烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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二章

嫁入りのしたく

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 月夜が烏波巳家に嫁ぐことが決まってから、何人もの使用人が朝から晩までそばについた。
 今までひとりの時間が多かった月夜はそれに慣れていたため、終始誰かがそばにいることが少々煩わしく感じた。

 あれから月夜の食事は驚くほど豪勢になった。
 朝は茄子の味噌汁と漬物に麦飯、昼はあんパンと牛乳。そして夜は焼き魚と煮物、白飯に根菜汁というものだった。
 今まで少食だったのに、急にこんなに与えられても身体は受けつけず、月夜は半分残していた。すると、毎回食事の内容が変わっていった。

 父の命令で月夜が完食できるように料理を工夫しろと言われているようだった。父に怒鳴られる使用人たちが気の毒なので、月夜は吐きそうになりながらも残さず食べるように努力した。


 ある日、父が家族みんなで食事をしようと言った。もちろん月夜は断った。
 今さら仲良しの家族ごっこなどしたくもない。実の娘を売り飛ばそうとした父のことなど信用できるはずがないのだから。

 兄の光汰は月夜に会うことができなくなった。
 月夜には見張りがついていて、光汰は近づくことができない。


「大切な身ですから殿方は誰であってもお会いできません」

 使用人の頑なな言葉に光汰は憤慨する。

「俺は月夜の兄だぞ」
「しかし、旦那さまのご命令です。兄君の光汰さまも決してお会いすることはできません」

 光汰は納得できないようで、幾度となく月夜に会わせろと文句を言っていた。あれほど酷い怪我を負わされたというのにまだ妹に執着するというのが月夜には理解できなかった。
 けれど、光汰はやがて諦めたようで、ぱったりと来なくなった。


 そんな生活がひと月ほど続いた頃、母が嬉しそうに月夜の部屋を訪れた。

「烏波巳さまから贈り物が届いたわ」

 母が使用人たちに持って来させた贈り物は着物だった。
 紅梅色の生地に金の刺繍が施された控えめでありながら品のある代物だった。

「まあ、なんて素晴らしい。絶対に月夜に似合うわよ」

 母の言葉に、月夜はただ複雑な気持ちを抱くばかりだった。


 月夜と母が楽しそうに毎日嫁入りの支度をしている。暁未はそう思っているのだろう。彼女はこっそり月夜の様子をうかがうことが多かった。
 もちろん月夜は気づいている。暁未が悔しそうに歯噛みする姿も、月夜は遠目で見て悟った。だから、いつかきっと、両親に気づかれないように月夜の部屋へ来るだろうと踏んでいた。


 そして、ある午後のこと。昼食が終わったあとで暁未はやって来た。
 光汰は月夜の部屋への入室を禁止されていたが、女である暁未は別だった。彼女は見張りに退くように命令し、堂々と月夜の部屋を訪れたのである。


「お金持ちに見初められて、さぞいい気分でしょうね」

 暁未は腕組みをして鼻で笑いながら言った。
 月夜は真顔で暁未を見つめる。

「教育も受けていない花嫁修業もしていない、あんたみたいな女が上級華族の妻ですって? 笑わせるわ。あんたみたいな体質じゃ、社交の場に出ることだってできないでしょ。せいぜい大恥をかけばいいのよ」

 笑いながら指を差してのたまう姉に、月夜は動じることなく答える。

「ご忠告ありがとう、お姉さま」


 暁未はぐっと歯を食いしばり、拳を握りしめる。そして彼女は贈り物である月夜の着物にちらりと目をやった。
 それを月夜は察する。
 暁未が着物に手を伸ばすと同時に、月夜は彼女の腕を掴んだ。

「やめて、お姉さま。これ以上、私の物を奪うのは許さない」
「なっ……月夜のくせに生意気な口を利いて」

 暁未が手を振り上げようとするも、月夜の力に敵うはずがない。月夜は暁未の腕を壊さないように加減して掴み、落ち着いた口調で話す。

「お姉さま、今どんな気持ち? 父と母を奪われ、この家での立場も奪われ、誰もあなたの声を聞いてくれない」
「うるさいわよ、月夜!」
「たったひと月よ。でも、私は五歳のときからずっとそういう扱いを受けてきたの」
「放してよ、化け物!」


 暁未は月夜の腕から逃れようと暴れ、その際に懐から金赤の髪飾りを落とした。月夜がそれに目をやると、暁未はにやりと笑った。

 ぱきん、と髪飾りが壊れた。暁未が足で踏みつけたのだ。
 目を見開いて呆然とする月夜を見て、暁未は高らかに笑う。 

「あんたにはそのほうがお似合いよ」

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