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第十二章 皇太子妃への道
10 忘れてはいけないこと
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ローズ一座の今夜の演し物は『マリアの結婚』というロマンチックな物語だ。
お姫様役のユーリは、団長の奥さんのアマンダに化粧されて、ドキドキしながら荷馬車の後ろで出番を待っていた。
『思ったより人が多いわ……あがって台詞を忘れたら、ローズ一座に迷惑をかけちゃう』
田舎町では旅の一座が巡ってくるのも珍しい娯楽なので、宿屋の前の広場には沢山の村人が集まっていた。
ユーリがやはり断れば良かったかもと後悔しだした頃、髭もじゃのローズ団長が俄か作りの舞台へ上がり口上を始めた。
「お集まりの皆さま! 今宵、我々ローズ一座が演じますのは『マリアの結婚』でございます。美しい姫君が悪い叔父の計略で酷い結婚を押しつけられそうになります。さぁ、マリア姫は愛しいクリフォード卿と幸せになれるのでしょうか? 皆さま、ごゆるりとお楽しみ下さい」
舞台では後見人の叔父夫婦がマリアが受け継いだ財産を使い果たしたと話し合っていた。ユーリは二人が自分が演じるマリア姫を、年寄りの金持ちに嫁にいかそうと悪巧みをするのを冷や冷やしながら聞いていた。
「ねぇ、ユーリは竜騎士なんだってね」
ローズ一座では一番若手である色男役のジョセフが、馴れ馴れしく肩を抱いてくる。
「ええ、ジョセフ……その手をどけて下さる」
「おや、つれない。恋人役なのに」
ユーリが睨みつけてもジョセフは気にしない。
「ほら、出番だよ! マリア姫」
笑ってユーリを荷馬車の舞台へとエスコートする。舞台へ出てきた可愛い姫君に、観客は拍手喝采する。あがって棒立ちのユーリだったが、悪い叔父夫婦役のサマンサ達はアドリブで演技を続ける。
「ほら、マリア、ここにお座りなさい」
ユーリは叔母に勧められるまま、椅子に座る。あとは、叔父夫婦が町一番の金持ちとの縁談を強引に勧めるのを、うつむいて首を横に振っているだけだ。
「ふん、やっぱり田舎芝居だわね」
着飾ってその田舎芝居を観にきたハリエットは、ユーリがとんだ大根役者だと馬鹿にする。
「まぁ、旅の一座だからこんなものだろう。あのお姫様役の娘はお前の幼馴染なのかい? なかなか可愛いじゃないか」
「幼馴染なんかじゃありませんわ。田舎の貧乏な農家の娘となんかと一緒にしないで下さい」
ハリエットは隣に座っている旦那さんにあることないことユーリの悪口を言いつのる。
「へぇ、そんな意地悪な娘には見えないが……わかったよ! ちょっと仕掛けてみるか」
ご自慢のドレスまで破られたとお冠の妻に唆されて、マッケンジーは芝居を妨害する企みを考える。この地方では、マッケンジーはかなりの顔が効くのだ。
「おおい! 床入りはまだか!」
「そうだ! はやくベッドシーンを見せろ!」
自分では野次を飛ばさず、不良に小銭をやって妨害させる。
「おい、俺たちは劇を観に来ているんだ! 静かにしろ!」
滅多にない娯楽を不良達が台無しにしようとしているのに腹を立てた農夫が抗議したのを切っ掛けに、観客席で喧嘩が始まった。
「困った! こんな時は歌とダンスだ!」
旅の一座では喧嘩も慣れっこなので、劇の合間にも賑やかな歌やダンスで観客の注意を引き戻す。
「ユーリ! あんたなんか歌えないかい?」
アマンダがいきなり歌とダンスが始まって驚いているユーリの側に来てこっそりと質問する。
「歌……そういえば……『ライラ』を歌ったことがあるような……」
「ライラ! あのオペラのライラかい? そりゃ丁度良いよ!」
