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どいつもこいつも
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縁側で寝転んだシキをユズリハが膝枕している。正直その姿も見たくはなかったが、自分にもしたのだからシキにもするだろうと納得はできる。それはいい。そこまではよかった。
問題なのはユズリハが寝転ぶシキに顔を近付けたこと。長い髪がさらりと顔の横を流れて床に着いた。
ユズリハが顔を近付けるとシキが黙った。あの顔の近さ、何をしたのかなど問わずともわかる。
(やっぱりそうか)
考えればわかることだ。そうでなければ異国の地で二人で暮らすはずがない。
心を許し合った男女が一つ屋根の下にいる。それが全て。
足音を立てないようにゆっくりとその場を去って部屋に帰った。
結局、その日は眠れなかった。
頭では理解している。自分たちが出会ったのは少し前で、あの二人の付き合いは十五年。どう足掻こうとそれを覆すことはできず、後入りになる。
アーリーンへの気持ちが冷めて、もう次の女性に心を動かされているのはどうなんだと思いながらもユズリハが気になって仕方ない。ユズリハともっと話したい、もっと親しくなりたい、もっと知りたいと思ってしまうのだ。
それはシキという存在がいようと止められるものではない。
翌日、寝不足の顔で学校から帰ってきた息子を両親が呼び出した。
気分が上がらない中で両親と話すのは苦痛でしかなく、ハロルドは「なに?」とそっけない問いかけを向ける。
そんな息子の態度に顔を見合わせた両親。先に母親が口を開いた。
「疲れてるんじゃない?」
「……別に」
別にという顔ではない。十六歳の若さがあるとはいえ、誰が見てもハロルドは疲れた顔をしている。
「ハロルド、無理して彼女の所に行かなくていいのよ?」
「合わないだろう。行くのは一週間に一度にして、もし理由を問われたら彼女の意思を尊重していると言えばいい」
親でさえ合わないと決めつける。誰も和の国がどういう場所か、和人がどういう人間かを知ろうとしない。知ったところで愛せるかはまた別の話だが、結局は和人は自分たちより下だと思っているのだと嫌な現実に直面する。
溜息をつく元気すらない。
ハロルドは今、何も考えたくなかった。この会話さえも煩わしいと思ってしまうほどの苦しみを抱えている。
息子を庇うこともせず自分たちの保身を守る両親は尊敬に値しない。幼い頃から祖父に頭を下げて言いなりになっている両親の姿は使用人と変わらないように見えていた。
今もそうだ。こうして親らしいことを言ったところで祖父が現れれば途端に別の話に切り替えるだろう。それにもうんざりしていた。
「ただ寝不足なだけだから」
「ストレスだろう」
「婚約者を勝手に決められれば誰だってそうなるわ」
なぜ「調子はどう?」の一言が聞けないのだろう。なぜ決めつけた話し方をするのだろう。
祖父が勝手に決めた婚約者。それにハロルドが一番迷惑していた。地獄に突き落とされた気分にさえなった。でも今は違う。自主的にユズリハのもとを訪ねている。
両親はそれを祖父の命令だと思い、息子に同情していた。
親として心配しているのなら『理由を問われたら』と言わず「私が父に言おう」と言えばいい。それが親の務めではないのかと鬱陶しいという感情を瞳に宿して二人に向ける。
「本が面白くて眠れないだけ」
「……そうなのね」
納得していない声と表情。何を言っても息子は我慢していると思うのだろうと目と口を同時に閉じた。
「今日、コールマン伯爵に会ったんだが、知られているそうだな」
今、アーリーンの父親の話を聞くのはしんどい。つきたくもない溜息をついてゆっくり頷けば「そんな……」と小さな悲鳴でも聞こえてきそうな声でショックを受けた母親が反応する。
「お前がアーリーンに酷いことを言ったと怒っていたぞ」
「何を言ったの?」
心配していたと思えば途端に責める口調に変わる。
ヘインズ家の人間はいつだって感情が変わりやすい。それはヘインズ家の血を引いている自分もそうだと認めているが、他者から見れば自分もこんな風に見えるのかと思うとゾッとする。
「ハロルド、答えなさい」
ハロルドは舌打ちをすることはほとんどない。人生で二度したことがあるかどうかといったところだろう。だが、今ここで三度目の舌打ちをしたくなった。
すれば母親はショックを受け、父親は激怒するだろうから言いはしないが、目を開けて気怠げな表情を向ける。
「アーリーンは僕を可哀想だと言った。自分が父親に言ってお祖父様に進言してもらえば婚約破棄になるだろうから、そうすればもう笑い者になることはない。だからもう少し我慢してくれ、と。何様だと思ったのでユズリハのほうがイイ女だと言っただけ。それが酷いこと?」
目を見開いて絶句する両親は今も耳を疑っているのだろう。
ユズリハはイイ女だ。寛容で、開けっぴろげな笑顔が素敵だと思う。人を不快にさせないからかいも、静かな微笑みも、歌が上手いのも良い。人を見て自分より上か下かと判断する貴族といるよりずっと居心地の良い相手だ。
それを貶されて黙っていられなかったことを告げると母親の表情が歪む。
「僕は人を情報だけで判断したくない。二人は一度もユズリハと話したことないだろ。それなのに和女ってだけで見下して、差別してる」
「わ、私たちは差別なんかしてないわ!」
「だったらどうして僕の婚約者に一度も会いに行かないの?」
「ど、どうして私たちが行くの!? 嫁いできたんだから彼女が来るべきでしょう!? 一度も挨拶に来たことがないのよ!?」
「どういう対応されるかわかってるからだろうね」
息子の冷たい言い方に目を見開く母親を一度だけ見てすぐに目を逸らした。
「お母さんに謝りなさい!」
「何を謝るの? 事実を言っただけじゃないか」
「事実だと!? どこが事実なんだ!?」
「じゃあ二人はユズリハが挨拶に来たら笑顔で歓迎してやるつもりだったの?」
「も、もちろんだ! お前の婚約者だからな!」
「変な確認するつもりじゃなかったよね? ヘインズ家の行事への参加とか、ルールとか、和の国の侮辱とか」
「するわけないだろ!」
怒鳴り声を上げてテーブルを叩く父親にハロルドは表情を変えない。
挨拶に来させなさいと言うことさえしなかった二人がユズリハを歓迎していないのは明白。母親は穏やかそうに見えるが、結構な頻度で嫌味を口にする。ユズリハならきっとその嫌味を笑顔で受け止めてしまうのだろうが、向かう先が地獄だとわかっているのに連れて行くつもりはなかった。
「悪気はないの、って口癖があるからね」
視線を向ければ嫌でもわかるだろう。母親の顔がカッと赤くなった。
「ハロルド、どうしたんだ? 先日、あんなに大きな声で拒絶していたじゃないか」
「そうよ! 嫌なんでしょう?」
まるで嫌だと言えと言わんばかりの表情で見つめてくる二人にかぶりを振る。
「僕はユズリハの夫であることを証明する書類にサインをした」
「なんですって!?」
「ユズリハがサインをしたかどうかは知らないけど、僕は彼女を自分の妻だと認めてる。結婚式を挙げてないから婚約者って言い方をしてるけど」
「結婚式を挙げるつもりなの!?」
「ユズリハが望めばね」
息子からは嫌悪感の一欠片だって感じられない。不愉快そうな表情がユズリハのことを思い出してならいいが、それが向けられているのは自分たちだと親が気付かないはずがない。
笑い声は聞こえていたが、それは祖父にアピールするためだと思っていた二人にとって息子の変化は驚きでしかなかった。
「もういい? ユズリハの所で和の国の勉強してるんだ」
「和の国の……?」
「婚約者の国のことを知るのはおかしなことじゃないからね」
面倒臭いと言葉はなくとも伝わってくる。
母親はショックで涙し、父親は少し震えている。立ち上がって寄ってくる父親を見上げると強く肩に手を置かれた。
「無理をするんじゃない。お前は好きな相手を愛人に迎えなさい」
自分はエスパーだったのだろうかと疑いたくなるほど父親の考えが手に取るようにわかる。
「息子が和女を妻として受け入れてるってバレたら恥ずかしいから?」
「な、なんだと!?」
「だから愛人を迎えることで息子は祖父に強制されて和女と結婚させられたって言えるもんね。息子が不憫でならないって語るには良い理由だ」
「いい加減にしろ! 誰に向かってそんな口を利いているんだ!」
「お前こそいい加減にしないか」
父親の怒声が響き渡る中に静かな声が割って入る。
全員が緊張で身体を硬直させる声だ。
「と、父さん……」
「ハロルド、ユズリハの所へ行くんだろう?」
「はい」
「なら行け。ここはもういい。こいつらと話すのは時間の無駄だ」
さっきの話をどこから聞いていたのかはわからないが、聞かれてまずいことは言っていない。むしろまずかったのは両親のほうだろう。顔から血の気が引き、青い顔で立ち上がっている。
鞄を持って祖父に一礼してから横を通り過ぎようとしていたハロルドにウォルターが声をかけた。
「和の国の文化を知ってどう思う?」
「違いすぎて面白いです」
「そうか。それはなによりだ」
嬉しそうに笑う祖父の顔を見てハロルドは少し感動していた。その顔は作り物ではなく本物の笑顔に感じたから。
自分の押し付けによって始めた勉強ではなく、自ら知ろうと決意して婚約者の家に通っていることもそうだが、聞こえていた『婚約者の国のことを知るのはおかしなことじゃない』の言葉が何よりも嬉しかったのだ。
「お祖父様」
「なんだ?」
背筋を伸ばしたあと、頭を下げたハロルドが感謝を告げる
「ありがとうございます」
感謝の意が何に向けられたものかは聞かなかった。
頭を上げたハロルドに相変わらず笑顔を向けて頷く。伝わっているのだとわかったハロルドはそのまま横を通り過ぎて部屋を出ていった。
「さて、お前たちとは少し話をしなければならないようだ」
唇を噛まなければ震えを抑えることができない二人の前に腰掛けたウォルターは孫に向けたものとは違う笑顔を浮かべた。
問題なのはユズリハが寝転ぶシキに顔を近付けたこと。長い髪がさらりと顔の横を流れて床に着いた。
ユズリハが顔を近付けるとシキが黙った。あの顔の近さ、何をしたのかなど問わずともわかる。
(やっぱりそうか)
考えればわかることだ。そうでなければ異国の地で二人で暮らすはずがない。
心を許し合った男女が一つ屋根の下にいる。それが全て。
足音を立てないようにゆっくりとその場を去って部屋に帰った。
結局、その日は眠れなかった。
頭では理解している。自分たちが出会ったのは少し前で、あの二人の付き合いは十五年。どう足掻こうとそれを覆すことはできず、後入りになる。
アーリーンへの気持ちが冷めて、もう次の女性に心を動かされているのはどうなんだと思いながらもユズリハが気になって仕方ない。ユズリハともっと話したい、もっと親しくなりたい、もっと知りたいと思ってしまうのだ。
それはシキという存在がいようと止められるものではない。
翌日、寝不足の顔で学校から帰ってきた息子を両親が呼び出した。
気分が上がらない中で両親と話すのは苦痛でしかなく、ハロルドは「なに?」とそっけない問いかけを向ける。
そんな息子の態度に顔を見合わせた両親。先に母親が口を開いた。
「疲れてるんじゃない?」
「……別に」
別にという顔ではない。十六歳の若さがあるとはいえ、誰が見てもハロルドは疲れた顔をしている。
「ハロルド、無理して彼女の所に行かなくていいのよ?」
「合わないだろう。行くのは一週間に一度にして、もし理由を問われたら彼女の意思を尊重していると言えばいい」
親でさえ合わないと決めつける。誰も和の国がどういう場所か、和人がどういう人間かを知ろうとしない。知ったところで愛せるかはまた別の話だが、結局は和人は自分たちより下だと思っているのだと嫌な現実に直面する。
