スローライフ 転生したら竜騎士に?

梨香

文字の大きさ
246 / 273
第十二章  皇太子妃への道

11 まさか、貴女が!

しおりを挟む
 竜が二頭も舞い降りて、竜騎士が舞台に上がり、姫君役の女の子と抱き合うのを唖然として見ていた観客の中には、ユングフラウに行ったことがあるものもいた。

「なぁ、あれはグレゴリウス皇太子殿下じゃないのか?」

 そして、イルバニア王国一のモテ男であるジークフリード卿にも気づく。ハリエットの夫は、領地のワインをユングフラウに販売に行くことも多い。

「ジークフリード卿は、確か皇太子殿下の側近だったはずだ。という事は、やっぱり! あの三頭目の竜は、婚約者である茨姫の……大変だ、火を噴く竜だぞ!」

「まさか貴女が! 皇太子殿下の婚約者なの? 嘘でしょう」

 ハリエットは、ど田舎の農民の娘だったユーリが竜騎士だとか、よりによって皇太子の婚約者だなんて信じられなかった。

「お前の幼馴染が皇太子殿下の婚約者なのか! これは挨拶しなきゃいけないな」

「冗談でしょう! 何かの間違いよ。貧乏な農家の娘が何故?」

 日頃から妻の高慢な態度に嫌気がさしていたマッケンジーは、嫌がるハリエットの手を掴んで荷馬車の舞台に近づく。

「やめてよ!」

「幼馴染に挨拶ぐらいしなきゃ悪いだろ」

 グレゴリウスの胸で両親の死を思い出して泣いていたユーリも、ハリエットの甲高い声で涙をハンカチで拭く。

「ユーリの知り合いかい?」

 普通なら皇太子の婚約者の幼馴染がこんな旅芝居の観客にいる事は無いが、ユーリは両親が駆け落ちしたので農家の娘として育った。グレゴリウスは下で騒いでいる夫婦が気になった。

「まあね、知り合いと言えば、知り合いだわ」

 二人の視線がこちらを向いたので、マッケンジーは礼儀正しく帽子を取って頭を下げる。勿論、逃げ出そうとするハリエットの手は放さない。

「そなた達は、ユーリの知り合いなのか?」

「皇太子殿下、私はこの地方で農場を営んでいるマッケンジーと申します。こちらにいます私の妻は、婚約者の幼馴染なのです。このような偶然の出会いに感激して、言葉も出ないようです」

 真っ赤になり夫の手から逃れようとしていたハリエットは、グレゴリウスの金褐色の瞳と目が合うと、真っ青になって俯いた。ユーリは、少し前まではハリエットに対して腹を立てていたが、お祖母様の言葉を思い出して許すことにする。

「グレゴリウス様、ヒースヒルの小学校の同級生のハリエットです。久しぶりで再会して驚きましたの」

「そうか、ヒールヒルの友だちなのか」

 何だか他のユーリの幼馴染とは雰囲気が違うとグレゴリウスは変に思ったが、ハリエットに会釈し、夫のマッケンジーと握手して、その場を立ち去る。

 荷馬車の舞台から降りると、観客達は突然の皇太子のお出ましに驚き、道を開ける。劇が中断したままだが、それより田舎で皇太子に会う機会など滅多にないので、頭を下げつつも、興味深々で眺める。

