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本編
4.外出
しおりを挟む「いや、逆にそうじゃなくて。マジ焼肉食いたいんだよ、日本っぽい焼肉な。タレも再現してさ」
「ほう! ほうほう!」
当初の狙いからは遠く離れた希望に、俺は直ぐ様食いついた。自分にはなかった発想だ。というか「味噌汁食いたいなー」と漠然と考える事はあったが、この世界に味噌がない時点で諦めていた。あちらでレトルト、ファーストフードに頼り切っていた弊害である。
「ワインはあるだろ? 香辛料もあるし、玉ねぎっぽい野菜とかあれば何かそれっぽい物なら出来るんじゃないかって思った」
「あるよ。玉ねぎもどきなら」
飲食店で働いた事がある瑛士君は俺より遥かに知識を持っていた。こういう野菜とか調味料とか瑛士君が具体的に挙げる品々に、俺が知るこの世界にある代替品を挙げていく作業は本当に楽しかった。話しているうちにどんどんテンションが上がっていく。
「――よし、行くか! 買い出し!」
とうとう勢いよく立ち上がった瑛士君が言う。
「いいの? 俺、買って来るけど」
「絶対重くなるだろ。それに俺も実物見たいしな、正直フィーの話だけだと不安」
そんな軽口を叩く瑛士君の笑顔がぎこちなく、緊張してるんだと思った。とはいえ、ここに来て初めて外に出ようと決意したなら俺はそれを応援したい。きゅっと口を引き結んで頷いた。
すぐに準備して二人で外に出た。あると安心出来るかな、と瑛士君にはフード付きの上着を着て貰ったが、無造作に頭の半分位に引っ掛けたまま歩いていた。この町は金や茶系の髪色が大半を占めるが、遠方から来た人は黒髪だったりもする。髪を晒して歩いても悪目立ちはしないとは言ったが、瑛士君は行き交う人達の反応を慎重に見て、以前とは視線が違うのを感じてようやく詰めていた息をそっと吐き出していた。
「くそ、本当に腕時計だけかよ。異文化怖えー」
「あ、アレどうしたの? 家?」
「置いてきた。またいつ変な所飛ばされるか分かんねーし、本当は持ち歩きたいんだけどな」
えーじゃあ、ウエストポーチ的なのがあると助かるよね。恐ろしく高価なのは無理だが、丈夫で邪魔にならない感じの物を選んで貰おう。貢ぐ目処が立ってニヤニヤする俺を瑛士君が不審そうに眺めながら二人並んで歩く。人通りが増える程、隣からは肌を刺すような警戒を感じたが、俺はなるべく普段通りに接した。
「エイジ、もう看板読めそう?」
「ん、ゆっくりならイケそう。あーっとあれが……」
崩した文体に苦戦しながらのんびり歩く。たまに瑛士君の黒髪を珍しそうに見る人は居ても、悪意は感じられない。俺は自分が住む町を背景に、瑛士君が隣に居る光景を地味に尊く感じた。
目をつけていた材料を次々と買い込む。未知の野菜をしげしげと眺め、匂いを嗅ぐ瑛士君の真剣な姿がこれまた格好良くて見惚れてしまったのはバレてないと思う。家で勉強するキリッとした顔とはまた違った良さがあるのだ。ワインも買って、後は……。
「フィー、ありがとな。こんなのまで」
「もっと格好良いやつ、まだあったのに」
「いや、これ一番頑丈そうだから」
何でも良いと言ったのに、瑛士君が選んだのは腰にぴたりと巻けるシンプルな皮のポーチだった。本当に腕時計だけ収納出来れば良いらしい。装着することが出来なくなった腕時計は、初日にチラッとしか見てはいないが小洒落たアナログ時計だった気がする。
「大事な時計?」
「どうだろ、時計自体はそうでもない」
形見だとか、大切な人に貰ったとか、思い出の時計だとか、そんな返事だろうと思って聞いたのに、瑛士君は苦笑した。よく分からなくて、うん? と首を傾げる。
「俺は元の世界に戻りたい。でもたまに……諦めそうになる。心が折れそうな時はいっつもアレ見てた。あっちの世界から持って来れた物ってあの時計だけだから」
「……帰りたいよね」
そんなの当たり前だ。こんな理不尽に連れて来られて、帰りたくない訳がない。俺が瑛士君の立場でも絶対帰りたいに決まってる……決まってるのに、胸が軋んだ。俺は瑛士君と過ごして楽しいばかりで、心の何処かで「ずっとこのまま暮らして行けたらいいな」とか考えてしまっていた事に罪悪感を抱く。
「あっちでやり残した事があるんだ。まぁ何やかんや理由つけて後回しにした俺が悪いんだけど」
「……俺、応援するから。具体的に何すれば良いか分かんないけど、帰る方法探すの手伝うよ」
「フィーは本当お人好しだな。そんなだからぼったくられんだよ」
「え? 嘘、どこで?」
俺と商人の会話も聞き取れてしまう瑛士君に、俺が出来る事なんて限られてるかもしれないけど。ちゃんと応援するからもう少しの間だけ一緒に居て欲しい。
帰ってから二人で試行錯誤して作ったソースは食べられなくはないが微妙な味がした。項垂れる瑛士君が言うにはやっぱニンニクが不可欠か、だそうだ。
それからも瑛士君は買い物について来てくれるようになり、店に顔を出す頻度も増したように思う。目が合えば会釈してくれる瑛士君を、常連さんは寡黙なイケメン素敵だと言っていた。やはりこちらの世界でも非常にモテるようだ。
「エイジは女の子にモテて嬉しくないの? 慣れてるから? 当たり前過ぎて無感動みたいな?」
「偏見が酷い。喧嘩売ってんのか」
気になったから聞いてみたが、中学はどうだっただろう。少なくとも教室内でモテたーと喜んでいる姿は見た事がないし、瑛士君を前にして恥じらいながら話す子相手にも……リアクションせず普通に対応していた気がする。俺なら絶対つられて挙動不審になった挙げ句、逆に心配されるというのに。
そして瑛士君は「好きな子にモテなきゃ意味ない」なんていうイケメンだけに許される定型文を面白くもなさそうに言うのだ。
「話した事もない相手とか……ただ顔が好みだってだけの話だろ。どうも、としか言えねーわ」
「ほら、やっぱ無感動じゃん!」
「軽すぎてピンと来ないだけだ。つか――」
向かいに座って朝飯のパン噛りながら雑談していた瑛士君が話しながらガタと立ち上がる。お? と彼の動きを目で追う俺に、瑛士君は身体を伸ばして近づいてきた。
「顔が好みなのはフィーもだろ?」
こちらの顔を覗き込むようにして、内緒話をするみたいな小声で言われる。至近距離でニッコリと、意識して作られたからこそ完璧な笑顔を浮かべる瑛士君に俺の思考は停止した。息も止まった。
「おい……まさかバレてないと思ってたのか? 人のこと、結構な頻度で凝視してるぞ、お前」
心当たりがあり過ぎて、額から汗が滲んできた。無言のままそっと目を泳がせると、多少気が済んだのか溜め息だけで瑛士君が椅子に戻ってくれた。
その、まさかだ。四六時中ガン見している癖に本気でバレてないと思っていた。だってそんな素振りが全くなかったのだ。これは俺が鈍感というより、視線に対する瑛士君のスルースキルが高すぎるのだと思う。
「まぁこっちに来て散々な目に合ったから、理由は何にしろ悪く思われないってのは良いことだと思う」
「……」
「たかが腕時計一つでコロッと変わるとしても、な」
「……」
当然と言えば当然なのだが、この世界は瑛士君をかなりの人間不信にしてしまったようだ。異文化だから、の一言では到底割り切れるものでもないんだろう。
「ごめん……」
「うん? あぁ別に良いよ。フィーは俺の恩人なんだし、思う存分ガン見したら良い」
「え、いやそっちじゃなくて。無神経なこと聞いて悪かったなって……」
思ったから頭を下げて真剣に謝ったのだが、何がおかしいのか瑛士君にはぷはっと噴き出されてしまった。
「まさかそこ謝られるとは思わなかったわ。聞かれたくない事なら適当に流すだろ、普通」
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