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結婚式の話
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ウォルター・ヘインズが朝から機嫌が悪いと家族はヒヤヒヤする。なぜ不機嫌なのか問いかけるとそれでまた機嫌を損ねる可能性さえあるため誰も何も聞けないまま物音を立てないよう静かに過ごすのがヘインズ家の暗黙のルール。
かといって機嫌が良くても怖い。家族の前では感情の起伏が少ないだけに彼が感情を露わにするときは必ず何かあったか、何か考えているか、のどちらかだ。
今日は朝から機嫌が良い。いや、ユズリハがやってきてからずっと機嫌が良いのだ。機嫌が悪くなったのはクリフォードの結婚式だけ。あとはずっと上機嫌のまま。
それが今日は特に強く感じられる。
「父さん、今日は何かあるのかい?」
あまりにも不気味で問いかけずにはいられなかった。機嫌の良いときは何かを問いかけることは怖くない。返事が怖いだけ。
「クリフォードの結婚式も終わったから次はハロルドの結婚式だろう。そろそろ話をしなくてはな」
「あ、ああ……なるほど……」
ユズリハを迎えたことに上機嫌なのはウォルターだけで、それ以外は全員が快く思ってはいない。だが、それをウォルターに言える者がいるはずもなく、歓迎しているフリを続けている。
結婚式となれば大勢の人間を呼ぶことになる。クリフォードの結婚式にはウォルターはそれほど知り合いを呼ぶことはしなかったが、ハロルドの結婚式は違う。自慢のために大勢の知り合いを、いや、知り合い全員を呼ぶことになるかもしれない。そうなると庭ではなく、結婚式のためにどこかの土地を買い上げるかもしれない。
ヘインズ家の次男の婚約者がなぜ和女であるかウォルターの口から出席者全員に説明してくれるならいい。だがきっとそうはしないだろう。
豪商の娘といえど出席者が思うのは「所詮は和の国の豪商」ということ。ヘインズ家よりも資産を持っていると言ったところで誰も信じやしない。
長男の結婚式は主役が酔っ払っていたといえど素晴らしいものだった。天候に恵まれ、大勢の出席者、笑顔での祝福と誰が見ても幸せな光景だった。
だが、次男の場合はどうなる。登場したのが和女となれば誰もが戸惑うだろう。もし天候に恵まれなかったら? 出席者の表情に苦笑が滲んでいたら? 思い出したくもない記憶になったら?
不安は尽きない。
ハロルドがユズリハとの結婚を望んでいないことを両親は聞いている。ウォルターとてそれはわかっているはずなのに自分が気に入ったからと孫の気持ちを無視して先にばかり進めようとするのは強引すぎると父親は唇を結んでから口を開いた。
「結婚は卒業してからでも遅くはないんじゃないか?」
妻も同意して何度も頷く。
「卒業してから結婚しても、結婚してから卒業しても変わらんだろう」
「で、でも、ハロルドはまだ十六で、彼女も十五だ。急ぐことはないだろ?」
「先延ばしにすることもないだろう」
「先延ばしってわけじゃない。ただ、ハロルドの気持ちも考えてやってほしいだけで……」
「気持ち?」
その一言が地雷だったかのようにウォルターの雰囲気が変わった。晴天から曇天へと変わったような雰囲気が食堂に広がり、息子でありながら父親の目を直視できず視線だけではなく顔ごと俯かせる。
「ハロルドの気持ちとはなんだ? ユズリハとの結婚を嫌がっていると? 息子からそう聞いたのか?」
「い、いや、それは、あの、そ、そうじゃない、けど……」
葛藤があった。ここで「そうだ」と言えば怒りの矛先は間違いなくハロルドに向く。それは警察署で受ける尋問よりキツいものになるのは目に見えていて、ハロルドのトラウマになるのは確定。だからこそ息子を売るわけにはいかないと怒りを受ける覚悟を決めたが、しどろもどろ。
「ハッキリしろ」
「け、結婚式のことは主役の二人に意見を聞いてから決めるべきだと思うんだ!」
「ハロルドはなんと言ってるんだ?」
「そ、それは……」
