烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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二章

みにくい諍い

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 月夜はしゃがみ込んで割れてしまった髪飾りの破片を丁寧に拾う。すべて拾って手帛ハンカチに包むと、立ち上がって暁未にまっすぐ目をやった。
 そして月夜は命令するように、冷たい声で言い放つ。

「謝って」
「は?」
「人の物を壊したのだから謝って」
「月夜のくせに……」
「関係ないわ。私はおばあちゃんから悪いことをしたら謝るって教わったの。お姉さまは教わらなかったの?」

 暁未は火を噴きそうなほど顔を赤くして、月夜に怒号を浴びせた。

「ふざけないでよ。いい気になるんじゃないわよ! 縁談が決まったくらいで調子に乗ってんじゃないわよ! 穢れのくせに!」
「穢れているのはあなたの心よ!」

 月夜が大声で言い返したせいか、暁未が狼狽える。何とか冷静にやり過ごそうかと思ったが、ここまで言われては黙っていられない。


「ねえ、お姉さま。あなたは今までの私と同じ立場になって、同じ痛みを感じているのに、自分がしてきたことに対して何の罪の意識もないの?」
「う、うるさいわよ……あたしに説教する気?」
「するわ。お姉さまは女学校で何を学んだの? 私よりずっと人と出会っていたのでしょう?どうして人に対してそんな態度ができるの? どうしてそんな意地悪ができるの?」

 暁未は怒りのあまりか血眼になり、怒気を前面に出した顔で叫ぶ。

「月夜のくせにあたしに偉そうな口を利くんじゃないわよ!」

 暁未が手を振り上げた瞬間、母が現れた。


「これは何事です?」

 母の顔を見た暁未は泣きそうな表情で訴える。

「お母さま、月夜があたしを殴ろうとしたの。あたしはただ髪飾りを返しに来ただけなのに、今までの怨みであたしを責め立てるのよ!」

 やはり、人は急に変われるものではないのだろう。姉の姿を見て月夜は諦めに似た感情を持ち、ただため息をついた。

「お姉さまが私の髪飾りを壊したから謝ってほしいと伝えただけです」

 月夜が冷静に事実を伝えると、母は月夜から暁未に顔を向けて、右手の袖をめくり上げると手を振り上げた。引っ叩いたのは暁未の頬だ。


「お、かぁ……さま?」

 暁未は自分が叩かれたことが信じられないのか呆然としている。
 母は暁未に向かって怒鳴りつけた。

「お前はなんということをしたの! 烏波巳さまからの贈り物を壊したですって? この婚姻がどれほど大切なものなのか、一度縁談があったあなたには理解できるはずでしょ。それを、よくも!」
「お母さま……あたしは、悪くないわ」
「お黙りなさい! 暁未、愚かなことをしないでちょうだい。媛地家の今後がかかっているのよ。もしこのままどこからも支援を受けられなければ、うちは没落してしまうわ。そうしたら、あなたは今の生活ができなくなるのよ」

 暁未は叩かれた頬を押さえながら唇を噛みしめ、大粒の涙を流した。

「どうしてよ……どうして? あたしが媛地家の娘よ。あたしが令嬢なのよ。どうしてこんな汚い子が特別扱いされるの? 納得できないわよお!」
「暁未、いい加減にしないとあなたを監禁するわよ」

 母の怒号に暁未は呆然とする。


「お母さま……?」
「わたくしたちの邪魔はしないでちょうだい。だいたい、干野川家との縁談が破談になったのも、あなたに魅力がなかったせいでしょう。お金をかけて女学校まで行かせて高価なものをたくさん与えてやったのに、お前は恩を仇で返す気なの?」

 暁未は涙で濡れた顔を着物の袖で拭いながら声を震わせる。

「ひっ、ひぐっ……お、かあさ、まぁ……」
「ああ、うるさいわ。泣いている暇があるなら月夜のためになることをしなさい。あなたの着物や首飾りを月夜にあげるのよ」

 暁未は信じられないというような顔で泣きながら首を横に振った。

「嫌よ! 絶対に嫌! 月夜に似合うわけがないでしょ。あれは全部あたしのものよ」

 ふたりの言い争いを黙って聞いていた月夜はうんざりしてそろそろやめさせたくなった。


「もういいです。お母さま、私は何もいりません。お姉さまの着物が私に似合うわけもないので」

 月夜の言葉を聞いた母は、般若のような顔から急にけろりと笑顔になった。

「そ、そう? じゃあ、新しく購入しましょうか。そうね、花嫁だから姉のお古なんて嫌よね」

 あまりに的外れな母の言動に月夜は嘆息し、ただ「はい」と返事をするだけだった。


「うわああぁんっ! お母さまなんて大嫌いよおおっ!」

 暁未は子供みたいな声で泣きじゃくりながら部屋を飛び出した。

「はぁ、わたくしの育て方が間違ったのかしらね」


 月夜は母の言葉にいろいろな思いが込み上げてきたが、何を言っても伝わらないだろう。それよりも、せっかく縁樹からもらった贈り物が壊れてしまったことに酷く落胆していた。

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