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五章
まっとうな人生を
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月夜が立ち上がると両親は慌てて引き止めようとした。
「待ちなさい、月夜。お前がいなくなったらこの家はどうなるんだ?」
「そうよ。暁未の教育にお金をかけすぎてうちは没落寸前なのよ」
月夜は悲しみから一変、怒りに震え、拳をぎゅっと握りしめた。
この期に及んでまだ自分たちのことしか考えられないのだ。
月夜は両親をキッと睨みつけ、声を荒らげた。
「いい加減にして!」
月夜の目が紅く光り、髪が逆立った。空気が揺れ、風が吹き、猛烈な圧が起こる。立っていられなくなった両親はへなへなと崩れ落ちた。
驚愕の表情で震え上がる両親を見て、月夜はもう何も感じなかった。
絶望することは何度もあった。けれど、彼らに何の感情もわかなくなったのは初めてだった。
これが本当に親と決別するときなのだと身に沁みてわかった。
縁樹が月夜の肩に手を添える。
月夜はわずかに笑みを浮かべて彼とともに部屋を出ようとしたが、父がすぐさま制止した。
「月夜! そんなことは許されないぞ。お前はこの家にとって……」
まだ何か言おうとする父に向かって、月夜の代わりに縁樹が反応した。彼は振り向き様に父へ威嚇の目を向ける。
「もう黙れ。俺の気が変わらないうちに」
父は意味がわからないというふうに表情を歪める。
そして縁樹は思いついたように付け加えた。
「ああ、そうだ。今後我が家門と彼女のことを都合よく外で話したら、二度とその口が開かぬようにしてやるよ」
縁樹の黄金の瞳が鋭く光り、父は腰を抜かした。
母は震えていた。
廊下には使用人たちが全員並んで立っていた。まるで月夜を見送るように、誰もが神妙な面持ちでいる。
月夜が彼女たちに向かって軽く会釈をすると、全員が深く頭を下げた。
「お嬢さま、どうかお幸せに」
その言葉を聞いた月夜は驚き、涙ぐみながら彼女たちに笑顔を向けた。
「さようなら」
玄関を出るとそこにはずらりと黒い洋装姿の男たちが並んで立っていた。初めて縁樹と出会ったときに、彼とともにいた者たちだ。
彼らは無言で頭を下げている。
「君の荷物は彼らが運んだから」
「ありがとう」
月夜が礼を言って縁樹とともに出ていこうとしたとき、背後から呼び止める声がした。
「月夜!」
振り返ると、腹に包帯を巻いて使用人に支えられた光汰が神妙な面持ちで立っていた。彼は月夜の顔を見たとたん、ぼろぼろと涙をこぼした。
「ごめんな。月夜、ごめんな。お前のこと、苦しめてごめんな。つらい思いさせてごめんな。守ってやれなくてごめんな」
月夜は唇を引き結んだまま、じっと兄の言葉を聞く。
「俺、最低だ。謝っても許してもらえないことはわかってる。もう二度と会えないかもしれないから、これだけは言わせてくれよ」
光汰は泣きじゃくりながら不器用な笑顔で言った。
「いっぱい幸せになるんだぞ」
月夜はその言葉を聞いてそっと目を閉じた。
幼い頃から何度もお菓子を与えてくれた。異国のめずらしい話をしてくれた。絶望の中でわずかな光を与えてくれた。それが兄だ。
月夜は静かに目を開けて、再び光汰を見つめて言った。
「お兄さま、まっとうな人生を生きてください」
以前に光汰に向けて放った言葉だ。けれど前と違うのは、兄にきちんと笑顔を向けられていることだ。
光汰は笑いながらぐしゃぐしゃと涙を拭った。
「待ちなさい、月夜。お前がいなくなったらこの家はどうなるんだ?」
「そうよ。暁未の教育にお金をかけすぎてうちは没落寸前なのよ」
月夜は悲しみから一変、怒りに震え、拳をぎゅっと握りしめた。
この期に及んでまだ自分たちのことしか考えられないのだ。
月夜は両親をキッと睨みつけ、声を荒らげた。
「いい加減にして!」
月夜の目が紅く光り、髪が逆立った。空気が揺れ、風が吹き、猛烈な圧が起こる。立っていられなくなった両親はへなへなと崩れ落ちた。
驚愕の表情で震え上がる両親を見て、月夜はもう何も感じなかった。
絶望することは何度もあった。けれど、彼らに何の感情もわかなくなったのは初めてだった。
これが本当に親と決別するときなのだと身に沁みてわかった。
縁樹が月夜の肩に手を添える。
月夜はわずかに笑みを浮かべて彼とともに部屋を出ようとしたが、父がすぐさま制止した。
「月夜! そんなことは許されないぞ。お前はこの家にとって……」
まだ何か言おうとする父に向かって、月夜の代わりに縁樹が反応した。彼は振り向き様に父へ威嚇の目を向ける。
「もう黙れ。俺の気が変わらないうちに」
父は意味がわからないというふうに表情を歪める。
そして縁樹は思いついたように付け加えた。
「ああ、そうだ。今後我が家門と彼女のことを都合よく外で話したら、二度とその口が開かぬようにしてやるよ」
縁樹の黄金の瞳が鋭く光り、父は腰を抜かした。
母は震えていた。
廊下には使用人たちが全員並んで立っていた。まるで月夜を見送るように、誰もが神妙な面持ちでいる。
月夜が彼女たちに向かって軽く会釈をすると、全員が深く頭を下げた。
「お嬢さま、どうかお幸せに」
その言葉を聞いた月夜は驚き、涙ぐみながら彼女たちに笑顔を向けた。
「さようなら」
玄関を出るとそこにはずらりと黒い洋装姿の男たちが並んで立っていた。初めて縁樹と出会ったときに、彼とともにいた者たちだ。
彼らは無言で頭を下げている。
「君の荷物は彼らが運んだから」
「ありがとう」
月夜が礼を言って縁樹とともに出ていこうとしたとき、背後から呼び止める声がした。
「月夜!」
振り返ると、腹に包帯を巻いて使用人に支えられた光汰が神妙な面持ちで立っていた。彼は月夜の顔を見たとたん、ぼろぼろと涙をこぼした。
「ごめんな。月夜、ごめんな。お前のこと、苦しめてごめんな。つらい思いさせてごめんな。守ってやれなくてごめんな」
月夜は唇を引き結んだまま、じっと兄の言葉を聞く。
「俺、最低だ。謝っても許してもらえないことはわかってる。もう二度と会えないかもしれないから、これだけは言わせてくれよ」
光汰は泣きじゃくりながら不器用な笑顔で言った。
「いっぱい幸せになるんだぞ」
月夜はその言葉を聞いてそっと目を閉じた。
幼い頃から何度もお菓子を与えてくれた。異国のめずらしい話をしてくれた。絶望の中でわずかな光を与えてくれた。それが兄だ。
月夜は静かに目を開けて、再び光汰を見つめて言った。
「お兄さま、まっとうな人生を生きてください」
以前に光汰に向けて放った言葉だ。けれど前と違うのは、兄にきちんと笑顔を向けられていることだ。
光汰は笑いながらぐしゃぐしゃと涙を拭った。
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