「ハロルドの気持ちとはなんだ?」
「ま、まだ結婚は早いと思ってるんじゃないかって……俺が、そう、思ってる、だけ、です……」
「なら黙ってろ」
不愉快だと言わんばかりにナプキンをテーブルに叩きつけて食堂から出て行く父親を追いかける勇気はない。情けないが、目の前から姿が消えたことに心の底から安堵していた。
「大丈夫?」
「なんであんなに威圧的なんだ。孫は道具じゃないんだぞ。結婚は自分の意思でさせてやるべきなのに」
貴族にあるまじき言葉だ。政略結婚で嫁いできた妻の前で自由恋愛であるべきだと言い放ったことが無神経だったと顔を上げて謝るも苦笑混じりにかぶりを振られるだけ。
ユズリハの家がどれほど凄かろうと自分の家には関係ない。うちは商家ではないんだと頭を抱える夫の背中を妻はゆっくりと撫で続けた。
「ハロルド」
ノックの強さ、声色からして不機嫌であることが伝わってくるとハロルドは最悪だと目を閉じる。すぐに出なければ更に不機嫌にさせてしまうかもしれないのに出たくない気持ちが勝って返事もできない。
「ハロルド、いないのか?」
決して勝手にドアを開けて中に入ってきたりはしない。それはどんな状況であろうといるなら返事はするだろうし、返事をしないのはいないからだと考えるようにしているから。
このまま物音を立てずにいれば去っていくだろう。だが、馬車はあるし、ユズリハの元にはいない。どこへ行くか誰にも言わずに出て行くことは今まで一度だってしたことがない。
バレたときが一番恐ろしいのだと「今出ます!」と声を出して勉強道具が入った鞄を持ってからドアを開けた。
「何をしていた?」
いるのに開けるのが遅かったと言いたいのだろう。だからハロルドは鞄を持ち上げて見せた。
「宿題を詰めていました」
「まだ終わっていないのか?」
「いえ、宿題は終わっているのですが、予習と復讐をしようと思って」
「わざわざ鞄に詰める必要があるのか?」
「彼女の家でやろうかと。それなら彼女と話す時間もできますし」
我ながら上手い作戦だと思った。
ユズリハの家に行ったという事実も作れるし、行ったらあとは黙っていればいいだけ。
とにかく祖父を騙すことが大事なのだと笑顔で半分嘘を混ぜて話す。これが一番信憑性があることだと自負していた。
「ああ、そうだったのか。安心したぞ」
「安心?」
何か心配することでもあったのかと首を傾げるハロルドにウォルターが笑顔を見せる。
「お前の父親がまだ結婚は早いとお前が思っているんじゃないかと思っていると言ったものだから、お前がそう思っているのかを聞きに来たんだ」
祖父の中では既に結婚式という具体的な話が進んでいるのだとゾッとした。
学校にはバレていなかった。だが、結婚式をすればバレてしまう。そんなことはあってはならない。せめて卒業するまではバレないようにしなければならないのに、あまりにも早すぎると嫌な汗が流れそうだった。
「か、彼女は望んでいるのでしょうか?」
「当然だ。結婚式は全てユズリハの希望に沿うようにする。和の国の形式が良いと言えばそうするし、ドレスを着てみたいと言えば何着でも用意する」
「家族だけで式を挙げるのもいいんじゃないですか?」
祖父がやると言えば絶対にやる。それならせめて家族だけの小さな式をと希望を提案として口にするとウォルターが声を上げて笑った。
「面白い冗談を言うようになったな、ハロルド」
「あはははは! そうでしょう! 彼女は冗談が好きみたいなので僕も冗談を覚えようと思いまして!」
「ああ、ユズリハは冗談が好きだ。人をからかうこともな。ユズリハとちゃんと話をしているんだな、えらいぞ」
「婚約者ですからね。海を渡って嫁ぎに来てくれた彼女のことをもっとちゃんと知らなきゃと思ってるんです」
「立派だ。やはりクリフォードではなくお前にユズリハを任せたことは正解だったようだ」
二十年前に約束したときには既に長男は生まれていた。それなら長男に任せればよかったのにと後ろに回した手を拳に変えるも笑顔は崩さない。
影も形もなかった孫をどうして犠牲にしようと考えたんだとその拳で殴りかかりたい気持ちでいっぱいだが、早く祖父の前から去りたい一心で「任せてください」と嘘を言った。
「お前がユズリハの家に行くならちょうどいい。俺も一緒に行こう」
「えッ!?」
思った以上に驚いてしまったことにハロルドは自分でも驚いた。
「どうした? お前が行くなら二人揃うんだ。結婚式の話を持ち出すのにちょうどいいだろう」
「そ、そうですね! じゃあ、行きましょうか」
できれば先にユズリハに念を押しておきたかった。結婚式はしたくない。自分は誰にもバレたくないから結婚式の話は断ってくれと。
ウォルター・ヘインズは七十二歳になっても目も耳も絶好調で、誰も隠し事ができない。
隣に座って目で訴えようにもユズリハが気付いてくれるかもわからないし、ジェスチャーで伝えるなどできるはずもない。
(詰んだ)
ユズリハが来てから良いことがない。いつも地獄だと感じている。
「行くぞ」
吐き出したい溜め息を飲み込んで重い足を無理矢理動かして祖父と一緒にユズリハの家を訪ねた。
「確認しておくぞ」
「え?」
引き戸を開ける前に立ち止まった祖父の言葉に緊張が走る。
「結婚したくないわけじゃないんだな?」
これは試されていると直感が働く。あまりにも簡単すぎる問題だ。
「したくないという権利が僕にあるんですか?」そう問いかけたい気持ちしかないが、問いかけることが許されているはずがない。許されているのなら「結婚したくないならそう言っていいんだぞ」と言うはず。
これは単なる言質取り。「したいです」と本人の口から言わせたことを自分の息子に叩きつけるための手段。
どうせ拒否権などないのだからと笑顔で頷いてやった。
「もちろんです」
そう言えば満足なのだろうと心の中で吐き捨てるように言えば予想どおり満足げに笑って中へと入っていく祖父のあとを追った。
女は結婚式が好きだ。あんな女でも結婚式の話になれば目を輝かせてあれこれ要望を出すのだろうと嘲笑したハロルドの耳に届いたのは全く別の言葉だった。
「すまぬが、結婚式はしとうない」
目が飛び出るほど目を見開いた祖父の隣でハロルドも驚きに目を見開いた。
かといって機嫌が良くても怖い。家族の前では感情の起伏が少ないだけに彼が感情を露わにするときは必ず何かあったか、何か考えているか、のどちらかだ。
今日は朝から機嫌が良い。いや、ユズリハがやってきてからずっと機嫌が良いのだ。機嫌が悪くなったのはクリフォードの結婚式だけ。あとはずっと上機嫌のまま。
それが今日は特に強く感じられる。
「父さん、今日は何かあるのかい?」
あまりにも不気味で問いかけずにはいられなかった。機嫌の良いときは何かを問いかけることは怖くない。返事が怖いだけ。
「クリフォードの結婚式も終わったから次はハロルドの結婚式だろう。そろそろ話をしなくてはな」
「あ、ああ……なるほど……」
ユズリハを迎えたことに上機嫌なのはウォルターだけで、それ以外は全員が快く思ってはいない。だが、それをウォルターに言える者がいるはずもなく、歓迎しているフリを続けている。
結婚式となれば大勢の人間を呼ぶことになる。クリフォードの結婚式にはウォルターはそれほど知り合いを呼ぶことはしなかったが、ハロルドの結婚式は違う。自慢のために大勢の知り合いを、いや、知り合い全員を呼ぶことになるかもしれない。そうなると庭ではなく、結婚式のためにどこかの土地を買い上げるかもしれない。
ヘインズ家の次男の婚約者がなぜ和女であるかウォルターの口から出席者全員に説明してくれるならいい。だがきっとそうはしないだろう。
豪商の娘といえど出席者が思うのは「所詮は和の国の豪商」ということ。ヘインズ家よりも資産を持っていると言ったところで誰も信じやしない。
長男の結婚式は主役が酔っ払っていたといえど素晴らしいものだった。天候に恵まれ、大勢の出席者、笑顔での祝福と誰が見ても幸せな光景だった。
だが、次男の場合はどうなる。登場したのが和女となれば誰もが戸惑うだろう。もし天候に恵まれなかったら? 出席者の表情に苦笑が滲んでいたら? 思い出したくもない記憶になったら?
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ハロルドがユズリハとの結婚を望んでいないことを両親は聞いている。ウォルターとてそれはわかっているはずなのに自分が気に入ったからと孫の気持ちを無視して先にばかり進めようとするのは強引すぎると父親は唇を結んでから口を開いた。
「結婚は卒業してからでも遅くはないんじゃないか?」
妻も同意して何度も頷く。
「卒業してから結婚しても、結婚してから卒業しても変わらんだろう」
「で、でも、ハロルドはまだ十六で、彼女も十五だ。急ぐことはないだろ?」
「先延ばしにすることもないだろう」
「先延ばしってわけじゃない。ただ、ハロルドの気持ちも考えてやってほしいだけで……」
「気持ち?」
その一言が地雷だったかのようにウォルターの雰囲気が変わった。晴天から曇天へと変わったような雰囲気が食堂に広がり、息子でありながら父親の目を直視できず視線だけではなく顔ごと俯かせる。
「ハロルドの気持ちとはなんだ? ユズリハとの結婚を嫌がっていると? 息子からそう聞いたのか?」
「い、いや、それは、あの、そ、そうじゃない、けど……」
葛藤があった。ここで「そうだ」と言えば怒りの矛先は間違いなくハロルドに向く。それは警察署で受ける尋問よりキツいものになるのは目に見えていて、ハロルドのトラウマになるのは確定。だからこそ息子を売るわけにはいかないと怒りを受ける覚悟を決めたが、しどろもどろ。
「ハッキリしろ」
「け、結婚式のことは主役の二人に意見を聞いてから決めるべきだと思うんだ!」
「ハロルドはなんと言ってるんだ?」
「そ、それは……」
「ハロルドの気持ちとはなんだ?」
「ま、まだ結婚は早いと思ってるんじゃないかって……俺が、そう、思ってる、だけ、です……」
「なら黙ってろ」
不愉快だと言わんばかりにナプキンをテーブルに叩きつけて食堂から出て行く父親を追いかける勇気はない。情けないが、目の前から姿が消えたことに心の底から安堵していた。
「大丈夫?」
「なんであんなに威圧的なんだ。孫は道具じゃないんだぞ。結婚は自分の意思でさせてやるべきなのに」
貴族にあるまじき言葉だ。政略結婚で嫁いできた妻の前で自由恋愛であるべきだと言い放ったことが無神経だったと顔を上げて謝るも苦笑混じりにかぶりを振られるだけ。
ユズリハの家がどれほど凄かろうと自分の家には関係ない。うちは商家ではないんだと頭を抱える夫の背中を妻はゆっくりと撫で続けた。
「ハロルド」
ノックの強さ、声色からして不機嫌であることが伝わってくるとハロルドは最悪だと目を閉じる。すぐに出なければ更に不機嫌にさせてしまうかもしれないのに出たくない気持ちが勝って返事もできない。
「ハロルド、いないのか?」
決して勝手にドアを開けて中に入ってきたりはしない。それはどんな状況であろうといるなら返事はするだろうし、返事をしないのはいないからだと考えるようにしているから。
このまま物音を立てずにいれば去っていくだろう。だが、馬車はあるし、ユズリハの元にはいない。どこへ行くか誰にも言わずに出て行くことは今まで一度だってしたことがない。
バレたときが一番恐ろしいのだと「今出ます!」と声を出して勉強道具が入った鞄を持ってからドアを開けた。
「何をしていた?」
いるのに開けるのが遅かったと言いたいのだろう。だからハロルドは鞄を持ち上げて見せた。
「宿題を詰めていました」
「まだ終わっていないのか?」
「いえ、宿題は終わっているのですが、予習と復讐をしようと思って」
「わざわざ鞄に詰める必要があるのか?」
「彼女の家でやろうかと。それなら彼女と話す時間もできますし」
我ながら上手い作戦だと思った。
ユズリハの家に行ったという事実も作れるし、行ったらあとは黙っていればいいだけ。
とにかく祖父を騙すことが大事なのだと笑顔で半分嘘を混ぜて話す。これが一番信憑性があることだと自負していた。
「ああ、そうだったのか。安心したぞ」
「安心?」
何か心配することでもあったのかと首を傾げるハロルドにウォルターが笑顔を見せる。
「お前の父親がまだ結婚は早いとお前が思っているんじゃないかと思っていると言ったものだから、お前がそう思っているのかを聞きに来たんだ」
祖父の中では既に結婚式という具体的な話が進んでいるのだとゾッとした。
学校にはバレていなかった。だが、結婚式をすればバレてしまう。そんなことはあってはならない。せめて卒業するまではバレないようにしなければならないのに、あまりにも早すぎると嫌な汗が流れそうだった。
「か、彼女は望んでいるのでしょうか?」
「当然だ。結婚式は全てユズリハの希望に沿うようにする。和の国の形式が良いと言えばそうするし、ドレスを着てみたいと言えば何着でも用意する」
「家族だけで式を挙げるのもいいんじゃないですか?」
祖父がやると言えば絶対にやる。それならせめて家族だけの小さな式をと希望を提案として口にするとウォルターが声を上げて笑った。
「面白い冗談を言うようになったな、ハロルド」
「あはははは! そうでしょう! 彼女は冗談が好きみたいなので僕も冗談を覚えようと思いまして!」
「ああ、ユズリハは冗談が好きだ。人をからかうこともな。ユズリハとちゃんと話をしているんだな、えらいぞ」
「婚約者ですからね。海を渡って嫁ぎに来てくれた彼女のことをもっとちゃんと知らなきゃと思ってるんです」
「立派だ。やはりクリフォードではなくお前にユズリハを任せたことは正解だったようだ」
二十年前に約束したときには既に長男は生まれていた。それなら長男に任せればよかったのにと後ろに回した手を拳に変えるも笑顔は崩さない。
影も形もなかった孫をどうして犠牲にしようと考えたんだとその拳で殴りかかりたい気持ちでいっぱいだが、早く祖父の前から去りたい一心で「任せてください」と嘘を言った。
「お前がユズリハの家に行くならちょうどいい。俺も一緒に行こう」
「えッ!?」
思った以上に驚いてしまったことにハロルドは自分でも驚いた。
「どうした? お前が行くなら二人揃うんだ。結婚式の話を持ち出すのにちょうどいいだろう」
「そ、そうですね! じゃあ、行きましょうか」
できれば先にユズリハに念を押しておきたかった。結婚式はしたくない。自分は誰にもバレたくないから結婚式の話は断ってくれと。
ウォルター・ヘインズは七十二歳になっても目も耳も絶好調で、誰も隠し事ができない。
隣に座って目で訴えようにもユズリハが気付いてくれるかもわからないし、ジェスチャーで伝えるなどできるはずもない。
(詰んだ)
ユズリハが来てから良いことがない。いつも地獄だと感じている。
「行くぞ」
吐き出したい溜め息を飲み込んで重い足を無理矢理動かして祖父と一緒にユズリハの家を訪ねた。
「確認しておくぞ」
「え?」
引き戸を開ける前に立ち止まった祖父の言葉に緊張が走る。
「結婚したくないわけじゃないんだな?」
これは試されていると直感が働く。あまりにも簡単すぎる問題だ。
「したくないという権利が僕にあるんですか?」そう問いかけたい気持ちしかないが、問いかけることが許されているはずがない。許されているのなら「結婚したくないならそう言っていいんだぞ」と言うはず。
これは単なる言質取り。「したいです」と本人の口から言わせたことを自分の息子に叩きつけるための手段。
どうせ拒否権などないのだからと笑顔で頷いてやった。
「もちろんです」
そう言えば満足なのだろうと心の中で吐き捨てるように言えば予想どおり満足げに笑って中へと入っていく祖父のあとを追った。
女は結婚式が好きだ。あんな女でも結婚式の話になれば目を輝かせてあれこれ要望を出すのだろうと嘲笑したハロルドの耳に届いたのは全く別の言葉だった。
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