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Chapter.41
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「つぐみさーん、お待たせしました」
「んーん、全然?」客席の動きを見るのがなかなかに楽しく、時間はあっという間に過ぎていた。
「やっぱちょっと遠いですねー」
「でも見やすそうだよ? ファンの人は近いほうが嬉しいか」
「まぁ、前回までの会場よりだいぶおっきいですからねー。嬉しいような寂しいような……」
荷物を椅子の下に置きながら、園部がうちわを取り出した。
「とわくん、だっけ?」
「そうです、私の推しです!」
物販品のうちわに装飾がされている。これを掲げて本人に見つけてもらうのもライブの楽しみのひとつらしい。
「いいね、目立ちそう」
「見つけてもらえるといいんですけどねー」
「客席数少ないゾーンだから、案外見つけやすいかもよ?」
「そうだといいなー。わー、ドキドキしてきた」
客席のざわめきが徐々に大きくなっていく。目立っていた空席も埋まりつつある。
「そろそろ始まるかもですね」
浮き立つ会場の空気に、園部もソワソワし始める。
「あっ、そうだ。これ良かったら振ります? 前のライブのやつなんですけど」
と、椅子の下のカバンからペンライトを取り出し、鹿乃江に渡した。
「えっ、わざわざありがとう。借りるね」
「どうぞどうぞ」
このストラップに手を通すんですよー、と教えられ、その通りにしてみる。確かにこれがあれば手をすり抜けてしまっても落ちる心配はない。
「前の人こないなー」
鹿乃江たちの一列前、スタンド席の最前列に空席がある。ちょうど目の前の席で、実質二人の席が最前列になっている。そのせいか、かなり見通しがいい。
「始まったら来るかもね」
「そうですね」
明るい会場内にポツポツとペンライトの光が浮き上がる。園部もストラップに手を通し、ペンライトを左手に装着した。
鹿乃江は念のため通知音を切ってからスマホの電源を落とす。
ほどなくして場内の照明が落ち、大歓声と共に場内の大型モニタ全てにオープニング映像が流れ始めた。
ストーリー仕立てでメンバーを紹介していく演出で、個人名と写真が出るたび客席から黄色い声があがる。
最後に紹介された紫輝は、ちょっとギョッとするくらい美しい。
(うわっ……!)
息をのみ、モニタを見つめる。
映像の中で、バラバラの場所にいた四人が集まり正面に向かって歩いてくる。それに連動してモニタ下の中央扉が開き、光を浴びてFourQuartersがメインステージに登場した。
それまで以上に湧き上がる歓声が落ち着くころ、紫輝の透き通るような歌声が場内に響き渡った。
瞬間、身の毛がよだち、涙があふれる。
もうなにも考えられず、ただその歌声を聞き逃さないように、姿を見逃さないようにすることしかできなかった。
紫輝の歌声から始まるその曲は、歌い出し後にイントロが流れてアップテンポになる。それに同調して湧き上がる歓声と揺れるペンライトの光。
それを一身に受けたFourQuartersは、映像で視るよりももっとまぶしく見える。照明効果や演出効果の影響ではなく、声援を受け、歌い、踊る彼ら自身が光を放っているようだ。
園部に借りたペンライトを曲に合わせて振りながらステージ上の紫輝を目で追い続けると、様々な感情と情報が綯い交ぜになって、思考を飲み込んだ。
あの日ぶつかりそうになった“肌の綺麗な男の子”が、鹿乃江の目に映る景色を変えていく。
出会わなければ知らなかった人、場所、感情、経験――様々なものを軽やかに運んで分け与え、心の中の淀んだ空気を一気に吹き飛ばし光を浴びせる。
それは、足をすくませ立ち尽くす鹿乃江の手を引き、新しく遠い未来へと進む先駆者のよう。
ただ出会っただけで、こんなにも世界は変わる。それを教えてくれる、唯一無二の存在。
ただ出会えただけで、それだけで幸せだったと思えた。
「んーん、全然?」客席の動きを見るのがなかなかに楽しく、時間はあっという間に過ぎていた。
「やっぱちょっと遠いですねー」
「でも見やすそうだよ? ファンの人は近いほうが嬉しいか」
「まぁ、前回までの会場よりだいぶおっきいですからねー。嬉しいような寂しいような……」
荷物を椅子の下に置きながら、園部がうちわを取り出した。
「とわくん、だっけ?」
「そうです、私の推しです!」
物販品のうちわに装飾がされている。これを掲げて本人に見つけてもらうのもライブの楽しみのひとつらしい。
「いいね、目立ちそう」
「見つけてもらえるといいんですけどねー」
「客席数少ないゾーンだから、案外見つけやすいかもよ?」
「そうだといいなー。わー、ドキドキしてきた」
客席のざわめきが徐々に大きくなっていく。目立っていた空席も埋まりつつある。
「そろそろ始まるかもですね」
浮き立つ会場の空気に、園部もソワソワし始める。
「あっ、そうだ。これ良かったら振ります? 前のライブのやつなんですけど」
と、椅子の下のカバンからペンライトを取り出し、鹿乃江に渡した。
「えっ、わざわざありがとう。借りるね」
「どうぞどうぞ」
このストラップに手を通すんですよー、と教えられ、その通りにしてみる。確かにこれがあれば手をすり抜けてしまっても落ちる心配はない。
「前の人こないなー」
鹿乃江たちの一列前、スタンド席の最前列に空席がある。ちょうど目の前の席で、実質二人の席が最前列になっている。そのせいか、かなり見通しがいい。
「始まったら来るかもね」
「そうですね」
明るい会場内にポツポツとペンライトの光が浮き上がる。園部もストラップに手を通し、ペンライトを左手に装着した。
鹿乃江は念のため通知音を切ってからスマホの電源を落とす。
ほどなくして場内の照明が落ち、大歓声と共に場内の大型モニタ全てにオープニング映像が流れ始めた。
ストーリー仕立てでメンバーを紹介していく演出で、個人名と写真が出るたび客席から黄色い声があがる。
最後に紹介された紫輝は、ちょっとギョッとするくらい美しい。
(うわっ……!)
息をのみ、モニタを見つめる。
映像の中で、バラバラの場所にいた四人が集まり正面に向かって歩いてくる。それに連動してモニタ下の中央扉が開き、光を浴びてFourQuartersがメインステージに登場した。
それまで以上に湧き上がる歓声が落ち着くころ、紫輝の透き通るような歌声が場内に響き渡った。
瞬間、身の毛がよだち、涙があふれる。
もうなにも考えられず、ただその歌声を聞き逃さないように、姿を見逃さないようにすることしかできなかった。
紫輝の歌声から始まるその曲は、歌い出し後にイントロが流れてアップテンポになる。それに同調して湧き上がる歓声と揺れるペンライトの光。
それを一身に受けたFourQuartersは、映像で視るよりももっとまぶしく見える。照明効果や演出効果の影響ではなく、声援を受け、歌い、踊る彼ら自身が光を放っているようだ。
園部に借りたペンライトを曲に合わせて振りながらステージ上の紫輝を目で追い続けると、様々な感情と情報が綯い交ぜになって、思考を飲み込んだ。
あの日ぶつかりそうになった“肌の綺麗な男の子”が、鹿乃江の目に映る景色を変えていく。
出会わなければ知らなかった人、場所、感情、経験――様々なものを軽やかに運んで分け与え、心の中の淀んだ空気を一気に吹き飛ばし光を浴びせる。
それは、足をすくませ立ち尽くす鹿乃江の手を引き、新しく遠い未来へと進む先駆者のよう。
ただ出会っただけで、こんなにも世界は変わる。それを教えてくれる、唯一無二の存在。
ただ出会えただけで、それだけで幸せだったと思えた。
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