転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

5.試作

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 真面目か! と散々笑われた。笑われるとこっちも恥ずかしいけれど瑛士君が気を悪くしていないなら良い。というか、適当に流す事も出来たのに、胸の中にある気持ちを少しでも俺に晒してくれたのかと思うと堪らなく嬉しい。恩人なんて言葉は俺には不釣り合いだけれど……って、恩人だからなんだって? 瑛士君は何と言った?

「プレミアム鑑賞券……?」
「何をどう変換したらそんな妙な日本語出てくるのか理解できねーけど、猫好きが野良猫見かけてほっこりすんのと同じだろ? 知ってる」
「えぇ……?」

 そうなのだろうか。いや、そうではない事を知っていながら明言を避ける俺はズルい。モゴモゴ言ってるうちに瑛士君は朝飯を片してさっさと仕事に行ってしまったけれど、俺はギリギリまでその場に留まり、日本で生きていた頃をひとり静かに振り返っていた。





 中学の二年と三年、彼と一緒のクラスだった。入学以降、何かと注目を集めていた瑛士君は二年に上がる頃には違う学年でさえ名前を知っているような有名人になっていた。クラスメイトとして間近で見る彼は明るくて気さくで本当に格好良かったから、俺は当然その存在に純粋に憧れた。いやクラスの大半がそうだったはずだ。

 瑛士君を眺めては、すげー! カッコいい! と友人を交えて手放しで称賛する充実した日々。直接関わる事は少なかったが、目立つタイプではない俺にさえ瑛士君は何かと気を配ってくれていた。卒業式の時、多くの人に囲まれている姿を見て、友人達と謎に訳知り顔で頷き合いながらも「もっと仲良くなってみたかったな」って本心ではひどく寂しく思った。俺的青春の一頁。

 たぶんそこで終われたら「憧れ」で済んだのだ。

 が、高校や大学でも俺は事ある毎にしつこく瑛士君を思い出した。雑誌を見ては「こんな服も瑛士君なら着こなすんだろうなー」とか普通に考えて、自分のヤバさに気づいて引く。悲しい事に就職しても同じだった。異性にも同性にも惹かれずに中学の同級生の事ばかり思い出す自分がおかしいのは自覚していたし、瑛士君に対する気持ちがただの憧れでなかった事にもようやく気づいた。だからってどうする事も出来ず、俺は初恋を未練たらしくズルズル引きずって、結局結婚もしないまま清い身体で一生を終えたのだった。

 そんな俺の一生ものの粘着っぷりを瑛士君は知らない。さすがに四六時中瑛士君を眺めてムラムラしたりはしないが、ほっこりと表現できるような全年齢対象の健全な視線だとは言い難い。大変ありがたい提案ではあったがプレミアム鑑賞券はそっと胸にしまっておくべきだろう。勘の鋭そうな彼に俺の気色悪さがバレてしまわないように、瑛士君を眺めるのも自重しないと。





「…………しかし美しい」

 うっとりと矯めつ眇めつしてみては、その美しさに惚れ惚れする。光を緩やかに反射するその曲線を辿って確かめてみたい衝動に駆られるが、この指で触れる事さえ躊躇してしまう繊細さ。良い。完成された美がここにある。

「もういいだろ。摺り下ろすんだぞ、それ」
「ううーまだ名残惜しいよ」
「うるさい。はよ寄越せ」

 俺の手の中からかっさらうように瑛士君に強引に奪われ、愛情たっぷりに磨き上げた目玉大の果実はすぐに見る影もなくなってベショベショになってしまった。漂う爽やかな甘い匂いは確かに林檎に似ている。そう。林檎っぽいからこそ買ってきた、焼肉ソース試作品に加える材料である。俺達は初挑戦してから週に一度は手を変え品を変え、めげずに挑戦していた。今回は林檎っぽい果実と甘い樹液を加える予定なのだが、あの果実は「瑛士君がこの世界で初めて一人で買った」という付加価値のついた希少な果実だったのに。

「フィー、ちょっと火弱めて。消すなよ」
「弱くは難しいんだってー」

 鍋で手が塞がっている瑛士君の足元にしゃがみ込んで薪の量を調節する。パン窯で慣れているので一定の高温を維持するのは得意だが、弱い火のチマチマした調節は本当に苦手だ。これをこう! とか一人呟きながら悪戦苦闘していたら瑛士君が隣からヒョイと覗き込んできた。

「その太いのちょい遠ざけて。あーそうそう」

 二人して狭い所を覗いているせいで瑛士君との距離が半端なく近い。うっかり変な声が漏れてしまいそうで咄嗟に腹筋をギュッと締め、目の前の燃える火だけを親の敵のごとく見つめた。薪をささっと整えてから、そそくさ立ち上がる。

「これ煮詰める? おおお……既に匂いが美味しい」
「そう、その後ワインで伸ばして香草足そうかと」

 瑛士君も立ち上がってくつくつする鍋を一緒に眺めた。焼肉のたれとしては失敗ばかりだが、パンにつければ大体美味い。しかし今回はかなり期待出来そうだ。

「フィー」

 何気なく呼ばれ、瑛士君に目を向け……かけたが、ギリ踏みとどまって視線を鍋にサッと戻す。我ながら何とも不自然な動きだった。

「……な、なに?」
「何じゃねーわ。お前こそ何だよ、それ」
「んー? それって?」

 とぼけてみようとした俺に、瑛士君の手がサッと伸ばされた。むぎゅ、と顎から頬にかけてを鷲掴みされる。それでも俺が頑なに瑛士君に顔を向けようとしないせいで、頬に圧力がかかってきた。更に反発する俺。無言の攻防は眼前の鍋がグラつき始めたあたりで中断された。

「いくらなんでも極端過ぎんだろ。あれから一回も目が合わねーんだけど?」

 呆れたように吐き捨てられる。しかし俺という人間は隙あらば瑛士君を眺めていた同級生時代からしてだいぶ普通から逸脱していたのだ。一旦視界に入れてしまうとその吸引力に理性で抗える気がしない。指摘されてからというもの、俺は瑛士君の顔をまともに見れなくなってしまっていた。

「分かってるんだけど……自分じゃどうしようもなくて。こうでもしないと本能に抗えない」
「そもそも抗う必要あんの? こっちは気にしねーって言ってんのに」

 むしろ避けられる方が傷つくだろ……と声を落として告げられた言葉に、慌てて瑛士君と向き合った。

「ごめ――っぷ!」

 俺の渾身の謝罪は待ち構えていた瑛士君によって途切れ、今度は両手でガッチリと顔面を拘束されてしまった。ここ最近で積もったであろう静かな怒りを示すように、俺の顔が圧縮されそうな力が込められている。

「ほーら、お前の好物だろ? 存分に味わえよ」

 久しぶりに見る瑛士君の顔は色んな意味で迫力があった。相変わらず美しいが、その表情はチンピラが「ああん? てめーが作った借金だろうが!」の顔である。ひゅいんひゅいんと鳴き声のような謝罪を繰り返すけれど、鍋が程よく煮えるまでその天国と地獄の狭間のような時間は終わらなかった。





「エイジ、これ本当に美味しい! 今までで一番かも」

 出来上がったソースはとにかく焼いた肉との相性が抜群だった。何事もなかったかのようにパクパクと食が進む俺の前で、瑛士君は溜め息を吐く。

「美味いけど。これ完全にグレービーソースじゃね? くそ……こうやって作るんだな……全然気づかなかった」

 期待とは違った所に着地してしまったようだ。瑛士君の求める日本の味には醤油っぽい何かが必須なのかもしれない。都会にでも行けば新たな食材が手に入る可能性もあるが、恐らくこの地ではこの辺りが限界だろうと思う。ああ、都会といえば――。

「そうだ、兄ちゃんからやっと手紙が届いたんだよ」
「ん? フィー、兄ちゃん居たんだ?」

 実は居る。五つ年が離れた兄が一人。まずはそこから瑛士君に説明する事にした。



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