前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

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Chapter.34

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 カチャリと音がして、事務所ビルの一角にある練習場のドアが開く。
「おっ、紫輝くん来た。おは…え」挨拶途中で後藤が言葉を止める。
「わぁ。どーしたのそのカオ。泣いたの」左々木が驚き半分、飽きれ半分で言った。
「…うん」
「今日、カメラ入ってない日で良かったね」右嶋が言う。
「…うん」
 ワンテンポ遅れながら、言葉数少なく答える紫輝。
「冷やすー?」
 クーラーボックスから冷えたペットボトルを取り出しながら右嶋が問うと、
「…うん」
 頷いて受け取り、紫輝が床に横たわる。一緒に渡されたタオルでペットボトルをくるみ、目元に当てた。
 ノックもなくドアが開いて「ごめん、レジ混んでた」コンビニのレジ袋を片手に、現場マネージャーの所沢が入室する。床に横たわった人物に気付き「あれ、なに? 紫輝?」ほかのメンバーに問う。
「うん。なんか泣きはらした顔で来た」
「えっ」後藤の答えに所沢が驚いて「今日の仕事これだけだし別にいいけど…」袋から物を出し机に並べながら「大丈夫?」紫輝に問う。
「明日には戻ると思うんで」鼻声で紫輝が返答した。
 明日から本格的なライブリハが始まる。ツアーに向けてのリハーサルには大勢のスタッフが参加し、ドキュメント映像用のカメラが入る。
 本格的に忙しくなる前の今日、どうしても会っておきたくて強硬手段に出たものの、肝心な答えも聞けず、しかも泣かせてしまうことになった。
 紫輝は鹿乃江の泣き顔を思い出して、人知れずため息をついた――つもりだった。
「悩みなら聞くぜ、マイハニー」
 すぐそばで右嶋の声がする。
「うお」
 タオルを外したすぐ目の前に、紫輝と同じように横たわった右嶋の顔がある。
「なんでお前まで寝てんの」と左々木。
「きゅーけー」
「つかハニーってなに」今度は後藤。
「じゃあダーリン」
「そーゆーこと言ってんじゃないと思うよ?」
 左々木が苦笑しながらツッコミを入れた。
 メンバーの会話に、紫輝は口元だけで笑う。
 所沢はテーブルの上を整理しながら、ニコニコとその光景を眺めている。
「んで? マジでなにがあったの」
 左々木が椅子に座りながら聞いてくる。
「んー……」
 どう答えていいか悩む紫輝が、再びタオルをペットボトルごと目元に当てた。
「あの写真のカノジョとなんかあったんじゃないのぉ~?」
 冗談めかした右嶋の言葉に、紫輝がピクリと反応する。
 図星を指してしまったことに気付いた右嶋が気まずそうに起き上がると、ほかの四人と目を合わせて苦笑した。
 後藤は紫輝の様子を伺いつつ、言葉を探して首筋をさする。
「――なんか……」紫輝がためらいがちに口を開いた。「オンナノコって、難しい……」
 メンバー三人が顔を見合わせて、一斉に所沢へ視線を移す。
(えっ? 俺?)
 口パクで言う所沢に、三人がうんうん頷き、ジェスチャーで行け行けと促した。
(えぇー!)
 絵にかいたような苦笑いを浮かべて、所沢が紫輝に近付いた。
「あー…紫輝」すぐ近くでしゃがんで言葉をかける。「本気で好きなら応援するから…ちゃんと言葉で意思確認しときなさい。納得できないまま諦めると、後引くから」
「…うす…」
 三人はおぉーと小さく感嘆し、音のない拍手を所沢に贈った。

* * *
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