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結婚式の話2
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「な、なぜだ? 結婚式は全てお前の望むようにするつもりだぞ? 和の国のやり方でなければ嫌だと言うのであればそうしよう」
ハロルドに言ったことをそのまま伝えるもユズリハは拒否するようにかぶりを振る。
「和の国伝統の結婚式を用意してくれるのだろうとは思うておったが、こっちでそれは合わぬ。神殿があればいいというものではない。そこから見える景色も相まってのものじゃ。かといってそなたらが着るドレスも着とうはない」
「お前の希望が叶う場所を探す。それか、結婚式のために和の国に戻ってもいい」
言葉に反応したのはハロルド。勢いよく祖父に顔を向けるが祖父はユズリハの説得に必死で孫の文句ありげな顔に気付いていない。
なぜ結婚式のために和の国に行かなければならないんだと抗議の顔を向けるも祖父が向くことはない。
「それならお前の希望も叶うだろう?」
驚くほど優しい声で問いかける祖父にその優しさの半分以下でもいいから家族に与えてくれと心の中で訴える。
「家を出た女は二度と実家に足を踏み入れてはならぬ決まり。わらわはこの国の男に嫁ぎに海を渡った。結婚式のためであろうと帰るつもりはない」
ウォルターに言えばどんなワガママだって受け入れられるのにユズリハはそうしようとはしない。
覚悟を持って嫁いできたのだとハロルドは祖父からユズリハへと顔を向けた。
「すまぬな、ジジ様。わらわはワガママなのじゃ。結婚式はせぬ。父上にも手紙でそう伝えるつもりじゃ」
「残念がるだろうな……」
「残念がっておるのはジジ様のほうじゃよ。父上は兄上の結婚式も姉上の結婚式も見ておる。わらわのが見れぬぐらいで残念がりはせぬ」
「子は子でも姉と妹は別。姉の結婚式を見たからと言って妹の結婚式はなくてもいいなどとあるはずがないだろう」
「すまぬな」
ユズリハの言い方は揺らがない。あのウォルター・ヘインズがわかりやすいほど落ち込んでいるというのにユズリハはハッキリと謝った。期待に応えられなくてすまないと言っているのだろう。
ハロルドにとっては最高の決断だった。だが、やはりどこか引っかかる点がある。
とぼとぼと帰っていく祖父を見送ったあと、ハロルドは勉強道具を広げず座布団の上に腰掛けた。
「そなたが座るための椅子を用意した。そっちへ座るといい」
「本当にしなくていいのか?」
椅子を持って来させようとしたユズリハへの問いかけに一瞬、彼女の動きが止まったように見えた。
「結婚式は女の夢だろ?」
結婚式をしなければ誰にもバレることはない。兄も余計なことは言わないと言ったし、両親も当然外に漏らしたりはしない。あの友人たちにも兄が釘を刺しておいただろうから漏れる可能性は低い。だから結婚式をしないことで決まったことを今更話し合うことはデメリットでしかないのだが、ハロルドはユズリハが本音を言っていないような気がしていた。
嫌がっている自分の前だからなのか、それとも遠慮しているのか。どちらにせよ本音を聴きたかった。
「突然どうした?」
止めた手を動かしてシキに椅子を持ってこさせるもハロルドはそこから動かない。座布団の上に座っているほうがユズリハと目が合う。
「結婚式したくないわけじゃないんじゃないか?」
ハロルドの目を見て瞬きを数回繰り返したあと、ユズリハが微笑んだ。
「望まぬ結婚だけでは飽き足らず望まぬ結婚式までしたいのか?」
「そうじゃない」
「楽しみにしておったのか? それはすまなんだな」
「茶化すな。僕は真面目に聞いてるんだ」
「真面目に答えておるよ」
冷静に答えるユズリハがムキになることはない。目の前に置かれた新しいお茶に何度か息を吹きかけて冷ましたあと、音を立てないように飲もうとしたが熱かったのか顔を歪めた湯呑みを戻した。
手で口を仰ぐユズリハが視線を向け続けているハロルドと目が合うとまた微笑む。
「確かにわらわは女じゃが、結婚式に夢など見ておらぬのじゃ。兄上と姉上の結婚式に出席して思ったのは酷く退屈だったということ。わらわは愛想を振り撒くのが苦手でな、あまり長時間にこにこしていとうはない」
いつも笑っている印象が強いだけにその言葉は意外なものだった。
その言葉が本当なのだとしたら今こうして浮かべているのも気遣ってのことかとハロルドの表情が曇る。
