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幸せじゃー!
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ユズリハから手紙が届いた。いつもより少し分厚く感じる中身に写真でも入っているのかと浮かれ気味に封を開ける。
「アイツもすっかり向こうの人間だな。小洒落た真似しやがって」
封蝋で送りつけてきたのは初めてで、ハロルドがオススメしたのか、ハロルドを真似たのか。流行り物は好まないくせにこうした真似をするところは母親そっくりだと口元に笑みが浮かぶ。
中に入ってある便箋を取り出すと手に当たったのは数枚の写真。新年を迎えた記念写真かと思っていたダイゴロウの目に飛び込んできたのは色鮮やかな和装をしたユズリハではなく、白いドレスに纏ったユズリハだった。
「あああああああああああああッ!?」
あまりの大声に驚いたリンタロウが駆けつけると写真を手に身体を震わせる父親の姿に何があったと写真を覗き込んだリンタロウも似たような声を上げる。
「お、おい、これは……ド、ドレス、だよな?」
「……だな」
先に冷静になったのはリンタロウだった。
「アイツが和装じゃなく洋装で挙げるとはな。驚いた」
「な、ななななあッ!?」
「結婚式挙げただけだろ。なに驚いてんだよ」
「お前行ってないよな!?」
「行ってねぇよ」
「俺も行ってないよな!?」
「ボケんな。まだ早いぞ」
「はああああああああッ!?」
混乱落ち着かぬダイゴロウの声が外まで響くも誰も心配はしない。ドタバタと暴れる音も大慌てで荷造りする音も聞こえないからユズリハに何かあったわけではないと従業員たちが察する。
「俺に黙って! 俺を招待せずに! 結婚式したってのかあ!?」
「俺たちも呼ばなかっただろ」
「それはアイツが遠いからだろ!」
「ならユズも同じ理由かもしれねぇだろ」
「親を結婚式に呼ばないバカがどこにいるんだよ!!」
「アンタの娘だ」
持った写真を机に叩きつけようとするもできない。写真の中の娘は見たことがないほど幸せそうに笑っている。
教会の前で撮った写真。周りには誰もいない。ウォルターさえいない。二人だけの結婚式かと思うと二人らしい考えではある。
『なぜこれほど大勢の人間を集めるのじゃ?』
姉の結婚式でユズリハはダイゴロウにそう問いかけた。
『わらわは大勢の人間に祝ってもらいたいとは思わぬ。二人がいい』
その希望どおりとなったのだ。ユズリハの希望か、ハロルドも同意見なのか。二人しかいない写真でも娘はこんなにも幸せそうに笑っている。ならそれでいいじゃないか。そう思う自分とは反対に、その笑顔を写真ではなくこの目で見たかった。
「他の写真は?」
まだ二枚ほど残っている写真に目を通すとリンタロウが「これは」と声を漏らした。
「シキも家族ってわけか」
二枚目の写真にはシキが写っていた。正装を纏いながら外側を向きながらも顔には笑顔が。
ユズリハを訪ねたとき、ダイゴロウはシキに帰ってきてもいいと伝えた。ユズリハのことはもう心配する必要はないからと。シキはそれに「わかってる」と答えながらも拒否した。
『ハロルドの旦那がお前がいないと僕たちは多分ダメだ。って言うもんでね。あの二人の間には緩衝材が必要らしい』
互いに穏やかではあるものの意見の相違があって引かないときがある。そのとき、二人が頼りにするのはシキ。シキに審判をやらせるのだ。
何をやっているんだと呆れるダイゴロウに『それに』と続けるシキの笑顔を見て、ダイゴロウはその時点で強制するつもりはなかった。
『俺もここが好きなんさね』
その一言に尽きると思った。だからこうしてユズリハを挟んで一緒に写っているシキを見て安堵する。
「最後は……」
「ま、そうだわな」
ウォルターが入っての四人撮影。それが最後の写真。予想どおりだった。
「手紙、またあとで読ませてくれ」
「ああ」
一人で読みたいだろうと仕事に戻ったリンタロウが障子を閉めてから写真を置いて手紙を開く。いつもより多い。
────────
拝啓 父上
働きすぎてはおらぬか?といつもなら書いておるところじゃが、ルーシィがおる今はさほど心配しておらぬ。