「あのう、本当にユーリは皇太子殿下の婚約者なのかい?」

 観客達の話を聞いて、アマンダは驚きを隠せない。竜騎士なのは知っていたが、まさかあの茨姫だとは思いもしなかったのだ。ユーリは劇を無茶苦茶にしてしまったので謝る。

「ごめんなさい。助けて頂いたのに、劇の邪魔にしかなりませんでした。グレゴリウス様、こちらは私を助けてくれたローズ座長とアマンダさんです」

「ユーリを助けてくれてありがとう」

 ローズ団長は真っ赤になって差し出された手を握る。

「こんな事、一生に一度もない事だよ!」

 ジークフリードは観客達も皇太子と挨拶したいと騒ぎ出したので、早くこの場を立ち去ろうと促す。

「あっ、このドレスを着替えないといけないわ。グレゴリウス様、待っていて下さる?」

「それは良いけど……」なんだか変だとグレゴリウスは訝しむ。

「グレゴリウス様、後で説明するわ」と、ユーリに微笑まれると、グレゴリウスはキスぐらいはできるかもしれない期待で、友人の事など何処かへ飛んでいってしまった。

 竜に乗って空へと舞い上がったユーリを、複雑な思いでハリエットは睨んでいたが、夫には強気を通す。

「竜に乗るだなんて、レディらしくないわね」

 マッケンジーは、妻の不認識に呆れる。

「グレゴリウス皇太子殿下の婚約者であるユーリ・フォン・フォレスト嬢はローラン王国のゲオルク王の竜を倒した英雄なんだよ。その上、確か母上は王族の血を引いていると聞いたぞ」

「嘘でしょ! ヒースヒルでも貧しい農家の娘だったのに……」

「ああ、姫君と竜騎士の駆け落ちを知らないんだな、ユングフラウを揺るがした大スキャンダルだったのに。お前が馬鹿にしていた貧しい農家の娘は、立派なお姫様だったっていうわけだ」

 ハリエットは、何故、ユーリが自分が意地悪をしたのを皇太子に告げ口しなかったのか理解できなかった。そして、それが余計に負けた感じに思えて、夫にツンと顎を上げて命じた。

「疲れたわ、早く家に帰りましょう」

 マッケンジーは、見た目の美しさに騙された自分の愚かさを噛み締めながら、馬車に妻を乗せて家路を辿った。

 その頃、ユーリは孤児院に着き、上司のイージス卿に怒られていた。

「貴女ももう竜騎士なのだから、もう少し考えて行動しなくてはいけません。今回の件で、どれほど心配をかけたか反省して下さい」

 ユーリは、平謝りしていたが「あのう、ハンナは……」と気になった。

「私は竜騎士ではありませんから、行方不明になった貴女を探索もできません。なので、ハンナの件を調査しておきました」

「どうなったのですか?」

「それが芳しい結果にはならなかったのです。母親はハンナと暮らしたい気持ちはあるのですが、タレーラン伯爵家のお屋敷では子持ちの奉公は認めていないみたいで。普通は親戚に預けるのが一般的なのですが、それも見込めないから孤児院である程度大きくなるまで過ごすしかないようです」

「そんなぁ……」

 気落ちするユーリに、世間はそんな物ですと諭す卿だ。

「領民の世話は、本来はタレーラン伯爵家でするべきなんですよね!」

「それは、そうですが、そう理想通りにはいきません」

「そうね、メアリーも娘さんを親に預けて奉公していたし……」

 幼い時から侍女として仕えているメアリーを思い出し、領民に手厚い保護を与えるお祖母様でも子持ちの奉公は受け入れていないのかもとガッカリする。

 ユングフラウに帰ってからも、孤児院に戻されたハンナの泣き顔が、ユーリの心を重くする。

「ユーリ? どうしたの?」

 訳ありそうな友だちについて後で話すと言われたグレゴリウスは、フォン・アリスト家の応接間で浮かない顔のユーリを抱きしめて尋ねる。

「私が出来る事って本当に少ないのね。ハンナと母親を一緒に暮らさせてあげたいと思うけど、タレーラン伯爵家では子持ちの奉公は認めてないし……世間は厳しいのね」

「戦争で孤児も多く出たし、私も協力するよ。本来は領民の世話は領主がするべきなのだ。これは頭が痛い問題だね。ところで、あの友だちは?」

 グレゴリウスが少しでも孤児に興味を持ってくれたので、ユーリは喜ぶ。

「グレゴリウス様! ありがとう! ハリエットの事は良いのよ。ヒースヒルの小学校で一緒だっただけ」

「ヒースヒルの友だち? そんな感じがしない婦人だったけど……」

「まあね、仲は良かったとは言えないわ。でも、お祖母様が言われていた事を思い出したのよ。夫や婚約者が高い地位にいるから自分も偉いと勘違いしている馬鹿な貴婦人がいると。そんな馬鹿な女になって欲しくないと諌められたの」

