下さり、誠にありがとうございます」
公爵邸に前触れもなくやって来たジャックだったが、無事に公爵邸に入れてもらえたようだ。
目の前にはウィルソン公爵と夫人、それと次女であるルーチェの三人が座っている。
「ジャック殿、一体どうしたのかね。慌てているようだが」
ウィルソン公爵がジャックに問いかける。
「実はですね……」
ジャックは事情の説明を始める。
黙って聞いていたウィルソン公爵だったが、その内容には表情を曇らせた。
「そうか……。アンドリュー殿下はまだレイチェルに未練があると、そういうわけですか」
「はい。なにぶん小さい頃から交流を重ねていましたから、殿下もかなりレイチェル嬢のことを好いておられますからね。試験に落ちられたからと言って、簡単には諦められないのです」
「ふむ……」
ジャックが改めて言うと、ウィルソン公爵はため息をついていた。
「だが、ジャック殿が仰られるとおり、このままではアンドリュー殿下はおろか、王家やレイチェルにもいろいろと波及しかねんな……。確かに試験に落ちたという落ち度はレイチェルのものではあるが、だからといって私たちはあの子を責めることはできん」
ウィルソン公爵は腕を組みながら唸り続けている。
「あなた、レイチェルで問題があるのなら……」
夫人はウィルソン公爵に声をかけると、自分の隣へと視線を向ける。
そこにいるのはレイチェルの妹であるルーチェだ。
「えっ、私、ですか?」
そう、レイチェルの代わりにルーチェを婚約者に据えようというわけだ。
これなら両家の体裁は一応整えられるし、のんびり過ごしたいというレイチェルの希望も叶えられる。
夫人はそう無言で提案しているのである。
「うむ、それがいいが……」
だが、公爵は少し躊躇を見せる。
「そうでございますね。陛下と王妃様、それとアンドリュー殿下の承認が必要でございます」
公爵が乗り気でない理由はそこだった。
アンドリューに未練があるというのなら、この条件を満たせない可能性があるのだ。
「わ、私は引き受けます。お姉様に頼まれたんですもの。家のためでしたら、婚約者の件をお受けします。勉強を頑張って、学園に入学します」
話を聞いていたルーチェは、覚悟を決めた表情で訴えかけていた。
本当にけなげな少女である。
ルーチェにここまでの覚悟を見せられたのなら、公爵もジャックももう迷っていられなかった。
「それでは、陛下たちに掛け合って婚約者変更のための話し合いの場を設けられるように致します」
「うむ、レイチェルのうっかりのせいですっかり迷惑をかけてしまったな」
「もう済んだことでございます。彼女は社交界から引退するというような話でございますし、これ以上は私としても責めはしません」
こう話すと、ジャックは立ち上がる。
「それでは、すぐに城に戻りまして陛下たちに掛け合ってまいります。決まり次第、連絡致します」
「うむ、頼んだぞ」
無事に話し合いが終わり、ジャックは慌てて城へと戻っていった。
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