「結婚式などしたところで世界は変わらぬ。せなんだとて世界は変わらぬ。今日ここで今すぐ二人だけで式を挙げたとてそなたとわらわの関係が進むことも失われることもない。なら、あのような面倒なこと、する必要ないと、わらわは思うのじゃ」
結婚式がいかに面倒で無駄に長いものか、先日の兄の結婚式で身にしみてわかった。だが、主役となると話は別ではないかとハロルドは思う。
思い出すと腹は立つが、主役の二人は最初から最後まで幸せそうだった。あれだけ長い式だったのに二人は写真を撮る最後の瞬間まで上機嫌で、世界で一番幸せなのは自分たちだとでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。
出席者は退屈。それは間違いなくとも主役は違う。
結婚式を挙げたくない立場ではあるが、ハロルドはなぜか説得しようとしていた。
「一緒に一度だぞ」
「そうじゃな。だからこそ、そなたのその生涯に一度きりの式は形だけの妻ではなく本命の愛人と挙げればいい。ジジ様がおる以上はこの国では許されずとも別の国に旅行に行って挙げればよい。そなたの想い人はそなたと式を挙げる日を夢見ておるじゃろうからのう」
アーリーンからの好意は最近日に日に強く感じるようになってきた。話しかけてくる回数が増え、目が合うとはにかむ。それはパーティーに誘えばエスコートさせてもらえるのではないかと思ってしまうほどで、手を繋いでもきっと拒絶されることはない確信がある。
アーリーンと結婚式を挙げてアーリーンと夫婦として一つ屋根の下で暮らす妄想だってしたことはある。このままいけばアーリーンと結ばれる日もそう遠くはないかもしれないとさえ思っているが、そうなるためには自分には婚約者がいて二人が一緒になるためには愛人になってもらうしかないと伝える他ない。
それでもいいと言ってもらえるほどの愛情である確信まではなく、生涯に一度の結婚式をアーリーンと挙げられるかも今の段階ではまだわからないこと。
譲っているつもりかと表情に険しさを増すハロルドが言い放つ。
「お前の話をしてるんだ。お前と僕の結婚式の話だぞ」
「そなたがわらわとの結婚式を望んでくれていたとは涙が出そうじゃ」
滲んでもいない涙を袖で拭うフリをするユズリハの前でテーブルに置いていた手を拳に変える。
「からかうな。祖父が死ねば結婚式なんてできないんだぞ」
その言葉は遠回しに「ヘインズ家はウォルター以外誰もお前を歓迎していない」と伝えているようなもので、ユズリハはその言葉にゆっくり三回頷いた。
「かまわぬよ。同じことを言うが、したところで世界は変わらぬ」
「思い出にはなるだろ」
「必要か?」
「は?」
耳を疑うような言葉。
「挙式の思い出は夫婦のもの。伴侶と振り返り、当時の幸せを分かち合うためにある。望まぬ結婚をする者同士が挙げる式の思い出など必要ないじゃろう」
「それは……そう、だけど……」
思い出を作ってどうする。婚約者を紹介できない、したくない者がなぜ思い出などという言葉を口にしたのか自分でもわからなかった。ただ、一生に一度の結婚式を挙げられないのは可哀想だと思った。そして本音が聴きたいと。だが、聴けばやはりこうなる。
ユズリハはいつも冷静で感情が読めない。真剣に話していても茶化そうとして何を考えているのか読めないようにしてしまう。それに苛立って本音を聴き出せば後悔するようなことばかり告げられる。
何をしているんだと彼女と出会ってからそう思うことばかりだ。
「わらわは此処で過ごすのが好きじゃ。実家に似た此処にいれば寂しさはない。だからわらわに気をかけずともよいぞ。そなたにはそなたの歩むべき道がある。周りに自慢もできぬ婚約者の存在は煩わしいものでしかないじゃろうが、そこだけ我慢してくりゃれ。ジジ様にもあまりそなたを寄越すなと言うておく」
「僕は……」
「そなたは優しいのう」
「僕が?」
優しさを見せたことなんてない。優しい言葉をかけたこともない。いつも苛立ってばかりで優しくしたこともないのに何を言っているんだと怪訝な顔をするハロルドに向けるのは優しい微笑み。
「そのまま話を終えることもできたじゃろうに、わらわの意思を尊重しようとしてくれたのであろう? 優しい男じゃ」
「僕は……そんなんじゃない。ただ、お前がいつも本音を話さないから。結婚式は何度も挙げられるものじゃない。そりゃお前が祖父に言えば何回だってできるかもしれないけど、普通は一回だ。その一回をお前は断った。それはお前の本音じゃなくて僕のためなんじゃないかって思ったから……」
