烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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四章

きもちの変化

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 実は、縁樹は初めて月夜の姿を見たあの日から、彼女のことがいつも脳裏によぎって困っていた。

 月夜の朱華色の髪は曇った空の下では茶髪に見えるが、太陽の光を浴びれば白銀に輝くだろう。少し淡い紅のまじった、たとえるなら桜の色だ。

 あの髪に似合う髪飾りを探して、縁樹は遠い町まで飛びまわった。ようやく見つけたのは鮮やかな金赤の髪飾りだ。月夜の髪にこの髪飾りは映えるはずだ。

 縁樹はただその姿を見てみたかった。それだけの理由で彼は月夜が十七の歳になる頃にそれを贈ったのだ。なぜなら、月夜がこの年齢になって正式に縁談を持ちかけることになっていたから。

 形式的に彼女と対面することになる。わずかにそれが、彼にとっての楽しみとなっていた。


 ところが、香月は縁談話を持ちかける前に力尽きてしまった。彼女の葬儀に出席したが、月夜の姿はなかった。
 縁樹は香月から託された遺言書を持って、媛地家に乗り込むことにした。そこに現れたのは縁樹が贈った髪飾りを身につけた暁未の姿だ。

 なぜ、という疑問と、お前じゃない、という怒りが、縁樹の胸中で渦巻いた。暁未の姿を見ただけで月夜に何が起こったのか察してしまった。

 縁樹は必ずこの家の血筋の者をすべて呼び寄せるように、と媛地家の主人に伝えた。最初は渋っていたが、縁樹が頑なに会話を拒み続けたため、彼は諦めたように月夜を呼ぶことにした。


 現れた月夜を見た縁樹は無言のまま驚愕していた。
 月夜はあまりにも痩せていたから。顔は化粧で誤魔化したようだが、首の後ろにある治りかけた傷を見て虐待がおこなわれていることも察した。

 怒りで狂いそうになるのは久しぶりだった。
 この気持ちは恐らく月夜への同情。幼少期に自分も同じ目に遭っていたからだ。あとはやはり、贈った髪飾りを身につけた月夜の姿を楽しみにしていたことへの裏切りだ。

 そう思っていたのに、月夜の言葉で彼は少し動揺した。


「お断りします」

 縁談話を聞いた月夜の返答である。

 縁樹は焦りを感じていたが、あくまで平静を保った。この縁談はいろんな意味で必ず成功させなければならない。
 しかし縁樹は月夜の目を見て確信した。幾度も死をくぐり抜けてきた目だ。恐れるものはもう何もないという気持ちの表れだ。

 縁談は月夜の意思に従う、と縁樹は伝えた。そうしなければ彼女は頑なに断り続けるだろうから。
 月夜に決定権があるということを明示して、彼女の警戒心を緩めるためだった。


 ふたりで会って話すうちに、月夜は子供らしい一面を見せた。嫁入りできる年齢とはいえ、今までろくに他人と接してこなかったのだから仕方がない。

 景色に感動して声を上げたり、異国のものに驚いたり、単純に喜びを顔に出したり、警戒心もなく遠慮もない。
 令嬢教育を受けている娘は感情を表に出さず常にすました顔をしている。縁樹はそれが苦手だった。女性というのはそういうものだと思ってきたのに、月夜のあまりの素直さに驚かされ、同時に安堵した。

 これなら一緒に生活をする上で面倒なことも起こらないだろう。
 月夜は完全に縁樹を信頼しきっている。手紙の効果もあるのだろう。

 すべてがうまくいくと思っていた。


 そして、月夜と正式に縁談を結ぶ日を間近に控えたある夜のことだった。
 その日の夕方から縁樹はやけに眠気に襲われていた。こういう日はだいたい夢を見る。予知夢だ。

 眠るのが億劫だったが、この眠気を抑えることはできない。

 彼はその夜、初めて月夜の夢を見た。
 それも、月夜が何者かに惨殺される夢だった。

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