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四章
いのちと交換
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遡ること数日前。
日が沈み、夕餉も終わった頃のことだった。
ひたひたと不気味な音が光汰の部屋へと迫っていた。ぴたりと音が止まると、何者かが廊下に立っていた。しかし声をかける様子はない。
不思議に思った光汰が障子を開けると、そこには暁未がいた。
「なんだ、お前か」
「お兄さま、お部屋に入れてくださる?」
やけにご機嫌の暁未に、光汰は眉をひそめた。
ついこのあいだ言い争いをしたばかりなのに、彼女はもう忘れてしまったようにけろりとしている。
いつもの暁未なら口を利くようになるまで結構な時間を要するので、たった数日でこれほどご機嫌な笑みを向ける彼女を光汰は訝しく思った。
おそらくよほど嬉しいことがあったのだろう。光汰は深く考えずに暁未を自分の部屋へ入れた。
「どうしたんだよ?」
「あたし、ちょっとお兄さまにお願いがあるの」
「月夜のことなら話は聞かないぞ。俺はもう月夜とは関わらないことにした。あいつはもう嫁に行くんだ。俺が邪魔するわけにはいかないからな」
それを聞いた暁未は笑顔のまま、唇をぎゅっと噛んだ。
「そのことだけど、あたしも月夜の邪魔をするのをやめようと思うの」
光汰は一瞬、耳を疑った。
あれほど月夜に対して怒りをぶつけていたというのに、たった数日でこんなに変わるものだろうか。
「いったいどうしたんだ? お前がそう簡単に考えを変えるとは思えない」
「失礼ね、お兄さま。あたしだってちゃんと考えたのよ。たしかに月夜は不憫だもの」
光汰は眉をひそめながら暁未の話を聞く。
「今までずっとあたしが優遇されてきて、両親もひとり占めにしてきたわ。あの子にも一度くらい、いい思いをさせてあげなきゃ可哀想でしょ。その代わり、あたしだって月夜と同じものがほしいわ」
暁未は両手を背後にまわしたまま、首を傾けて微笑んでいる。
彼女の機嫌がやけにいいときは、何かをねだるときだと光汰は思いだし、嘆息しながら訊ねた。
「何がほしい?」
「お兄さまの血がほしいの」
「はっ……?」
光汰は意味がわからないと言うように眉根を寄せる。
すると暁未がじりじりと近づいてきた。
「お兄さまは昔、月夜に血をあげたでしょう? だから、あたしにもちょうだい」
「何言ってんだ? お前やっぱりおかしいぞ」
後ずさりする光汰に、暁未は目を見開いたままじわじわと迫っていく。その手から、ひらりと鋏が現れ、鋭く光った。
それを見た瞬間、光汰は危機感を抱き、思わず声を荒らげた。
「やめろよ。変なこと考えるなよ」
「お兄さまもわかっているでしょう? この家には強い妖力を持ったあやかしが必要だって」
「あやかしって……」
自身に向けられた鋏と暁未の言葉で、光汰は彼女が何をするのか悟った。彼はとっさに身を翻し、文机の分厚い書物を手に取る。
背後から殺気を感じた光汰は、瞬時に書物を掲げる。その直後、暁未が突き出した鋏は書物に深く突き刺さった。
判断が遅れていたら、確実に自分の身体に刺さっていただろう。光汰は額から冷や汗をかき、狼狽えながら叫び声を上げる。
「やめろよ! 冗談じゃないぞ!」
「ええ、冗談じゃないわよ」
「暁未!」
「あたしは月夜よりも強いあやかしになって、みんなに認められる存在になるの。平民の男になんか嫁いだりしないわ」
暁未が本に刺さった鋏を引き抜くと、その反動で光汰はよろけ、尻もちをついた。
顔を上げるとそこには不気味な笑みを浮かべる暁未が立っている。まるでこの状況を楽しんでいるかのようで、それが光汰には冷ややかに感じ、背筋に悪寒が走った。
光汰は絶望感に打ちひしがれる。
「あけ、み……」
「ごめんね、お兄さま」
暁未は笑いながら光汰に向けて鋏を振り下ろした。
日が沈み、夕餉も終わった頃のことだった。
ひたひたと不気味な音が光汰の部屋へと迫っていた。ぴたりと音が止まると、何者かが廊下に立っていた。しかし声をかける様子はない。
不思議に思った光汰が障子を開けると、そこには暁未がいた。
「なんだ、お前か」
「お兄さま、お部屋に入れてくださる?」
やけにご機嫌の暁未に、光汰は眉をひそめた。
ついこのあいだ言い争いをしたばかりなのに、彼女はもう忘れてしまったようにけろりとしている。
いつもの暁未なら口を利くようになるまで結構な時間を要するので、たった数日でこれほどご機嫌な笑みを向ける彼女を光汰は訝しく思った。
おそらくよほど嬉しいことがあったのだろう。光汰は深く考えずに暁未を自分の部屋へ入れた。
「どうしたんだよ?」
「あたし、ちょっとお兄さまにお願いがあるの」
「月夜のことなら話は聞かないぞ。俺はもう月夜とは関わらないことにした。あいつはもう嫁に行くんだ。俺が邪魔するわけにはいかないからな」
それを聞いた暁未は笑顔のまま、唇をぎゅっと噛んだ。
「そのことだけど、あたしも月夜の邪魔をするのをやめようと思うの」
光汰は一瞬、耳を疑った。
あれほど月夜に対して怒りをぶつけていたというのに、たった数日でこんなに変わるものだろうか。
「いったいどうしたんだ? お前がそう簡単に考えを変えるとは思えない」
「失礼ね、お兄さま。あたしだってちゃんと考えたのよ。たしかに月夜は不憫だもの」
光汰は眉をひそめながら暁未の話を聞く。
「今までずっとあたしが優遇されてきて、両親もひとり占めにしてきたわ。あの子にも一度くらい、いい思いをさせてあげなきゃ可哀想でしょ。その代わり、あたしだって月夜と同じものがほしいわ」
暁未は両手を背後にまわしたまま、首を傾けて微笑んでいる。
彼女の機嫌がやけにいいときは、何かをねだるときだと光汰は思いだし、嘆息しながら訊ねた。
「何がほしい?」
「お兄さまの血がほしいの」
「はっ……?」
光汰は意味がわからないと言うように眉根を寄せる。
すると暁未がじりじりと近づいてきた。
「お兄さまは昔、月夜に血をあげたでしょう? だから、あたしにもちょうだい」
「何言ってんだ? お前やっぱりおかしいぞ」
後ずさりする光汰に、暁未は目を見開いたままじわじわと迫っていく。その手から、ひらりと鋏が現れ、鋭く光った。
それを見た瞬間、光汰は危機感を抱き、思わず声を荒らげた。
「やめろよ。変なこと考えるなよ」
「お兄さまもわかっているでしょう? この家には強い妖力を持ったあやかしが必要だって」
「あやかしって……」
自身に向けられた鋏と暁未の言葉で、光汰は彼女が何をするのか悟った。彼はとっさに身を翻し、文机の分厚い書物を手に取る。
背後から殺気を感じた光汰は、瞬時に書物を掲げる。その直後、暁未が突き出した鋏は書物に深く突き刺さった。
判断が遅れていたら、確実に自分の身体に刺さっていただろう。光汰は額から冷や汗をかき、狼狽えながら叫び声を上げる。
「やめろよ! 冗談じゃないぞ!」
「ええ、冗談じゃないわよ」
「暁未!」
「あたしは月夜よりも強いあやかしになって、みんなに認められる存在になるの。平民の男になんか嫁いだりしないわ」
暁未が本に刺さった鋏を引き抜くと、その反動で光汰はよろけ、尻もちをついた。
顔を上げるとそこには不気味な笑みを浮かべる暁未が立っている。まるでこの状況を楽しんでいるかのようで、それが光汰には冷ややかに感じ、背筋に悪寒が走った。
光汰は絶望感に打ちひしがれる。
「あけ、み……」
「ごめんね、お兄さま」
暁未は笑いながら光汰に向けて鋏を振り下ろした。
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