烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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一章

とつぜんの縁談

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 家族が大喜びをする中、月夜の耳に「ちっ」と舌打ちするような声が聞こえた。驚いて顔を上げると、少々不機嫌な顔をした縁樹が視線を別の方向へ向けている。
 まるで、媛地家に不満があるような雰囲気で、月夜は不覚にも笑いそうになった。

 騒ぎ立てる両親と暁未に向かって、縁樹が怪訝な表情で念押しする。


「遺言をもう一度よく見たらどうですか?」

 縁樹の口調はあきらかに苛立っている。
 父は慌て、再度遺言書に目をやる。すると父は急に険しい顔つきになり、震える手で遺言の紙をくしゃっとしわにした。

「な、なんだ……これは?」
「あなた、どうかしましたの?」

 母が遺言書を父から奪い、目を通す。すると母も驚愕の表情で震えた。

「ど、どういうことですの? これは……」

 暁未が眉をひそめると、母は悲鳴じみた声を上げた。

「媛地家の次女って……月夜?」

 月夜は驚いて縁樹を見つめた。目が合った縁樹はにこりともせず、冷静に内容を語った。


「そうです。長女の暁未さんではなく、次女の月夜さんです」
「なんですって? 月夜? そんなはずないわ!」

 驚いた暁未は急に立ち上がり、縁樹に向かって訴えた。

「媛地家の娘はあたしひとりよ! そこに書いてあるのは間違ってる!」

 縁樹は微動だにせず、暁未に目を向けることもなく冷静に話す。

「遺言に間違いはないです。なぜなら、俺が付き添って香月さんが書いたので」
「だったら、おばあさまが呆けていたんだわ。もう歳だったし、頭がおかしくなっていたのよ」

 縁樹は姿勢を正したまま、鋭い目線を暁未に向ける。そして彼は呆れ声で言った。

「故人にずいぶんな言い方だね、お姉さん」


 暁未は表情を強張らせながら、ばつが悪そうに目をそらす。
 全員が黙ると、急に兄の光汰が声を上げて笑った。
 その様子に両親も暁未も怪訝な表情をする。

「月夜はたしかにうちにいるよ。でも人間じゃない。化け物だ。見ろよ、これ」

 光汰は包帯が巻かれた腕を突きだして言う。

「月夜がやったんだよ。医者が言うには骨まで食い込んでいるらしい。俺は月夜に殺されるところだったんだ」

 月夜はうつむき、無言で唇を引き結ぶ。

「こんな化け物を嫁にしたいのかよ?」
「光汰、烏波巳さまに対する口の利き方に気をつけなさい」


 母に言われて光汰は不服そうな顔で縁樹を睨みつける。
 縁樹はまったく動じることなく、光汰の質問に淡々と答える。

「俺は香月さんに恩があります。なので遺言に従うだけです」
「はあ? そんなもん、月夜の意思は無視じゃねえか」

 声を荒らげる光汰に向かって父が狼狽えながら叱りつける。

「光汰! 烏波巳さまになんてことを言うんだ!」
「そうよ。これはうちにとっても大事な縁談話よ。光汰は黙っていなさい」

 母にまで叱られて、光汰はかなり不機嫌な顔つきになった。

 彼らが言い争う様子を月夜は無言で見つめる。
 つい先ほどまで月夜に対して怒号を飛ばしていた父と母が、今は光汰に向けているというのが不思議でたまらない。


 縁樹は遺言書を丁寧に折り畳み、懐にしまいながら話す。

「月夜さんには選ぶ権利がある。必ず遺言に従う必要はないです。俺はどっちでもいいので」

 縁樹のあっさりした言葉を聞いて、仰天したのは両親だ。
 ふたりは慌てて月夜に声をかける。

「月夜、早くお返事しなさい!」
「そうだ。お前の口から了承すると言うのだ!」

 父と母の顔にはいやらしい笑みが浮かんでいる。彼らの目にはきっと月夜ではなく、金や名誉なんかが映っているに違いない。

 なんと身勝手な人たちだろう。今まで散々、お前は娘じゃないなどと言い続けてきたというのに、身分の高い者からの縁談話でこうも月夜に対する態度が変わるとは呆れを通り越して笑いたくなる。

 月夜の胸中は怒りに満ちて攻撃的な気持ちになった。
 だから、縁樹に向かって言い放つ。

「お断りします」

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