烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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五章

新しいくらし

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 月夜が屋敷の門をくぐり抜けるとそこは、外の世界だった。これまで何度か外出したものの、今までと違って清々しいのは、すべてを断ち切った解放感からなのかもしれない。

 桜の花びらがひらひらと舞った。
 ずっと間近で見てみたかった満開の桜だ。
 青空と淡い紅の色が交じって穏やかで優しく目に映る。

 縁樹が傘を差して月夜に直接太陽が当たらないように配慮してくれた。


「君の妖力は戻っている」
「ありがとう、縁樹さん。迷惑を、かけてしまうわ」

 結局、月夜の体質は完全に変わることはないだろう。本当は堂々と日光の下で縁樹と歩いていたいが、それを叶えるためにあの夜のようなことになったらと月夜は不安に思ってしまう。

「心配しなくていい。どうにでもなる」

 縁樹は軽い口調でさらりと言った。

 それが月夜の心までも軽くしてくれる。彼といれば何も心配はないのだと思わせてくれる。

 月夜の髪がさらっと風に揺れた。
 それを見た縁樹は真顔で言った。


「君の髪はまるで桜みたいだ」
「え?」
「太陽の光に照らされた桜のような色をしている」
「そんなことを言われたのは初めて」

 月夜が目を丸くしていると、縁樹は急に自分の発言に恥ずかしくなったのか頬を赤らめて顔を背けた。

 月夜の朱華色の髪は明るい空の下では淡く赤みがかっている。光に当たれば白銀に輝くだろう。しかし今は傘の下で明るい茶髪が、暗い奥の部屋にいた頃よりも艶やかにきらめいていた。

 月夜が足を止めてじっと桜を眺めていると、縁樹が声をかけた。


「少し歩く?」
「え、でも……」
「大丈夫。俺がついてる」

 縁樹は傘を持つ手を変えて、もう片方の腕で月夜の肩を抱き寄せた。
 月夜はどきりとして頬を赤らめ、身を固くする。

「これなら日に当たらない」
「え、えっと……」
「ああ、悪い。嫌なら別に……」
「嫌じゃないわ」

 月夜はとっさに縁樹の袖を引っ張ってくっついた。


 風が吹いて桜の花びらがさあっと散った。
 それは遠く鮮やかな新緑の中に溶けこみ、真っ青の空へ舞い上がる。

 月夜は目を輝かせながらその光景に見惚れた。
 溢れそうになる涙が桜の花を淡く滲ませて、より一層美しく見えた。


 *


 目が覚めるとそこは、見慣れない部屋だった。今まで暮らしてきた部屋とは違い、広くて天井も高い。
 何より異なるのは、月夜が眠っていた布団は西洋式の寝台の上に敷かれたものだということ。ふわふわであまりにも心地よくて、昨夜は横たわるとすぐに寝入ってしまった。

 布団から出て素足で床に立つと、冷たい感触がなかった。なぜなら絨毯が敷かれてあるからだ。素足のままでもよかったが、どうやら屋内ではスリッパを履くらしい。

 部屋には他に西洋家具や簡易洋卓と椅子、それに骨董品などが置かれている。どれもこれも家では見たことのないものばかりで月夜は戸惑った。


 驚くのはそれだけではなかった。

 しばらくすると女性の使用人が数人やって来て、月夜の世話を始めたのだ。彼女たちはにっこり笑い、てきぱきと月夜の着替えを手伝った。

「あの、自分でできるので」

 そう言っても彼女たちは聞かず、あっという間に月夜は浅緋の着物に着替えさせられた。髪は伸ばしたまま、きちんと整えられている。


 使用人に案内されて食事部屋へ行くと、洋卓に数々の料理が並んでいた。根野菜の煮物とたまご焼き、焼き魚と漬物、湯豆腐に天ぷらまである。

 使用人に促されて椅子に座ると、すぐに白飯と味噌汁が運ばれてきた。

「朝からご馳走……」

 こんなに食べられるだろうか、と月夜は訝しく思いながらも、腹の虫は豪快に鳴った。


 しばらくすると縁樹が現れた。彼は浴衣姿で髪は長いまま緩く一つにまとめてある。帯が緩いせいか胸もとがはだけており、月夜は目のやり場に困った。

「おはよう、縁樹さん」

 月夜が笑顔で挨拶をすると、縁樹はまだ開ききっていない瞼をどうにか持ち上げると黙ってうなずいた。
 縁樹が朝に弱いことを前もって聞いていたので月夜はそれほど戸惑うこともなかった。

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