烏の王と宵の花嫁

水川サキ

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五章

それぞれのその後

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 朝起きられない縁樹と、朝は夜明け前に起きる月夜。
 お互いに真逆の性質を持っているのに不思議なものだと月夜は思う。

「眠れた?」

 縁樹がぼそりと訊ねた。なので月夜は満面の笑みで答える。

「うん、とっても」
「へえ……あの部屋でよく眠れるなあ」
「めずらしいものばかりで異国に来たみたい」

 縁樹は苦笑した。
 彼が月夜に用意した部屋はメアリーに内装を頼んだが、思い描いていたものとはずいぶん違っていたようだ。

「そうか。女の子はああいう部屋がいいのか」

 縁樹はぼそりとそう言って、自分に運ばれてきた味噌汁の椀を手に持った。

 月夜が両手を合わせて「いただきます」と言うと、縁樹は一瞬無言になり、持っていた椀を置いて両手を合わせた。


 朝食を終えると縁樹はいつもの紺の着物にマフラーを巻いて洋装の帽子をかぶり出かけていく。もちろん髪はすっきり短く整えている。
 彼は異国との貿易に関する仕事をしているらしい。

「働きたくないんだけどな」
「ふふっ、いってらっしゃい」
「何かあれば彼に訊いて」

 月夜が笑顔で見送ると、彼は真顔で淡々と答えて出かけていった。

 そばにいた黒い洋装姿の執事が笑顔のまま月夜に会釈をする。彼らはひとこともしゃべらない。使用人たちもそうだ。誰もが言葉を発することがないのに、なぜか主人の命令には忠実に従うのだ。

 最初は不思議だった月夜もそれにだんだん慣れていった。


 縁樹が出かけているあいだ、月夜は異国の言葉や文化、それから歴史などの勉強を始めた。この屋敷には大きな書庫があり、書物をたくさん読むことができる。それが月夜にとってはこの上ない幸せなことだった。
 夢中で書物を読むと時間を忘れ、すぐに昼が過ぎ、夕方になることもあった。

 けれど月夜はそれだけではなく、裁縫や歩き方などの作法も学んだ。
 この屋敷の侍女たちは月夜にいろんなことを教えてくれた。


 月夜はたまに縁樹に連れられて姉の暁未がいる施設へ行くことがある。
 暁未はずっと眠ったまま、目を覚ますことはなかった。それでもいつか起きてくれるのではないかと思い、月夜はたびたび顔を出した。

 暁未はまるで精巧に作られた人形のように美しく、穏やかな表情をしていた。じっと見つめていると、月夜は少し胸が痛くなって、たまに涙がこぼれるのだった。


 施設の職員がこのあいだ光汰が訪れたことを月夜に伝えた。けれど、両親は一度も会いに来ることはないと言う。
 そのことを聞いても月夜は大きな喪失感を覚えることはなかった。

 風の噂では両親は親戚たちから見放されているらしい。実の娘を捨てるようなことをしたのだから当然だ。両親は社交の場で肩身の狭い思いをしており、最近はめっきり自宅から出なくなっているらしい。

 代わりに光汰が次期当主として頻繁に社交の場に出て奮闘しているようだ。
 いずれ光汰とは顔を合わせる日が来るだろう。そのとき、月夜はきちんと向き合えるようにしておきたいと思った。

 光汰の妹ではなく、烏波巳家の妻として。

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