なんとなくだが、そんな気がしていた。自分がいつも嫌な顔をして嫌なことを言うから結婚式も遠慮したのではないかと。
もしそうなら嬉々として感謝すべきなのに、なぜかそうできなかった。
自分でも自分の感情がわからない。ユズリハを前にしているとそういうことが時々起こる。
「それが武士か?」
あまりにも達観している。和の国で有名なものの一つである武士を口にすると後ろに座っていたシキがブッと音を立てて吹き出し、ユズリハは声を上げて大笑いする。
「なんで笑うんだよ! 武士は達観してるって聞いたことがあるんだ! だから僕はお前もそうなのかと思っただけで……!」
「あー笑った笑った。すまぬすまぬ。そなたがあまりにも真面目な顔で問いかけるもの故、おかしくてな」
涙が出るほど笑ったユズリハは今度は本当に出た涙を袖で拭って大きく息を吐き出し呼吸を整えた。
「わらわは武士ではない。そもそも武士に女はおらぬ。祖父も父上も武士ではないし、わらわの家系は武士ではなく商人。わらわもただの商人の娘というだけのこと」
「ただの商人の娘がそこまで達観してるものか?」
「達観などしておらぬ。たかが十五年しか生きておらぬ小娘が達観しておるわけなかろう」
「お前といると僕は自分がただのワガママな子供のように思えるときがある」
「クソガキか?」
「そこまでは言ってない」
「わらわもシキによくそう言われる。達観など夢のまた夢よ」
きっと七十二年生きている祖父よりも冷静だと思ったが、それ以上は言わなかった。言ったところでユズリハが否定するのはわかっているから。
「そういうわけで、この話はこれにて終いじゃ。気にかけてくれたこと、感謝する」
気にかけたつもりはない。ただ本音が知りたかっただけ。そんな男に頭を下げるユズリハを見てハロルドが一つ提案する。
「なあ、一度ぐらいこっちで食事しないか? 僕の両親とは初日に話しただけだろ?」
「そなたの両親に気を遣わせとうはない」
「この国で暮らしていくんだからこっちの食事にも慣れておいたほうがいいんじゃないか?」
「洋食とやらは口に合わぬし、カチャカチャ鳴る銀食器も好かん。郷に入っては郷に従えと言うが、食事に関してはそれもできそうにない」
「ワガママだな」
「ジジ様に言うたのを聞いておらなんだのか? わらわはワガママなのじゃ」
挑発的な笑みを向けるユズリハの前で腕を組んで不満を顔に出す。
「和女は慎ましやかだと聞いたぞ」
「どうやらわらわは例外らしい」
「はあ……騙された気分だ」
「はっはっはっはっはっ! ハズレくじを引いた気分か?」
「正にそうだ」
「来世に期待せよ」
呆れながらも今回は嫌悪感を抱くことはなかった。
少しわかったのは、どこまでが本音かわからないということ。本音を言えと言って言われたことが本音ではないような気がして、そのままを鵜呑みにするのはやめた。
達観しているというよりは必死に大人であろうとしているような気がする。そう感じたから自分も大人な対応を心がけようと思った。
「いいのかい?」
自分の家に帰っていくハロルドを玄関から見送るユズリハが居間に戻ってくると縁側に寝転ぶシキが問いに「なんの話じゃ?」とトボける様にシキが鼻を鳴らして笑う。
「結婚式」
「各々に人生があり、自由がある。誰かによって縛られたまま不自由に生きる必要などない」
「お前さんは?」
「わらわとて自由じゃ。婚約者の両親との煩わしい食事会に参加する必要がなくなった」
「洋食好きなくせに」
嘘つきと言われると首を傾げ、飴を一つ頬張る。
「はて? 長らく食べとらんから忘れてしもうた」
「なら今日はそれを思い出させる夕餉にするかね」
考えることは山ほどある。気をかけてもらえることは嬉しくも苦しい。望まないことをやるべきではない。考えれば考えるほど恐怖に襲われてしまうから自分を守れる自分の世界で生きることがユズリハにとっての全て。
此処から出なければ何も起きない。悲しみも恐怖も寂しさも。
ハロルドがくれた小さな優しさを噛み締めるように頬杖をついたユズリハは口の中で飴を転がしながら暫く目を閉じていた。
ハロルドに言ったことをそのまま伝えるもユズリハは拒否するようにかぶりを振る。
「和の国伝統の結婚式を用意してくれるのだろうとは思うておったが、こっちでそれは合わぬ。神殿があればいいというものではない。そこから見える景色も相まってのものじゃ。かといってそなたらが着るドレスも着とうはない」
「お前の希望が叶う場所を探す。それか、結婚式のために和の国に戻ってもいい」
