顔も知らない婚約者 海を越えて夫婦になる

永江寧々

文字の大きさ
6 / 69

最悪の結婚式

しおりを挟む
 正直、ハロルドは兄の結婚式には出席したくなかった。
 兄のことは好きではないし、兄が美人な婚約者と幸せそうに笑っているのを見て祝福しなければならないのも癪だった。それは間違いなく自分の婚約者が和女であり、人に自慢できない相手であることも理由の一つとなっている。
 祖父がユズリハを気に入っている以上は破談はない。もし自分の失態でそんなことになれば祖父は血の繋がった孫だろうと家から追い出すだろう。
 ヘインズ家の名がなければハロルドは生きていけない。優秀だと評価してもらえてもまだ十六歳の子供。独立もできない。
 上手くやらなければならないのに上手くできそうにないのはユズリハという女が美人でもなければ控えめでもない女だからだと朝から不貞腐れている。

「ハロルド、ユズリハはどうした?」
「彼女は行きたくないと言っていました。急に席を用意させたくはないし、戸惑わせたくもないからと」
「そうか。奥ゆかしいな」

 どこがだと内心で全力のツッコミを入れるが、口には出さない。
 疑われなかったのはユズリハを信頼しているというよりも確認すればわかることにわざわざ嘘をつくわけがないと思っているからで、ハロルドも嘘をつかずに済んだとホッと息を吐き出した。

「で?」
「え?」

 続きを待っているような問いかけに目を瞬かせる。

「婚約者が遠慮して出ないのに、お前はそれに納得して自分だけ出席するつもりか?」
「え……だ、だって、僕は弟で……」
「婚約者が寂しい思いをしているのに慰めもせずに祝場に出ようと?」
「出られないのではなく出たくないと言っていたので……それは希望と受け取って……」
「まあまあ、いいじゃないか! 家族で出席しようぜ!」

 後ろから祖父の肩を抱いた兄クリフォードからは少し酒の匂いがした。
 結婚式の主役は花嫁であって花婿は待つのが仕事。その間に駆けつけてくれた友人たちを酒でもてなす。既に少し出来上がっている状態なのが心配だが、今日は自分の結婚式。祖父もいれば相手の両親もいる。失敗だけは絶対に許されない。

「俺たちのほうから挨拶に行くからそれでいいだろ? そのほうが向こうも気を遣わなくて済むって」
「俺も同行するからな」
「わかってるって」

 決定だとグラスを掲げる陽気な花婿。去り際に弟にウインクしたのは救ってやったつもりなのだろう。
 実際、ユズリハを連れてこいと言われたらどうしようかと思っていた。食事はビュッフェ形式で食事には困らず、椅子を用意することもできる。だからユズリハが緊急参加することになっても誰も困りはしないのだ。ハロルドを除いて。
 ユズリハが出席すれば祖父の命令で必ずハロルドの隣に座ることになる。そうすれば兄が酔って言わずともバレてしまう。ハロルドにとって最も避けたいことだ。
 兄に助けられたのは癪だが、今回ばかりは助かったと心の底から安堵した。
 ユズリハが出席しないことは兄にとっても両親にとってもハロルドにとっても良いことで、全員が何も気にせず今日のめでたい日を祝う事ができる。
 用意された豪華な食事も酒も上機嫌で楽しむことができるのだから。


「出りゃいーだろうに」
「見せ物になれと言うのか?」
「ダイゴロウの旦那が用意してくれたあの豪華な着物で行けばいーと思うがね」
「父上は趣味が悪い」
「あれは確かに趣味が悪い」

 耳を澄ませば聞こえてくる洋楽。耳にしたことはないが和の国にはない穏やかで明るい音色。まるで爽やかな森の中にいる気分になる。
 結婚式が始まっているのだとわかる合図のようなもので、割烹着を着て庭で魚を焼くシキはユズリハが式に出席しなかったことに呆れていた。
 今回、ユズリハが結婚するにあたってダイゴロウは色々と用意した。和の国中を回って嫁入り道具を揃え、異国でも苦労しないようにと呆れるほど念入りに。
 着物もその一つ。絢爛豪華な着物を用意し、それだけで長屋の一角を買い占められるほどの値段がする一級品なのだが、柄が悪い。着ることはないシキでさえわかる趣味の悪さだが、ユズリハは嬉しいと言って受け取った。
 父親が娘のためを思って用意してくれた物を無碍にはできない。受け取って悲しませなければそれでいいと考えたのだ。

「悔しくないのかい?」
「なぜ悔しがる必要が?」
「こっちはわざわざ異国へ嫁いで来てるってのに厄介者扱いだろ。もっと丁重に扱ってもらってもいいと思うが」
「そなたはウォルターが我が家に来たとき、何を言ったか覚えておらぬのか?」
「好かんねぇ」
「そう。それと同じことじゃ」

 協調性がないイメージの洋人をダイゴロウが連れてきたとき、シキが言った言葉は明らかな嫌悪感のあるもので歓迎しようとはしなかった。
 二階からウォルターが中に入ってくるのを見ながら呟いた光景を覚えているため、どちらも異国の者に対して良い印象を抱いていないから受け入れようとしないのだとユズリハは理解している。

「居場所があれば充分じゃ。誰の干渉も受けぬ場所で、悪口も聞こえてこぬのじゃからよいではないか」
「俺はダイゴロウの旦那からアンタを守るよう頼まれてんだ。上手くやるつもりだが、もしものときはそれなりの行動に出させてもらうぜ」
「怖い奴じゃのう」
「忍びなもんでね」

 負の感情を持てば終わりだと父親から何度も言われた。どんな相手でも他人。自分の分身ではないのだから自分と同じ考えを持っていると思うな。お前が嫌いな物が好きな人間もいれば、お前が好きな物を貶すほど嫌いな人間もいる。それはおかしなことではなく“当然”だと思え。
 自分を貶してくる人間に腹を立てる必要はない。そうしなければ自分が優位に立てない人間がすることだ。嘲笑ってやれ。
 自分を受け入れない人間に無理に好かれようとする必要はない。波風立たぬようお前が大人になればいい。その代わり、自分を大事にしてくれる人間のことはしてもらったことの三倍でも四倍でも返すことを惜しむな。

 そう教わった。
 だからユズリハはウォルター以外の人間にはなんの感情もない。受け入れないのならそれでいい。無理にそこへ入って行こうとも思っていない。異国の地に味方は二人だけなのだから波風立たせずに過ごすのが一番。
 西洋の花嫁を見てみたかった気持ちがないわけではない。だが、自分が行けばハロルドが笑われる。ヘインズ家が笑われることになるだろう。
 自分の意思を優先させてすることではなく、ウォルターに言えば写真ぐらいは見せてもらえると考えて決めたこと。
 馬車の中で平静を装って聞いていたつもりだろうハロルドの顔にもしっかり書いてあった。『出ないと言ってくれ』と。
 自分で選んだのであれば悔しさはない。出席できなかったのではなく出席しなかっただけ。悔しがる必要などユズリハの中には存在さえしていない。

「焼けた焼けた」
「おー! 待っておったぞ!!」

 両面の皮が膨れて滲み出る脂が炭に落ちて良い匂いを漂わせる。
 西洋に来ても食べるのは和の国で食べ慣れた物。この匂いが届いていなければいいがと若干不安になりながらも食事が運ばれてくるのを身体を揺らしながら待った。


 それなりの距離がある式場まで焼き魚の匂いが届くことはなく、一通りのことが終わるとハロルドは帰ろうか迷っていた。
 あとは主役の二人がゲストの席を回って挨拶するだけの退屈な時間。式前に話したときよりも酔っ払っている兄に絡まれる前に撤退したいのだが、それを祖父に言うのが面倒だった。
 ユズリハの家に行くと言えば解放してもらえるのだろうが、言えば本当に行かなければならない。あえて出席しないことを選んだユズリハに今日のことを話すと疎外感を味わせるようで気が引ける。かといって式の終わりまでここでジッとしているのも嫌だった。

「ハロルド!」
「ゲッ……」

 手を上げて陽気な声で呼ぶ兄に嫌な顔をしながらも立ち上がって寄っていくと兄の友人たちが面白い顔をしていた。驚いている者やニヤついている者、どこか引いているような顔をしている者もいる。その全員が視線をハロルドに向けていた。

「なんだよ?」
「こいつらがさぁ、俺の言葉を信じねーのよ。だからぁ、お前の口から真実を教えてやってくれよ」

 嫌な予感しかしない。

「……何を?」

 くだらないことであってくれと願うハロルドの心臓は破裂しそうなほど速く動いている。

「お前の婚約者が和女ってことだよー!」

 当たってほしくなかった。
 余計なことを言うなと祖父に言われていたのに酔っ払うとなんでも喋ってしまう兄が言わない保証などどこにもなかった。
 酒に酔いやすいため飲ませるのをやめればと何度か言ってはみたが、仕事となると酔っ払っていても正常な判断ができるらしく、失敗したことは過去に一度もないため誰も心配していなかった。
 だが今日は心配するべきだった。今日は仕事ではなく自分の結婚式。陽気に酒を飲んで酔っ払っても許される日。台無しにさえしなければ怒られることもないのだから飲まないはずがない。酔わないはずがない。言わないはずがなかった。

「……そ、祖父が……」

 祖父が勝手に決めたことだと喉元まで出かかった。でもそこに祖父がいる。そんなことを言えばユズリハを受け入れていないことがバレてしまう。
 でもこの場を乗り切るための他の言葉が出てこない。

「やめましょうよ」
「なんでだよ~」
「婚約者が誰だっていいじゃない」

 兄の妻となった女性が止めてくれた。兄には勿体無いほど優しく、できた女性。

「ごめんね」

 小さな声で謝ってくれる義姉に首を振って戻っていく。

「真実はー?」

 背中にぶつけられる問いかけを無視して戻るとウォルターがチラッと横目で見てきたことに気付いたが、知らないフリをした。
 自分が悪いのではない。言えない自分ではなく、言えないような婚約者を迎えさせたアンタが悪いんだと唇を噛み締める。
 悔しい──その感情だけがハロルドの中で渦巻いていた。


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~

藤原ライラ
恋愛
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――  子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。  彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。 「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」  四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。  そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。  文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!? じれじれ両片思いです。 ※他サイトでも掲載しています。 イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】6人目の娘として生まれました。目立たない伯爵令嬢なのに、なぜかイケメン公爵が離れない

朝日みらい
恋愛
エリーナは、伯爵家の6人目の娘として生まれましたが、幸せではありませんでした。彼女は両親からも兄姉からも無視されていました。それに才能も兄姉と比べると特に特別なところがなかったのです。そんな孤独な彼女の前に現れたのが、公爵家のヴィクトールでした。彼女のそばに支えて励ましてくれるのです。エリーナはヴィクトールに何かとほめられながら、自分の力を信じて幸せをつかむ物語です。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

処理中です...