日々の欠片

小海音かなた

文字の大きさ
59 / 366

2/28『透明な猫』

しおりを挟む
「エッセイ?」
 凡庸な会話劇のように、担当編集者に言われた言葉を繰り返してしまった。
「はい。読者の方々からのリクエストが多くて~」
 提案した割に曇り顔の彼。致し方ない。数十年の作家生活でプライベートな部分は出してない俺への依頼だ、断られると思ってるんだろう。
「編集長からも無理を承知で、という前提で話してこいと言われてるいので、ご無理でしたらご無理なさらず……」
「いや、そこまで頑なに無理ってほどでもないんですけど……」
「えっ! ほんとですか!」
「えぇ。でも別に、取り立てて書くことがあるような生き方してないんですよね……」
 そもそもが引きこもり。小説だって部屋の中にいるのが退屈になってきたけど外に出るのもおっくう、という状況下で浮かんだ妄想を文字に起こしたら、それを面白がってくれる人がいた、ってだけで……。
「“風”、ってのはどうでしょう」
「ふう?」
「エッセイ“風”です。先生の日常っぽい創作、というか」
「ウソつくことになりません?」
「それはちゃんと書くので、“風”って。ただたまに? ちょっと多めの割合で? 実際の生活風景なんかも織り込んでいただければ」
「あー、それなら普段やってる妄想と変わらないですね。……そんなんで商業レベルになるかなぁ」
「そこはぜひご相談させていただきたいです」
「あー、じゃあ……企画だけ作って、あとのご判断はそちらにお任せしても?」
「はい! もちろん!」
 うっかり色よい返事をしてしまったものの、家に帰るや後悔した。
 ホントに人に話せるような優雅だったり面白おかしいような生活してないんだよな。もし本決まりになったらどうしよう、と広くない家の中を歩きまわる。
 あーストレス。ペット可のマンションだったら良かったのになー。いい機会だし犬とか、猫とか……猫、欲しいなぁ。
 こう……こういうサイズで、こういう模様で、できればオスがいいかな。仲間欲しい。血統書とかなくていい。保護猫ちゃんを引き取って、そしたらあそこにご飯の場所、トイレはこっちで猫タワーは……って考えながら部屋をウロウロ。
 ネタ帳に間取りと配置を書き込んだら、完璧な猫と人間が共存するための生活動線ができた。
「これ、いいかも」
 配置表と同じページの隙間に、さっき考えてた猫のプロフィールを書き込む。絵は不得手だから、条件に当てはまる猫の画像を漁ってプリントアウトして貼り付けた。うん、だいぶイメージ固まってきた。ちょっと相談してみようかな、って考えてたら、担当編集者から連絡が来た。
【お疲れさまです。先ほどのお話を編集長にしたところ、エッセイ風連載、面白いって話になりました。なにか題材などございましたら、お手数ですがご連絡ください。】
 おーおー、あるよアイデア。なんて乗り気でネタ帳のスキャンデータとちょっとしたプロットを送ったらサクッと連載が決まってしまった。
 そうして、毎月一回訪れる締切のために原稿を書いた。書き続けた。自分の部屋に猫がいて、その猫と一緒に暮らしてるっていう、エッセイ風の創作を。
 書いているうちに、家の中に猫がいる気がしてきた。いや、いる。確実に。
 そこにはない猫タワーを登ってぶら下がっているおもちゃで遊び、腹が減ったとご飯をねだり、トイレに入って砂をかき、眠くなったら好きな場所で眠る。その音や気配がするのだ、現実に。
 いや、幻聴だよ、忙しいしさ、って気にしないようにしてたのに、ある日担当編集と電話で打ち合わせしてるときにとうとう言われた。
『あれ? ホントに猫ちゃん飼ったんですか?』
「え、いないけど……なんで?」
『いや、鳴き声が聞こえた気がして。あれぇ? いや、気のせいですね』
 そうだと思いたい。だってその声、俺にも聞こえた。電話してると耳元でニャーニャー鳴いて参加してくる、って書いた、その設定通り。
 どういうことだ。ホントにいるなら姿を見せてほしい。うちの猫なら絶対可愛いに決まってる。
 たまたま立ち寄った100円ショップでネズミ付きの釣り竿のおもちゃを見つけて、100円ならいいかと買ってみる。
 家に帰って荷物を片付けていたら、近くに暖かさを感じた。
「……遊ぶ?」
 袋の中からおもちゃを出して包装から出し、ホントの釣りのようにネズミを投げたら、その方向に音が動いた。猫がフローリングを走る音。
 見えない猫の動きに、何故だか胸が締め付けられる。
 しばらく遊んでいたら、急に音がやんだ。いなくなったのかと心配したら、違った。
 遊び疲れた“猫”は、おもむろに俺のあぐらの窪みにのしのし入ってきて、その場でくるくる回って寝ころんだ。足に温もりと喉を鳴らす振動を感じる。撫でると暖かく、毛並みがふわふわ。
 なんだよ、本当にいるなら、姿見せてよ……って思ったら、寂しくて、泣けてきた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...