烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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二章

都合がいいから

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 しばらくして月夜が名残惜しそうに祖母の墓を見つめたあと背後を振り返ると、日傘を差してくれている縁樹は真顔のまま微動だにせず立っていた。

「ありがとう、縁樹さん。私を連れてきてくれて」

 月夜が笑顔で礼を言うと、縁樹は静かにうなずいた。


 墓参りを終えると墓地の近くの森を歩いた。日傘のおかげでそれほど太陽の影響を受けなかったが、それでもなるべく日陰になるように縁樹は気遣ってくれる。
 月夜は祖母の話をたくさんした。家では祖母の話を聞いてくれるものは誰もいないので、こうして話せる相手がいるというのは新鮮で、嬉しくてつい饒舌になってしまった。

 縁樹は嫌がる様子もなく、黙って聞いてくれる。

 香月は優しかったが、同時に厳しかった。次に会うまでに与えられた書物を読んで暗記しておくように言われ、それができていなければ罰を受ける。
 その罰も香月の目の前で書物を声に出して読むというものだ。時間はかかるがそうすることで月夜は発声の仕方を忘れることもなく、今でも会話をすることができる。

 この話をすると縁樹はわずかに口角を上げてふっと笑みを洩らした。


「俺も同じことをされた」
「そうなの?」
「面倒だったが役に立った。俺は何十年も誰とも話していなかったから」

 月夜が驚いて目を見張ると、縁樹は横目でちらりと視線を向けた。

「ああ、思い出した。たぶん俺は百歳超えてる」
「えっ? じゃあ、おばあちゃんより……」

 縁樹は黙ってうなずいた。


 あやかしの寿命は人間より長く、ある一定の年齢になると歳をとらなくなる。妖力の差によって個人差があり、どの種族も寿命が近づくと老化が始まるというものだ。
 どうやら縁樹は香月と出会った頃は同年齢だったようだ。しかし香月はそれほど強い妖力ではなかったため、先に老いてしまったということだ。

「君の祖父より年上の男と縁談させる君のおばあさんもおかしな人だ。しかし安心していい。俺は君に妙な感情を抱くことはない。保護者のつもりでいる」


 月夜は目を丸くしたが、無言でただ静かにうなずいた。
 縁樹は不安にさせないようにそう言ったのだろうが、月夜は少し拍子抜けしていた。胸の奥が妙にざわついて、安心するどころか心が揺らぐ。

 敬語は必要ないと言い、同年齢として接すると意思表示したばかりの彼が、保護者の立場を主張する。月夜には彼の言っていることがよくわからない。

 事実なのは一つ。縁談話は本当に月夜があの家から逃れるために彼が利用してくれたのだということ。つまり、彼は決して月夜に保護者以上の感情を向けることはないということだ。

 わずかな寂寥感が襲う。その感覚が何なのか月夜にはまだ理解できなかった。


 月夜が話し終わったあと、今度は縁樹が香月について話してくれた。

 香月と出会ったのは幼い頃、縁樹がまだ彼女より年上だった頃だという。それから月日が経つうちに香月が成長していき、追い抜いて大人になり、やがて彼女は親戚である媛地家に嫁いだ。
 そのあと疎遠になり、香月がどう過ごしていたのか知らないようだった。


「香月さんと再会したとき、彼女はもう老いていた。すでに君も生まれていた。どうやら息子に妖力は受け継がれなかったようだ」

 たしかに父は人間だ。だから人と同じように歳をとり、月夜が生まれた。
 縁樹の話が本当なら、もし父に妖力があって長く生きていたならば、ひょっとすると月夜は祖母に会えなかったかもしれない。

 けれど、代わりに父は月夜の気持ちを理解することができただろうか。
 しかしそれは永遠に答えの出ないことだ。月夜はその自問を静かに打ち消した。


「香月さんは君のことを憂慮していた。君は非常に強い妖力を有している。これから先、生きていくのに支障をきたすことになるだろうと」

 縁樹は足を止めると、まっすぐ月夜に目を向けて言った。

「だから、俺との縁談を勧めてきた」

 月夜は一瞬戸惑ったが、とっさに頭に浮かんだ疑問を口にした。

「私と縁樹さんは真逆でしょう。あなたは太陽の化身なのに、私はそれが苦手だもの。どうしておばあちゃんは私たちが一緒にいられると思ったのかしら?」
「それはお互いに不足している部分を補えるからだ。君は昼が苦手で俺は夜が苦手。一緒にいると都合のいいこともある」


 都合がいい。もしそうなら、お互いに利用し合って生きていくということだ。だから彼はあまり前向きになれない縁談を受け入れたのだろう。

 表情を変えることなく淡々と話す縁樹に、月夜は不思議な感覚を抱いた。彼はまるで書物を読み上げるような口調で話すから、そこにまったく感情が伴っていないように思えてしまう。

 縁樹は初めて出会ったときから感情を表に出さない人物だ。それが、月夜にとっては心地いい。思えば今まで出会った男性はみんな月夜に怒鳴りつけていた。

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