溜息をつく元気すらない。
ハロルドは今、何も考えたくなかった。この会話さえも煩わしいと思ってしまうほどの苦しみを抱えている。
息子を庇うこともせず自分たちの保身を守る両親は尊敬に値しない。幼い頃から祖父に頭を下げて言いなりになっている両親の姿は使用人と変わらないように見えていた。
今もそうだ。こうして親らしいことを言ったところで祖父が現れれば途端に別の話に切り替えるだろう。それにもうんざりしていた。
「ただ寝不足なだけだから」
「ストレスだろう」
「婚約者を勝手に決められれば誰だってそうなるわ」
なぜ「調子はどう?」の一言が聞けないのだろう。なぜ決めつけた話し方をするのだろう。
祖父が勝手に決めた婚約者。それにハロルドが一番迷惑していた。地獄に突き落とされた気分にさえなった。でも今は違う。自主的にユズリハのもとを訪ねている。
両親はそれを祖父の命令だと思い、息子に同情していた。
親として心配しているのなら『理由を問われたら』と言わず「私が父に言おう」と言えばいい。それが親の務めではないのかと鬱陶しいという感情を瞳に宿して二人に向ける。
「本が面白くて眠れないだけ」
「……そうなのね」
納得していない声と表情。何を言っても息子は我慢していると思うのだろうと目と口を同時に閉じた。
「今日、コールマン伯爵に会ったんだが、知られているそうだな」
今、アーリーンの父親の話を聞くのはしんどい。つきたくもない溜息をついてゆっくり頷けば「そんな……」と小さな悲鳴でも聞こえてきそうな声でショックを受けた母親が反応する。
「お前がアーリーンに酷いことを言ったと怒っていたぞ」
「何を言ったの?」
心配していたと思えば途端に責める口調に変わる。
ヘインズ家の人間はいつだって感情が変わりやすい。それはヘインズ家の血を引いている自分もそうだと認めているが、他者から見れば自分もこんな風に見えるのかと思うとゾッとする。
「ハロルド、答えなさい」
ハロルドは舌打ちをすることはほとんどない。人生で二度したことがあるかどうかといったところだろう。だが、今ここで三度目の舌打ちをしたくなった。
すれば母親はショックを受け、父親は激怒するだろうから言いはしないが、目を開けて気怠げな表情を向ける。
「アーリーンは僕を可哀想だと言った。自分が父親に言ってお祖父様に進言してもらえば婚約破棄になるだろうから、そうすればもう笑い者になることはない。だからもう少し我慢してくれ、と。何様だと思ったのでユズリハのほうがイイ女だと言っただけ。それが酷いこと?」
目を見開いて絶句する両親は今も耳を疑っているのだろう。
ユズリハはイイ女だ。寛容で、開けっぴろげな笑顔が素敵だと思う。人を不快にさせないからかいも、静かな微笑みも、歌が上手いのも良い。人を見て自分より上か下かと判断する貴族といるよりずっと居心地の良い相手だ。
それを貶されて黙っていられなかったことを告げると母親の表情が歪む。
「僕は人を情報だけで判断したくない。二人は一度もユズリハと話したことないだろ。それなのに和女ってだけで見下して、差別してる」
「わ、私たちは差別なんかしてないわ!」
「だったらどうして僕の婚約者に一度も会いに行かないの?」
「ど、どうして私たちが行くの!? 嫁いできたんだから彼女が来るべきでしょう!? 一度も挨拶に来たことがないのよ!?」
「どういう対応されるかわかってるからだろうね」
息子の冷たい言い方に目を見開く母親を一度だけ見てすぐに目を逸らした。
「お母さんに謝りなさい!」
「何を謝るの? 事実を言っただけじゃないか」
「事実だと!? どこが事実なんだ!?」
「じゃあ二人はユズリハが挨拶に来たら笑顔で歓迎してやるつもりだったの?」
「も、もちろんだ! お前の婚約者だからな!」
「変な確認するつもりじゃなかったよね? ヘインズ家の行事への参加とか、ルールとか、和の国の侮辱とか」
「するわけないだろ!」
怒鳴り声を上げてテーブルを叩く父親にハロルドは表情を変えない。
挨拶に来させなさいと言うことさえしなかった二人がユズリハを歓迎していないのは明白。母親は穏やかそうに見えるが、結構な頻度で嫌味を口にする。ユズリハならきっとその嫌味を笑顔で受け止めてしまうのだろうが、向かう先が地獄だとわかっているのに連れて行くつもりはなかった。
「悪気はないの、って口癖があるからね」
視線を向ければ嫌でもわかるだろう。母親の顔がカッと赤くなった。
「ハロルド、どうしたんだ? 先日、あんなに大きな声で拒絶していたじゃないか」
「そうよ! 嫌なんでしょう?」
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「僕はユズリハの夫であることを証明する書類にサインをした」
「なんですって!?」
「ユズリハがサインをしたかどうかは知らないけど、僕は彼女を自分の妻だと認めてる。結婚式を挙げてないから婚約者って言い方をしてるけど」
「結婚式を挙げるつもりなの!?」
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息子からは嫌悪感の一欠片だって感じられない。不愉快そうな表情がユズリハのことを思い出してならいいが、それが向けられているのは自分たちだと親が気付かないはずがない。
笑い声は聞こえていたが、それは祖父にアピールするためだと思っていた二人にとって息子の変化は驚きでしかなかった。
「もういい? ユズリハの所で和の国の勉強してるんだ」
「和の国の……?」
「婚約者の国のことを知るのはおかしなことじゃないからね」
面倒臭いと言葉はなくとも伝わってくる。
母親はショックで涙し、父親は少し震えている。立ち上がって寄ってくる父親を見上げると強く肩に手を置かれた。
「無理をするんじゃない。お前は好きな相手を愛人に迎えなさい」
自分はエスパーだったのだろうかと疑いたくなるほど父親の考えが手に取るようにわかる。
「息子が和女を妻として受け入れてるってバレたら恥ずかしいから?」
「な、なんだと!?」
「だから愛人を迎えることで息子は祖父に強制されて和女と結婚させられたって言えるもんね。息子が不憫でならないって語るには良い理由だ」
「いい加減にしろ! 誰に向かってそんな口を利いているんだ!」
「お前こそいい加減にしないか」
父親の怒声が響き渡る中に静かな声が割って入る。
全員が緊張で身体を硬直させる声だ。
「と、父さん……」
「ハロルド、ユズリハの所へ行くんだろう?」
「はい」
「なら行け。ここはもういい。こいつらと話すのは時間の無駄だ」
さっきの話をどこから聞いていたのかはわからないが、聞かれてまずいことは言っていない。むしろまずかったのは両親のほうだろう。顔から血の気が引き、青い顔で立ち上がっている。
鞄を持って祖父に一礼してから横を通り過ぎようとしていたハロルドにウォルターが声をかけた。
「和の国の文化を知ってどう思う?」
「違いすぎて面白いです」
「そうか。それはなによりだ」
嬉しそうに笑う祖父の顔を見てハロルドは少し感動していた。その顔は作り物ではなく本物の笑顔に感じたから。
自分の押し付けによって始めた勉強ではなく、自ら知ろうと決意して婚約者の家に通っていることもそうだが、聞こえていた『婚約者の国のことを知るのはおかしなことじゃない』の言葉が何よりも嬉しかったのだ。
「お祖父様」
「なんだ?」
背筋を伸ばしたあと、頭を下げたハロルドが感謝を告げる
「ありがとうございます」
感謝の意が何に向けられたものかは聞かなかった。
頭を上げたハロルドに相変わらず笑顔を向けて頷く。伝わっているのだとわかったハロルドはそのまま横を通り過ぎて部屋を出ていった。
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