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プロポーズ
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あのままデザイナーを呼びに行かせたのか、大鞄を抱えてやってきた少し女性っぽさを感じさせる男がやってきた。
自分のデザイン画をテーブルの上に広げてはあれこれ詳細を説明する。地味な物や派手な物まで全部見せてもらったが、どうにも二人はピンとくるものがなかったらしくどれを見ても首を傾げ続けた。
朝一番にやってきては夜まで話し合いを重ねる。疲れた日は早めに帰ってもらい、ユズリハは実家に手紙を書いた。
話し合いを重ねて三ヶ月が経っても何ひとつ決まらず、デザイナーを呼ぶ日も減っていった。
「兄上たちはこの短期間にもう結婚式の準備まで終わらせておったのじゃな」
「僕は優柔不断だ」
あれやこれやと希望を口にする度にデザイナーが困った顔をし、日に日に痩せていくのが見てわかった。
足を外に放り出して縁側に二人並んで寝転び、空を見上げる。青く澄み渡る空の美しさに指輪のデザインなどさほど重要ではないのではないかと思い始めている二人だが、口にはしない。ここまで時間をかけたのに今更「なんでもいいか」と言うのは時間を無駄にしただけ。
一生に一度の物にこだわりたいのはハロルドのほうで、正直ユズリハにこだわりはない。ただ、真剣に選べ。妥協だけはしてくれるなと言われているため首を振り続けている。
「お前の指に合う指輪ってなんだろうな」
ユズリハの手を持ち上げてまじまじと眺めながら指輪を想像するも手が小さいせいか想像がつかない。
互いにまだ子供。指輪の似合う手ではないのかもしれないと手を下ろして軽く握る。
「そこはお前様、お前ならなんでも似合うと言うべきところなのではないか?」
「大事な局面で失言するほど僕は馬鹿じゃない」
「お前様らしいな」
頭を悩ませるハロルドはデザイナーの画を参考に自分でデザインを始めたが、描いては捨てての繰り返し。放っておくと居間があっという間に紙だらけになってしまう。
ユズリハもお揃いの指輪を持つことに憧れはある。今年中にできればハロルドは指輪をつけて学校に行くだろう。それはハロルドに伴侶がいると示すことになる。想像するだけで嬉しい。
だが、指輪は欲しくともなかなか決まらない自分を優柔不断だと言い続けるのはやめてほしかった。
「お前様はこだわりすぎなのではないか? わらわはデザイナーが提案してくれた物でも──」
「ダメだ。既製品はいらない」
「手袋は既製品だったのにか?」
「あれは消耗品だ。指輪は違う。一生それ一個だ。お前と僕が同じ日に同じ指輪をして、死んでも外さないんだから妥協なんてできない」
死んでも外さない。それがとても嬉しかった。墓に入っても指輪を外すことはない。永遠にこの指につけたままなのだと想像するだけで頬が緩んでしまう。
「でもなー……デザインはいくつか気にいる物があってもお前の瞳の色に合わせるとオニキスかブラックダイヤモンドになるだろ。結婚指輪に黒はなぁ……」
「お前様の瞳の色でいいと言うておるのに何故聞き入れぬ?」
「僕は自分の瞳の色なんて嫌だ。そんなの鏡見ればいくらだって見える色だ。お前だって僕を見ればいつだって見れる色だぞ。指輪に付ける意味がない」
「注文の多い男じゃのう」
何度も話し合って何度も呆れる。こんなに細かい男だったのかと呆れては難しい顔をする様子にすぐ笑う。
貴族の習わしに沿うならハロルドの祖母の指輪をもらうのだが、ハロルドにまずその気がない。ルーシィは離婚成立時に指輪を盛大に叩きつけて返したため指輪はあるが、欲しくはない。
ウォルターからどうするかと二人に話があったが、結局は「俺がアイツに贈った物だから俺が持っていきたい」と言った。また向こうで会えたらプロポーズするのに必要だからと。
その発言はあまりにもウォルターらしくて、二人とも笑ってしまった。そして大賛成だと言った。
ウォルターが妻に贈った指輪は年月かけて作成した物だと聞いた。その甲斐あって年代が違うハロルドたちでさえ美しいと見惚れるほどの指輪だった。だからこそ自分もそうした指輪を贈りたいという意思が強くなってしまった。
「素敵な指輪をつけたいとは思わないのか?」
