烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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一章

おろかな人たち

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 それを聞いた父と母が目を見開いて月夜を凝視した。

「月夜、こんないい話は二度とないぞ。お前の幸せのためだ。ここは了承するんだ!」
「そうよ、月夜。幸せになれるのよ。あなたも人間らしく生きられるのよ」

 両親は必死に月夜を説得する。
 その姿はあまりにも滑稽で、なんと愚かなことか。

 月夜は無様な両親の姿を見て内心あざ笑った。そして、これまでの鬱憤を晴らすかのように、月夜の口からは両親の思惑とは別の言葉が次々と出てきた。


「幸せって何ですか? 私は幸せを与えられたことがないので理解できません」
「月夜!」

 父が焦って声を上げるも、月夜の口は止まらない。

「お父さまもお母さまもおかしなことを言いますね。人間らしくって何ですか? 今まで散々化け物だと言っていたのに、今さらよくわからないことを言わないでください」
「ま、まあ……月夜ったら、ご機嫌が悪いのかしらね」

 母は気持ち悪いくらいの笑顔を向けた。


「お母さま、私は生まれてきてはいけなかった存在ですよね?」
「と、とんでもないわ! 月夜はわたくしの大切な娘ですのよ」

 母は「おほほ」と笑いながら縁樹の顔色を気にしている。
 ここまで言えば縁樹も理解したようで、眉をひそめながら月夜の両親を睨みつけた。
 両親は慌てて言いわけをする。

「申し訳ございません。少々ひねくれておりまして」
「この子ったらおばあちゃん子だったので、わたくしたちには懐かなくて」

 月夜はうんざりして両親に呆れ顔を向けた。
 縁樹は無言で立ち上がり、帽子をかぶる。すると、周囲にいる者たちも一斉に立ち上がった。


「お帰りでございますか?」
「お、お食事でもご一緒に……」

 月夜の両親は狼狽えながら、なんとか縁樹を引きとめようとする。
 しかし、縁樹は毅然とした姿勢を変えない。

「結構です。香月さんに言われたとおり、遺言をお伝えしたのでこれで」
「お、お待ちください。縁談話は……」

 母が必死に縁樹を繋ぎとめようとする。
 月夜の角度からは縁樹が帽子の下でうんざりした表情をしているのが見えた。おそらくは彼もこの縁談話に乗り気ではないのだろう。

 縁樹は両親ではなく、月夜に目を向けた。
 月夜はどきりとして固まる。


「今日は帰ります。月夜さんが縁談を断りたいと言うならそれに従います」

 それに対し、両親は懸命に縁樹に訴える。

「必ず月夜を説得しますので、どうか縁談話をこのまま進めていただけないでしょうか?」

 縁樹はじっと月夜を見つめている。
 月夜の心が揺れる。

 本当はどちらでもよかった。この家にいても見知らぬ誰かに嫁いでも、それほど状況は変わらないだろう。縁樹の様子を見ていると、彼も月夜に無関心のようだから。

「月夜さんの意思に従います」

 と縁樹が言った。
 それを聞いた父はあからさまに安堵の表情になった。

「月夜、ほら烏波巳さまをお見送りしなさい」

 と母が笑みを浮かべながら月夜を促す。
 すると、縁樹が思いついたように両親に向かって言った。

「月夜さんは痩せすぎだ。それが気になります」

 月夜は驚き、縁樹を見つめる。

「わかりました。しっかり食事を摂らせて健康で美しい花嫁にします」

 と父がにこやかに答えた。

「それと、月夜さんに傷が見えましたが、もしかして暴力を受けて?」
「そんなことは絶対にありませんわ!」

 と母が必死の形相で叫んだ。


 月夜はほっと安堵する。
 これで殴られることはないだろうし、食事もきちんと与えてもらえるのだから。

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