烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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二章

町へおでかけ

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 とある晴れた日のこと。月夜はこの日、縁樹と出かけることになっていた。
 月夜にとって外出はこれまで数えるほどしかない。幼い頃の祖父の葬儀と、祖母に付き添われて近くの寺に足を運んだくらいだ。
 それも雨の日だったのでよかったが、今日は朝から雲一つないほど晴れていて、それを両親が不安視していた。
 月夜は縁樹に贈られた着物を来て、髪を梳いてもらった。もともと肌が白いので化粧は薄めで紅も控えめにしてある。

 着飾った月夜を見た母が感激の声を上げた。


「まあっ、本当に美しいわ! やっぱりわたくしの子ね」

 月夜は冷めた目を母に向けた。

「ふむ。媛地家の令嬢として恥ずかしくない格好だ。これなら烏波巳さまもお喜びになるだろう」

 父は腕を組み、満足げにそう言った。
 このふたりの気持ち悪いくらいの愛想のよさに、月夜はどうにも慣れない。

「けれど、本当に外出して大丈夫かしら? 月夜の身体にもしものことがあったらと心配だわ」

 母が困惑の表情で言う。
 それもそうだろう。月夜が死んだら上級華族との縁が途絶えてしまう。母はこの縁談に命を懸けているようだから。

 それは月夜も同じこと。この家から出るために、今は静かに彼らの機嫌をとっておく。それでも月夜は気づかれないように、冷え切った視線を両親に送るのだった。

 縁樹が訪れると、両親と使用人たちは一斉に並んで彼を出迎えた。
 仰々しい媛地家の対応に比べて、縁樹はひとりきり。この前のような黒ずくめの男たちはいなかった。


「お元気そうで何より」

 相変わらず愛想をどこかへ落としたような表情で、縁樹は淡々と言った。
 月夜は「はい」と控えめに返事をする。

 縁樹は以前と似た紺の和服に橙黄色の羽織を着た格好である。そして洋装の帽子もかぶっている。
 久しぶりに彼の姿を見た月夜は嬉しくなると同時に、妙に緊張してうまく目を合わせることができなかった。

「その着物、似合っててよかった」

 縁樹にそう言われて、月夜が返事をしようとしたら背後から母が遮るように声を上げた。

「本当に自慢の娘でございます。烏波巳さまのお見立ては本当に素晴らしいですわ」
「俺は月夜さんに訊いてます」

 縁樹がさらりとそう言ったので、母は表情を引きつらせて黙った。
 月夜はうっかり笑いそうになるのを堪えて、縁樹に再び目を向ける。

「私にはもったいないくらい素敵なお召し物をありがとうございます」

 縁樹にとってはこれも祖母との約束なのかもしれないが、それでも月夜は嬉しかった。だからこそ、せっかく贈ってもらった髪飾りのことが残念でならない。


「あの、縁樹さん。あなたに謝らなければならないことがあって……」

 月夜が突然そんなことを切り出したので、両親は血相を変えて狼狽えた。

「あなたからの贈り物の髪飾りを壊してしまったの。ごめんなさい」

 月夜が深く頭を下げて謝罪すると、両親が慌てふためいた。
 母は「わざわざ言わなくても」と小声でささやく。

「気にしなくていい。また新しいものを買えばいい」

 月夜は驚き、母は歓喜の表情でにやけた。

「烏波巳さま、どうか、よろしくお願いします」

 父がしどろもどろにそう言うと、縁樹はそっけなく「はい」と返事をした。


 透き通るように青い空には雲が一つもなく、白い鳥が静かに舞っている。
 月夜が庭先へ出ると、まぶしい光に照らされた。目がくらみそうになって手をかざすと、月夜の頭上がさっと陰った。
 縁樹が傘を広げて差してくれたのだ。

「妖力があるから日光を遮ることができる。これで堂々と歩けるよ」
「ありがとう」

 月夜は縁樹から傘を受けとり、ゆっくりと太陽の下を歩く。
 身体が焼けつくような痛みもなく、呼吸もできる。さわやかな風が頬に当たると信じられないくらい心地よかった。

 月夜が感動に打ち震えていると、となりで縁樹が大きなため息をついた。

「はぁ……やっとあの親から解放されたな」

 月夜が呆気にとられると、縁樹は思いきり嫌悪の表情になった。

「会話するだけでうんざりする。君はよく耐えているな」
「そ、そうでしょうか」
「敬語はいらない。俺の見た目年齢は君より下だ」
「年下なの?」
「十五のときから変わっていない」

 その言葉に驚いて、月夜は縁樹をじっと見つめた。
 たしかに初めて出会ったときから縁樹は大人とは思えないほど若く、少年のような外見だったが、まさか月夜より年下だとは意外だった。
 しかし、それはあくまで外見に限る。
 祖母と親しくしていたこと、そしてあやかしであることから彼の実年齢はもっと上であるだろうことは月夜にもわかる。


「あの、本当の年齢は?」
「さあ? 忘れた」

 縁樹はぶっきらぼうにそう答えた。

 言いたくないのかもしれないし、本当に忘れてしまったのかもしれない。けれど、彼自身が月夜と対等に話そうとしてくれているのだから、月夜もそれに応えることにした。
 それに、彼のように気さくに接してくれる人に出会ったのは初めてなので、自然と気持ちも軽くなった。

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