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Chapter.35
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鹿乃江との連絡は途絶えたまま、時間が過ぎていく。
(そういえば、写真の一枚もないんだよね……)
正確には“週刊誌に載った写真”があるが、鹿乃江の顔は映っていない。紫輝の手元にある“記録”は、メッセの履歴だけ。
(このまま忘れちゃったらどうしよう)
声や表情、仕草と癖。行動と言動に伴う考え方。手に触れた肌の感触。そのすべてを、忘れたくない。
そんな考えから紫輝は毎日、鹿乃江との時間を思い出す。美しい思い出にしてしまわないように、事実だけを繰り返し、繰り返し――。
思い返していく内にたどり着く鹿乃江の泣き顔が胸を締め付ける。この先それを笑顔で更新して、いつか全てを覚えていられないくらい、二人で日々を重ねていけたらいいと思っている。
だからこそ、このまま終わりたくはない。
なんとかして時間を作りたいが、リハーサルでクタクタに疲れて帰宅する日々は続く。合間に通常の仕事もあるから、移動時間はほぼ睡眠に充てられるほどだ。
同じことを繰り返して習得し、帰宅してシャワーを浴び眠りに就く。夢の中で会えないかと期待するが、鹿乃江はなかなか現れてくれない。
(会いたいな……)
メッセアプリを起動させて個別ルームに入ると、既読のつかない送信履歴がズラリと表示されて、少し気分が沈む。これももう、いつの間にか“いつものこと”になってしまった。
最後に会ったとき、鹿乃江は“メッセを読んでいないこと”ではなく“返信していないこと”に対して詫びた。
だとしたら、既読をつけない方法で読んでくれていたことになる。返信が来なくなってから最後に会うまでの間、きっとそれは続いていたのだろう。
あれから、まだメッセは届いているのだろうか。
電話機能を使えば、ブロックされているかどうかわかると聞いたことがある。
けれど、それを確認してしまったら。
アカウントと一緒に、心が閉ざされてしまっていたら――そう思うと、通話ボタンを押す決心がつかない。
(ツアーが終わったら……)
忙しさを理由に連絡を先延ばしにする。
(今日は、もう、眠ろう……)
なにも打てずにスマホをスリープさせて、枕元に置く。まぶたを閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。
(かのえさん…げんきかな……)
いつか一緒に行った夜景の見えるレストランでの時間を思い返す。
隣に並んで窓の外を眺めていた。肩と肩が触れ合う距離で、オフィスビル群の窓明かりを見つめる。
このまま時が止まればいいと、本気で思った。
目の前の美しい夜景。隣にたたずむ愛しい人。その目線の先には、同じ景色が見えていた。
この先も一緒に未来を見続けたい。そう思えた。
その記憶は、そのまま夢と混ざりあう。
「鹿乃江さん」
呼びかけると、鹿乃江が微笑みをたたえて紫輝を見やる。
「あの…オレ……」
鹿乃江は不思議そうに首を傾げ、紫輝の次の言葉を待っている。
心臓が破裂しそうなくらいに脈打っているのがわかる。
「オレ…鹿乃江さんのこと…好き、です」
鹿乃江は驚いたように紫輝を見つめて頬を赤らめ、それから、照れくさそうにうつむいた。
「鹿乃江さんは、オレのこと、どう、思って、ますか……?」
潤んだ瞳を紫輝に向けて、鹿乃江がシャツの裾を指先でつまんだ。紫輝がその手を取ると、指先に力がこもる。
「鹿乃江、さん……」
徐々に近付く顔の距離。鹿乃江がまぶたを伏せ、ゆっくり閉じる。もう少しで唇が触れそうになって、そこで、目が覚めた。
現実の目の前には、縦に丸められた掛け布団。
(マンガかよ……)
ご丁寧に足まで巻きつけて抱きしめている。