 夫という言葉に、グレゴリウスの妄想は暴走する。

「私の地位でユーリは竜騎士になった訳じゃないし、勘違いしている馬鹿な貴婦人とは全然違うよ。それにしても、早く結婚したいね」

 二人でいちゃいちゃしていたが、マキシウスは結婚まで孫娘に不謹慎な真似はさせない。メアリーにお茶を運ばせて邪魔をした。

 ユーリは、国務省で働いていても、常にハンナの泣き顔が浮かんで来て、悶々と日々を過ごしていた。

「そう言えば、今日はセント・ウルヌスデーなのね」

 結婚が決まってから、グレゴリウスとよくつまらない事で言い争いになったのを反省して、チョコレートを送ろうと思っていたユーリだが、ハンナ一人も救えない無力感でそんな気にならなかった。

 仕事を終えて屋敷に帰ったユーリは、引き出しにしまってあるチョコレートを取り出して、グレゴリウスにあげに行こうか悩んでいると、メアリーが遠慮がちに声を掛ける。

「ユーリ様、エミリー嬢がお越しですが、お断り致しましょうか?」

 ハンナの面倒を本来なら領主であるタレーラン伯爵がみるべき義務があるのに、それを怠っていると思うと、さほど仲の良くないエミリーに会いたい気分では無かったが、渋々立ち上がる。

「会うわ……皮肉を言わないように注意しなきゃ。エミリーはきっと領地の事など知らないんでしょうから」

 ユーリは、ユングフラウで贅沢三昧の貴族が好きでは無かったが、まだ若いエミリーが領地について無知だからと、嫌な態度をとってはいけないと自分を諌める。

「まぁ、やっとお出ましね! 貴女に良い報告を一番にしようと訪ねて来たのに。私はボーエンヘルツ男爵と婚約致しましたのよ」

 エミリーは自慢そうに大きなルビーの指輪を見せびらかす。

「おめでとう」

 ユーリの熱の籠もっていない祝辞にも、エミリーはめげず、滔々とホーエンヘルツ男爵がいかに優れているか話し続けた。

「エミリー様、ごめんなさい。少し、頭痛がするものだから……」

 見ず知らずのホーエンヘルツ男爵の話をこれ以上聞きたくないユーリは、そろそろお引き取りを願う。

「まぁ、そんな気儘な態度で皇太子妃になれるのかしら? では、これで失礼するわね。ここに来たのは、領地の娘がどうのこうのと言われたからなのに!」

 上の空で聞いていたユーリは、ハッとする。

「ハンナがどうしたの?」

「ああ、そうハンナとか言う女の子を、タレーラン伯爵家の屋敷で母親と一緒に暮らせるようにとグレゴリウス皇太子殿下から直々に頼まれたのよ。父上に頼んで、処理して貰ったわ」

「まぁ! ありがとう!」

 ユーリに抱きつかれて、エミリーは驚く。

「何よ、急に! まぁ、貴女には縁結びのチョコレートを貰ったし、女の子一人ぐらい屋敷に置いても問題は無いでしょう」

 エミリーが帰った後、ユーリはチョコレートを持ってグレゴリウスを訪ねる。

「グレゴリウス様、ハンナの件をエミリー様に頼んで下さったのね!」

「ユーリが気にしているようだったからね。そのせいで、エミリー嬢の婚約パーティに出席しなきゃいけなくなったよ」

 ユーリは、グレゴリウスに抱きついて感謝する。

「ありがとう! それとこれからは、つまらない事で喧嘩をしないように気をつけるわ」

 セント・ウルヌスデーを二人でチョコレートを食べながら甘い時を過ごした。

 恋愛の都ユングフラウにセント・ウルヌスデーに恋人同士でチョコレートを食べる習慣が根付き、国務次官のシュミット卿は「ユーリ・フォン・フォレストのせいでカカオの輸入が増えた」と眉を顰めるのだった。
しおりを挟む
感想 82

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

平凡なサラリーマンが異世界に行ったら魔術師になりました~科学者に投資したら異世界への扉が開発されたので、スローライフを満喫しようと思います~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家
ファンタジー
夏井カナタはどこにでもいるような平凡なサラリーマン。 そんな彼が資金援助した研究者が異世界に通じる装置=扉の開発に成功して、援助の見返りとして異世界に行けることになった。 カナタは準備のために会社を辞めて、異世界の言語を学んだりして準備を進める。 やがて、扉を通過して異世界に着いたカナタは魔術学校に興味をもって入学する。 魔術の適性があったカナタはエルフに弟子入りして、魔術師として成長を遂げる。 これは文化も風習も違う異世界で戦ったり、旅をしたりする男の物語。 エルフやドワーフが出てきたり、国同士の争いやモンスターとの戦いがあったりします。 第二章からシリアスな展開、やや残酷な描写が増えていきます。 旅と冒険、バトル、成長などの要素がメインです。 ノベルピア、カクヨム、小説家になろうにも掲載

最強の異世界やりすぎ旅行記

萩場ぬし
ファンタジー
主人公こと小鳥遊 綾人(たかなし あやと)はある理由から毎日のように体を鍛えていた。 そんなある日、突然知らない真っ白な場所で目を覚ます。そこで綾人が目撃したものは幼い少年の容姿をした何か。そこで彼は告げられる。 「なんと! 君に異世界へ行く権利を与えようと思います!」 バトルあり!笑いあり!ハーレムもあり!? 最強が無双する異世界ファンタジー開幕!

転生調理令嬢は諦めることを知らない!

eggy
ファンタジー
リュシドール子爵の長女オリアーヌは七歳のとき事故で両親を失い、自分は片足が不自由になった。 それでも残された生まれたばかりの弟ランベールを、一人で立派に育てよう、と決心する。 子爵家跡継ぎのランベールが成人するまで、親戚から暫定爵位継承の夫婦を領地領主邸に迎えることになった。 最初愛想のよかった夫婦は、次第に家乗っ取りに向けた行動を始める。 八歳でオリアーヌは、『調理』の加護を得る。食材に限り刃物なしで切断ができる。細かい調味料などを離れたところに瞬間移動させられる。その他、調理の腕が向上する能力だ。 それを「貴族に相応しくない」と断じて、子爵はオリアーヌを厨房で働かせることにした。 また夫婦は、自分の息子をランベールと入れ替える画策を始めた。 オリアーヌが十三歳になったとき、子爵は隣領の伯爵に加護の実験台としてランベールを売り渡してしまう。 同時にオリアーヌを子爵家から追放する、と宣言した。 それを機に、オリアーヌは弟を取り戻す旅に出る。まず最初に、隣町まで少なくとも二日以上かかる危険な魔獣の出る街道を、杖つきの徒歩で、武器も護衛もなしに、不眠で、歩ききらなければならない。 弟を取り戻すまで絶対諦めない、ド根性令嬢の冒険が始まる。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

異世界でのんびり暮らしたいけど、なかなか難しいです。

kakuyuki
ファンタジー
交通事故で死んでしまった、三日月 桜(みかづき さくら)は、何故か異世界に行くことになる。 桜は、目立たず生きることを決意したが・・・ 初めての投稿なのでよろしくお願いします。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

処理中です...