21 / 69
二章
ふたりの距離
しおりを挟む
「足下に気をつけて」
縁樹が手を差し出してくれたので、月夜はおずおずとその手を取った。
彼はまったく愛想もなく真顔だ。想像していた手紙の人物とはあまりにかけ離れていたが、それでも月夜はどことなく安心していた。
彼は月夜に怒鳴ったり殴ったり妙な目で見たり気軽に身体に触れようとしない。
今まで出会った男性とは違い、稀有な人物だなと思った。
屋敷の外に出ると、目の前の景色の鮮やかさに月夜は思わず息を呑んだ。
梅の花が咲く季節である。雪は溶け、地面から緑の芽が顔を出している。空気はまだひんやりとしているが、確かに春の足音が近づいている。
飾り気のない風景に、青と緑に梅の赤が溶け合った色合いが、月夜の目には格別に美しく映った。
ぼんやりとその風景に見惚れていると、縁樹が声をかけてきた。
「大丈夫?」
「ごめんなさい。景色に感動して」
「これからはいつでも見られるよ」
縁樹の言葉に月夜は震えるくらい嬉しかった。これからはきっと雪も桜も見ることができるのだろう。ただそれだけで胸を焦がすほどの喜びに満ちた。
屋敷の外には人力車が待機していた。
俥夫がにっこりと笑いかけてきたので、月夜は慌てて彼に向かってお辞儀をした。
どうやら月夜の体力がないことに配慮した縁樹が用意したようだ。どこへ行くのか月夜が疑問に思っていると、縁樹は察したように答えた。
「君が一番行きたいと思う場所へこれから行く」
彼はそう言って月夜の手を引き、人力車に乗り込む。
月夜は縁樹とぴったりくっついて座った。肩や腕が触れ合うと羞恥と緊張で月夜はがちがちに固まった。
ぎしっと音を立てて人力車の車輪が回ると、月夜の目の前の景色が一気に変わった。歩くよりも速く過ぎていく風景は、月夜の目に新鮮に映る。
頬に触れる心地よい風を感じながら、思わず感嘆の声が漏れた。
「すごく綺麗」
森林のそばを通ると日の光が木々のあいだからこぼれ、細やかな星屑のようにちらちらと輝いている。こんな景色を見ることはほとんどなかったので、月夜は瞬きを忘れるほど見入ってしまった。
月夜はそれから人力車を引く俥夫に目をやった。どうして人をふたりも乗せて引っ張って走ることができるのだろうと疑問に思った。
「あの人は私たちを乗せて重くないのかしら?」
「ああ。鍛えてるから」
縁樹が短く返答すると俥夫は顔だけ振り向いてにこっと笑い、月夜はびくっと驚いた。
「彼は明るい人だ」
と縁樹が抑揚のない声で言うので、月夜は不思議な気分になったが、それでもふふっと笑ってしまった。
「縁樹さんは、とても落ち着いた人なのね。手紙の印象ではもっと明るい人だと思っていたのに」
「君は監禁されて誰とも会わずに育てられたと聞いていたのに、よくしゃべる」
遠慮のない発言に月夜が固まると、縁樹は自分の発言に思うところがあるのか眉をひそめて訂正した。
「言い方が悪かった。君はおしゃべりが上手だ」
「ふふっ、縁樹さんは面白い人ね」
それに対し彼は真顔で無言を貫いた。
それでも月夜は悪い気分にはならなかった。
月夜は連れていかれた場所は墓地だった。それも媛地家の先祖が代々眠る墓である。媛地家の墓は広い敷地内にあり、その中で一番新しい墓石が祖母のものだった。
縁樹は月夜の境遇を知り、見送りをさせてもらえなかったことを思って、わざわざ連れてきてくれたのだろう。
月夜は息を引きとる寸前の祖母の顔を思い浮かべながら、あらためて現実を突きつけられたことで目頭が熱くなった。
「ごめんね、おばあちゃん」
月夜の声に呼応するように風がひゅっと吹き抜ける。
縁樹は黙ってとなりで月夜に日傘を差してくれていた。
月夜は涙ぐみながら微笑んで一番言いたかったことを口にした。
「おばあちゃん、縁樹さんに会わせてくれてありがとう」
月夜は目を閉じて手を合わせ、心から祖母に感謝の気持ちを送る。
やわらかい風が月夜の髪をさらりと撫でた。
縁樹が手を差し出してくれたので、月夜はおずおずとその手を取った。
彼はまったく愛想もなく真顔だ。想像していた手紙の人物とはあまりにかけ離れていたが、それでも月夜はどことなく安心していた。
彼は月夜に怒鳴ったり殴ったり妙な目で見たり気軽に身体に触れようとしない。
今まで出会った男性とは違い、稀有な人物だなと思った。
屋敷の外に出ると、目の前の景色の鮮やかさに月夜は思わず息を呑んだ。
梅の花が咲く季節である。雪は溶け、地面から緑の芽が顔を出している。空気はまだひんやりとしているが、確かに春の足音が近づいている。
飾り気のない風景に、青と緑に梅の赤が溶け合った色合いが、月夜の目には格別に美しく映った。
ぼんやりとその風景に見惚れていると、縁樹が声をかけてきた。
「大丈夫?」
「ごめんなさい。景色に感動して」
「これからはいつでも見られるよ」
縁樹の言葉に月夜は震えるくらい嬉しかった。これからはきっと雪も桜も見ることができるのだろう。ただそれだけで胸を焦がすほどの喜びに満ちた。
屋敷の外には人力車が待機していた。
俥夫がにっこりと笑いかけてきたので、月夜は慌てて彼に向かってお辞儀をした。
どうやら月夜の体力がないことに配慮した縁樹が用意したようだ。どこへ行くのか月夜が疑問に思っていると、縁樹は察したように答えた。
「君が一番行きたいと思う場所へこれから行く」
彼はそう言って月夜の手を引き、人力車に乗り込む。
月夜は縁樹とぴったりくっついて座った。肩や腕が触れ合うと羞恥と緊張で月夜はがちがちに固まった。
ぎしっと音を立てて人力車の車輪が回ると、月夜の目の前の景色が一気に変わった。歩くよりも速く過ぎていく風景は、月夜の目に新鮮に映る。
頬に触れる心地よい風を感じながら、思わず感嘆の声が漏れた。
「すごく綺麗」
森林のそばを通ると日の光が木々のあいだからこぼれ、細やかな星屑のようにちらちらと輝いている。こんな景色を見ることはほとんどなかったので、月夜は瞬きを忘れるほど見入ってしまった。
月夜はそれから人力車を引く俥夫に目をやった。どうして人をふたりも乗せて引っ張って走ることができるのだろうと疑問に思った。
「あの人は私たちを乗せて重くないのかしら?」
「ああ。鍛えてるから」
縁樹が短く返答すると俥夫は顔だけ振り向いてにこっと笑い、月夜はびくっと驚いた。
「彼は明るい人だ」
と縁樹が抑揚のない声で言うので、月夜は不思議な気分になったが、それでもふふっと笑ってしまった。
「縁樹さんは、とても落ち着いた人なのね。手紙の印象ではもっと明るい人だと思っていたのに」
「君は監禁されて誰とも会わずに育てられたと聞いていたのに、よくしゃべる」
遠慮のない発言に月夜が固まると、縁樹は自分の発言に思うところがあるのか眉をひそめて訂正した。
「言い方が悪かった。君はおしゃべりが上手だ」
「ふふっ、縁樹さんは面白い人ね」
それに対し彼は真顔で無言を貫いた。
それでも月夜は悪い気分にはならなかった。
月夜は連れていかれた場所は墓地だった。それも媛地家の先祖が代々眠る墓である。媛地家の墓は広い敷地内にあり、その中で一番新しい墓石が祖母のものだった。
縁樹は月夜の境遇を知り、見送りをさせてもらえなかったことを思って、わざわざ連れてきてくれたのだろう。
月夜は息を引きとる寸前の祖母の顔を思い浮かべながら、あらためて現実を突きつけられたことで目頭が熱くなった。
「ごめんね、おばあちゃん」
月夜の声に呼応するように風がひゅっと吹き抜ける。
縁樹は黙ってとなりで月夜に日傘を差してくれていた。
月夜は涙ぐみながら微笑んで一番言いたかったことを口にした。
「おばあちゃん、縁樹さんに会わせてくれてありがとう」
月夜は目を閉じて手を合わせ、心から祖母に感謝の気持ちを送る。
やわらかい風が月夜の髪をさらりと撫でた。
18
あなたにおすすめの小説
鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?
小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。
だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。
『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』
繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか?
◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています
◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります
あやかし警察おとり捜査課
紫音みけ🐾書籍2冊発売中!
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました
由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。
それは愛のない政略結婚――
人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。
後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
雪嶺後宮と、狼王の花嫁
由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。
巫女として献上された少女セツナは、
封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。
人と妖、政と信仰の狭間で、
彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。
雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。
耽溺愛ークールな准教授に拾われましたー
汐埼ゆたか
キャラ文芸
准教授の藤波怜(ふじなみ れい)が一人静かに暮らす一軒家。
そこに迷い猫のように住み着いた女の子。
名前はミネ。
どこから来たのか分からない彼女は、“女性”と呼ぶにはあどけなく、“少女”と呼ぶには美しい
ゆるりと始まった二人暮らし。
クールなのに優しい怜と天然で素直なミネ。
そんな二人の間に、目には見えない特別な何かが、静かに、穏やかに降り積もっていくのだった。
*****
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
※他サイト掲載
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
2026.1.4 73話見直した際、瑛士の台詞《本音/懺悔》を加筆しました。😇
☘ 累計ポイント/ 200万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる