前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

文字の大きさ
12 / 69

Chapter.12

しおりを挟む
 仕事終わり。すっかり見慣れた道を行く。店に一番近い駅の出口ももうわかっている。目印にしている場所が見えると、自然に鼓動が早くなる。
(……あれ。緊張してきたな……)
 無意識にしている意識に気付いて、急に頬から耳にかけて熱くなっていく。
(えっ、やだ。赤くなってるよね。どうしよう。いやどうもできない)
 あと少しで待ち合わせ場所に着いてしまう。
 嬉しいようなしんどいような感覚。
(これ、知ってる……知ってるなー……)
 三度目の【コリドラス】来訪。入店前に大きく呼吸をする。
 待ち合わせまではあと10分程度。きっと前回と同じように、少し落ち着く余裕があるだろうと思っていた。
 しかし。
 すでに着席していた紫輝が気配に気付き顔をあげ「あっ」短く言って笑顔を見せた。
 その反応と笑顔に、ドキリと心臓が跳ねる。
「ごめんなさい、お待たせして」少し急ぎ足で鹿乃江が席へ近付く。
「いえ、全然。こちらこそすみません、何度も呼び出しちゃって」
 くしゃっとした笑顔で紫輝が詫びた。しかしそれには、誘いに応じたことへの感謝が見え隠れしている。
 鹿乃江もつられて笑顔になり、首を横に振る。
「誘ってくださって、ありがとうございます」
 鹿乃江の言葉に紫輝が笑顔を見せて、姿勢正しく座り直した。正面の席に鹿乃江が座ると同時に、テーブルに置いた紫輝のスマホが震える。
「あっ、ごめんなさい。仕事のメールが……」
「はい。どうぞ、お気になさらず」
「ありがとうございます」
 礼を言って、紫輝がスマホを操作し出す。
 ふと、百合葉の言葉を思い出した。
“我慢しないで、好きになってみたら?”
(好き……なのかな)
 向かいの席に座る紫輝を見つめてみる。
 伏せたまぶたに長いまつげ。整った眉にすべらかな肌。シャープで細い頬から、顎にかけてのライン。形の良い唇。スッと通った鼻筋。色素の薄い瞳がゆっくりと正面を向く。鹿乃江の視線に紫輝が気付き、驚いて、そして照れる。
「なんか、付いてます?」
 確認するように自分の頬をさする、細く長い指。
「いえっ。付いてないです」
 観察モードから会話モードに切り替わるべく、鹿乃江は背筋を伸ばす。
「照れるんで、あんまり見ないでください」
 苦笑交じりの照れ笑いを浮かべて、顎をさすっていた指を首筋に移動させた。
(見られるの、慣れてるのでは?)
 と思ったが、それは言わない。たぶん、そういうことじゃない。
「すみません」確かに無遠慮だったなと頭を下げる。
「あっ、イヤじゃないんすよ? ただ、照れるだけっすよ?」
「じゃあ、今度眺めるときは、ちゃんと言いますね」冗談交じりに言う鹿乃江に、
「はい、お願いします」
 紫輝が笑って答えて、画面を伏せてスマホをテーブルに置いた。
「すみません、終わりました」と、メニューを持ち「ミルクティー?」広げながら紫輝が微笑む。
「そう言われちゃうと、別のにしたくなりますね……」
 冗談めかして言いながら、紫輝と二人でメニューを眺める。
「前原さんはカフェオレですか?」
「そうですね……オレも別のにしようかな」
 言いながら、空いた手で頬を撫でつける。
「ここ、良くいらっしゃるんですか?」
「はい、家から近くて。集中したいとき、たまに来るんです」
(そんな簡単に個人情報漏らしちゃって大丈夫かな……)
 自分が聞いたこととは言え、つい心配になってしまう。
 紫輝に“芸能人”という意識があまりないのか、それとも鹿乃江に対して安心しているのか……。
 あまり深く考えないようにして飲み物を選んだ。
「「決まりました?」」
 二人同時に言って目線をあげる。
 案外距離が近付いていたことに気付き、お互い一瞬固まって、ゆっくりと上体を起こした。
「私、ブルーベリージュースにします」
「オレはミルクティーで」鹿乃江の馴染みを口に出して「いつも美味しそうに飲んでるんで、気になってたんですよね」はにかむ。
「……味の趣味が似ていることを祈ります」
 その言葉に紫輝が笑って、店員を呼んだ。オーダーを済ませ、鹿乃江に向き直る。
「今日もお仕事忙しかったですか?」
「今日はそこまででもなかったです。前原さんは、お忙しそうですね」
「いやぁ、まだまだっすよ」
「お体壊さないように」
 若いから大丈夫だろうとは思うものの、ついつい心配してしまう。
「ありがとうございます。鶫野さんも、おからだ大事にしてください」
「はい。ありがとうございます」
 顔を見合わせるとなんだか可笑しくなってきて、二人で笑ってしまう。

(楽しいなぁ……)
 素直にそう思う。
 二人で会って他愛もない話をすることが、単純に楽しい。そう思えるだけでもう、相手は“大切な存在”になっている。
 気付いているけど見ないフリをして、大切な時間をなにげなく過ごす。意識して、緊張しすぎて、心から楽しめないのは嫌だから。
 普段と同じように、少しでもいつもみたいに楽しめるように。そしてそれを、なによりも大切に思えるように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...