前の野原でつぐみが鳴いた

小海音かなた

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Chapter.42

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 ライブが進むなか、メンバーが二手に分かれ移動式のステージに乗る。スタッフ数名がそれを押して移動させ、客席の周囲を巡る演出があるのだと園部から聞いていたが、これがそうか、と興味深く観察してしまう。
 前列の客は結局現れず、そこは空席のまま。さえぎるものがなにもないため、視界は極めて良好だ。
 紫輝が左々木と一緒に載ったステージは一塁側から三塁側へ移動していく。
 歌いながら笑顔で四方に手を振る。たまに指で撃つマネをしたり、ピースしたりする。きっと視線の先にあるうちわに、そうしてほしい旨の要望が書いてあるのだろう。
 しばらくそうしたあと、紫輝はふわりと微笑みながら手を振り始めた。特定の相手がいない様子で、四方に笑顔と手振りを撒いていく。
 最後に会ったときより少し大人びて見えて、月日が経っていることを実感する。自分がクヨクヨうじうじしている間に、紫輝はしっかり未来を見据えて仕事に取り組んでいたのだろう。
(やっぱり、遠くで眺めていられるだけでいい……)
 強すぎる光が濃い影を生むように、鹿乃江の心に一瞬陰りが差したとき、ふと紫輝が二階席を見やる。一瞬目が合ったような気がして反射で心臓が跳ねた。が、それは気のせいではなかった。
(えっ)
 手すりから乗り出さんばかりにこちらを見て驚いている紫輝の姿に、文字の通り息が止まる。あまりの衝撃に、思わず座って紫輝の視界から逃れてしまう。
(えっ、えっ!? みっ、見つ、見つかった!?)
 いやまさか気のせいだ、思い上がるのもいい加減にしなさいよと自分をたしなめるが、そう思うほうが不自然なほどに紫輝の態度はあからさまだった。
 歌のワンフレーズが終わる頃そっと立ち上がってみると、紫輝が乗った移動式のステージは数メートル先へ遠ざかっていた。紫輝ももう別のところに手を振ったり指をさしたりしている。
 安心したような悲しいようななんともいえない感情。
 鼓動はまだ速いままだ。
 移動式ステージは中間地点で逆サイドから回ってきたもう一台とすれ違い、ぐるりとアリーナ席まわりを一周して正面のステージ脇に戻る。メインステージに降り立って一曲歌い終えると、そのままトークコーナーへ移行した。
『さっ、じゃあ、一度ご着席いただいて……』と、左々木が客席に呼びかける。
『どしたのシキくん。ごきげんじゃない?』右嶋が紫輝を見て言った。
『えっ? そう?』紫輝は自分の頬に手を当て、肌を上げたり下げたりしている。
『顔かおっ』後藤が眉間にしわを寄せ咎めた。
『うわっ、すっごいブサイク』右嶋の言葉に
『ちょっとやめてよ! アイドルアイドル!』自分を指さし紫輝が言う。
『ホントそのクセやめたほうがいいよ』右嶋が言って『ね』と左々木、後藤に同意を求める。
『うん』
『うん』
『えっ、うそ。オレこれクセ?』
『うん』
『うん』
『えー! 全然気づかなかった』と、頬に手を当て上下させる。
『うわっ。ワザとらしー』嫌そうに顔をしかめ、左々木が言った。
『ちがぁう。わざとじゃなーい』
『ちがぁう』
『ちがぁう』
 右嶋と左々木が紫輝の口調を真似して反復し出した。
『えっ? ソッチのかた……?』後藤の言葉に
『ないないない! オレが好きなのオ…女性の人だから!』
『えっ?“お”って言いかけたのなに! オトコ?!』
『違うっ!“オンナノコ”って言いそうになっただけ! もーこの話やめよっ! やめやめっ!』紫輝が大きく手を振りながらステージを右往左往し『どうよ! 今日ツアー最終日だけど』無理やり話題を変えた。
『急だな! えー? でもやっぱ、感慨深いよね、初のドームツアーだし』紫輝の振りを受けて、後藤が話し始める。
『そうだねー。やっぱ単純にさー、お客さんがたくさんいてくれるから、声援がすごいよね』
『わかる』右嶋に同意して『なんかドーンってこない? カラダにドーンって』左々木が言いながら自分の身体をはたく。
『わかるわかる』同意する紫輝を
『ドーン!』言いながら右嶋がグーで叩く。
『えっ! なんで叩くの!』驚いて紫輝が右嶋を見ると
『ドーン!』今度は逆サイドから後藤が紫輝にグーパンチする。
『いたい! やめて!』ドーンドーンと、紫輝の肩や胸をパンチする後藤、左々木、右嶋を避けながらステージ上を小走りに逃げ回る。『ねー、もー、ほんとちょっとなに?!』勢いあまって裏返る声に
『マジでそっちの人じゃん!』左々木が笑いながらツッコむ。
『だから違うってぇ!』
 ワァワァキャァキャァ言いながらトークは進み、落ち着きを見せたあたりで
『じゃあこの辺で曲いきましょうか。ねっ』と紫輝がメンバーに促す。メンバーはそれをきっかけに立ち位置を換え、準備した。
 改まって『座ったままでお聴きください』客席に促し、曲名を告げる。
 流れ始めたスローバラードのイントロ。ポツポツと点き始める客席のペンライト。紫輝の透き通るような歌声で始まるその曲は、少し前に視たメイキング映像のメニュー画面でBGMとして使われていた曲だった。
『見守るよ たとえ遠くにいても 心から願えば二人きっと 未来に続く橋を渡れる』
 そのフレーズを紫輝が曲の中盤で歌い上げる。
 締め付けつけられる胸の痛みは、まだそこに消えない気持ちがあることを実感させる。
 夜空にまたたく星のように揺らめく色とりどりのペンライトの先で大型モニタに映る紫輝を眺めながら、鹿乃江は静かに涙を流した。

 ライブの後半、一度目とは逆サイドから外周を回ってきた移動式ステージに、紫輝の姿が見える。
 目が合った途端に、紫輝がパァッと満面の笑みを見せ、鹿乃江に向かって大きく手を振った。
(犬……)
 思わず笑うと、紫輝が一瞬泣きそうに顔をゆがめて、しかしすぐに笑顔に戻り再度大きく手を振った。
(かわいい……)
 それに応えて小さく手を振り返してみると、二人で会ったときに良く見せる、くしゃっとした笑顔になる。
 きっといま、自分も泣きそうな笑顔になってるな、と思いながら、声援を浴びて光り輝く紫輝の姿を見つめ続けた。

* * *
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