社交界デビューする前の不安と希望を歌うライラと、叔父夫婦に成り金に結婚させられそうなマリアとでは関連性がないのでは? とユーリが断ろうとしたが、クリフォード卿役のジョセフと二人で合唱することになった。
「おやっ? お前の幼馴染が歌うみたいだぞ」
「だから、私の幼馴染なんかじゃありません! きっと酒場の戯れ歌かなんかでしょう。姫君が酒場女の歌だなんて、本当に無茶苦茶な劇だわ」
ふん! と鼻を突き出すハリエットだったが、ユーリの歌は見事だった。デビュタントのライラ役の歌に観衆はうっとりしたが、このまま収まるようなハリエットでは無い。
『悔しい! ユーリを良い気にさせておくもんですか!』
横で歌を楽しそうに聴いている旦那の膝を抓って、舞台を台無しにさせるように頼む。
「もう良いじゃないか? みんな劇を楽しんでいるみたいだし……」
「まぁ、私に無礼を働いたあの女を見逃すの? 貴方は私を愛してはいないのね」
機嫌を損ねた妻の毒舌に今後一週間近くも曝されてしまうのを危惧したマッケンジーは、嫌々だが野次を飛ばす。
「もう歌は十分だ! さっさと金持ち男との床入りしろ!」
尻馬に乗って、先ほど金をやった不良達も騒ぎ出す。
ラブシーンはお断りだと劇の前に言われたジョゼフは、少しプライドが傷ついていた。
『竜騎士かなんだか知らないけど、俺の魅力になびかない女の子はいないさ! お客も望んでいることだし、恋人役ならラブシーンが無ければ劇が盛り上がらないだろう』
「やっぱりハリエットって嫌いだわ。自分で野次を飛ばさず、旦那様にやらせるのね。子供の頃から変わっていないわ」
野次っている男の横にハリエットが満足そうにほくそ笑んでいるのを見たユーリは腹が立ってきていた。そんな時にジョゼフがユーリを抱き寄せてキスしようとしたものだから、怒りが爆発してしまう。
「ラブシーンはお断りと言った筈よ!」
「まぁ、まぁ、そんなお堅い事を言わずに」
ニマニマ笑いながら近づけてくる顔を押しのけても懲りないジョゼフの手を掴み、ユーリは反動を利用して投げ飛ばす。ローズ一座の座長とマリアは、恋人を投げ飛ばした姫君に呆れ、劇は無茶苦茶だと天を仰ぐ。
「ユーリ!」
暗い空から竜が二頭舞い降りた。
「皇太子殿下、こんな民衆の真ん中に竜を着地させてはいけません」
ジークフリードに注意され、少し離れた場所にアラミスを着地させると、グレゴリウスは愛しのユーリ目掛けて一直線に走った。
「ユーリ、心配したんだよ! イリスも君が何処にいるかわからないとパニックになるし」
荷馬車の舞台に飛び上がったグレゴリウスは、安っぽいお姫様のドレスを着たユーリを抱きしめる。
「この金色の瞳は……グレゴリウス様! そうよ、だからラブシーンは駄目なのよ」
グレゴリウスに抱きしめられた瞬間、ユーリは全てを思い出した。しかし、嫉妬深いグレゴリウスは、自分の知らない時間に何をしていたのか気になる。
「ラブシーンだって! まさかユーリ!」
舞台で棒立ちになるっているジョゼフに嫉妬してグレゴリウスは睨みつける。
「もう、グレゴリウス様ときたら嫉妬深いのね。そんなに私を信じて下さらないのかしら?」
記憶が戻った途端、嫉妬深いグレゴリウスと痴話喧嘩をしかけたユーリだが、絆の竜騎士を見つけた報告を怠ったイリスをアラミスとパリスが責めているのに気づいた。
『ごめんよ……ユーリと連絡がつかなくなってパニック状態だったから、見つけたらホッとしちゃって連絡するのを忘れていたんだ。それに、ユーリは私の事は思い出したけど、記憶が曖昧だったし……』
『仕方ありませんね』とパリスとアラミスは、ユーリにぞっこんのイリスを簡単に許したが、グレゴリウスとジークフリードは「記憶が曖昧?」と驚く。
「ユーリ? 崖から落ちて怪我をしたのかい!」
「大丈夫よ、ただ頭を打って……子どもの頃の記憶と混乱していたの。そして、パパとママが亡くなったことを思い出したくなくて、記憶を封印してしまったの」
グレゴリウスは婚約者である自分のことも忘れたのかと気落ちしたが、ユーリが泣き出したので、それを抱き締めて慰める。
お姫様役のユーリは、団長の奥さんのアマンダに化粧されて、ドキドキしながら荷馬車の後ろで出番を待っていた。
『思ったより人が多いわ……あがって台詞を忘れたら、ローズ一座に迷惑をかけちゃう』
田舎町では旅の一座が巡ってくるのも珍しい娯楽なので、宿屋の前の広場には沢山の村人が集まっていた。
ユーリがやはり断れば良かったかもと後悔しだした頃、髭もじゃのローズ団長が俄か作りの舞台へ上がり口上を始めた。
「お集まりの皆さま! 今宵、我々ローズ一座が演じますのは『マリアの結婚』でございます。美しい姫君が悪い叔父の計略で酷い結婚を押しつけられそうになります。さぁ、マリア姫は愛しいクリフォード卿と幸せになれるのでしょうか? 皆さま、ごゆるりとお楽しみ下さい」
舞台では後見人の叔父夫婦がマリアが受け継いだ財産を使い果たしたと話し合っていた。ユーリは二人が自分が演じるマリア姫を、年寄りの金持ちに嫁にいかそうと悪巧みをするのを冷や冷やしながら聞いていた。
「ねぇ、ユーリは竜騎士なんだってね」
ローズ一座では一番若手である色男役のジョセフが、馴れ馴れしく肩を抱いてくる。
「ええ、ジョセフ……その手をどけて下さる」
「おや、つれない。恋人役なのに」
ユーリが睨みつけてもジョセフは気にしない。
「ほら、出番だよ! マリア姫」
笑ってユーリを荷馬車の舞台へとエスコートする。舞台へ出てきた可愛い姫君に、観客は拍手喝采する。あがって棒立ちのユーリだったが、悪い叔父夫婦役のサマンサ達はアドリブで演技を続ける。
「ほら、マリア、ここにお座りなさい」
ユーリは叔母に勧められるまま、椅子に座る。あとは、叔父夫婦が町一番の金持ちとの縁談を強引に勧めるのを、うつむいて首を横に振っているだけだ。
「ふん、やっぱり田舎芝居だわね」
着飾ってその田舎芝居を観にきたハリエットは、ユーリがとんだ大根役者だと馬鹿にする。
「まぁ、旅の一座だからこんなものだろう。あのお姫様役の娘はお前の幼馴染なのかい? なかなか可愛いじゃないか」
「幼馴染なんかじゃありませんわ。田舎の貧乏な農家の娘となんかと一緒にしないで下さい」
ハリエットは隣に座っている旦那さんにあることないことユーリの悪口を言いつのる。
「へぇ、そんな意地悪な娘には見えないが……わかったよ! ちょっと仕掛けてみるか」
ご自慢のドレスまで破られたとお冠の妻に唆されて、マッケンジーは芝居を妨害する企みを考える。この地方では、マッケンジーはかなりの顔が効くのだ。
「おおい! 床入りはまだか!」
「そうだ! はやくベッドシーンを見せろ!」
自分では野次を飛ばさず、不良に小銭をやって妨害させる。
「おい、俺たちは劇を観に来ているんだ! 静かにしろ!」
滅多にない娯楽を不良達が台無しにしようとしているのに腹を立てた農夫が抗議したのを切っ掛けに、観客席で喧嘩が始まった。
「困った! こんな時は歌とダンスだ!」
旅の一座では喧嘩も慣れっこなので、劇の合間にも賑やかな歌やダンスで観客の注意を引き戻す。
「ユーリ! あんたなんか歌えないかい?」
アマンダがいきなり歌とダンスが始まって驚いているユーリの側に来てこっそりと質問する。
「歌……そういえば……『ライラ』を歌ったことがあるような……」
「ライラ! あのオペラのライラかい? そりゃ丁度良いよ!」
社交界デビューする前の不安と希望を歌うライラと、叔父夫婦に成り金に結婚させられそうなマリアとでは関連性がないのでは? とユーリが断ろうとしたが、クリフォード卿役のジョセフと二人で合唱することになった。
「おやっ? お前の幼馴染が歌うみたいだぞ」
「だから、私の幼馴染なんかじゃありません! きっと酒場の戯れ歌かなんかでしょう。姫君が酒場女の歌だなんて、本当に無茶苦茶な劇だわ」
ふん! と鼻を突き出すハリエットだったが、ユーリの歌は見事だった。デビュタントのライラ役の歌に観衆はうっとりしたが、このまま収まるようなハリエットでは無い。
『悔しい! ユーリを良い気にさせておくもんですか!』
横で歌を楽しそうに聴いている旦那の膝を抓って、舞台を台無しにさせるように頼む。
「もう良いじゃないか? みんな劇を楽しんでいるみたいだし……」
「まぁ、私に無礼を働いたあの女を見逃すの? 貴方は私を愛してはいないのね」
機嫌を損ねた妻の毒舌に今後一週間近くも曝されてしまうのを危惧したマッケンジーは、嫌々だが野次を飛ばす。
「もう歌は十分だ! さっさと金持ち男との床入りしろ!」
尻馬に乗って、先ほど金をやった不良達も騒ぎ出す。
ラブシーンはお断りだと劇の前に言われたジョゼフは、少しプライドが傷ついていた。
『竜騎士かなんだか知らないけど、俺の魅力になびかない女の子はいないさ! お客も望んでいることだし、恋人役ならラブシーンが無ければ劇が盛り上がらないだろう』
「やっぱりハリエットって嫌いだわ。自分で野次を飛ばさず、旦那様にやらせるのね。子供の頃から変わっていないわ」
野次っている男の横にハリエットが満足そうにほくそ笑んでいるのを見たユーリは腹が立ってきていた。そんな時にジョゼフがユーリを抱き寄せてキスしようとしたものだから、怒りが爆発してしまう。
「ラブシーンはお断りと言った筈よ!」
「まぁ、まぁ、そんなお堅い事を言わずに」
ニマニマ笑いながら近づけてくる顔を押しのけても懲りないジョゼフの手を掴み、ユーリは反動を利用して投げ飛ばす。ローズ一座の座長とマリアは、恋人を投げ飛ばした姫君に呆れ、劇は無茶苦茶だと天を仰ぐ。
「ユーリ!」
暗い空から竜が二頭舞い降りた。
「皇太子殿下、こんな民衆の真ん中に竜を着地させてはいけません」
ジークフリードに注意され、少し離れた場所にアラミスを着地させると、グレゴリウスは愛しのユーリ目掛けて一直線に走った。
「ユーリ、心配したんだよ! イリスも君が何処にいるかわからないとパニックになるし」
荷馬車の舞台に飛び上がったグレゴリウスは、安っぽいお姫様のドレスを着たユーリを抱きしめる。
「この金色の瞳は……グレゴリウス様! そうよ、だからラブシーンは駄目なのよ」
グレゴリウスに抱きしめられた瞬間、ユーリは全てを思い出した。しかし、嫉妬深いグレゴリウスは、自分の知らない時間に何をしていたのか気になる。
「ラブシーンだって! まさかユーリ!」
舞台で棒立ちになるっているジョゼフに嫉妬してグレゴリウスは睨みつける。
「もう、グレゴリウス様ときたら嫉妬深いのね。そんなに私を信じて下さらないのかしら?」
記憶が戻った途端、嫉妬深いグレゴリウスと痴話喧嘩をしかけたユーリだが、絆の竜騎士を見つけた報告を怠ったイリスをアラミスとパリスが責めているのに気づいた。
『ごめんよ……ユーリと連絡がつかなくなってパニック状態だったから、見つけたらホッとしちゃって連絡するのを忘れていたんだ。それに、ユーリは私の事は思い出したけど、記憶が曖昧だったし……』
『仕方ありませんね』とパリスとアラミスは、ユーリにぞっこんのイリスを簡単に許したが、グレゴリウスとジークフリードは「記憶が曖昧?」と驚く。
「ユーリ? 崖から落ちて怪我をしたのかい!」
「大丈夫よ、ただ頭を打って……子どもの頃の記憶と混乱していたの。そして、パパとママが亡くなったことを思い出したくなくて、記憶を封印してしまったの」
グレゴリウスは婚約者である自分のことも忘れたのかと気落ちしたが、ユーリが泣き出したので、それを抱き締めて慰める。
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