息災であればそれでよい。もう心臓が止まるような手紙を兄上から寄越されるのは御免じゃ。
写真は見たか? 驚いたであろう。説明はいらぬじゃろうが、ハロルドと結婚式を挙げた。挙げぬと言うておったのじゃがな、夫婦で話し合って挙げると決めた。
和装にするか洋装にするか何度も言い合って洋装に落ち着いた。(ちなみに和装にこだわったのはわらわではなくハロルドじゃ。あやつは予想以上の頑固者)
子ができぬ身体であること、ジジ様に話した。きっとジジ様がそっちに行った際に怒られたじゃろう。罪というわけではないが、ジジ様にひ孫抱かせてやれぬ詫び、と言うても怒られるが、結婚式ぐらい見せてやろうとの話になった。父上を呼ばなんだこと、怒っておるか? 怒っておるじゃろうのう。すまぬな。
二人だけの結婚式にすると決めた故、父上を呼ぶことはせなんだ。ちなみにジジ様も参加はしておらぬ。参加したのは写真撮影だけじゃ。
あ、ヴァージンロードはシキが父上の代わりに歩いたぞ。俺は謝らんからお前さんが謝れと言われた故、ここで謝っておく。すまぬ。
海の向こうにいる顔も知らぬ男との結婚に不安がなかったと言えば嘘になる。父上や兄上と離れることも不安だった。シキがいるといえど、言葉が理解できるといえど、和人が受け入れてもらえるのかという不安に押し潰されそうだった。きっと父上も気付いておったじゃろう。でも、何も聞いてはこなんだ。だからわらわも何も言わなんだ。不安なのは見送る側である父上も同じと思うたから。
別れの際、抱きしめる父上の腕が震えておったとき、強くあろうと思うた。心配させぬようにと。シキと二人でも幸せじゃと言い続けるつもりであったが、わらわの心配も父上の心配も杞憂に終わった。それはもう伝わっておろう。
最後の便箋に書いた言葉は父上に死ねという意味で書いたわけではないぞ。父上がいつポックリ逝っても心残りがないようにと書いたもの。額にでも入れて飾ってくりゃれ。
────────
なんのことだと最後の一枚を見ると目を見開いたあと、背中を丸めて肩を揺らす。
「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
今度は驚きの声ではなく笑い声。ダイゴロウの笑い声が響き渡るのは珍しいことではないが、腹の底から張り上げるような笑い声を聞くのは久しぶりで、リンタロウさえ何事かと思っていた。手にしている筆を置いて様子を見に行くべきかと頭をよぎりはしたが、大方、ユズリハが書いた内容がツボだったのだろうと推測して見に行こうとはしなかった。
「おーい、空いてる額ないか?」
大きな足音で歩いてきた父親が従業員に問いかけるも口を揃えて「ない」と答える。
「なんで額がいるんだ?」
「これを飾りてぇんだよ」
見せつけるように顔の前に出された顔に書かれている文字を読むには近すぎると二歩下がると認識できた言葉にリンタロウも声を上げて笑う。
「バッカじゃねぇの!」
どんな顔をして書いたのかまで想像できるユズリハの言葉。それを額に入れて飾ろうとする父親の親バカには呆れるが、止めようとは思わなかった。
「しゃーねぇ。ちょっくら買いに行ってくるわ」
「土産なー」
下駄を履いて外に出ると太陽の眩しさに目を細める。見上げた空は雲一つない快晴。門を出て立ち止まり深呼吸するのはいつぶりか。忙しい中を生きているとそんな簡単なことさえしなくなってしまう。
「おや、どこ行くんだい?」
「バカ娘が手紙と写真送ってきてな。生意気にも額に入れて飾れなんて書いてやがるもんだからちょっくら額を買いにな」
「男前な旦那だったねぇ。こっちの言葉も話せるし、うちの娘に欲しいぐらいだよ」
「うちのなんて洋人と結婚するって言い出したんだから大変だよ」
「そりゃ良いことじゃねぇか」
「良いことなもんかい! どの面下げて言ってんだいって言ってやったよ!」
他人として見るから悪くないと思えることはたくさんある。妻が心配していたのはそういうことだ。どんな相手かもわからない、身内からの話だけで安心して結婚させられるほど娘は安くない。実際にこの目でどういう人間か確認するまで結婚は許さないと啖呵を切った日のことを思い出して笑ってしまう。
