17 / 69
二章
嫁入りのしたく
しおりを挟む
月夜が烏波巳家に嫁ぐことが決まってから、何人もの使用人が朝から晩までそばについた。
今までひとりの時間が多かった月夜はそれに慣れていたため、終始誰かがそばにいることが少々煩わしく感じた。
あれから月夜の食事は驚くほど豪勢になった。
朝は茄子の味噌汁と漬物に麦飯、昼はあんパンと牛乳。そして夜は焼き魚と煮物、白飯に根菜汁というものだった。
今まで少食だったのに、急にこんなに与えられても身体は受けつけず、月夜は半分残していた。すると、毎回食事の内容が変わっていった。
父の命令で月夜が完食できるように料理を工夫しろと言われているようだった。父に怒鳴られる使用人たちが気の毒なので、月夜は吐きそうになりながらも残さず食べるように努力した。
ある日、父が家族みんなで食事をしようと言った。もちろん月夜は断った。
今さら仲良しの家族ごっこなどしたくもない。実の娘を売り飛ばそうとした父のことなど信用できるはずがないのだから。
兄の光汰は月夜に会うことができなくなった。
月夜には見張りがついていて、光汰は近づくことができない。
「大切な身ですから殿方は誰であってもお会いできません」
使用人の頑なな言葉に光汰は憤慨する。
「俺は月夜の兄だぞ」
「しかし、旦那さまのご命令です。兄君の光汰さまも決してお会いすることはできません」
光汰は納得できないようで、幾度となく月夜に会わせろと文句を言っていた。あれほど酷い怪我を負わされたというのにまだ妹に執着するというのが月夜には理解できなかった。
けれど、光汰はやがて諦めたようで、ぱったりと来なくなった。
そんな生活がひと月ほど続いた頃、母が嬉しそうに月夜の部屋を訪れた。
「烏波巳さまから贈り物が届いたわ」
母が使用人たちに持って来させた贈り物は着物だった。
紅梅色の生地に金の刺繍が施された控えめでありながら品のある代物だった。
「まあ、なんて素晴らしい。絶対に月夜に似合うわよ」
母の言葉に、月夜はただ複雑な気持ちを抱くばかりだった。
月夜と母が楽しそうに毎日嫁入りの支度をしている。暁未はそう思っているのだろう。彼女はこっそり月夜の様子をうかがうことが多かった。
もちろん月夜は気づいている。暁未が悔しそうに歯噛みする姿も、月夜は遠目で見て悟った。だから、いつかきっと、両親に気づかれないように月夜の部屋へ来るだろうと踏んでいた。
そして、ある午後のこと。昼食が終わったあとで暁未はやって来た。
光汰は月夜の部屋への入室を禁止されていたが、女である暁未は別だった。彼女は見張りに退くように命令し、堂々と月夜の部屋を訪れたのである。
「お金持ちに見初められて、さぞいい気分でしょうね」
暁未は腕組みをして鼻で笑いながら言った。
月夜は真顔で暁未を見つめる。
「教育も受けていない花嫁修業もしていない、あんたみたいな女が上級華族の妻ですって? 笑わせるわ。あんたみたいな体質じゃ、社交の場に出ることだってできないでしょ。せいぜい大恥をかけばいいのよ」
笑いながら指を差してのたまう姉に、月夜は動じることなく答える。
「ご忠告ありがとう、お姉さま」
暁未はぐっと歯を食いしばり、拳を握りしめる。そして彼女は贈り物である月夜の着物にちらりと目をやった。
それを月夜は察する。
暁未が着物に手を伸ばすと同時に、月夜は彼女の腕を掴んだ。
「やめて、お姉さま。これ以上、私の物を奪うのは許さない」
「なっ……月夜のくせに生意気な口を利いて」
暁未が手を振り上げようとするも、月夜の力に敵うはずがない。月夜は暁未の腕を壊さないように加減して掴み、落ち着いた口調で話す。
「お姉さま、今どんな気持ち? 父と母を奪われ、この家での立場も奪われ、誰もあなたの声を聞いてくれない」
「うるさいわよ、月夜!」
「たったひと月よ。でも、私は五歳のときからずっとそういう扱いを受けてきたの」
「放してよ、化け物!」
暁未は月夜の腕から逃れようと暴れ、その際に懐から金赤の髪飾りを落とした。月夜がそれに目をやると、暁未はにやりと笑った。
ぱきん、と髪飾りが壊れた。暁未が足で踏みつけたのだ。
目を見開いて呆然とする月夜を見て、暁未は高らかに笑う。
「あんたにはそのほうがお似合いよ」
今までひとりの時間が多かった月夜はそれに慣れていたため、終始誰かがそばにいることが少々煩わしく感じた。
あれから月夜の食事は驚くほど豪勢になった。
