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12、私は逃げも隠れもしない
しおりを挟むそのときが来るまで、フローラはグレンの屋敷でひっそりと隠れているはずだった。だが、フローラは一晩考えたあげく、ナスカ家に戻ることにした。
「お、遅いじゃないの! マギー、あなたがいないせいで私たちがどんなに苦労したか!」
怒りのあまり声を張り上げる先輩に対し、フローラはもう怯えたりしなかった。
それどころか、堂々と彼女に言い放つ。
「先輩、それは私がいないと仕事がまわらないということですね? そうですよね。掃除からテーブルセッティングと雑用まで、すべて私に押しつけていましたものね。手順がおわかりにならないのでしょう?」
それを聞いた先輩使用人は顔を真っ赤にして叫ぶ。
「こ、この私に偉そうな口を……」
「先輩、落ち着いてください。お客さまの前で」
まわりが慌てて制止すると、先輩使用人はセオドアに目を向けるとハッとして黙った。
「わ、私たちは急ぎ準備をいたしましょう。マギー、あなたはこの部屋を片付けておくのよ」
「承知いたしました」
とフローラは冷静に頭を下げた。
「公爵さま、晩餐の時間まで私がお庭をご案内いたしますわ」
マギーはそう言ってセオドアの腕をつかみ、部屋を出ていく。
セオドアはその際、少し振り返り、わずかに微笑んだ。
それが、自分に向けられたものだとわかり、フローラは黙って口もとに笑みを浮かべる。
彼がいてくれたら、どんな辛いことも乗り越えられる気がした。
フローラは散らかった部屋を片付け、さらには晩餐の際も手伝いに駆り出された。
晩餐の席でマギーはまたフローラに大恥をかかせるつもりだったようだが、フローラはそれを察して軽やかに回避し、完璧な給仕を行った。
それが気に食わない先輩使用人はフローラをこっそり裏庭に呼び出し、難癖をつけて彼女を罵倒し、手を上げようとした。
だが、その現場をセオドアに見られてしまい、先輩使用人は逃げるように走り去った。
「なぜ、戻ってきたんだ? グレンの屋敷にいれば君は嫌がらせを受けることもないだろうに」
セオドアの問いに、フローラは微笑みながら答える。
「私はもう、逃げも隠れもしたくないのです。それに、私はそれほど清廉潔白な人間ではありません。マギーのことも、父のことも、先ほどの先輩のことも、周囲の者たちのことも、許せない。私はこのまま泣き寝入りなんてしたくありません」
フローラは強い眼差しをセオドアに向ける。
このままやられっぱなしで逃げるなんて嫌だった。
「俺が見ていないところで、君は相当酷い目に遭わされているようだな」
とセオドアが言った。
フローラは静かに笑みを浮かべ、そして彼に笑顔を向ける。
「私はもう以前のような弱い人間ではありません。あなたと魔法師さんのおかげです」
己の立場に嘆くばかりで何も行動を起こさなかった過去の自分とは決別したのだ。
「それはよかった。もう少しだ。パーティの日に、君の運命は変わるだろう」
「ありがとうございます」
フローラが立ち去ろうとすると、セオドアがその腕をつかんだ。
名残惜しいという意思表示だろう。
セオドアの表情が憂いに帯びている。
「こんなところを見られてしまっては、私たちの関係が疑われてしまいます」
冷静なフローラの言葉にセオドアは「ああ、そうだな」と返し、その手を離した。
フローラとて、このまま彼の胸に飛び込んでしまいたかった。
けれど、それは今じゃない。
「すべてが終わったら、もう一度私の想いをお伝えします。必ず」
そう言って、フローラはくるりと踵を返し、持ち場へ戻っていった。
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