「でもま、海外に興味を持つのは悪いことじゃねぇだろ」
「そんな甘いこと言って!」
「一つだけ言っといてやれ。結婚するならまず言葉を勉強しねぇとなって」
「覚えちまったらどうすんのさ」
「そんときは涙と共に見送ってやりゃいい」
ダイゴロウもそうした。だから他人事だと思って、とは言えない。
実際、ハロルドと話をした彼女たちも悪い子だとは思わなかった。偏見が偏見でしかなかったと思うぐらいには洋人に持つ印象が変わったのだ。
娘を海の向こうへ送り出してしまう不安を拭えない気持ちはわかるが、決めるのは娘だと言うダイゴロウの言葉もわかる。
「会えなくて寂しくないかい?」
「寂しいさ。そりゃ寂しい。あの態度と声がデカイことだけが取り柄のバカ娘がいなくなった家は静かなもんよ。でもな、向こうで幸せに暮らしてるってわかってりゃあ寂しさなんか我慢できるもんだ。幸い、バカ息子に嫁が来たしな。夜な夜なウルセーから孫ができる日も近いだろうし、健康でいねぇとな」
「楽しみだねぇ!」
余計なことを言ったとリンタロウに知られれば怒られるだろうが上機嫌なダイゴロウにはその結末が想像できていない。
「バカ娘が気まぐれに帰ってきたときに叱られないように額買ってくるわ」
手を上げて通りを抜けながら向かうは馴染みの店。
買い出しはいつも従業員がやる。だからこんな風に外をゆっくりと歩くのは久しぶりで、そんな日に買いに行っているのが娘の手紙を飾るための額であることがおかしくてならない。
胸元にしまった手紙を叩いては嬉しくて表情が緩む。
「いい天気だな」
橋の上で立ち止まり、空を見上げる。
(見てるか、モミジ。ユズリハが幸せだって笑ってるぞ。海を越えたって幸せはあるんだよ。同じ人種でなきゃ幸せになれねぇってことはねぇんだ。これからはハロルドがちゃんと守ってくれる。だからもう心配するな。ただ見守ってやってくれ)
心配だと泣く妻が夢に出てこなくなったのは最近の話。何もわかってないと泣きながら怒る妻の顔が妙にリアルでいつも寝覚めが悪かった。出てこなくなったのは安堵したからか。
そう思うとまた笑顔になる。
便箋一枚使って大きな字で書かれてある約束の言葉。
グスッと鼻を鳴らして見上げる空は今まで見たどの空よりも一番美しいものに見えた。
「アイツもすっかり向こうの人間だな。小洒落た真似しやがって」
封蝋で送りつけてきたのは初めてで、ハロルドがオススメしたのか、ハロルドを真似たのか。流行り物は好まないくせにこうした真似をするところは母親そっくりだと口元に笑みが浮かぶ。
中に入ってある便箋を取り出すと手に当たったのは数枚の写真。新年を迎えた記念写真かと思っていたダイゴロウの目に飛び込んできたのは色鮮やかな和装をしたユズリハではなく、白いドレスに纏ったユズリハだった。
「あああああああああああああッ!?」
あまりの大声に驚いたリンタロウが駆けつけると写真を手に身体を震わせる父親の姿に何があったと写真を覗き込んだリンタロウも似たような声を上げる。
「お、おい、これは……ド、ドレス、だよな?」
「……だな」
先に冷静になったのはリンタロウだった。
「アイツが和装じゃなく洋装で挙げるとはな。驚いた」
「な、ななななあッ!?」
「結婚式挙げただけだろ。なに驚いてんだよ」
「お前行ってないよな!?」
「行ってねぇよ」
「俺も行ってないよな!?」
「ボケんな。まだ早いぞ」
「はああああああああッ!?」
混乱落ち着かぬダイゴロウの声が外まで響くも誰も心配はしない。ドタバタと暴れる音も大慌てで荷造りする音も聞こえないからユズリハに何かあったわけではないと従業員たちが察する。
「俺に黙って! 俺を招待せずに! 結婚式したってのかあ!?」
「俺たちも呼ばなかっただろ」
「それはアイツが遠いからだろ!」
「ならユズも同じ理由かもしれねぇだろ」
「親を結婚式に呼ばないバカがどこにいるんだよ!!」
「アンタの娘だ」
持った写真を机に叩きつけようとするもできない。写真の中の娘は見たことがないほど幸せそうに笑っている。
教会の前で撮った写真。周りには誰もいない。ウォルターさえいない。二人だけの結婚式かと思うと二人らしい考えではある。
『なぜこれほど大勢の人間を集めるのじゃ?』
姉の結婚式でユズリハはダイゴロウにそう問いかけた。
『わらわは大勢の人間に祝ってもらいたいとは思わぬ。二人がいい』
その希望どおりとなったのだ。ユズリハの希望か、ハロルドも同意見なのか。二人しかいない写真でも娘はこんなにも幸せそうに笑っている。ならそれでいいじゃないか。そう思う自分とは反対に、その笑顔を写真ではなくこの目で見たかった。
「他の写真は?」
まだ二枚ほど残っている写真に目を通すとリンタロウが「これは」と声を漏らした。
「シキも家族ってわけか」
二枚目の写真にはシキが写っていた。正装を纏いながら外側を向きながらも顔には笑顔が。
ユズリハを訪ねたとき、ダイゴロウはシキに帰ってきてもいいと伝えた。ユズリハのことはもう心配する必要はないからと。シキはそれに「わかってる」と答えながらも拒否した。
『ハロルドの旦那がお前がいないと僕たちは多分ダメだ。って言うもんでね。あの二人の間には緩衝材が必要らしい』
互いに穏やかではあるものの意見の相違があって引かないときがある。そのとき、二人が頼りにするのはシキ。シキに審判をやらせるのだ。
何をやっているんだと呆れるダイゴロウに『それに』と続けるシキの笑顔を見て、ダイゴロウはその時点で強制するつもりはなかった。
『俺もここが好きなんさね』
その一言に尽きると思った。だからこうしてユズリハを挟んで一緒に写っているシキを見て安堵する。
「最後は……」
「ま、そうだわな」
ウォルターが入っての四人撮影。それが最後の写真。予想どおりだった。
「手紙、またあとで読ませてくれ」
「ああ」
一人で読みたいだろうと仕事に戻ったリンタロウが障子を閉めてから写真を置いて手紙を開く。いつもより多い。
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拝啓 父上
働きすぎてはおらぬか?といつもなら書いておるところじゃが、ルーシィがおる今はさほど心配しておらぬ。
息災であればそれでよい。もう心臓が止まるような手紙を兄上から寄越されるのは御免じゃ。
写真は見たか? 驚いたであろう。説明はいらぬじゃろうが、ハロルドと結婚式を挙げた。挙げぬと言うておったのじゃがな、夫婦で話し合って挙げると決めた。
和装にするか洋装にするか何度も言い合って洋装に落ち着いた。(ちなみに和装にこだわったのはわらわではなくハロルドじゃ。あやつは予想以上の頑固者)
子ができぬ身体であること、ジジ様に話した。きっとジジ様がそっちに行った際に怒られたじゃろう。罪というわけではないが、ジジ様にひ孫抱かせてやれぬ詫び、と言うても怒られるが、結婚式ぐらい見せてやろうとの話になった。父上を呼ばなんだこと、怒っておるか? 怒っておるじゃろうのう。すまぬな。
二人だけの結婚式にすると決めた故、父上を呼ぶことはせなんだ。ちなみにジジ様も参加はしておらぬ。参加したのは写真撮影だけじゃ。
あ、ヴァージンロードはシキが父上の代わりに歩いたぞ。俺は謝らんからお前さんが謝れと言われた故、ここで謝っておく。すまぬ。
海の向こうにいる顔も知らぬ男との結婚に不安がなかったと言えば嘘になる。父上や兄上と離れることも不安だった。シキがいるといえど、言葉が理解できるといえど、和人が受け入れてもらえるのかという不安に押し潰されそうだった。きっと父上も気付いておったじゃろう。でも、何も聞いてはこなんだ。だからわらわも何も言わなんだ。不安なのは見送る側である父上も同じと思うたから。
別れの際、抱きしめる父上の腕が震えておったとき、強くあろうと思うた。心配させぬようにと。シキと二人でも幸せじゃと言い続けるつもりであったが、わらわの心配も父上の心配も杞憂に終わった。それはもう伝わっておろう。
最後の便箋に書いた言葉は父上に死ねという意味で書いたわけではないぞ。父上がいつポックリ逝っても心残りがないようにと書いたもの。額にでも入れて飾ってくりゃれ。
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なんのことだと最後の一枚を見ると目を見開いたあと、背中を丸めて肩を揺らす。
「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
今度は驚きの声ではなく笑い声。ダイゴロウの笑い声が響き渡るのは珍しいことではないが、腹の底から張り上げるような笑い声を聞くのは久しぶりで、リンタロウさえ何事かと思っていた。手にしている筆を置いて様子を見に行くべきかと頭をよぎりはしたが、大方、ユズリハが書いた内容がツボだったのだろうと推測して見に行こうとはしなかった。
「おーい、空いてる額ないか?」
大きな足音で歩いてきた父親が従業員に問いかけるも口を揃えて「ない」と答える。
「なんで額がいるんだ?」
「これを飾りてぇんだよ」
見せつけるように顔の前に出された顔に書かれている文字を読むには近すぎると二歩下がると認識できた言葉にリンタロウも声を上げて笑う。
「バッカじゃねぇの!」
どんな顔をして書いたのかまで想像できるユズリハの言葉。それを額に入れて飾ろうとする父親の親バカには呆れるが、止めようとは思わなかった。
「しゃーねぇ。ちょっくら買いに行ってくるわ」
「土産なー」
下駄を履いて外に出ると太陽の眩しさに目を細める。見上げた空は雲一つない快晴。門を出て立ち止まり深呼吸するのはいつぶりか。忙しい中を生きているとそんな簡単なことさえしなくなってしまう。
「おや、どこ行くんだい?」
「バカ娘が手紙と写真送ってきてな。生意気にも額に入れて飾れなんて書いてやがるもんだからちょっくら額を買いにな」
「男前な旦那だったねぇ。こっちの言葉も話せるし、うちの娘に欲しいぐらいだよ」
「うちのなんて洋人と結婚するって言い出したんだから大変だよ」
「そりゃ良いことじゃねぇか」
「良いことなもんかい! どの面下げて言ってんだいって言ってやったよ!」
他人として見るから悪くないと思えることはたくさんある。妻が心配していたのはそういうことだ。どんな相手かもわからない、身内からの話だけで安心して結婚させられるほど娘は安くない。実際にこの目でどういう人間か確認するまで結婚は許さないと啖呵を切った日のことを思い出して笑ってしまう。
「でもま、海外に興味を持つのは悪いことじゃねぇだろ」
「そんな甘いこと言って!」
「一つだけ言っといてやれ。結婚するならまず言葉を勉強しねぇとなって」
「覚えちまったらどうすんのさ」
「そんときは涙と共に見送ってやりゃいい」
ダイゴロウもそうした。だから他人事だと思って、とは言えない。
実際、ハロルドと話をした彼女たちも悪い子だとは思わなかった。偏見が偏見でしかなかったと思うぐらいには洋人に持つ印象が変わったのだ。
娘を海の向こうへ送り出してしまう不安を拭えない気持ちはわかるが、決めるのは娘だと言うダイゴロウの言葉もわかる。
「会えなくて寂しくないかい?」
「寂しいさ。そりゃ寂しい。あの態度と声がデカイことだけが取り柄のバカ娘がいなくなった家は静かなもんよ。でもな、向こうで幸せに暮らしてるってわかってりゃあ寂しさなんか我慢できるもんだ。幸い、バカ息子に嫁が来たしな。夜な夜なウルセーから孫ができる日も近いだろうし、健康でいねぇとな」
「楽しみだねぇ!」
余計なことを言ったとリンタロウに知られれば怒られるだろうが上機嫌なダイゴロウにはその結末が想像できていない。
「バカ娘が気まぐれに帰ってきたときに叱られないように額買ってくるわ」
手を上げて通りを抜けながら向かうは馴染みの店。
買い出しはいつも従業員がやる。だからこんな風に外をゆっくりと歩くのは久しぶりで、そんな日に買いに行っているのが娘の手紙を飾るための額であることがおかしくてならない。
胸元にしまった手紙を叩いては嬉しくて表情が緩む。
「いい天気だな」
橋の上で立ち止まり、空を見上げる。
(見てるか、モミジ。ユズリハが幸せだって笑ってるぞ。海を越えたって幸せはあるんだよ。同じ人種でなきゃ幸せになれねぇってことはねぇんだ。これからはハロルドがちゃんと守ってくれる。だからもう心配するな。ただ見守ってやってくれ)
心配だと泣く妻が夢に出てこなくなったのは最近の話。何もわかってないと泣きながら怒る妻の顔が妙にリアルでいつも寝覚めが悪かった。出てこなくなったのは安堵したからか。
そう思うとまた笑顔になる。
便箋一枚使って大きな字で書かれてある約束の言葉。
グスッと鼻を鳴らして見上げる空は今まで見たどの空よりも一番美しいものに見えた。
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完結おめでとうございます
ありきたりの言葉ですが、(今作も)とても面白かったです。
最近、ある方に教えて頂いた言葉ですが「想定内、だけど予想外」…これが話の面白さの1つのポイントかと。少なくとも私にとっては。
なんとなく、読む前から最後はうまく行くのだという予想がありました。なので、最初はシッチャカメッチャカだよね~と。私まで軽く拳を握る場面もありましたが想定内です。が、ハロルドが小爆発するたびに起こる小さな予想外。ハロルド本人にとっては訳がわからないレベルの予想外だったのでしょうが。笑
ハロルドもろとも、私もあっという間に、それもごく自然にユズリハファンに堕ちました。滅多に自ら料理などせぬ私が。卵焼きが食べたくなって久しぶりにちまちま巻いたほどに。シキの優秀さを思うとここは難易度高いだし巻き卵だったかも?ですが、きっとリズミカルに腰入れながら向こうからこちらへ。シキがきれいに卵焼き折りたたむように巻いて行く姿を想像しながら。シキとは違って卵焼きしか焼かないのだから、と青ねぎ刻んで巻き込むことにしたせいで、青ねぎ刻むのが実は1番しんどかったかも?というおまけ付き。お味噌汁も作ることにしたものの、出汁の素を常備していないせいで、出汁までとるハメに。卵焼きにワカメのお味噌汁…出来はともかく食べたくなったものを食べたせいでとても美味しかったです。笑
で。料理(…と言えるほどのものではないですが)をしたせいで、ふと、料理している間の頭の中の静まり方に気が付きました。沸騰するまでにこれを…などと、意外と手は忙しいのですが、頭の中はシンと静かな感じ。ネギ刻んでいる間なんか、無心でユズリハの笑顔を思い浮かべていたように思います。ああ。これがシキの愛か、と。シキはもっといろいろ作っていますから、もっと忙しいでしょうが、黙々と手を動かしながら、静かに想う時を毎日毎日、日に3度持っているのだなと。ああ。私もシキが欲しい!
そろそろ?と昨日から一気読み始めて、まさか今日完結するとは思っていませんでしたが、あったかいラストでした。ラストではありますが、スタートでもあると。個人的に新しいチャレンジ始めた私にはぴったりでした。わずか、そっちはうまく行ってて羨まし過ぎですが。
私は、夏まで、ロスだなんだとわがまま言わずにいい子で待とうと思います。ので、作者さまはぜひ、元気でお戻りくださいね。
Jasmin様、いつも感想ありがとうございます。
励みになります。
想定内だけど予想外…とても良いお言葉ですね。
出汁から取ったお味噌汁、とても美味しそうです。それに自ら刻んだ青ネギ付き。卵焼きにお味噌汁なんて和の国の理想的な食事です。
私もシキが欲しいです。万能で料理上手だなんて 笑
Jasmin様の感性はとても豊かで素晴らしいことにいつも驚かされます。
頭の中が静かだなんて考えたことも気付いたこともありません。静かに想う時…なんだかロマンチックな言葉だなぁと素敵だなぁと胸にジンときます。
シキのは間違いなく愛ですね。彼の場合は尽くす愛と見守る愛。親愛に近いかな?
新しいことを始められたのですね。素晴らしいです。どんなことであれ、それが素晴らしい結果に実を結ぶよう、心から応援しております。
ありがとうございます。術後の経過次第ではありますが、できるだけ早く戻ってきたいと思っています。待つとのお言葉、本当に嬉しいです。稚拙な私には贅沢すぎるお言葉です。
元気で戻ってきますね!
感想ありがとうございました!!
和の国から帰って来たらエルザがルーシィに?
ルーシィ誰!って少し焦りました(=_=)
Jasmin様、ご指摘ありがとうございます!
勝手に変えてしまっていたようで申し訳ありません!
直しておきますね!