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9、魔法師のいじわるな質問
しおりを挟むフローラはセオドアに連れられて、魔法師の屋敷を訪れた。
あまり手入れのされていない庭は雑草が鬱蒼と生い茂り、古びた洋館は陰鬱な雰囲気が漂っている。
「あの、ここは?」
フローラが訊ねると、セオドアは笑顔で答えた。
「俺の従弟の家なんだ。ひとまず嵐が過ぎるまでここで避難させてもらおう。怪我の手当てもしなければならない」
古い木製の扉が音を立てて開く。
すると中から黒ずくめの男が出てきた。
フローラは見覚えがあった。
「あ、あなたは……」
「あんた、あのときのお嬢さんじゃないか」
驚いたのはセオドアも同じだ。
「君たちは知り合いだったのか?」
「知りません」
フローラはすぐさま否定した。
いくらセオドアの知り合いだとしても、フローラの中ではこの男は不審者だ。
「グレン、彼女が怯えているじゃないか。一体何をしたんだ?」
「いや、何もしてねぇよ」
セオドアはフローラに優しく微笑む。
「大丈夫だよ。こいつは少々顔が怖くて口が悪いけど、悪い奴じゃないんだ」
「お前、言いたい放題だな」
「本当のことだろう」
「ちっ……」
彼らのやりとりを見ていたフローラは少しばかり緊張が解けた。
「とにかく濡れた服を乾かさないと。グレン、この子にシャワーを使わせてあげてほしい。それと、着替えもあるか?」
「女物の服なんかねぇよ。俺の黒衣くらいなら貸してやるけど」
グレンはそう言って真っ黒でぶかぶかの黒衣を差し出した。
「服が乾くまでひとまずこれで。ごめんね」
と困惑の表情をするセオドア。
しかし、フローラは笑顔でふたりに礼を言った。
思いがけずセオドアと近づくことができて、フローラは胸が高鳴り緊張していた。
あの不審者だと思った男も悪い人ではなさそうで、少し安堵した。
シャワーを浴びたあと、黒衣を着ると本当に大きすぎて、歩くと床に裾を引きずってドレスみたいだった。
セオドアは、フローラの足の怪我にグレンからもらった薬を塗って、丁寧に包帯を巻いてくれた。
そしてグレンは温かいスープをくれて、フローラは生き返った気分になった。
「で、あんた名前は何ていうんだ?」
グレンに訊かれて、フローラは戸惑った。
本当の名を口にすることはできない。
だから、ひと呼吸置いて今の立場上の名前を言った。
「マギーです」
「単刀直入に言うが、あんたに奇妙な術がかけられている。誰に何をされたのか、言えるか?」
フローラはどきりとして、あのとき起こった出来事を思い出した。
それを言おうと顔に出したが、口を開くと途端に酷い眩暈がして、そのまま床に崩れ落ちた。
「マギー、大丈夫か?」
とセオドアがフローラの肩を抱いて支えた。
「すみ、ません……」
言えない。
言いたいことを訴えようとしても、身体が拒絶してしまう。
そのことさえも、口にできない。
もどかしい思いをしながら、悔しさに涙がこぼれた。
「ごめんね。きっと辛い思いをしたんだろうね。無理に言わなくていい」
セオドアは優しく声をかけてくれる。
グレンは眉をひそめて、ため息をついた。
「厄介な術をかけられているな。俺の力でもすぐに元に戻せないし、真実がはっきりしないと犯人の特定もできない」
グレンの言葉にフローラは落胆する。
セオドアがそばで優しく背中を撫でてくれた。
それだけが、救いだった。
だが、グレンは容赦ない言葉を放つ。
「あんたとナスカ家の令嬢は、髪と瞳の色が一緒なんだなあ」
フローラはどきりとして顔を上げた。
そこには真顔で見下ろすグレンの顔がある。
グレンはそのまま訊ねる。
「もしかして双子の姉妹だったりしてね?」
「い、いいえ……」
フローラはおずおずと答えた。
グレンは次々と質問をする。
「あんたは北部の出身だよな?」
「いいえ」
「趣味は狩り?」
「いいえ」
「昨日は鴨肉のローストを食った」
「いいえ」
身に覚えのない質問を繰り返され、フローラはすべて否定をする。
「グレン、お前は一体何を……?」
セオドアが怪訝な表情で訊ねたが、グレンはフローラに顔を向けたまま続けた。
「なあ、あんたは使用人のマギーだろ?」
「いいえ!」
その瞬間、三人のあいだに静寂が訪れた。
フローラは自分の口を手で覆う。
セオドアは驚いた顔で眉をひそめる。
そして、グレンは笑みを浮かべた。
「何となく、そうかと予想していた。あんた、真実を自分から口にすることを禁じられているんだろう。だから、それを逆手に取った質問をしてみた」
「ど、どういうことなんだ? グレン、これは一体……」
驚き慌てるセオドアをよそに、グレンはフローラをじっと見据え、笑顔で訊ねた。
「これが最後の問いだ。あんたはフローラ・ナスカじゃない」
「いいえ」
そう答えた直後、フローラはぼろぼろと涙を流した。
やっと、誰かに打ち明けられたことで、フローラは心底安堵した。
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