「お前様とお揃いであるならなんでもいい」
嬉しい言葉ではあるが、ある意味丸投げとも受け取れてしまうだけに少し気に入らない部分はある。
「母上の指輪は姉上が持っていってしもうたしのう」
「そうなのか?」
「うむ。絶対に欲しいと言うてな。子供のわらわにはその想いがわからなんだし、父上も許可を出した。姉上のその想いも今なら少しわかる──」
「それだ!!」
勢いよく起き上がると同時に声を上げたハロルドに何事かと目を見開くユズリハの目には輝く笑顔が映っていた。
手を離して机の引き出しからデザイン画の用紙を取り出し、テーブルの上に広げると描いたデザイン画に何かを付け足していく。
「そうだそうだそうだ! そうだったんだ!」
何かを見つけた子供のように弾んだ声を上げるハロルドを追ってデザイン画を覗き込むと昨日見た物より完成が近い状態まで描き込まれていく。イラスト、文字がガッツリと紙を埋め尽くしていく今のハロルドは絶好調そのもの。閃きが具現化したような状態だ。
「赤い宝石?」
「そう。赤い宝石を付けよう」
「なぜ赤なのじゃ? 縁もゆかりもないが……」
ニッと笑ったハロルドがペンで指す方向に顔を向けると見えたのはモミジの木。
「あの赤だ。強烈な印象を受けた真っ赤なモミジ。その赤だよ」
「母上の……?」
「そう。それにお前が化粧した姿を初めて見たとき、赤い口紅が印象的だった。それに──」
デザイナーが置いていった本の中から一冊取り出して記憶にあるページを開くと赤い宝石が載っている。そのページをバンッと叩いて胸を張るハロルドだけがテンションが上がった状態で、ユズリハはまだそのテンションについていけてない。
「これはガーネット。一月の誕生石だ」
ハロルドの指輪の間からそのページの真っ赤な宝石が見え、左端には一月と書いてある。
「あの強烈な赤が見られるのは期間限定だけど、ここに付けていればいつでも見れる。本物には敵わないけど、僕は赤が良いと思った」
ハロルドといるといつも胸がじんわりと暖かくなる。胸を押さえ、ときに涙したくなるほどの暖かさ。
母親のイメージも赤だった。白い肌に赤い紅がよく似合う美しい人だったから、いつか自分も赤い紅が似合う女性になりたいと思っていた。
「お前様はいつも正しいな」
愛する人に赤い紅が印象的だったと言ってもらえた。それだけでもう夢は叶ったようなものだ。
微笑みながら賛成だと頷けばハロルドは「よし!」と声を上げ、その紙を持って家を飛び出していく。ウォルターに見せに行ったのだろう。
「指輪でこれだけかかるんだ。結婚式の準備はどれぐらいかかるのかねぇ」
姿を見せたシキの言葉に確かにと笑う。だが、すぐにかぶりを振った。
「結婚式は二人だけで行う故、時間はかからぬよ」
「ダイゴロウの旦那たち、本当に呼ばなくていいのかい?」
「わらわを式に呼ばなんだ奴らを何故呼ばねばならぬのか」
「ひどい女だねぇ」
からかうシキもその言葉が本心だとは思っていない。
「冗談じゃ。これは二人で決めたこと。盛大な祝いは必要ない。静かに二人で教会とやらで式を挙げる。それだけでよいのじゃ」
「そうかい。お前さんたちがそう決めたんなら言うことないさね」
シキはからかいはするが、お節介はしない。老婆心を出すこともない。だからユズリハはシキとここで二人で生きる覚悟ができていた。シキとなら苦痛ではないから。
今は二人ではなくなってしまったが、シキがいるから安心できている部分もある。それはハロルドも同じだ。その存在に感謝していた。
それから半年が経った頃、ハロルドがユズリハの手を引いてモミジの木の下に来ていた。もう真っ赤に染まっているモミジを見上げて嬉しそうに笑うユズリハから手を離す。
どうしたのかと顔を向けるユズリハの前に手のひらに乗せた小箱を見せた。
「おお、届いたのか!」
自分たちは既に夫婦なのだからユズリハの反応は間違いではない。デザイン画も見ているし、石もどんな物がついているのか知っている。現物を見ていないだけ。しかしハロルドはもっと感動した反応が欲しかった。
「開けて見せてくりゃれ! はようはよう!」
今度はユズリハが子供のようにはしゃぐ。
「お前は憧れのシチュエーションはないのか?」
「……まさか、お前様がそれをしてくれるのか?」
「あるならな」
ないと即答するまで一秒もかからなかった。予想どおりだ。逆にユズリハがつらつらと憧れを語り始めたらハロルドは驚いて小箱を地面に落としていただろう。
ユズリハらしいと笑うハロルドが片膝を地面につく。
「こういうのに憧れてるのは女だけじゃないからな」
ゴホンと一度咳払いをして深呼吸を一つ。吐き出す息が震える。
好きだ、愛してるだはこれから死ぬまで一生言い続けるだろう。だが、こうして指輪を渡しながらのプロポーズは一生に一度だけ。
こんな場所でいいのかと昨夜から考えていたが、この場所以上に良い場所は思いつかなかった。
見下すユズリハが微笑みながら待っている。何を言うかはわかっているのだ。
不安はない。緊張しているだけ。その緊張を喜びに変えるため、意を決してゆっくり箱を開けた。
赤い指輪がそこにある。ハロルドが必死に考え、作り上げてくれた指輪がそこに。
赤に染まったモミジの木の下で、ハロルドに言われたとおり赤い口紅を塗って、赤い指輪を前にするユズリハも緊張に息を止める。
「僕と結婚してくれますか?」
自分たちはこの一年、ずっと夫婦だった。契約書にサインして夫婦になった。ユズリハはヘインズ家の人間となり、あの家で夫と絆を作り上げてきた。
だから泣くようなことではなく、笑顔を見せる場面なのに涙が出てしまう。
本人たちの承諾なしに勝手に決められた結婚。上手くいくわけないと互いに思っていた。和女とは結婚しないと言う男と仮面で良いと言った女。生まれ育った環境も常識も違う二人が交わることなどないと本人たちでさえ思っていた生活は時間を過ごしていくうちに心地良いものへと変わっていった。
でも、そんな中にも確かな物は一つもなくて。指輪もなければ結婚式の写真もない。あるのは夫婦であることに同意するサインをした記憶だけ。
指輪なんてあってもなくてもいい。自分たちは夫婦なんだと自分たちが思っていればそれでいいじゃないかと思っていた。いや、思い込もうとしていたのだ。でも実際はこうした確かな物が欲しかった。目に見える夫婦の証が。
大きく息を吸い込んで震える息を吐き出す。溢れる一筋の涙と共に笑顔を見せて返事をした。
「はい」
わかりきった答えだ。そこに不安はなかった。それでも不思議と安堵する。
笑顔で立ち上がり、細い指に出来上がったばかりの指輪を通し、見つめ合い、抱き合って、キスをした。
自分のデザイン画をテーブルの上に広げてはあれこれ詳細を説明する。地味な物や派手な物まで全部見せてもらったが、どうにも二人はピンとくるものがなかったらしくどれを見ても首を傾げ続けた。
朝一番にやってきては夜まで話し合いを重ねる。疲れた日は早めに帰ってもらい、ユズリハは実家に手紙を書いた。
話し合いを重ねて三ヶ月が経っても何ひとつ決まらず、デザイナーを呼ぶ日も減っていった。
「兄上たちはこの短期間にもう結婚式の準備まで終わらせておったのじゃな」
「僕は優柔不断だ」
あれやこれやと希望を口にする度にデザイナーが困った顔をし、日に日に痩せていくのが見てわかった。
足を外に放り出して縁側に二人並んで寝転び、空を見上げる。青く澄み渡る空の美しさに指輪のデザインなどさほど重要ではないのではないかと思い始めている二人だが、口にはしない。ここまで時間をかけたのに今更「なんでもいいか」と言うのは時間を無駄にしただけ。
一生に一度の物にこだわりたいのはハロルドのほうで、正直ユズリハにこだわりはない。ただ、真剣に選べ。妥協だけはしてくれるなと言われているため首を振り続けている。
「お前の指に合う指輪ってなんだろうな」
ユズリハの手を持ち上げてまじまじと眺めながら指輪を想像するも手が小さいせいか想像がつかない。
互いにまだ子供。指輪の似合う手ではないのかもしれないと手を下ろして軽く握る。
「そこはお前様、お前ならなんでも似合うと言うべきところなのではないか?」
「大事な局面で失言するほど僕は馬鹿じゃない」
「お前様らしいな」
頭を悩ませるハロルドはデザイナーの画を参考に自分でデザインを始めたが、描いては捨てての繰り返し。放っておくと居間があっという間に紙だらけになってしまう。
ユズリハもお揃いの指輪を持つことに憧れはある。今年中にできればハロルドは指輪をつけて学校に行くだろう。それはハロルドに伴侶がいると示すことになる。想像するだけで嬉しい。
だが、指輪は欲しくともなかなか決まらない自分を優柔不断だと言い続けるのはやめてほしかった。
「お前様はこだわりすぎなのではないか? わらわはデザイナーが提案してくれた物でも──」
「ダメだ。既製品はいらない」
「手袋は既製品だったのにか?」
「あれは消耗品だ。指輪は違う。一生それ一個だ。お前と僕が同じ日に同じ指輪をして、死んでも外さないんだから妥協なんてできない」
死んでも外さない。それがとても嬉しかった。墓に入っても指輪を外すことはない。永遠にこの指につけたままなのだと想像するだけで頬が緩んでしまう。
「でもなー……デザインはいくつか気にいる物があってもお前の瞳の色に合わせるとオニキスかブラックダイヤモンドになるだろ。結婚指輪に黒はなぁ……」
「お前様の瞳の色でいいと言うておるのに何故聞き入れぬ?」
「僕は自分の瞳の色なんて嫌だ。そんなの鏡見ればいくらだって見える色だ。お前だって僕を見ればいつだって見れる色だぞ。指輪に付ける意味がない」
「注文の多い男じゃのう」
何度も話し合って何度も呆れる。こんなに細かい男だったのかと呆れては難しい顔をする様子にすぐ笑う。
貴族の習わしに沿うならハロルドの祖母の指輪をもらうのだが、ハロルドにまずその気がない。ルーシィは離婚成立時に指輪を盛大に叩きつけて返したため指輪はあるが、欲しくはない。
ウォルターからどうするかと二人に話があったが、結局は「俺がアイツに贈った物だから俺が持っていきたい」と言った。また向こうで会えたらプロポーズするのに必要だからと。
その発言はあまりにもウォルターらしくて、二人とも笑ってしまった。そして大賛成だと言った。
ウォルターが妻に贈った指輪は年月かけて作成した物だと聞いた。その甲斐あって年代が違うハロルドたちでさえ美しいと見惚れるほどの指輪だった。だからこそ自分もそうした指輪を贈りたいという意思が強くなってしまった。
「素敵な指輪をつけたいとは思わないのか?」
「お前様とお揃いであるならなんでもいい」
嬉しい言葉ではあるが、ある意味丸投げとも受け取れてしまうだけに少し気に入らない部分はある。
「母上の指輪は姉上が持っていってしもうたしのう」
「そうなのか?」
「うむ。絶対に欲しいと言うてな。子供のわらわにはその想いがわからなんだし、父上も許可を出した。姉上のその想いも今なら少しわかる──」
「それだ!!」
勢いよく起き上がると同時に声を上げたハロルドに何事かと目を見開くユズリハの目には輝く笑顔が映っていた。
手を離して机の引き出しからデザイン画の用紙を取り出し、テーブルの上に広げると描いたデザイン画に何かを付け足していく。
「そうだそうだそうだ! そうだったんだ!」
何かを見つけた子供のように弾んだ声を上げるハロルドを追ってデザイン画を覗き込むと昨日見た物より完成が近い状態まで描き込まれていく。イラスト、文字がガッツリと紙を埋め尽くしていく今のハロルドは絶好調そのもの。閃きが具現化したような状態だ。
「赤い宝石?」
「そう。赤い宝石を付けよう」
「なぜ赤なのじゃ? 縁もゆかりもないが……」
ニッと笑ったハロルドがペンで指す方向に顔を向けると見えたのはモミジの木。
「あの赤だ。強烈な印象を受けた真っ赤なモミジ。その赤だよ」
「母上の……?」
「そう。それにお前が化粧した姿を初めて見たとき、赤い口紅が印象的だった。それに──」
デザイナーが置いていった本の中から一冊取り出して記憶にあるページを開くと赤い宝石が載っている。そのページをバンッと叩いて胸を張るハロルドだけがテンションが上がった状態で、ユズリハはまだそのテンションについていけてない。
「これはガーネット。一月の誕生石だ」
ハロルドの指輪の間からそのページの真っ赤な宝石が見え、左端には一月と書いてある。
「あの強烈な赤が見られるのは期間限定だけど、ここに付けていればいつでも見れる。本物には敵わないけど、僕は赤が良いと思った」
ハロルドといるといつも胸がじんわりと暖かくなる。胸を押さえ、ときに涙したくなるほどの暖かさ。
母親のイメージも赤だった。白い肌に赤い紅がよく似合う美しい人だったから、いつか自分も赤い紅が似合う女性になりたいと思っていた。
「お前様はいつも正しいな」
愛する人に赤い紅が印象的だったと言ってもらえた。それだけでもう夢は叶ったようなものだ。
微笑みながら賛成だと頷けばハロルドは「よし!」と声を上げ、その紙を持って家を飛び出していく。ウォルターに見せに行ったのだろう。
「指輪でこれだけかかるんだ。結婚式の準備はどれぐらいかかるのかねぇ」
姿を見せたシキの言葉に確かにと笑う。だが、すぐにかぶりを振った。
「結婚式は二人だけで行う故、時間はかからぬよ」
「ダイゴロウの旦那たち、本当に呼ばなくていいのかい?」
「わらわを式に呼ばなんだ奴らを何故呼ばねばならぬのか」
「ひどい女だねぇ」
からかうシキもその言葉が本心だとは思っていない。
「冗談じゃ。これは二人で決めたこと。盛大な祝いは必要ない。静かに二人で教会とやらで式を挙げる。それだけでよいのじゃ」
「そうかい。お前さんたちがそう決めたんなら言うことないさね」
シキはからかいはするが、お節介はしない。老婆心を出すこともない。だからユズリハはシキとここで二人で生きる覚悟ができていた。シキとなら苦痛ではないから。
今は二人ではなくなってしまったが、シキがいるから安心できている部分もある。それはハロルドも同じだ。その存在に感謝していた。
それから半年が経った頃、ハロルドがユズリハの手を引いてモミジの木の下に来ていた。もう真っ赤に染まっているモミジを見上げて嬉しそうに笑うユズリハから手を離す。
どうしたのかと顔を向けるユズリハの前に手のひらに乗せた小箱を見せた。
「おお、届いたのか!」
自分たちは既に夫婦なのだからユズリハの反応は間違いではない。デザイン画も見ているし、石もどんな物がついているのか知っている。現物を見ていないだけ。しかしハロルドはもっと感動した反応が欲しかった。
「開けて見せてくりゃれ! はようはよう!」
今度はユズリハが子供のようにはしゃぐ。
「お前は憧れのシチュエーションはないのか?」
「……まさか、お前様がそれをしてくれるのか?」
「あるならな」
ないと即答するまで一秒もかからなかった。予想どおりだ。逆にユズリハがつらつらと憧れを語り始めたらハロルドは驚いて小箱を地面に落としていただろう。
ユズリハらしいと笑うハロルドが片膝を地面につく。
「こういうのに憧れてるのは女だけじゃないからな」
ゴホンと一度咳払いをして深呼吸を一つ。吐き出す息が震える。
好きだ、愛してるだはこれから死ぬまで一生言い続けるだろう。だが、こうして指輪を渡しながらのプロポーズは一生に一度だけ。
こんな場所でいいのかと昨夜から考えていたが、この場所以上に良い場所は思いつかなかった。
見下すユズリハが微笑みながら待っている。何を言うかはわかっているのだ。
不安はない。緊張しているだけ。その緊張を喜びに変えるため、意を決してゆっくり箱を開けた。
赤い指輪がそこにある。ハロルドが必死に考え、作り上げてくれた指輪がそこに。
赤に染まったモミジの木の下で、ハロルドに言われたとおり赤い口紅を塗って、赤い指輪を前にするユズリハも緊張に息を止める。
「僕と結婚してくれますか?」
自分たちはこの一年、ずっと夫婦だった。契約書にサインして夫婦になった。ユズリハはヘインズ家の人間となり、あの家で夫と絆を作り上げてきた。
だから泣くようなことではなく、笑顔を見せる場面なのに涙が出てしまう。
本人たちの承諾なしに勝手に決められた結婚。上手くいくわけないと互いに思っていた。和女とは結婚しないと言う男と仮面で良いと言った女。生まれ育った環境も常識も違う二人が交わることなどないと本人たちでさえ思っていた生活は時間を過ごしていくうちに心地良いものへと変わっていった。
でも、そんな中にも確かな物は一つもなくて。指輪もなければ結婚式の写真もない。あるのは夫婦であることに同意するサインをした記憶だけ。
指輪なんてあってもなくてもいい。自分たちは夫婦なんだと自分たちが思っていればそれでいいじゃないかと思っていた。いや、思い込もうとしていたのだ。でも実際はこうした確かな物が欲しかった。目に見える夫婦の証が。
大きく息を吸い込んで震える息を吐き出す。溢れる一筋の涙と共に笑顔を見せて返事をした。
「はい」
わかりきった答えだ。そこに不安はなかった。それでも不思議と安堵する。
笑顔で立ち上がり、細い指に出来上がったばかりの指輪を通し、見つめ合い、抱き合って、キスをした。
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