24 / 25
【最終話】愛し抜きたい人
しおりを挟むバイト終わり、宣言通り千冬はカラオケについて来た。
「伊織、なんで千冬クンがおるんや…?」
「千冬っち、笑顔なのになんか怖いんだけど…。何かあったのぉ?」
「いやぁ…、…なんか…流れで…?」
待ち合わせは、バイト先のすぐ近くのカラオケ屋。
千冬は、どうしても行くと言って聞かず、とうとうここまでついて来てしまった。
マンティスが受付をしている間に、カゲヤンとマロに問い詰められる。
「あの、突然お邪魔してすみません。僕、どうしても…、伊織先輩と、ご一緒したくて…」
誰でも見惚れてしまうような、かわいらしい笑顔で小首を傾げる千冬。
「お、おお…それは構へんけど」
「受付してきたぞ。403号室だ」
「マンティスありがとぉ~。4階だとドリンクバーちょっと遠いねぇ」
「ソフトクリームデコ対決やるんだろ?」
「それは必須だ」
マイクとドリンクバー用のカップを受け取って部屋へ向かう。
ここのカラオケは、ドリンクバーにあるソフトクリーム食べ放題が人気だ。トッピングも豊富にあるから、俺たちはカラオケの得点に応じた持ち時間でデコレーションをして、順位を競うという遊びをよくしている。
「あ。ちょ、千冬…」
「どうしました?」
「……お前、歌って大丈夫なの?…その、…バレねぇ?」
「僕は歌わないので大丈夫ですよ」
「えー…」
マジで何しに来たんだよ…。
「あの角の部屋だ」
「一番乗り~!うわぁ、狭い~」
「土曜の夜やから、混んどるんやろ」
ドリンクバーで飲み物を調達して、部屋に入る。
ほぼ正方形の室内は、大きなモニターの反対側に、コの字型のソファが設置されている。
マロ、マンティス、カゲヤンと、部屋に入った順に奥から座る。
カゲヤンに続いて俺が席に着こうとすると、千冬がそっと俺の手を引き、カゲヤンと俺の間に割り込む。
俺は1番端の席。千冬の隣。
マロはソファの一辺を独占して、カゲヤンとマンティスも二人で座る。
「おっしゃ!そんじゃまずは声出しやんなぁ!」
「お腹すいたから何か頼んで良い~?」
「メガ盛りポテト」
「ミックスピザ」
「たこ焼き」
「焼きうどん」
「便乗多くない~!?覚えられないし!ていうか、誰か2回言ったよねぇ!?」
「マロ先輩、僕が頼みますよ。マロ先輩は何が良いですか?」
「わぁ…千冬っち、しごできぃ…。ぼくは炒飯でお願い!」
カゲヤンが爆音で歌い始める中、千冬が立ち上がり、フード注文用のパネルをマロから受け取り、座り直す。
…妙に、近い。
膝や肩がぶつかりそうな距離感に、ちょっとドキドキする…。
「聴いてくれてサンキュー!…えっ、62点?もっといってええやろ!」
「アレンジしすぎなんだよ」
「次は俺のターンだな」
「千冬っちは、入れないのぉ?」
「僕は聴いてるの方が好きなので」
「そうなんだ?」
その後、料理も届き、各々食べながら順に歌う。
マンティスが歌い、マロも歌い、俺の番が来たタイミングで、カゲヤンの予約が割り込んだ。
しかも同じ曲が3曲も。
「は?お前もう歌っただろ?」
「…おん?…え?俺やないで?」
「はーい。カゲヤンは下手すぎるからもう一度チャンスあげるよぉ。その間に、ぼくとマンティスと…、千冬っちは、ドリンクのおかわり貰ってくるね」
「え、僕は…」
「さっ、カゲヤンの騒音リサイタルが始まる前に行こうかぁ!」
「騒音ってなんやねん!」
「頼んだぞカゲヤン」
「はぁ!?…あ、えっ、俺1人で!?」
千冬もマロに半強制的に連行され、部屋には俺とカゲヤンだけが残る。
さっきも聴いた前奏が流れ始め、俺は近くにあったポテトをつまみながら、モニターを観る。
すると、カゲヤンは、音量を極限まで下げて、俺と一緒にポテトをつまみ始めた。
「歌わねぇの?」
「……おん」
「…?」
「……あ~!まどるっこしいのは苦手やねん!」
「なんだよ、どうかしたのか?」
「…伊織、なんで千冬クンと付き合わへんの?」
「は、……はぁ!?」
「千冬クンは、好きって言うとるんやろ?それに、伊織も…」
それだけ言うと、チラッと俺を見て、黙々とポテトを食うカゲヤン。
何だよ、急に。
そんな真面目な顔して…。
…あ、そうか。
この前、俺になんか聞いてやるって言ってたのは、このことだったのか…。
「…心配してくれてんのか?」
「まぁ?そういうこっちゃな?」
とぼけたような顔をするカゲヤンに少し笑う。
そっか。
良い友達だな、ほんと。
…相談、してみるかな…。
「俺、……怖ぇんだよ」
「何が?」
「………」
腹は括ったつもりだけど、やっぱりこんな話、ちょっと恥ずかしい。頬が熱くなる。
でもカゲヤンは真剣に聞いてくれてるのも分かるから、恥を忍んで続ける。
「俺が、千冬に、釣り合わねぇっていうか…。千冬の周りには、俺よりずっといい人がたくさんいて…、多分これからも、それは増えていって…。」
「……」
「千冬のことを好きな人は、たくさんいるんだ。だから、俺なんか、…いつか、…その…、捨てられるんじゃねぇかって…」
途中で、手を止め、俺を見る。
「伊織…。ほんま、あかんたれやなぁ」
「あかん……は?何て?」
「ほら、食べや?」
小さい子供を見るような優しい目で見られ、ポテトを差し出される。
よく分かんねぇけど、大人しく差し出されたポテトを咥えた。
「ジブン、千冬クン自身やのうて、千冬クンの周りの人を見て恋愛するんか?」
「………」
「千冬クンは、伊織やないとアカン言うとんねん。信じてやり。それは、伊織にしかできへんから」
「………カゲヤンにしては、まともなこと言うな…。……でも、……確かに。…ありがとな」
「ハハ!なんや泣きそうなっとるやん!かわいいやっちゃな~。こっち来ぃや」
「うるせぇ」
カゲヤンが俺の首に腕をかけて引き寄せ、頭をワシワシ撫でる。
ちょっと苦しいけど、胸の中の靄がすうっと晴れていく。
カゲヤン達がいて、良かった。
「分かったなら、はよ、ぶちゅっとしぃ」
「ぶちゅ…っ!?」
「初心な伊織チャンはやり方知らんか?ほれ、ここにやってみぃ。やさーしく、やさーーーしく触れるんやで!」
首を固定されたまま、目の前にケチャップをつけたポテトを差し出される。
カゲヤンの言う「ぶちゅ」って…、キスだよな?
「はぁ?やんねぇ……ょ…」
なんて言いつつ、脳裏では千冬のことを思い出している。
千冬の、唇…に………。
赤くテラテラ光るケチャップに、千冬の唇を重ねる。
もっとも、千冬の唇はこんな真っ赤じゃなくて、ふっくらした桜色だけど……。
「うぉぉ…、伊織……、そんな顔、すんのや…な……」
カゲヤンの喉がゴクリと鳴った瞬間。
──ガチャッ
「戻ったよぉ~…げ、」
「帰還……あ」
「……っ」
「あ」
「ん?わっ!」
扉の開いた音にハッとした途端、体が思い切り引っ張られた。
千冬が俺の腕を引き、抱き寄せていた。
「ちゃ、ちゃうねん…!誤解や!誤解やから!千冬クン…!!」
「お、落ち着いて千冬っち!」
「美形の怒った顔…怖すぎる…。部屋、間違えました」
「マンティスゥゥ!一人だけ外に逃げようとすんなやボケェエ!」
俺の視界は千冬で塞がれていて、状況はよく分かんねぇ。
「千冬っち!カゲヤンには、ぼくがちゃーんと言っておくから、許してあげて!こっち来てカゲヤン!」
「俺が悪いとちゃうやろ!」
「悪いよバカ!いいから早く!伊織に任せよう」
扉がバタンと閉まる音がして、やっと静かになる。
部屋には俺と千冬だけになっていた。
「……伊織先輩、何もされてないですか?」
「何って何だよ?何もねぇよ」
「~っ、」
「うっ、苦し…っ」
泣きそうな顔を見せて、また俺をキツく抱きしめる。
「誰にも、取られたく、ないんです…」
「千冬……。」
相手はカゲヤンだぞ?とも思うけど、…誰にもられたく無いって気持ち…、今の俺にはよく分かる。
千冬の背中に手を回して、優しく叩いてやる。
「余計な心配かけて、悪かった」
「……いいえ、僕こそ、雰囲気悪くして…。伊織先輩のお友達にあんな態度…、大人気ないです。…ごめんなさい」
「大丈夫だ。そのうち盛り盛りにデコったソフトクリーム持って帰ってくるだろうから、その時、俺と謝ろうな?」
「…はい…」
千冬のピンクの髪をポンポンと撫でる。
千冬は俺の体を離すと、きゅるんとした瞳で俺を見る。
なんか…子犬みてぇでかわいい。
「千冬、一緒に歌わねぇか?」
「え…」
「せっかく来たんだし、アイツらはまだ戻らねぇだろうし。何歌う?」
「……なら、さっき伊織先輩が歌おうとしてた曲で」
「おう」
予約を入れ直し、音量を調節する。
「俺、全く上手くねぇから。先に謝っとく」
「ふふ。好きな人と好きなことを一緒にできるなんて…嬉しいです」
「っ…、そうかよ」
俺が入れたのは、中学生の頃に流行っていたアニメの主題歌。
最近の曲はよく知らねぇから、いつも同じような曲ばかり歌う。
有名な曲だから千冬も知っているようで、キラキラした目で、画面より俺を見ながら、控えめに歌っている。
…そんな見られるとやりずれぇんだけど…。
サビに差し掛かかると、千冬はハモリパートを歌い出した。
びっくりして千冬を見ると、優しい微笑み。
「すげぇな!即興?」
「3度ズラしただけですよ」
「おう?よく分かんねぇけどすげぇ!」
「ふふ、喜んでもらえて僕も嬉しいです」
間奏中にマイク越しに興奮を伝えると、千冬も嬉しそうに笑った。
うまい人がハモってくれると、俺もなんだか上手くなったように錯覚すんな…。
「2番、よく分かんねぇから、千冬が歌ってくんねえ?」
「そうなんですか?それなら別の曲に…」
「ううん、…千冬の歌声、聴きてぇの」
「……そういうことなら喜んで。伊織先輩のために、歌います」
にっこり微笑んで、2番を歌い始める。
アップテンポの曲なのに、千冬の声は気持ちよく響いて、思わず聴き入ってしまう。
動画で投稿される歌は、全てのファンに向けた歌に聞こえるけど、…今は。今だけは。
俺のためだけに歌ってくれている。
……それで、十分だ。
「すげー!やっぱ上手ぇな!金取れるレベルだと思う」
「ふふ、ありがとうございます」
歌が終わって、拍手で感動を伝える。
千冬は照れくさそうに笑って、ドリンクに口をつけた。
採点結果は、92点。
「こんな高得点取ったことねぇわ」
「カラオケの採点基準もいろいろありますからね。僕にとっては、歌ってる伊織先輩は、すっごく可愛くて百点満点でした」
「っ、お前……恥ずかしいやつだな…」
しょうもない会話をしていると、部屋の扉がそっと開き、千冬がすぐに立ち上がり駆け寄った。
「あ…、千冬クン…」
「カゲヤン先輩っ、ごめんなさい!さっき、僕…」
「俺からも謝る。ごめんな、カゲヤン」
「え、あ…、びっくりしたぁ。なら、もう怒ってない?よかったあ!」
「早く進め、後ろがつかえてる。そしてソフトクリームが溶ける」
「ぼくの『エッフェルソフ塔クリーム』も崩れるぅ~」
「ネーミングセンスは既に崩壊してるな」
予想通り、盛り盛りにデコレーションしたソフトクリームを持って帰ってきた三人に笑う。
カゲヤンと千冬も笑顔で言葉を交わしていて、一安心。
良かった。
「結構混んでたよぉ。二人も行ってくれば~?」
「おう。そうすっかな」
「今のところの暫定一位は、俺の『マンティスカラフルパレス-幻惑の迷宮(ラビリンス)-』だ」
「だからネーミングセンスが意味不明なんだよ。行こうぜ、千冬」
「ふふ、はい」
ドリンクバーは奇数階にしかないから、階段で3階に降りる。
「千冬は、ひとりカラオケとかも、あんま来ねぇの?」
「高校生の時まではよく行ってましたよ。大学に入ってからは、マンションの作業部屋の中に防音室を作ったので、今は専らそっちで歌ってます」
「あー、あの電話ボックスみたいな個室か」
「はい。今度入ってみますか?」
「いいのか?見てみてぇ!」
以前、千冬の作業部屋を覗いた時に見えた、小さな個室を思い出す。
確かに、ガラスの小窓から、マイクとか見えたな。
千冬の作業部屋の風景を思い出すのに夢中になっていると、すぐ近くの部屋の扉が開き、退室する団体客とぶつかりそうになる。
「伊織先輩」
「あ…。わり。ありがとな」
千冬に肩を優しく押されて壁に寄る。
団体客の向こうには、ドリンクバーコーナーがもう見えている。
マロが言っていた通り、混んでるな。特に女性客が多い。
…スカート短かっ。
「そういえばさっき、カゲヤン先輩とは、何の話をしてたんですか?」
「へっ!?」
「……僕に話せないことですか…?」
「い…いや…。」
話せなくはないけど、恥ずかしい。
ていうかそれは…、ここで言うのか…!?
団体客が捌けて、ドリンクバーコーナーに近づく。
「えっと……、」
「ねぇ!さっき4階のトイレ行ったら、403号室からフユみたいな声聞こえたんだけど!?」
「え!うそ!?」
「偶然通りかかったフリして、出待ちしてみようかな…っ」
「!、千冬っ、こっち!」
「え?」
偶然、女性客たちの会話を耳が拾った。
俺は千冬の手を引いて、さっきの団体客が出て行った部屋に千冬を押し込んだ。
「どうしたんですか?」
「シッ!喋るな!特にお前は!」
「むごご…」
千冬の口を手で塞ぎ、そっと扉を開け、隙間から覗く。
女性客たちはソフトクリームを絞りながら楽しげに笑っている。
もう少し、かかりそうだな……。
「…お前の、ファンらしき人たちが、…お前の歌声が聞こえたって話してて…」
「………」
扉を閉めて千冬を見ると、千冬は特に驚いた様子もなく、ただじっと俺を見ていた。
千冬の目を見つめ返し、静かに切り出す。
「なぁ…、このまま聞いてくれねぇか…?」
千冬の口を塞いだ格好のまま頼むと、千冬がゆっくり瞬きした。
「さっき、カゲヤンと話してたのは…、千冬の、ことだ」
緊張で、顔に熱が集まる。
「千冬に、こ、告白、された時…俺、『恋人は、いつか別れる未来があるかもだから、怖い』って…、話、したよな?」
千冬の顔が見れず、視線を落とした。
「千冬は、その…歌い手としても、人気で、千冬のとこが好きって言うファンがたくさんいる。だから、余計…、俺なんかすぐに捨てられんじゃないかって…」
千冬が眉を顰めて、俺の手を外そうとする。
「まだ、最後まで聞け」と言うと、大人しく手を下げる。
「俺…、そんなことばっか考えて、逃げ腰になってた。でも、決めた。」
心臓が、バクバク鳴る。
千冬の目を、しっかりと見つめた。
「俺、千冬を信じる。千冬が、…好きだ。友達じゃなくて、…か、彼氏に、なって欲しい。未来がどうなるかなんて分かんねぇけど、俺の方から、お前から離れることは無いって、約束───っ!?」
千冬の手が腰に回され、抱きしめられる。
そして、口を塞がれたまま顔を近づけ、俺は自分の手の甲を、自分の口に押し付けられる。
そして、千冬は俺の手のひらに、キスを落とした。
「~っ、な、ななっ…何っ!?」
「嬉し、過ぎますっ…!伊織先輩っ!すき、好き、大好きです!」
「ちょっ、待っ…!」
手のひら越しのキス。
もはや千冬の口を塞いでいた手は、機能してない。ただ、千冬の口付けを受け止めるだけになっている。
指の内側を千冬の柔らかい唇が喰む感触に、身体が甘く痺れる。
「伊織先輩、僕、先輩に『怖くないって証明する』って言いましたよね?」
「え…?あ、ああ、そうだな」
「伊織先輩の不安になるなら、僕は歌い手をやめます」
「そう……、はっ!?」
「伊織先輩さえいてくれたら、僕はもう十分幸せですから」
「アホ」
「いたっ!」
「俺は、千冬の夢ごと、千冬が好きなんだ。千冬が続けたいなら、むしろ、続けて欲しい」
俺のせいで千冬のやりたいことが制限されるなんて、絶対にごめんだ。
そこは間違えて欲しくない。
千冬の胸を押して可能な限り距離を取り、真剣に伝える。
ちゃんと、伝わって欲しい。
「……かっこ、良すぎます…。やめてください、僕より、かっこよくするの……」
「はぁ?」
千冬は俺の腰から手を放し、両手で顔を隠す。
萎む風船のようにみるみる縮こまっていく。
「……大丈夫か?」
指の間から表情を伺おうと、顔を覗き込むと、長いまつ毛が繊細に揺れ、キラキラした栗色の瞳と目があった。
千冬が手を外すと、赤い顔が現れる。
「今から、俺の部屋、来てください」
返事をする間もなく手を握られ、部屋から連れ出される。
カゲヤンたちにスマホで連絡を入れ、そのままカラオケを出た。
道中、千冬は特に何も話さず、でも何かを確かめるように俺の指を弄んだりしていた。
千冬に手を繋がれ、千冬のマンションまで真っ直ぐに帰宅する。
「伊織先輩は、ここに居てください。これで、観てて」
「?」
リビングのソファに座らされ、ノートパソコンを開き俺の前に置く。
そのまま置き去りにされ、千冬は部屋を出る。
どうやら作業部屋に行ったらしい。
「何だ……?…あ、」
しばらくすると、千冬の名前でリンクが送られてくる。
開くと、フユの、生配信ページに飛んだ。
──♪
「あ、この前の曲だ…」
いつもと同じ、ギターを弾く手元が映し出され、配信が始まるなり、歌い出す千冬。
週末に新曲投稿するって言ってたけど、生配信でだったのか。
…?いや、マジか?
曲が終わる頃には数万の視聴者が集まっている。
コメントも続々と流れる。
さすが。すげぇ。
『こんばんは。初めまして。フユです。』
「え……、何する気だ?あいつ…」
『いつも聴いてくださって、本当にありがとうございます』
コメントが一気に流れる。
≫生配信!?生でも上手い!
≫うそ!ふーくんの喋り初めて聞いた!
≫話し声もめっちゃ癒される♡
コメントに対して返事をすることはなく、千冬は続ける。
『………実は、僕には、大好きな人がいます。とてもとても、大切な人です。』
≫ふーくんの話もっと聞きたい!
≫顔見せて~
≫は?何の話?
≫ファンに言わなくても良くないですか?裏切られた気分。
『例え全てを捨てたとしても、愛し抜きたい人です。』
「千冬……、」
コメント欄にはポジティブなコメントもあるものの、千冬を恋慕っていたファンからは、心無いコメントも寄せられ始める。
それでも全てのコメントを無視して、千冬は続ける。
『その人へ、永遠の愛を誓って歌わせてください。『初春の月』。』
──♪
千冬の代表曲である、甘く切ない初恋の歌。
≫もう応援するのやめます
≫利用された気分
≫応援してます!頑張って!
≫この曲が一番好きです
ただ、歌詞が違う。
恋焦がれる切ない歌じゃなく、変わらない愛と、大切にしたいと気持ちが、優しいメロディに乗せて紡がれる。
「千冬…、……好き…だ」
世界に向けて歌われる歌が、初めて、ただ1人、自分に向けた歌だと感じる。
涙が溢れた。
千冬が恋しくて、触れたくて、抱きしめたくて…。
「千冬っ、」
曲が終わる頃には、俺は部屋を出ていた。
千冬の作業室に入り、防音室のガラス窓に触れる。
千冬が気付き、慌てて立ち上がる。
配信を止めようとして何か落としたのか、機材の前でわたわたしていたピンク頭が、焦った様子で防音室の扉を開けた。
驚いたような、不安なような表情。
そんな顔も、愛おしくてたまらない。
「伊織…、先輩…」
おそるおそる伸ばされた千冬の手に、そっと触れる。
「千冬…、ありがとう」
「…先輩の不安、怖くないって、僕、証明できましたか…?」
許しを乞うように尋ねられて、また愛おしさで胸がきゅっとなる。
「キス…してぇんだろ?」
「っ、………いいんですか…?」
「…ん」
千冬の指が、優しく絡まる。
はちみつを垂らしたような、あまいあまい栗色の瞳が、愛おしげに俺を見つめる。
俺は緊張と期待を込めて、ゆっくり目を閉じた。
そして。
──ふにゃ、
柔らかくて温かいものが、そっと、唇に触れる。
唇を当てるだけの、優しいキス。
心臓が痛いほどドキドキする。
唇から、指先から、千冬に触れる全てから、幸せが溢れ流れ出す。
「…はぁ、」
「っ……」
唇が静かに離れ、またゆっくりと目を開ける。
千冬の熱い吐息を感じて、身体がぼうっと熱くなる。
千冬は、薄い瞼の下で、蕩けるような瞳でうっとり見つめている。
身体中が心臓になったかのように鼓動がうるさい。
「伊織先輩、大好きです。…ずっと、大切にします」
千冬の腕が腰に回り、強く抱き寄せられる。
「俺、も……。…大好き、」
そっと千冬の背中に手を添えると、更に強く抱きしめられ、千冬が俺の肩に顔を埋めた。
「俺、…もう、絶対に離しません。先輩が嫌って言っても、絶対に、絶対に…」
「、俺から嫌なんて言わねぇよ。」
「……僕、重いですよ?」
「望むところだ」
小さく笑い合って、また唇を重ねた。
fin.
68
あなたにおすすめの小説
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
バイト先に元カレがいるんだが、どうすりゃいい?
cheeery
BL
サークルに一人暮らしと、完璧なキャンパスライフが始まった俺……広瀬 陽(ひろせ あき)
ひとつ問題があるとすれば金欠であるということだけ。
「そうだ、バイトをしよう!」
一人暮らしをしている近くのカフェでバイトをすることが決まり、初めてのバイトの日。
教育係として現れたのは……なんと高二の冬に俺を振った元カレ、三上 隼人(みかみ はやと)だった!
なんで元カレがここにいるんだよ!
俺の気持ちを弄んでフッた最低な元カレだったのに……。
「あんまり隙見せない方がいいよ。遠慮なくつけこむから」
「ねぇ、今どっちにドキドキしてる?」
なんか、俺……ずっと心臓が落ち着かねぇ!
もう一度期待したら、また傷つく?
あの時、俺たちが別れた本当の理由は──?
「そろそろ我慢の限界かも」
【完結】君を上手に振る方法
社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」
「………はいっ?」
ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。
スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。
お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが――
「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」
偽物の恋人から始まった不思議な関係。
デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。
この関係って、一体なに?
「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」
年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。
✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧
✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
僕の恋人は、超イケメン!!
八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?
ちっちゃな婚約者に婚約破棄されたので気が触れた振りをして近衛騎士に告白してみた
風
BL
第3王子の俺(5歳)を振ったのは同じく5歳の隣国のお姫様。
「だって、お義兄様の方がずっと素敵なんですもの!」
俺は彼女を応援しつつ、ここぞとばかりに片思いの相手、近衛騎士のナハトに告白するのだった……。
ノリで付き合っただけなのに、別れてくれなくて詰んでる
cheeery
BL
告白23連敗中の高校二年生・浅海凪。失恋のショックと友人たちの悪ノリから、クラス一のモテ男で親友、久遠碧斗に勢いで「付き合うか」と言ってしまう。冗談で済むと思いきや、碧斗は「いいよ」とあっさり承諾し本気で付き合うことになってしまった。
「付き合おうって言ったのは凪だよね」
あの流れで本気だとは思わないだろおおお。
凪はなんとか碧斗に愛想を尽かされようと、嫌われよう大作戦を実行するが……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる