35 / 69
Chapter.35
しおりを挟む
鹿乃江との連絡は途絶えたまま、時間が過ぎていく。
(そういえば、写真の一枚もないんだよね……)
正確には“週刊誌に載った写真”があるが、鹿乃江の顔は映っていない。紫輝の手元にある“記録”は、メッセの履歴だけ。
(このまま忘れちゃったらどうしよう)
声や表情、仕草と癖。行動と言動に伴う考え方。手に触れた肌の感触。そのすべてを、忘れたくない。
そんな考えから紫輝は毎日、鹿乃江との時間を思い出す。美しい思い出にしてしまわないように、事実だけを繰り返し、繰り返し――。
思い返していく内にたどり着く鹿乃江の泣き顔が胸を締め付ける。この先それを笑顔で更新して、いつか全てを覚えていられないくらい、二人で日々を重ねていけたらいいと思っている。
だからこそ、このまま終わりたくはない。
なんとかして時間を作りたいが、リハーサルでクタクタに疲れて帰宅する日々は続く。合間に通常の仕事もあるから、移動時間はほぼ睡眠に充てられるほどだ。
同じことを繰り返して習得し、帰宅してシャワーを浴び眠りに就く。夢の中で会えないかと期待するが、鹿乃江はなかなか現れてくれない。
(会いたいな……)
メッセアプリを起動させて個別ルームに入ると、既読のつかない送信履歴がズラリと表示されて、少し気分が沈む。これももう、いつの間にか“いつものこと”になってしまった。
最後に会ったとき、鹿乃江は“メッセを読んでいないこと”ではなく“返信していないこと”に対して詫びた。
だとしたら、既読をつけない方法で読んでくれていたことになる。返信が来なくなってから最後に会うまでの間、きっとそれは続いていたのだろう。
あれから、まだメッセは届いているのだろうか。
電話機能を使えば、ブロックされているかどうかわかると聞いたことがある。
けれど、それを確認してしまったら。
アカウントと一緒に、心が閉ざされてしまっていたら――そう思うと、通話ボタンを押す決心がつかない。
(ツアーが終わったら……)
忙しさを理由に連絡を先延ばしにする。
(今日は、もう、眠ろう……)
なにも打てずにスマホをスリープさせて、枕元に置く。まぶたを閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。
(かのえさん…げんきかな……)
いつか一緒に行った夜景の見えるレストランでの時間を思い返す。
隣に並んで窓の外を眺めていた。肩と肩が触れ合う距離で、オフィスビル群の窓明かりを見つめる。
このまま時が止まればいいと、本気で思った。
目の前の美しい夜景。隣にたたずむ愛しい人。その目線の先には、同じ景色が見えていた。
この先も一緒に未来を見続けたい。そう思えた。
その記憶は、そのまま夢と混ざりあう。
「鹿乃江さん」
呼びかけると、鹿乃江が微笑みをたたえて紫輝を見やる。
「あの…オレ……」
鹿乃江は不思議そうに首を傾げ、紫輝の次の言葉を待っている。
心臓が破裂しそうなくらいに脈打っているのがわかる。
「オレ…鹿乃江さんのこと…好き、です」
鹿乃江は驚いたように紫輝を見つめて頬を赤らめ、それから、照れくさそうにうつむいた。
「鹿乃江さんは、オレのこと、どう、思って、ますか……?」
潤んだ瞳を紫輝に向けて、鹿乃江がシャツの裾を指先でつまんだ。紫輝がその手を取ると、指先に力がこもる。
「鹿乃江、さん……」
徐々に近付く顔の距離。鹿乃江がまぶたを伏せ、ゆっくり閉じる。もう少しで唇が触れそうになって、そこで、目が覚めた。
現実の目の前には、縦に丸められた掛け布団。
(マンガかよ……)
ご丁寧に足まで巻きつけて抱きしめている。
枕元で充電しているスマホを見る。時刻はまだ明け方だ。もう少し眠る時間が取れるからと、まぶたを閉じる。
続きが見れたらいいと願うが、夢を見ることもなく、起床時間を迎えた。
身支度と旅支度を整えて、所沢の迎えを待つ。
今日から北海道入りだ。
ライブ開催の数日前から滞在し、地元のテレビ局やラジオ局へ赴き出演をして回る。メンバーと一緒に観光地を巡るロケ企画も一緒に撮影する。
(鹿乃江さん好きそう……)
隣に鹿乃江がいたらどんな反応をするだろうか。そんなことを考えながら、綺麗な景色や変わった建物の外装、内装の写真を撮る。
なにか普段とは違うことがあるたび、鹿乃江へ送るメッセの文章を考えてしまう。もうきっと癖のようになってしまったその一連を、自分の中から消すつもりはない。
けれど、最後に会ったときのことを思い出してスマホを操作する手が止まる。その繰り返し。
鹿乃江に連絡できないまま、一か月半ほどの準備期間を経て初めてのドームライブツアーの初日を迎えた。
これまでの公演の四倍近いキャパシティが収容される会場は満席だ。
開演5分前。波打つようにざわめいていた客席の声が静まり、始まりを急かすようにコールを打つ。
メンバーやバックダンサーの後輩達、演奏部隊と円陣を組み、
「行くぞー!」「おー!」
気合を入れて、ステージ中央の扉裏に移動した。
開演時間になり、会場内の照明が消えると同時に沸き起こる大歓声の中、場内の大型モニタにオープニング映像が流れ始める。
期待と不安が一気に押し寄せ身の毛がよだつ。会場の規模に関わらず訪れるその感覚も、これまでより大きく感じる。
イヤモニを装着して深呼吸する。
映像の終了と共に目の前の扉が開いていく。
スモークの中に射す強い光と微かな冷気。
壁に阻まれていた声がドゥッと押し寄せ直接身体に当たる。
高揚していく気分に引きずられないよう、ゆっくりと歩を進め、ステージの中央に立つ。
イヤモニから聞こえてくるカウントを頼りに小さく息を吸い、唇からメロディを奏で始めた――。
* * *
(そういえば、写真の一枚もないんだよね……)
正確には“週刊誌に載った写真”があるが、鹿乃江の顔は映っていない。紫輝の手元にある“記録”は、メッセの履歴だけ。
(このまま忘れちゃったらどうしよう)
声や表情、仕草と癖。行動と言動に伴う考え方。手に触れた肌の感触。そのすべてを、忘れたくない。
そんな考えから紫輝は毎日、鹿乃江との時間を思い出す。美しい思い出にしてしまわないように、事実だけを繰り返し、繰り返し――。
思い返していく内にたどり着く鹿乃江の泣き顔が胸を締め付ける。この先それを笑顔で更新して、いつか全てを覚えていられないくらい、二人で日々を重ねていけたらいいと思っている。
だからこそ、このまま終わりたくはない。
なんとかして時間を作りたいが、リハーサルでクタクタに疲れて帰宅する日々は続く。合間に通常の仕事もあるから、移動時間はほぼ睡眠に充てられるほどだ。
同じことを繰り返して習得し、帰宅してシャワーを浴び眠りに就く。夢の中で会えないかと期待するが、鹿乃江はなかなか現れてくれない。
(会いたいな……)
メッセアプリを起動させて個別ルームに入ると、既読のつかない送信履歴がズラリと表示されて、少し気分が沈む。これももう、いつの間にか“いつものこと”になってしまった。
最後に会ったとき、鹿乃江は“メッセを読んでいないこと”ではなく“返信していないこと”に対して詫びた。
だとしたら、既読をつけない方法で読んでくれていたことになる。返信が来なくなってから最後に会うまでの間、きっとそれは続いていたのだろう。
あれから、まだメッセは届いているのだろうか。
電話機能を使えば、ブロックされているかどうかわかると聞いたことがある。
けれど、それを確認してしまったら。
アカウントと一緒に、心が閉ざされてしまっていたら――そう思うと、通話ボタンを押す決心がつかない。
(ツアーが終わったら……)
忙しさを理由に連絡を先延ばしにする。
(今日は、もう、眠ろう……)
なにも打てずにスマホをスリープさせて、枕元に置く。まぶたを閉じるとすぐに眠気が襲ってくる。
(かのえさん…げんきかな……)
いつか一緒に行った夜景の見えるレストランでの時間を思い返す。
隣に並んで窓の外を眺めていた。肩と肩が触れ合う距離で、オフィスビル群の窓明かりを見つめる。
このまま時が止まればいいと、本気で思った。
目の前の美しい夜景。隣にたたずむ愛しい人。その目線の先には、同じ景色が見えていた。
この先も一緒に未来を見続けたい。そう思えた。
その記憶は、そのまま夢と混ざりあう。
「鹿乃江さん」
呼びかけると、鹿乃江が微笑みをたたえて紫輝を見やる。
「あの…オレ……」
鹿乃江は不思議そうに首を傾げ、紫輝の次の言葉を待っている。
心臓が破裂しそうなくらいに脈打っているのがわかる。
「オレ…鹿乃江さんのこと…好き、です」
鹿乃江は驚いたように紫輝を見つめて頬を赤らめ、それから、照れくさそうにうつむいた。
「鹿乃江さんは、オレのこと、どう、思って、ますか……?」
潤んだ瞳を紫輝に向けて、鹿乃江がシャツの裾を指先でつまんだ。紫輝がその手を取ると、指先に力がこもる。
「鹿乃江、さん……」
徐々に近付く顔の距離。鹿乃江がまぶたを伏せ、ゆっくり閉じる。もう少しで唇が触れそうになって、そこで、目が覚めた。
現実の目の前には、縦に丸められた掛け布団。
(マンガかよ……)
ご丁寧に足まで巻きつけて抱きしめている。
枕元で充電しているスマホを見る。時刻はまだ明け方だ。もう少し眠る時間が取れるからと、まぶたを閉じる。
続きが見れたらいいと願うが、夢を見ることもなく、起床時間を迎えた。
身支度と旅支度を整えて、所沢の迎えを待つ。
今日から北海道入りだ。
ライブ開催の数日前から滞在し、地元のテレビ局やラジオ局へ赴き出演をして回る。メンバーと一緒に観光地を巡るロケ企画も一緒に撮影する。
(鹿乃江さん好きそう……)
隣に鹿乃江がいたらどんな反応をするだろうか。そんなことを考えながら、綺麗な景色や変わった建物の外装、内装の写真を撮る。
なにか普段とは違うことがあるたび、鹿乃江へ送るメッセの文章を考えてしまう。もうきっと癖のようになってしまったその一連を、自分の中から消すつもりはない。
けれど、最後に会ったときのことを思い出してスマホを操作する手が止まる。その繰り返し。
鹿乃江に連絡できないまま、一か月半ほどの準備期間を経て初めてのドームライブツアーの初日を迎えた。
これまでの公演の四倍近いキャパシティが収容される会場は満席だ。
開演5分前。波打つようにざわめいていた客席の声が静まり、始まりを急かすようにコールを打つ。
メンバーやバックダンサーの後輩達、演奏部隊と円陣を組み、
「行くぞー!」「おー!」
気合を入れて、ステージ中央の扉裏に移動した。
開演時間になり、会場内の照明が消えると同時に沸き起こる大歓声の中、場内の大型モニタにオープニング映像が流れ始める。
期待と不安が一気に押し寄せ身の毛がよだつ。会場の規模に関わらず訪れるその感覚も、これまでより大きく感じる。
イヤモニを装着して深呼吸する。
映像の終了と共に目の前の扉が開いていく。
スモークの中に射す強い光と微かな冷気。
壁に阻まれていた声がドゥッと押し寄せ直接身体に当たる。
高揚していく気分に引きずられないよう、ゆっくりと歩を進め、ステージの中央に立つ。
イヤモニから聞こえてくるカウントを頼りに小さく息を吸い、唇からメロディを奏で始めた――。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
俺を信じろ〜財閥俺様御曹司とのニューヨークでの熱い夜
ラヴ KAZU
恋愛
二年間付き合った恋人に振られた亜紀は傷心旅行でニューヨークへ旅立つ。
そこで東條ホールディングス社長東條理樹にはじめてを捧げてしまう。結婚を約束するも日本に戻ると連絡を貰えず、会社へ乗り込むも、
理樹は亜紀の父親の会社を倒産に追い込んだ東條財閥東條理三郎の息子だった。
しかも理樹には婚約者がいたのである。
全てを捧げた相手の真実を知り翻弄される亜紀。
二人は結婚出来るのであろうか。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない
白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。
女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。
佐藤サトシは30歳の独身高校教師。
一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。
一年A組の受け持つことになったサトシ先生。
その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。
サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
アダルト漫画家とランジェリー娘
茜色
恋愛
21歳の音原珠里(おとはら・じゅり)は14歳年上のいとこでアダルト漫画家の音原誠也(おとはら・せいや)と二人暮らし。誠也は10年以上前、まだ子供だった珠里を引き取り養い続けてくれた「保護者」だ。
今や社会人となった珠里は、誠也への秘めた想いを胸に、いつまでこの平和な暮らしが許されるのか少し心配な日々を送っていて……。
☆全22話です。職業等の設定・描写は非常に大雑把で緩いです。ご了承くださいませ。
☆エピソードによって、ヒロイン視点とヒーロー視点が不定期に入れ替わります。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる