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最終章
最終話 俺が何しようとしてるか、わかる?
しおりを挟む翌日、俺たちはバスで山を降り、温泉街へ来ていた。
お目当ては、最近できた足湯カフェ。
全ての席が海を臨んでいて、足元には色鮮やかな花が浮かぶ足湯。
SNSでは早速たくさんの動画や写真が投稿されていた。
「本当に海がよく見える!」
「足湯気持ち良さそー。早速入ろ?」
席に案内され、いそいそと靴と靴下を脱ぐ。裾を捲り上げて、まろやかに揺蕩う湯面に足先をつけた。
「ふぅー」
「ちょうどいい温度だな。気持ちいい」
ちゃぽん、と小さな音と共に、ふくらはぎまで浸かる。
陸の白い足が、湯面の光を受けて幻想的に輝いた。
「陸って、…肌白いよな」
「確かに、そうかもな」
本人は全く気にしていないようで軽く流される。
俺は陸の白い肌を見る度にドキドキしてるっていうのに。
キラキラ光る海を見る、陸の横顔を見つめる。
凛とした目元も、今日は無邪気に目尻が緩んでいる。
「あ、楓!パフェが来たぞ!」
海面より輝いた陸の瞳に、俺も頬が緩む。
こいつ、甘いもん結構好きだよな。
机の上には、俺のブラックコーヒーと、陸の季節のパフェ。秋の特別仕様のそれは、グラスの中にクリームと、紫や黄色の層ができていて、栗や小豆も見えている。上にはモンブランが乗っていて、見ているだけで口の中が甘くなる。
「美味しい…!」
一口、口に運んで笑顔を見せる。子供っぽい笑顔。
「俺にも、一口ちょーだい」
「ああ!もちろんだ!」
正直俺はそこまで要らないけど。
「あーん」
「は?」
「くれるんでしょ?」
「じ、自分で食べたらいいだろ!」
陸から、一口もらいたい。
陸は頬を染めて、器ごと俺に寄せようとする。
その手を軽く抑えて、微笑んで見せた。
「今日、俺の誕生日なんだけどなー」
「っ、」
「…ね、おねがい?」
首を傾け、甘えるように陸を見る。
陸は赤い顔のまま目を逸らすと、観念したのか、スプーンに一口分を掬う。
「…ほら」
もっとかわいい言い方ねーの?
そんな突っ込みは胸にしまって、陸が差し出すスプーンを素直に口に含んだ。
「ん、あんがと」
「…どう、いたしまして」
ニヤけが抑えられない俺の横で、陸は黙々とパフェを食べ進める。
「あーん」の直後は恥ずかしそうにちびちび食べていたけど、徐々にパフェの美味しさにまた集中し始めたようで、また嬉しそうにぱくぱく口に運ぶ。
かわいい。
「…間接キスはいーんだ?」
「ブッ!か、楓!」
「ふっ、くくく…」
声を抑えて笑う。
陸は赤い顔で俺を睨むけど、それ、全然怖くないから。むしろかわいい。
机の下で、脚が触れる。
「!」
陸がビクリと反応して、背筋を伸ばす。
お湯の温かさなのか、陸の体温なのか、ぬるく心地いい温度が、肌から直接伝わる。
「陸、」
「な、なんだ」
「…ありがとう。」
穏やかで、幸せな時間を。
キョトンとした顔の陸は、少ししてから照れくさそうに微笑んだ。
「俺も、ありがとう。」
たぷんと、足元の湯が、花びらと共に優しく揺れた。
カフェの後は、買い物のために温泉街を歩く。
「楓に何かプレゼントしたいんだが、欲しいもの、何かあるか?」
「あー、新しいタオルが欲しいんだよねー」
誕生日プレゼントには、デートをねだったけど、形に残るものもプレゼントしてくれると言うなら、欲しい。
ちょうどこの前の体育の後、タオルをそろそろ新しくしたいと思ったことを思い出した。
「タオルか。それなら…」
「ちょっと待って!ゆげまる以外で!」
陸が少し驚いた表情をする。
確かに陸に選んでもらいたいけど、ゆげまるはもう勘弁。幽霊小屋での毎夜、陸の寝顔を隠すゆげまるに、何度不満を抱いたことか…!
「ゆげまるショップは、またあとで行こ?」
「そのつもりはなかったが…、楓が行こうと言ってくれるなら、あとで一緒に行こう」
嬉しそうに微笑む。
「タオルなら商店街の方がいいか?」と言いながら俺の先を歩き始める陸。
なんだ、良かった。ゆげまるタオルをプレゼントする気はなかったみたい。
ふぅ、と息をついて、陸に続く。
そして、そっとカバンに触れた。
中の紙袋がカサっと音を立てる。
実は、俺は陸のプレゼントを、もう用意していたりする。
陸がゆげまるのスマホケースを、お気に入り登録していたのをたまたま目にして、それが欲しいんだろうと踏んであらかじめ買っておいたんだ。
あとは、いつ渡すかなんだけど…。
商店街まで来ると、陸は意気揚々と店に入り、張り切ってタオルを選び始めた。
「楓、このタオルはどうだ?」
最初に陸が手にしたのは、灰霞町の観光マップが印字された生地に、「灰霞温泉」という文字と、温泉マークが金の糸で縫われたタオルを見せる陸。
いや…、さすがにそれは…。
「………」
「ダメか。触り心地が良さそうだったんだが…あ、こっちはどうだ?」
陸が次々と気になったタオルを勧めてくれる。
陸は一つ一つ真剣に選んでは俺の元へ差し出して、キラキラした目で俺を見る。
なんかもう、やっぱ、どれでも嬉しい。
「じゃあ、それで。」
「そうだな!俺もこれが一番いいと思った!」
ほんと?なんか、調子よくね?
そう思うも、確かに今まで見せてくれた中で、一番好みではある。
紺色の生地に、隅に小さく、赤い紅葉の刺繍。
「この赤い紅葉が『楓』マークだな」
にこっと笑い、タオルを2枚手に取った。
「1枚でいーよ?」
「あ、いや…」
陸が恥ずかしそうに眉を下げ、視線を落とした。手に取ったタオルをぎゅっと抱きしめる。
「1つは、俺の…でも、いいか…?」
うっ…、
またお揃い攻撃かよ…!
不意打ちのときめきに、心臓を抑えた。
「…も、もちろん…」
「ありがとう」
そう答えるのが精一杯だった。
可愛く微笑んでレジに向かう陸。
そうだ、前もゆげまるショップでこんな風にお揃いのお箸でノックアウトされたんだと、思い出す。
「末恐ろしいヤツ…」
涼しい店内にも関わらず、自分の顔が熱くて、俺はシャツの胸元を仰いだ。
タオル選びが終わって温泉街に戻る頃には、あたりは少し暗くなってきていた。
というか、雲が覆ってきていた。
「降りそうだな」
「天気予報は晴れだったのにねー」
早く陸のプレゼントも渡さなくちゃ。
風向きが変わって、肌寒さも感じてくると、行き違う人たちも、足早に去っていく。
いつも賑わっているこの道は、かなり人が少なくなっていた。
「楓、そろそろ戻らないか?」
「そーしよ。てゆーか、陸のプレゼントは?」
「え、」
陸が立ち止まる。
「俺からも、陸にプレゼントしたいから考えといてって言ったじゃん」
「えっと…、」
その場で黙り込む陸。もしかして忘れてた?
でも考えてないなら好都合。
スマホケース、渡しやすいからね。
「あー、気にいるか、分かんないけどさ…」
「…ない、」
「ん?」
このタイミングしかないと思って、カバンに手をかけると、陸が小さな声で何かを言った。
「何がないの?」
「…考えて、ない。」
頬を染めて、上目遣いで俺を見る。
何照れてんだよ?
別に忘れててもそこまで恥ずかしいことじゃねーと思うけど。
「あー…、そう?なら、ちょうど良かっ──」
俺の裾を、陸がきゅっとつまんだ。
「だから、その…、その…。」
「……!」
耳まで赤くする陸を見て、やっとピンときた。
あの日、自分が言ったことを。
──欲しいものちゃんと考えておかねーと、俺からのプレゼントは、キ・ス、だから!
マジかよ。
頭の中が真っ白になって、一瞬で欲で塗り替えられた。
熱を持ったように、脳がクラクラする。
「陸、…来て」
夢の中にいるみたいに揺れる視界の中、陸の手を引いて、路地裏に陸を連れ込んだ。
路地裏の壁に、そっと陸を追い詰める。
陸は黙ったまま、少し泣きそうな、恥ずかしそうな顔で俺を見つめた。
俺はそんな陸を見て、さらに体温が上がる。
陸の両手をとり、優しく指を絡めた。
「楓…」
弱々しく俺の名前を呼ぶ。
その声さえ、俺の鼓動を早める。
そのまま陸の両手を後ろの壁につけて、留める。
「陸、俺が何しようとしてるか、わかる? 」
静かに問いかけると、陸の喉が小さく上下した。
「わか……る、」
最後は聞こえないほど、ほとんど空気だけのような声。
さらに近づき、鼻先が触れそうなぎりぎりの距離まで詰め寄る。
お互いの息遣いが、熱が、伝わる。
恥ずかしそうに、陸は目を逸らした。
「りく、」
いつもより低く掠れた声で呼ぶと、陸の身体がビクッと反応する。
恐る恐る視線を戻す陸を、熱っぽい瞳で捉える。絡まった視線。
逃がさない。
「…いい?」
囁く声に、陸の瞳が揺れる。
「う、…んぅ!」
答えを言い切る前に、唇を塞いだ。
熱くて、やわらかい、唇。
途端に、ザァ…と雨が降り始める。
身体にかかる雨の冷たさを感じないほどに、全身が火照っていた。
心臓が爆発しそう。
ドキドキが、指先から伝わってしまいそう。
ずっと待ち望んだその感触を、全神経を集中させて堪能する。
ああ、蕩けそう。
唇を離すと、陸の震えた息が頬を掠めた。
「息、止めてたの?」
「…だって…、」
濡れたまつ毛が瞬く。
ダメだ、止まらない。
角度を変えて、また口付ける。
雨に濡れた唇は、よりなめらかで、ぬるりと触れ合った。
「ンっ…、」
陸の声に薄く目を開けると、目を固く閉じたまま、顔を真っ赤にしていた。
「ふ、」
かわいい。
あまく、ふっくらした唇を、また味わうように啄む。
雨の音が、遠くに聞こえる。
世界にたった2人だけ、そう思えるくらい夢中になる。
「…ンぅ、…んっ!、かえ…、」
「はぁ…、りく…」
「っ、も、…ぅ、ン…、や…」
「や、めろっ!」
ゴン
「痛っっったあああ!またかよ!!」
額に大打撃。
ジンジンと痛むおでこを抑えると、陸が肩で息をしながら、同じくおでこを抑えている。
「せ、節度というものが、あるだろ!!」
「はあ!?陸がしていいって言ったんじゃん!」
「でも、初めてでこんな、こんな、ずっと、何回も…っ」
陸が首まで赤く染めて抗議する。
「……もっと、好きになってしまう…」
陸の言葉が、全身を甘く貫いた。
心臓は何かに握りつぶされたかのように痛む。
「……くそ、かわいすぎてムリ」
壁に寄りかかり、降り続ける雨にひたすら打たれる。
そうやって俺の熱を覚ましてくれ。まじで頼む。学校まで帰れない。
「楓、とにかく帰ろう、このままでは風邪をひく」
「…はぁい」
今度は俺が陸に手を引かれ、路地裏を後にする。
温泉街を歩く人はほとんどいなくて、いても傘をさしている。
ずぶ濡れの俺たちは、恥ずかしいほどに目立っていた。
雨宿りできそうな場所に避難して、買ったばかりのタオルを開けて、濡れた身体を拭く。
「陸、寮にもどったら、続きしていい?」
「ダメだ!先に風呂だろ!」
「…後ならいいのかよ」
陸に叱られても、口元のニヤけは治らない。
「…後なら、いい」
「え」
「さあ、行くぞ、雨足が弱まってきた」
「ちょ…、ちょっと、待てよ陸!」
振り返った陸が手を差し出す。
暗い雨雲の切れ間から、オレンジ色の光が陸の笑顔を照らす。
俺はその手を、しっかりと握り返した。
fin.
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