朝は茄子の味噌汁と漬物に麦飯、昼はあんパンと牛乳。そして夜は焼き魚と煮物、白飯に根菜汁というものだった。
今まで少食だったのに、急にこんなに与えられても身体は受けつけず、月夜は半分残していた。すると、毎回食事の内容が変わっていった。
父の命令で月夜が完食できるように料理を工夫しろと言われているようだった。父に怒鳴られる使用人たちが気の毒なので、月夜は吐きそうになりながらも残さず食べるように努力した。
ある日、父が家族みんなで食事をしようと言った。もちろん月夜は断った。
今さら仲良しの家族ごっこなどしたくもない。実の娘を売り飛ばそうとした父のことなど信用できるはずがないのだから。
兄の光汰は月夜に会うことができなくなった。
月夜には見張りがついていて、光汰は近づくことができない。
「大切な身ですから殿方は誰であってもお会いできません」
使用人の頑なな言葉に光汰は憤慨する。
「俺は月夜の兄だぞ」
「しかし、旦那さまのご命令です。兄君の光汰さまも決してお会いすることはできません」
光汰は納得できないようで、幾度となく月夜に会わせろと文句を言っていた。あれほど酷い怪我を負わされたというのにまだ妹に執着するというのが月夜には理解できなかった。
けれど、光汰はやがて諦めたようで、ぱったりと来なくなった。
そんな生活がひと月ほど続いた頃、母が嬉しそうに月夜の部屋を訪れた。
「烏波巳さまから贈り物が届いたわ」
母が使用人たちに持って来させた贈り物は着物だった。
紅梅色の生地に金の刺繍が施された控えめでありながら品のある代物だった。
「まあ、なんて素晴らしい。絶対に月夜に似合うわよ」
母の言葉に、月夜はただ複雑な気持ちを抱くばかりだった。
月夜と母が楽しそうに毎日嫁入りの支度をしている。暁未はそう思っているのだろう。彼女はこっそり月夜の様子をうかがうことが多かった。
もちろん月夜は気づいている。暁未が悔しそうに歯噛みする姿も、月夜は遠目で見て悟った。だから、いつかきっと、両親に気づかれないように月夜の部屋へ来るだろうと踏んでいた。
そして、ある午後のこと。昼食が終わったあとで暁未はやって来た。
光汰は月夜の部屋への入室を禁止されていたが、女である暁未は別だった。彼女は見張りに退くように命令し、堂々と月夜の部屋を訪れたのである。
「お金持ちに見初められて、さぞいい気分でしょうね」
暁未は腕組みをして鼻で笑いながら言った。
月夜は真顔で暁未を見つめる。
「教育も受けていない花嫁修業もしていない、あんたみたいな女が上級華族の妻ですって? 笑わせるわ。あんたみたいな体質じゃ、社交の場に出ることだってできないでしょ。せいぜい大恥をかけばいいのよ」
笑いながら指を差してのたまう姉に、月夜は動じることなく答える。
「ご忠告ありがとう、お姉さま」
暁未はぐっと歯を食いしばり、拳を握りしめる。そして彼女は贈り物である月夜の着物にちらりと目をやった。
それを月夜は察する。
暁未が着物に手を伸ばすと同時に、月夜は彼女の腕を掴んだ。
「やめて、お姉さま。これ以上、私の物を奪うのは許さない」
「なっ……月夜のくせに生意気な口を利いて」
暁未が手を振り上げようとするも、月夜の力に敵うはずがない。月夜は暁未の腕を壊さないように加減して掴み、落ち着いた口調で話す。
「お姉さま、今どんな気持ち? 父と母を奪われ、この家での立場も奪われ、誰もあなたの声を聞いてくれない」
「うるさいわよ、月夜!」
「たったひと月よ。でも、私は五歳のときからずっとそういう扱いを受けてきたの」
「放してよ、化け物!」
暁未は月夜の腕から逃れようと暴れ、その際に懐から金赤の髪飾りを落とした。月夜がそれに目をやると、暁未はにやりと笑った。
ぱきん、と髪飾りが壊れた。暁未が足で踏みつけたのだ。
目を見開いて呆然とする月夜を見て、暁未は高らかに笑う。
「あんたにはそのほうがお似合いよ」
18
あなたにおすすめの小説
芙蓉は後宮で花開く
速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。
借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー
カクヨムでも連載しております。
月華後宮伝
織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします!
◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――?
◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます!
◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
秘密はいつもティーカップの向こう側 ~サマープディングと癒しのレシピ~
天月りん
キャラ文芸
食べることは、生きること。
紅茶とともに、人の心に寄り添う『食』の物語、再び。
「栄養学なんて、大嫌い!」
大学の図書館で出会った、看護学部の女学生・白石美緒。
彼女が抱える苦手意識の裏には、彼女の『過去』が絡んでいた。
大学生・藤宮湊と、フードライター・西園寺亜嵐が、食の知恵と温かさで心のすれ違いを解きほぐしていく――。
ティーハウス<ローズメリー>を舞台に贈る、『秘密はいつもティーカップの向こう側』シリーズ第2弾。
紅茶と食が導く、優しくてちょっぴり切ないハートフル・キャラ文芸。
◆・◆・◆・◆
秘密はいつもティーカップの向こう側の姉妹編
・本編番外編シリーズ「TEACUP TALES」シリーズ本編番外編
・番外編シリーズ「BONUS TRACK」シリーズSS番外編
・番外SSシリーズ「SNACK SNAP」シリーズのおやつ小話
よろしければ覗いてみてください♪
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】見えてますよ!
ユユ
恋愛
“何故”
私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。
美少女でもなければ醜くもなく。
優秀でもなければ出来損ないでもなく。
高貴でも無ければ下位貴族でもない。
富豪でなければ貧乏でもない。
中の中。
自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。
唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。
そしてあの言葉が聞こえてくる。
見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。
私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。
ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。
★注意★
・閑話にはR18要素を含みます。
読まなくても大丈夫です。
・作り話です。
・合わない方はご退出願います。
・完結しています。
隠された第四皇女
山田ランチ
恋愛
ギルベアト帝国。
帝国では忌み嫌われる魔女達が集う娼館で働くウィノラは、魔女の中でも稀有な癒やしの力を持っていた。ある時、皇宮から内密に呼び出しがかかり、赴いた先に居たのは三度目の出産で今にも命尽きそうな第二側妃のリナだった。しかし癒やしの力を使って助けたリナからは何故か拒絶されてしまう。逃げるように皇宮を出る途中、ライナーという貴族男性に助けてもらう。それから3年後、とある命令を受けてウィノラは再び皇宮に赴く事になる。
皇帝の命令で魔女を捕らえる動きが活発になっていく中、エミル王国との戦争が勃発。そしてウィノラが娼館に隠された秘密が明らかとなっていく。
ヒュー娼館の人々
ウィノラ(娼館で育った第四皇女)
アデリータ(女将、ウィノラの育ての親)
マイノ(アデリータの弟で護衛長)
ディアンヌ、ロラ(娼婦)
デルマ、イリーゼ(高級娼婦)
皇宮の人々
ライナー・フックス(公爵家嫡男)
バラード・クラウゼ(伯爵、ライナーの友人、デルマの恋人)
ルシャード・ツーファール(ギルベアト皇帝)
ガリオン・ツーファール(第一皇子、アイテル軍団の第一師団団長)
リーヴィス・ツーファール(第三皇子、騎士団所属)
オーティス・ツーファール(第四皇子、幻の皇女の弟)
エデル・ツーファール(第五皇子、幻の皇女の弟)
セリア・エミル(第二皇女、現エミル王国王妃)
ローデリカ・ツーファール(第三皇女、ガリオンの妹、死亡)
幻の皇女(第四皇女、死産?)
アナイス・ツーファール(第五皇女、ライナーの婚約者候補)
ロタリオ(ライナーの従者)
ウィリアム(伯爵家三男、アイテル軍団の第一師団副団長)
レナード・ハーン(子爵令息)
リナ(第二側妃、幻の皇女の母。魔女)
ローザ(リナの侍女、魔女)
※フェッチ
力ある魔女の力が具現化したもの。その形は様々で魔女の性格や能力によって変化する。生き物のように視えていても力が形を成したもの。魔女が死亡、もしくは能力を失った時点で消滅する。
ある程度の力がある者達にしかフェッチは視えず、それ以外では気配や感覚でのみ感じる者もいる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる