前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

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Chapter.11

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 鹿乃江はとある駅に降り立った。住宅街をゆっくりと歩きながら、10階建てのマンションへ入る。
 部屋番号を押してオートロックのエントランスドアを開けてもらう。中層階までエレベーターで上がって、【芦津アシヅ】の表札がかかった部屋のインターホンを押した。
「はーい、おはよー」しばらくして開いたドアから、百合葉ユリハが顔を出し、「どーぞぉ~」鹿乃江を迎え入れる。
「おはよー、お邪魔しまーす」
 慣れた様子で内鍵を閉めて、鹿乃江は靴を脱ぎ廊下を進む。
「これ、ご飯とおつまみ」
「サンキュー」鹿乃江から渡された紙袋を開けて「おー、美味しそう!」中身を取り出した。
「食べたくて、キンパ」
「いーね。こっちももうすぐ焼けるよー。今日は鶏肉~」
 言いながら百合葉がサラダボウルをテーブルに置く。
「鶏肉だいすき~」
 鹿乃江はキッチンから取り皿とカトラリーを二人分取り出して、それぞれの席の前に置いた。
「今日はムスメは?」
「学校のあとそのまま習い事~」
「最近の小学生は忙しいねぇ」
「そうなのよ~」
 月一の“女子会”は、ここ数年来の恒例行事だ。
 ご飯を食べたりお酒を呑んだりしながら、近況報告や共通の趣味の話をしたりする。最近のブームは、一昔前にヒットしたゲームのリメイク版をダウンロードして対戦することだ。
 ご飯を食べ、ひとしきり話したところでゲーム本体の電源を点ける。いくつかダウンロードしたタイトルの中から定番の落ちゲーをセレクトした。
 軽快な音楽に乗せてキャラクターセレクト画面が表示される。それぞれが得意技の違うキャラを選んで、ゲームを開始させた。
「最近なんかあったん?」連鎖を組みながら百合葉が聞く。
「えー? なんも?」
「そー?」
「うん」
 画面に集中しながらの会話は、どこか上の空だ。
「あー、ちがうんですー」思っていた場所とは違うスペースに落ちたブロックに思わず声が出る。
「まだまだ弱いな」にやにやしながら百合葉が言い「はい」連鎖を起爆させた。
「だって下手の横好きなんだものおー!」負けた鹿乃江の言葉尻が心の叫びに変わる。目の前の操作画面にポップなフォントで書かれた【げーむえんど】の文字が落ちてきた。
「少しは手加減してよぉー」
「無理だよ、そこまで上手じゃないし。あんたが得意な音ゲーは手加減しないじゃん。それと一緒だよ」鹿乃江の訴えに正論で返す。
「あ、はい。すみません」
「ってかゲーセン勤めてんだからもっと練習しなさいよ」
「ゲーセンで働いてるからって自由に店のゲームできるわけじゃねーのよ」
 斜め後ろのテーブルからコップを取ってお茶を飲む鹿乃江のすぐそばで、床に置いたスマホがポコン♪ ポコン♪ と鳴って震える。反射的にビクリと体を縮めスマホの画面を確認すると、新着メッセの通知が表示されている。送信者はもちろん【マエハラシキ】だ。
「ちょっとごめん」百合葉に一言詫びてスマホを操作する。
「んー」百合葉は特に気にしない様子で、一人モードをプレイし始めた。
 通知は、移動中の電車内で送信したメッセへの返信だった。

『こちらこそ、ありがとうございました』
『とても楽しかったので、また2人で食事に行けたら嬉しいです』

(それは、私も一緒…だけど……)
 だけど、“楽しいから”という理由だけで気軽に会っていい相手じゃないのを知ってしまった。
 年齢。職業。そのもろもろ。
 しかし断るという選択肢の優先度が低いのは、一番の理由である“職業”のことを気にしないでいいと言われたからだ。
 アイドルだから。芸能人だから。それ以外に、紫輝の誘いを断る理由がない。
 本能と理性の狭間で感情が揺れる。
 アプリを立ち上げキーボードを表示させた。返事を打っては消し、消しては打ちを繰り返す。悩めば悩むほどなにが“正解”なのかがわからなくなっていく。
「めっちゃ悩んでんじゃん」
 すでに一戦を終えた百合葉が鹿乃江を眺めていた。
「えっ? そう? そうかな。そうだね」
 時計を見ると通知から10分ほど経っている
「なんかわからないけど、やりたきゃやればいいし、嫌ならやめればいいんじゃない? ってあんただったら言うでしょ」
「あっ、はい」
(……うん……)
 百合葉の言葉で少し冷静になり、やっと返信を打ち込んで送信した。途端に既読マークが付く。
(あっ。待たせてしまっていた……)
 すぐに『また誘います!』という一文と、目を輝かせた犬の頭上に『パアァ……!』という効果音が描かれたイラストが送信されてきた。
(似てる……)
 思わずふふっと笑う。
「……カレシ?」
「ちがう」
「カオ」
「え?」
「ゆるんでる」
「えっ?!」
 思わず頬を手で隠す。
「どんな人?」
「……」答えに詰まり「アイドルの人……みたいな人……」一瞬悩んで付け加える。
「抽象的すぎるなぁ」
「ですよね」
「誰、アイドルの人」
「えーっと……」と誰もが知っている有名な事務所の名前を出したあとに「そこの、前原くんって人、みたいな人」
「知らないかも」百合葉が自分のスマホで検索をかけながら「中身は?」鹿乃江に問いかける。
「あー、えっとー……」と、紫輝の行動や言動や癖を思い出す。「犬っぽい。人懐っこいっていうか、素直っていうか…」
「このヒト?」検索結果画面を鹿乃江に見せた。
「うん、そう。その人」
(まさに本人。とは、言いたいけどさすがに言えない……)
「いくつの人?」
「えっ、いくつだろう」
 そういえばこの間調べたときにプロフィールを見そびれた。検索履歴から追って調べる。
(うわぁ、やっぱり若い)
「23歳だって」
「それ“前原くん”じゃん」鹿乃江のスマホを覗いて百合葉が言う。
「え? あぁ、いや。たぶん同じくらいだと思う」
「ふーん」興味が有るやら無いやら分からない態度で相槌を打つ百合葉が唐突に「好きなの?」当然のように聞いた。
 いきなり核心に踏み込まれて、鹿乃江は思わず顔をしかめる。
「好き……になってもねぇ……親子レベルで年下だしねぇ……」
「でも別に親子じゃないじゃん」
「そーだけど……」
「遊んだりしてるの?」
「昨日、ご飯行った」
「二人で?」
「…うん」
「いいじゃん」
「いやまぁでも、お礼の意味しかなかったと思うよ?」
「なんかしてあげたの」
「スマホ拾って、預かって、返した」
「だけ?」
「だけ」
 んー、と首を傾げながら百合葉が唸り、「それってさぁー」と言葉を区切ってから何かを思ったように「……まぁいいか」続けるのをやめた。
「えっ気になる。何故やめる」
「ヒトから言われてもあんまりかなと思って」
「あんまりとは?」
「あんまり響かないというか、納得しなさそうというか」
「言ってくれないとなんとも言えない」
「えー? だからぁ……」と少し悩んでから「スマホ云々をきっかけに、仲良くなりたいんじゃない? 鹿乃江と」
「仲良くとは」
「えー…なんかしらの思惑があってぇ、繋いでおきたいってことなんじゃないの? ってこと」
「……んん~~~……」
「あら意外」
「なにが」
「反応が。もっと“いやぁ~”とか言うかと思った」
「あー……いや、でも、思い過ごしだとは思うんだけどね」
「まぁその辺はあんまり考えないでさぁ。まずは一緒にいて楽しいかどうかでいいんじゃないの?」
「“まずは”ねぇ……。まぁ…そんなに誘ってこないんじゃん?」
「いやいやさっきの」百合葉が笑いを含みながら言ってスマホを指さす。
「え?」
「メッセっしょ?」
「メッセっす」
「あらあら」
「いや別に約束はしてな」ポコン♪
 あまりのタイミングに思わず体が跳ねる。その反応に一瞬驚いた百合葉が、すぐにニヤニヤし出し
「どーぞどーぞ」ニヤニヤしたまま、スマホを操作するよう手で促した。
「……あざス」
『早速なんですけど』で始まったメッセは、空いている日を教えてほしいという内容だった。
(仕事終わりならいつでもいいけど、ゆうて最近残業多いしなぁ~……)
 予定していたタスクに加え飛び込みの仕事で予想以上の業務量になることがままある繁忙期前。考えていた予定が無意味になるなんて日は珍しくもない。
 忙しくない曜日と休みの日を織り交ぜて送信したうえで、紫輝の都合のよいときを最優先にしてほしいと付け加えた。
 またすぐに既読が付く。
(今日お休みなのかな。お仕事休憩中?)
 ふと横を見ると、百合葉がニマニマしながら鹿乃江を眺めている。
「……なんスか…」
「いやー? 通知音出してるんだーと思って」
「…うん…そうだね……」
 なんとなく解除した消音の設定は、まだ解除されたまま紫輝からの新着メッセを知らせる。
“なんとなく”、“気まぐれ”だと思っていたその行動は、心の奥にぼんやりと浮かんでいた感情を照らして、明確にしようとする。
「いやもうわかってるんだ。わかってるんだけどね?」
 手で顔を覆う鹿乃江。長い付き合いの百合葉は、何故そんなにも鹿乃江が逡巡するのかを知っている。
「ごめんごめん。追い立てるつもりはないんだけどさ。もったいないなって思うんだ。鹿乃江が悪いわけじゃないのにさ」
 百合葉の言葉を、鹿乃江は黙って聞いている。
「我慢しないで、好きになってみたら? うまくいったら心の底から祝福するし、万が一ダメだったら、かまってほしくなるまでそっとしておくよ」
「うん……」と顔をあげ「泣いてないよ?」百合葉に顔を見せると、
「わかってるよ」
 百合葉が笑った。

* * *
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