烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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五章

さようなら

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 月夜は心を決めて、凛とした姿勢で父に告げる。

「今さら何を言われても、私の気持ちは変わりません」
「月夜、我儘を言うんじゃない!」
「我儘?」

 月夜は目を見開いて、父の顔をじっと見つめた。そして強い口調でこれまでの思いをぶつける。


「私がいつ我儘を言いましたか? あなたたちの言うとおり部屋から出ず、お腹が空いても文句を言わず、湯浴みのときは音を立てずに廊下を歩き、あなたたちの姿が見えたらすぐに隠れ、ひっそりと存在を消して生きてきたのに、それが我儘ですか?」
「そんな戯言を……」
「戯言ではなく事実です」

 月夜は父の言葉を強い口調で遮った。そしてその勢いで続ける。


「私はあなたたちに一度も恩を感じたことはありません。あなたたちからすれば、私はただの家畜に過ぎない。餌を与えて閉じ込めておいただけでしょう。ある意味ではそれが正解なのかもしれない。あなたたちにとって子は所有物ですから」

 月夜の発言を聞いていた父と母は鬼のような形相になり果てた。


「お前、言わせておけば好き勝手なことを!」
「謝りなさい! わたくしたちがいなければ、お前はこの世に存在していないのよ!」

 父と母が身を乗りだして月夜を責め立てるので、縁樹が鋭い目で威嚇した。
 するとふたりは気まずそうにしながら黙った。

 息を切らせている月夜のとなりで縁樹がそっと手を握ってきた。月夜がどきりとして振り向くと、縁樹は落ちついた表情を向けていた。

 月夜は目頭が熱くなり、今にも泣きそうになったが、きりっと表情を硬くして両親をまっすぐ見据えた。


「私は……たまに部屋を出たときに、庭の様子を見るのが何よりの楽しみだった。あれはちょうど春頃だったと思う。猫の親子がじゃれていたの」

 なぜその話を口にしたのか自分でもわからない。けれど、今までずっと焦がれてきた強い思いだから、とっさに記憶の隅から出てきたのだろう。
 父は眉をひそめ、母は首を傾げる。

 月夜はわずかに微笑んで、涙ぐみながら話す。


「すごく可愛くて、心が温かくなった。そんなとき、子猫が足を滑らせて池に落ちそうになったの。親猫はすぐに子猫を引っ張り上げてそれを防いだわ」

 月夜は話しながら涙が溢れた。震える唇から、なんとか言葉を選びだす。

「どうしようもなく涙が出てきて止まらなかった。だって私はそんなふうに接してもらったことがないから。胸が痛くて苦しくて切なくて、目の前が真っ暗になるほどの絶望を感じたの」


 あの猫の親子があまりにも綺麗に見えて、それが月夜にとっては残酷すぎた。
 月夜は子猫がたまらなくうらやましかった。

 母親に守ってもらえるのは、どれほど嬉しいことだろう。


「お父さまとお母さまに冷たくされるたびに、私は何度も何度も自分が生きていることを責めたし、死んだほうがいいと思ったわ。おばあちゃんがいなければ私は生きていないと思う」

 月夜の話を聞いて父は罰が悪そうに目線をよそへ向け、母は不貞腐れたように黙り込んだ。

 両親のその仕草を見て、月夜はもう何も言うことはなかった。
 これ以上何をどう訴えても、このふたりの心に響くことはないのだから。

 月夜はぼろぼろと涙を流す。
 すると縁樹が月夜の手をしっかり握りしめた。

 月夜は意を決して最後の言葉を告げる。

「それでは、さようなら。二度と会いません」

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