枕元で充電しているスマホを見る。時刻はまだ明け方だ。もう少し眠る時間が取れるからと、まぶたを閉じる。
続きが見れたらいいと願うが、夢を見ることもなく、起床時間を迎えた。
身支度と旅支度を整えて、所沢の迎えを待つ。
今日から北海道入りだ。
ライブ開催の数日前から滞在し、地元のテレビ局やラジオ局へ赴き出演をして回る。メンバーと一緒に観光地を巡るロケ企画も一緒に撮影する。
(鹿乃江さん好きそう……)
隣に鹿乃江がいたらどんな反応をするだろうか。そんなことを考えながら、綺麗な景色や変わった建物の外装、内装の写真を撮る。
なにか普段とは違うことがあるたび、鹿乃江へ送るメッセの文章を考えてしまう。もうきっと癖のようになってしまったその一連を、自分の中から消すつもりはない。
けれど、最後に会ったときのことを思い出してスマホを操作する手が止まる。その繰り返し。
鹿乃江に連絡できないまま、一か月半ほどの準備期間を経て初めてのドームライブツアーの初日を迎えた。
これまでの公演の四倍近いキャパシティが収容される会場は満席だ。
開演5分前。波打つようにざわめいていた客席の声が静まり、始まりを急かすようにコールを打つ。
メンバーやバックダンサーの後輩達、演奏部隊と円陣を組み、
「行くぞー!」「おー!」
気合を入れて、ステージ中央の扉裏に移動した。
開演時間になり、会場内の照明が消えると同時に沸き起こる大歓声の中、場内の大型モニタにオープニング映像が流れ始める。
期待と不安が一気に押し寄せ身の毛がよだつ。会場の規模に関わらず訪れるその感覚も、これまでより大きく感じる。
イヤモニを装着して深呼吸する。
映像の終了と共に目の前の扉が開いていく。
スモークの中に射す強い光と微かな冷気。
壁に阻まれていた声がドゥッと押し寄せ直接身体に当たる。
高揚していく気分に引きずられないよう、ゆっくりと歩を進め、ステージの中央に立つ。
イヤモニから聞こえてくるカウントを頼りに小さく息を吸い、唇からメロディを奏で始めた――。
* * *
(そういえば、写真の一枚もないんだよね……)
正確には“週刊誌に載った写真”があるが、鹿乃江の顔は映っていない。紫輝の手元にある“記録”は、メッセの履歴だけ。
(このまま忘れちゃったらどうしよう)
声や表情、仕草と癖。行動と言動に伴う考え方。手に触れた肌の感触。そのすべてを、忘れたくない。
そんな考えから紫輝は毎日、鹿乃江との時間を思い出す。美しい思い出にしてしまわないように、事実だけを繰り返し、繰り返し――。
思い返していく内にたどり着く鹿乃江の泣き顔が胸を締め付ける。この先それを笑顔で更新して、いつか全てを覚えていられないくらい、二人で日々を重ねていけたらいいと思っている。
だからこそ、このまま終わりたくはない。
なんとかして時間を作りたいが、リハーサルでクタクタに疲れて帰宅する日々は続く。合間に通常の仕事もあるから、移動時間はほぼ睡眠に充てられるほどだ。
同じことを繰り返して習得し、帰宅してシャワーを浴び眠りに就く。夢の中で会えないかと期待するが、鹿乃江はなかなか現れてくれない。
(会いたいな……)
メッセアプリを起動させて個別ルームに入ると、既読のつかない送信履歴がズラリと表示されて、少し気分が沈む。これももう、いつの間にか“いつものこと”になってしまった。
最後に会ったとき、鹿乃江は“メッセを読んでいないこと”ではなく“返信していないこと”に対して詫びた。
だとしたら、既読をつけない方法で読んでくれていたことになる。返信が来なくなってから最後に会うまでの間、きっとそれは続いていたのだろう。
あれから、まだメッセは届いているのだろうか。
電話機能を使えば、ブロックされているかどうかわかると聞いたことがある。
けれど、それを確認してしまったら。
アカウントと一緒に、心が閉ざされてしまっていたら――そう思うと、通話ボタンを押す決心がつかない。
(ツアーが終わったら……)
忙しさを理由に連絡を先延ばしにする。
(今日は、もう、眠ろう……)
なにも打てずにスマホをスリープさせて、枕元に置く。まぶたを閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。
(かのえさん…げんきかな……)
いつか一緒に行った夜景の見えるレストランでの時間を思い返す。
隣に並んで窓の外を眺めていた。肩と肩が触れ合う距離で、オフィスビル群の窓明かりを見つめる。
このまま時が止まればいいと、本気で思った。
目の前の美しい夜景。隣にたたずむ愛しい人。その目線の先には、同じ景色が見えていた。
この先も一緒に未来を見続けたい。そう思えた。
その記憶は、そのまま夢と混ざりあう。
「鹿乃江さん」
呼びかけると、鹿乃江が微笑みをたたえて紫輝を見やる。
「あの…オレ……」
鹿乃江は不思議そうに首を傾げ、紫輝の次の言葉を待っている。
心臓が破裂しそうなくらいに脈打っているのがわかる。
「オレ…鹿乃江さんのこと…好き、です」
鹿乃江は驚いたように紫輝を見つめて頬を赤らめ、それから、照れくさそうにうつむいた。
「鹿乃江さんは、オレのこと、どう、思って、ますか……?」
潤んだ瞳を紫輝に向けて、鹿乃江がシャツの裾を指先でつまんだ。紫輝がその手を取ると、指先に力がこもる。
「鹿乃江、さん……」
徐々に近付く顔の距離。鹿乃江がまぶたを伏せ、ゆっくり閉じる。もう少しで唇が触れそうになって、そこで、目が覚めた。
現実の目の前には、縦に丸められた掛け布団。
(マンガかよ……)
ご丁寧に足まで巻きつけて抱きしめている。
枕元で充電しているスマホを見る。時刻はまだ明け方だ。もう少し眠る時間が取れるからと、まぶたを閉じる。
続きが見れたらいいと願うが、夢を見ることもなく、起床時間を迎えた。
身支度と旅支度を整えて、所沢の迎えを待つ。
今日から北海道入りだ。
ライブ開催の数日前から滞在し、地元のテレビ局やラジオ局へ赴き出演をして回る。メンバーと一緒に観光地を巡るロケ企画も一緒に撮影する。
(鹿乃江さん好きそう……)
隣に鹿乃江がいたらどんな反応をするだろうか。そんなことを考えながら、綺麗な景色や変わった建物の外装、内装の写真を撮る。
なにか普段とは違うことがあるたび、鹿乃江へ送るメッセの文章を考えてしまう。もうきっと癖のようになってしまったその一連を、自分の中から消すつもりはない。
けれど、最後に会ったときのことを思い出してスマホを操作する手が止まる。その繰り返し。
鹿乃江に連絡できないまま、一か月半ほどの準備期間を経て初めてのドームライブツアーの初日を迎えた。
これまでの公演の四倍近いキャパシティが収容される会場は満席だ。
開演5分前。波打つようにざわめいていた客席の声が静まり、始まりを急かすようにコールを打つ。
メンバーやバックダンサーの後輩達、演奏部隊と円陣を組み、
「行くぞー!」「おー!」
気合を入れて、ステージ中央の扉裏に移動した。
開演時間になり、会場内の照明が消えると同時に沸き起こる大歓声の中、場内の大型モニタにオープニング映像が流れ始める。
期待と不安が一気に押し寄せ身の毛がよだつ。会場の規模に関わらず訪れるその感覚も、これまでより大きく感じる。
イヤモニを装着して深呼吸する。
映像の終了と共に目の前の扉が開いていく。
スモークの中に射す強い光と微かな冷気。
壁に阻まれていた声がドゥッと押し寄せ直接身体に当たる。
高揚していく気分に引きずられないよう、ゆっくりと歩を進め、ステージの中央に立つ。
イヤモニから聞こえてくるカウントを頼りに小さく息を吸い、唇からメロディを奏で始めた――。
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