言葉に反応したのはハロルド。勢いよく祖父に顔を向けるが祖父はユズリハの説得に必死で孫の文句ありげな顔に気付いていない。
なぜ結婚式のために和の国に行かなければならないんだと抗議の顔を向けるも祖父が向くことはない。
「それならお前の希望も叶うだろう?」
驚くほど優しい声で問いかける祖父にその優しさの半分以下でもいいから家族に与えてくれと心の中で訴える。
「家を出た女は二度と実家に足を踏み入れてはならぬ決まり。わらわはこの国の男に嫁ぎに海を渡った。結婚式のためであろうと帰るつもりはない」
ウォルターに言えばどんなワガママだって受け入れられるのにユズリハはそうしようとはしない。
覚悟を持って嫁いできたのだとハロルドは祖父からユズリハへと顔を向けた。
「すまぬな、ジジ様。わらわはワガママなのじゃ。結婚式はせぬ。父上にも手紙でそう伝えるつもりじゃ」
「残念がるだろうな……」
「残念がっておるのはジジ様のほうじゃよ。父上は兄上の結婚式も姉上の結婚式も見ておる。わらわのが見れぬぐらいで残念がりはせぬ」
「子は子でも姉と妹は別。姉の結婚式を見たからと言って妹の結婚式はなくてもいいなどとあるはずがないだろう」
「すまぬな」
ユズリハの言い方は揺らがない。あのウォルター・ヘインズがわかりやすいほど落ち込んでいるというのにユズリハはハッキリと謝った。期待に応えられなくてすまないと言っているのだろう。
ハロルドにとっては最高の決断だった。だが、やはりどこか引っかかる点がある。
とぼとぼと帰っていく祖父を見送ったあと、ハロルドは勉強道具を広げず座布団の上に腰掛けた。
「そなたが座るための椅子を用意した。そっちへ座るといい」
「本当にしなくていいのか?」
椅子を持って来させようとしたユズリハへの問いかけに一瞬、彼女の動きが止まったように見えた。
「結婚式は女の夢だろ?」
結婚式をしなければ誰にもバレることはない。兄も余計なことは言わないと言ったし、両親も当然外に漏らしたりはしない。あの友人たちにも兄が釘を刺しておいただろうから漏れる可能性は低い。だから結婚式をしないことで決まったことを今更話し合うことはデメリットでしかないのだが、ハロルドはユズリハが本音を言っていないような気がしていた。
嫌がっている自分の前だからなのか、それとも遠慮しているのか。どちらにせよ本音を聴きたかった。
「突然どうした?」
止めた手を動かしてシキに椅子を持ってこさせるもハロルドはそこから動かない。座布団の上に座っているほうがユズリハと目が合う。
「結婚式したくないわけじゃないんじゃないか?」
ハロルドの目を見て瞬きを数回繰り返したあと、ユズリハが微笑んだ。
「望まぬ結婚だけでは飽き足らず望まぬ結婚式までしたいのか?」
「そうじゃない」
「楽しみにしておったのか? それはすまなんだな」
「茶化すな。僕は真面目に聞いてるんだ」
「真面目に答えておるよ」
冷静に答えるユズリハがムキになることはない。目の前に置かれた新しいお茶に何度か息を吹きかけて冷ましたあと、音を立てないように飲もうとしたが熱かったのか顔を歪めた湯呑みを戻した。
手で口を仰ぐユズリハが視線を向け続けているハロルドと目が合うとまた微笑む。
「確かにわらわは女じゃが、結婚式に夢など見ておらぬのじゃ。兄上と姉上の結婚式に出席して思ったのは酷く退屈だったということ。わらわは愛想を振り撒くのが苦手でな、あまり長時間にこにこしていとうはない」
いつも笑っている印象が強いだけにその言葉は意外なものだった。
その言葉が本当なのだとしたら今こうして浮かべているのも気遣ってのことかとハロルドの表情が曇る。
「結婚式などしたところで世界は変わらぬ。せなんだとて世界は変わらぬ。今日ここで今すぐ二人だけで式を挙げたとてそなたとわらわの関係が進むことも失われることもない。なら、あのような面倒なこと、する必要ないと、わらわは思うのじゃ」
結婚式がいかに面倒で無駄に長いものか、先日の兄の結婚式で身にしみてわかった。だが、主役となると話は別ではないかとハロルドは思う。
思い出すと腹は立つが、主役の二人は最初から最後まで幸せそうだった。あれだけ長い式だったのに二人は写真を撮る最後の瞬間まで上機嫌で、世界で一番幸せなのは自分たちだとでも言いたげな雰囲気を醸し出していた。
出席者は退屈。それは間違いなくとも主役は違う。
結婚式を挙げたくない立場ではあるが、ハロルドはなぜか説得しようとしていた。
「一緒に一度だぞ」
