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10、ようやく通じた想い
しおりを挟む魔法師グレンの屋敷の中で、客用の部屋にフローラはセオドアとふたりきりになった。
グレンが気を利かせてふたりで話すようにと言ってくれたからだ。
フローラは緊張しながらも、目の前のセオドアと向き合うことができて嬉しく、涙が止まらなかった。
「俺はずっと、君と会いたかった」
セオドアはフローラの名前を呼ぶことなく、そっと近づいて手を伸ばした。
「君と再会したとき、どれほど質素な衣服を身につけていても、君のオーラを感じていた。俺の頭がおかしくなったのかと思ったが、やはり間違ってはいなかったんだね」
フローラは自分の頬を撫でるセオドアの手が温かくて心地よく、目を閉じて微笑んだ。
セオドアはそっと、フローラの涙を拭う。
「君はどんな姿をしていても、君だ。誰も偽ることなどできない」
フローラはハッとして顔を上げる。
「あのときの言葉……もしかして、覚えて?」
「もちろん。君の好きな本に書いてある言葉だ。覚えているよ。俺に教えてくれただろう?」
「ええ、そうね。私たち、木登りをして、お菓子を食べながら本について語ったわ」
「そうなんだよ。俺たちは花を摘んで遊んでいたわけではない」
それを聞いたフローラはクスッと笑った。
フローラになりきったマギーがとっさについた誤魔化しだが、そんなもの、セオドアとフローラからすれば滑稽なセリフだった。
「ああ、どうしてこんなことに」
セオドアはフローラをそっと抱きしめて、髪を撫でる。
フローラはその心地よさに触れ、セオドアの胸で泣いた。
「俺は、必ず君を助けると誓う。だが、時間が必要だ。君が本物だと訴えたところで、奴らは揉み消してしまうだろう。きちんとした証拠を提示して関わった者全員に罰を受けてもらわなければ、君は安心して暮らせない。もう少しだけ待ってもらえるか?」
フローラは顔を上げて、セオドアを見つめながら頷き、微笑んだ。
ふたりがしばらく抱き合っていると、扉を叩く音がした。
セオドアが扉を開けると、グレンが入室した。
「感動の再会はそれくらいで十分だろ。あとは解決したあとにな」
「ああ、そうだな。グレン、しばらく彼女をここに置いてくれないか?」
「お前の婚約披露パーティまでならいいぜ」
それを聞いたセオドアは怪訝な表情になった。
「俺に偽物令嬢との婚約披露パーティをしろと言うのか?」
「相手は偽物でも、もう決まっていることだろ? お前にはどうしようもねぇよ」
「そ、そうだが……しかし」
困惑の表情でちらりと目線を向けるセオドアに、フローラは気まずくなり目をそらした。
そうだ。マギーとの婚約披露パーティは、すぐそこに迫っている。
パーティにはたくさんの貴族たちがゲストとして招かれる。
そこで披露されたセオドアとマギーは周囲に認められながら結ばれることになる。
彼らの結婚は一気に社交界を駆けめぐるだろう。
想像しただけで、フローラは絶望感に打ちひしがれた。
「おいおい、ふたりとも暗くなるなよ。何も世界が終わるわけじゃねぇだろ」
「だが、俺と偽物令嬢のことが社交界に広まってしまっては終わりだ」
確かに社交界では一度広まった噂を覆すのは至難の業である。
たとえそれが、間違っていた事柄であったとしても。
「だから、それを利用するんだよ」
「え? グレン、何を言って……」
セオドアとフローラが驚いてグレンに目を向けると、彼はにんまりと笑った。
「どうせなら派手にやってやろうぜ。奴らが揉み消すことができないくらい大っぴらに、社交界で大恥をかかせてやるんだ」
「そうか、なるほど。そうすれば、ナスカ伯爵も言い逃れはできないな。しかし、確たる証拠をつかむにはいささか時間が足りないのではないか?」
「そうでもない。呪術師については見当がついている。そいつをおびき出せばいい。あとはナスカ伯爵と周囲の関係、そしてナスカ令嬢の実母の真実について、調べる必要がありそうだ」
その言葉を聞いたフローラは思わず声を荒らげた。
「お母さま? 私のお母さまに何かあったのですか?」
グレンが冷静に訊ねる。
「令嬢、あんたの母は闘病の末に亡くなったことになっている」
「そ、そうですわ。それが何か……」
「実は、彼女の最期を看取ったのは、呪術師だけらしい。その呪術師も不審死を遂げている」
グレンの言ったその意味を、フローラが理解する前に、セオドアが口にした。
「殺害、したのか?」
「うそ……!」
フローラは口もとに手を当てて肩を震わせた。
「フローラ、あくまで仮定としての話だ。そうとは限らない。だが、真実をすべて明らかにしなければならないから、これ以上は君にとって酷な話だ。最後まで聞かなくてもいい」
セオドアがフローラの肩を抱いて優しくそう言ってくれる。
けれど、フローラはしばらく考えたあと、意を決して言い放った。
「私はすべてを知らなければならない。もう、逃げません」
泣くのはすべてが終わってからだ。
そう、決意した。
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