「そうじゃな。だからこそ、そなたのその生涯に一度きりの式は形だけの妻ではなく本命の愛人と挙げればいい。ジジ様がおる以上はこの国では許されずとも別の国に旅行に行って挙げればよい。そなたの想い人はそなたと式を挙げる日を夢見ておるじゃろうからのう」
アーリーンからの好意は最近日に日に強く感じるようになってきた。話しかけてくる回数が増え、目が合うとはにかむ。それはパーティーに誘えばエスコートさせてもらえるのではないかと思ってしまうほどで、手を繋いでもきっと拒絶されることはない確信がある。
アーリーンと結婚式を挙げてアーリーンと夫婦として一つ屋根の下で暮らす妄想だってしたことはある。このままいけばアーリーンと結ばれる日もそう遠くはないかもしれないとさえ思っているが、そうなるためには自分には婚約者がいて二人が一緒になるためには愛人になってもらうしかないと伝える他ない。
それでもいいと言ってもらえるほどの愛情である確信まではなく、生涯に一度の結婚式をアーリーンと挙げられるかも今の段階ではまだわからないこと。
譲っているつもりかと表情に険しさを増すハロルドが言い放つ。
「お前の話をしてるんだ。お前と僕の結婚式の話だぞ」
「そなたがわらわとの結婚式を望んでくれていたとは涙が出そうじゃ」
滲んでもいない涙を袖で拭うフリをするユズリハの前でテーブルに置いていた手を拳に変える。
「からかうな。祖父が死ねば結婚式なんてできないんだぞ」
その言葉は遠回しに「ヘインズ家はウォルター以外誰もお前を歓迎していない」と伝えているようなもので、ユズリハはその言葉にゆっくり三回頷いた。
「かまわぬよ。同じことを言うが、したところで世界は変わらぬ」
「思い出にはなるだろ」
「必要か?」
「は?」
耳を疑うような言葉。
「挙式の思い出は夫婦のもの。伴侶と振り返り、当時の幸せを分かち合うためにある。望まぬ結婚をする者同士が挙げる式の思い出など必要ないじゃろう」
「それは……そう、だけど……」
思い出を作ってどうする。婚約者を紹介できない、したくない者がなぜ思い出などという言葉を口にしたのか自分でもわからなかった。ただ、一生に一度の結婚式を挙げられないのは可哀想だと思った。そして本音が聴きたいと。だが、聴けばやはりこうなる。
ユズリハはいつも冷静で感情が読めない。真剣に話していても茶化そうとして何を考えているのか読めないようにしてしまう。それに苛立って本音を聴き出せば後悔するようなことばかり告げられる。
何をしているんだと彼女と出会ってからそう思うことばかりだ。
「わらわは此処で過ごすのが好きじゃ。実家に似た此処にいれば寂しさはない。だからわらわに気をかけずともよいぞ。そなたにはそなたの歩むべき道がある。周りに自慢もできぬ婚約者の存在は煩わしいものでしかないじゃろうが、そこだけ我慢してくりゃれ。ジジ様にもあまりそなたを寄越すなと言うておく」
「僕は……」
「そなたは優しいのう」
「僕が?」
優しさを見せたことなんてない。優しい言葉をかけたこともない。いつも苛立ってばかりで優しくしたこともないのに何を言っているんだと怪訝な顔をするハロルドに向けるのは優しい微笑み。
「そのまま話を終えることもできたじゃろうに、わらわの意思を尊重しようとしてくれたのであろう? 優しい男じゃ」
「僕は……そんなんじゃない。ただ、お前がいつも本音を話さないから。結婚式は何度も挙げられるものじゃない。そりゃお前が祖父に言えば何回だってできるかもしれないけど、普通は一回だ。その一回をお前は断った。それはお前の本音じゃなくて僕のためなんじゃないかって思ったから……」
なんとなくだが、そんな気がしていた。自分がいつも嫌な顔をして嫌なことを言うから結婚式も遠慮したのではないかと。
もしそうなら嬉々として感謝すべきなのに、なぜかそうできなかった。
自分でも自分の感情がわからない。ユズリハを前にしているとそういうことが時々起こる。
「それが武士か?」
あまりにも達観している。和の国で有名なものの一つである武士を口にすると後ろに座っていたシキがブッと音を立てて吹き出し、ユズリハは声を上げて大笑いする。
「なんで笑うんだよ! 武士は達観してるって聞いたことがあるんだ! だから僕はお前もそうなのかと思っただけで……!」
「あー笑った笑った。すまぬすまぬ。そなたがあまりにも真面目な顔で問いかけるもの故、おかしくてな」
涙が出るほど笑ったユズリハは今度は本当に出た涙を袖で拭って大きく息を吐き出し呼吸を整えた。
「わらわは武士ではない。そもそも武士に女はおらぬ。祖父も父上も武士ではないし、わらわの家系は武士ではなく商人。わらわもただの商人の娘というだけのこと」
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「達観などしておらぬ。たかが十五年しか生きておらぬ小娘が達観しておるわけなかろう」
「お前といると僕は自分がただのワガママな子供のように思えるときがある」
「クソガキか?」
「そこまでは言ってない」
「わらわもシキによくそう言われる。達観など夢のまた夢よ」
きっと七十二年生きている祖父よりも冷静だと思ったが、それ以上は言わなかった。言ったところでユズリハが否定するのはわかっているから。
「そういうわけで、この話はこれにて終いじゃ。気にかけてくれたこと、感謝する」
気にかけたつもりはない。ただ本音が知りたかっただけ。そんな男に頭を下げるユズリハを見てハロルドが一つ提案する。
「なあ、一度ぐらいこっちで食事しないか? 僕の両親とは初日に話しただけだろ?」
「そなたの両親に気を遣わせとうはない」
「この国で暮らしていくんだからこっちの食事にも慣れておいたほうがいいんじゃないか?」
「洋食とやらは口に合わぬし、カチャカチャ鳴る銀食器も好かん。郷に入っては郷に従えと言うが、食事に関してはそれもできそうにない」
「ワガママだな」
「ジジ様に言うたのを聞いておらなんだのか? わらわはワガママなのじゃ」
挑発的な笑みを向けるユズリハの前で腕を組んで不満を顔に出す。
「和女は慎ましやかだと聞いたぞ」
「どうやらわらわは例外らしい」
「はあ……騙された気分だ」
「はっはっはっはっはっ! ハズレくじを引いた気分か?」
「正にそうだ」
「来世に期待せよ」
呆れながらも今回は嫌悪感を抱くことはなかった。
少しわかったのは、どこまでが本音かわからないということ。本音を言えと言って言われたことが本音ではないような気がして、そのままを鵜呑みにするのはやめた。
達観しているというよりは必死に大人であろうとしているような気がする。そう感じたから自分も大人な対応を心がけようと思った。
「いいのかい?」
自分の家に帰っていくハロルドを玄関から見送るユズリハが居間に戻ってくると縁側に寝転ぶシキが問いに「なんの話じゃ?」とトボける様にシキが鼻を鳴らして笑う。
「結婚式」
「各々に人生があり、自由がある。誰かによって縛られたまま不自由に生きる必要などない」
「お前さんは?」
「わらわとて自由じゃ。婚約者の両親との煩わしい食事会に参加する必要がなくなった」
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嘘つきと言われると首を傾げ、飴を一つ頬張る。
「はて? 長らく食べとらんから忘れてしもうた」
「なら今日はそれを思い出させる夕餉にするかね」
考えることは山ほどある。気をかけてもらえることは嬉しくも苦しい。望まないことをやるべきではない。考えれば考えるほど恐怖に襲われてしまうから自分を守れる自分の世界で生きることがユズリハにとっての全て。
此処から出なければ何も起きない。悲しみも恐怖も寂しさも。
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(これは"愛することのない"の亜種?)
前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。
エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。
それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。
速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──?
シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。
どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの?
※小説家になろう様でも掲載しています
※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました
※毎朝7時に更新していく予定です
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