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第7章 喪失との対峙(たいじ)
126、砕けた夢<3>
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半日いっぱいかけて、隣の領地にある教会へ予定通りに着く。
ここまで御者を務めてくれたリリーの兄マークにお礼を言い、友人を訪ねて行く彼を見送ってから、僕とリリーはいつものように宿泊のため、教会にお世話になっていた。
今、僕がいる故郷の隣にあたる領地は、人の手が入れられていない原生林を所有しているせいか広大で……通常1つの領地につき教会は1つなのだが、この領地は北と南で2つ教会がある。
ちょうど領地の真ん中に険しい山が横たわっていて、この領地より王都がある南へ行くには、なんとか馬車が通れるよう、かろうじて整備されている一本道を通るしかない。
標高が高いせいか天候も変わりやすく……逆にその地形の困難さを逆手に取る山賊も出没するため、この領地より北へ住む者にとって、この地は難所の1つだと言われていた。
キリルレイルの森みたいに盗賊組織があるという噂は、単なる噂であって、実はそこに住む住人だった……という事実だったら嬉しいんだけどなぁ
けれども王都に向かう時、護衛のテオが1番警戒していた場所は、領地に近いこちらの場所だったので、ここまでは順調だった分、これから先は本当に注意しなければ!
お世話になった1つ目の教会を後にして、故郷にほど近い、北の教会を目指す馬車に揺られながら、僕は気を引き締めた。
馬車が山を登り始めると、やはり聞いていた通り、まず天候が荒れ始める。
最初は小雨だったが、段々その勢いが増し、急激に気温が下がったせいか、霧も出てきた。
視界不良で不安に思うのは、なにも人間だけではないようで……馬も落ち着きがなくなり、頻繁に足を止めるため、進む速度は極端に落ち、距離もなかなか伸びない。
けれども今回の御者は、リリーの兄マークの知人で、悪路にも慣れているからと、マークから直々に紹介された者だった。
何度も休憩を挟み、とうとう日が暮れてしまったが、馬たちを巧みに先導し、着実に距離を重ねてこれたのは、一重に御者の手腕が優れているからである。
この悪路に文句1つ言わずに進んでくれた御者と馬たちに感謝し、リリーと励まし合いながら、このまま最後となる宿泊予定の教会へ、無事到着するよう祈っていると、ガタンと大きな音を立てて、急に馬車が止まった。
思わずリリーと顔を見合わせていると、リリー側にある連絡用の小窓から、御者が話しかけてきた。
「大雨でぬかるんだ道に、馬車の車輪がはまってしまいました。
車輪を脱出させるので、申し訳ありませんが、一度外に出てきてもらえませんか?」
「もちろん、すぐに出ます」
即座に肯定の返事をし、僕たちは急いで馬車から降りると、状況確認のため辺りをグルリと見渡した。
雨は止んだようで身体は濡れずに済んだが、風はまだ相当強く、煽られて木々が揺れ、葉っぱがザワザワと不穏な音を立てている。
日が暮れているので少し肌寒く感じ、空腹も相まって、得体の知れない不安が胸の奥までジワジワと迫ってくるようだった。
そんな中、御者から今の状況について説明される。
「1つの車輪がかなり深くはまってしまい、抜け出すのに時間がかかりそうです」
「手伝いますよ」
雨上がりの領地では、よくある事だったので、僕は御者へそう声をかけたが、御者は首を左右に振り、代わりにこう提案された。
「私の見立てだと、残念ながらもう何人かの人手が必要なようです。
ですので、あちらをご覧ください」
今いる場所は小高い丘の上にいるようで、御者が示した方向は、ここより下手になるが平野となっていて、ポツン、ポツンと灯りが見える。
「あの灯りがある所が次の村の入口でして、そこから何軒か民家があり、目的地の北の教会も近くにあります。
これから先はなだらかな下り坂で、足への負担はそれほど感じないと思いますし、30分もあれば着きます。
申し訳ありませんが、ここで車輪の脱出を待つより、こちらに来て手助けしてもらえるよう、何軒かの民家に声をかけに行ってもらえませんか?
民家に依頼した後は、ここに戻るのではなく、そのまま教会へ行ってください」
御者の説明を聞き終え、僕はリリーに顔を向けると、リリーは首を何回か縦に振って頷き、見解を述べた。
「レンヤード様、確かにその提案に従った方が良いかと。
峠は超えたとはいえ、日が暮れてしまい、この場所は旅人にとって警戒すべき地帯になります。
ここに留まるよりも、我々は歩いて教会へ行きましょう」
リリーの判断に、僕も賛成する。
「そうだね、そうしようか。
しかし御者がここに1人で留まることになるけど、大丈夫かな?」
僕がそう心配すると、僕らの会話を黙って聞いていた御者は、嬉しそうに笑った。
「私の心配をしてくださり、有り難い限りです。
ご安心ください、身体は鍛えておりますし、護身の心得もありますので」
今は外套に包まれているが、確かに身体つきはしっかりしているようで、その表情も落ち着いて見える。
僕をジッと見つめる茶色の瞳に、なんだか少しだけ既視感を覚えた僕だったが、深く考え込む前にリリーから歩き出すことを促され、疲れを感じていたこともあって、その考え自体が霧散してしまった。
「すぐに応援を呼んでくるので、身の安全を確保できる場所にいてください」
そう御者に声をかけ、僕とリリーは家の灯りを目指して、その場を後にする。
その小さな既視感を後回しにしてしまったことを、深く後悔するとは……この時は夢にも思わなかった。
ここまで御者を務めてくれたリリーの兄マークにお礼を言い、友人を訪ねて行く彼を見送ってから、僕とリリーはいつものように宿泊のため、教会にお世話になっていた。
今、僕がいる故郷の隣にあたる領地は、人の手が入れられていない原生林を所有しているせいか広大で……通常1つの領地につき教会は1つなのだが、この領地は北と南で2つ教会がある。
ちょうど領地の真ん中に険しい山が横たわっていて、この領地より王都がある南へ行くには、なんとか馬車が通れるよう、かろうじて整備されている一本道を通るしかない。
標高が高いせいか天候も変わりやすく……逆にその地形の困難さを逆手に取る山賊も出没するため、この領地より北へ住む者にとって、この地は難所の1つだと言われていた。
キリルレイルの森みたいに盗賊組織があるという噂は、単なる噂であって、実はそこに住む住人だった……という事実だったら嬉しいんだけどなぁ
けれども王都に向かう時、護衛のテオが1番警戒していた場所は、領地に近いこちらの場所だったので、ここまでは順調だった分、これから先は本当に注意しなければ!
お世話になった1つ目の教会を後にして、故郷にほど近い、北の教会を目指す馬車に揺られながら、僕は気を引き締めた。
馬車が山を登り始めると、やはり聞いていた通り、まず天候が荒れ始める。
最初は小雨だったが、段々その勢いが増し、急激に気温が下がったせいか、霧も出てきた。
視界不良で不安に思うのは、なにも人間だけではないようで……馬も落ち着きがなくなり、頻繁に足を止めるため、進む速度は極端に落ち、距離もなかなか伸びない。
けれども今回の御者は、リリーの兄マークの知人で、悪路にも慣れているからと、マークから直々に紹介された者だった。
何度も休憩を挟み、とうとう日が暮れてしまったが、馬たちを巧みに先導し、着実に距離を重ねてこれたのは、一重に御者の手腕が優れているからである。
この悪路に文句1つ言わずに進んでくれた御者と馬たちに感謝し、リリーと励まし合いながら、このまま最後となる宿泊予定の教会へ、無事到着するよう祈っていると、ガタンと大きな音を立てて、急に馬車が止まった。
思わずリリーと顔を見合わせていると、リリー側にある連絡用の小窓から、御者が話しかけてきた。
「大雨でぬかるんだ道に、馬車の車輪がはまってしまいました。
車輪を脱出させるので、申し訳ありませんが、一度外に出てきてもらえませんか?」
「もちろん、すぐに出ます」
即座に肯定の返事をし、僕たちは急いで馬車から降りると、状況確認のため辺りをグルリと見渡した。
雨は止んだようで身体は濡れずに済んだが、風はまだ相当強く、煽られて木々が揺れ、葉っぱがザワザワと不穏な音を立てている。
日が暮れているので少し肌寒く感じ、空腹も相まって、得体の知れない不安が胸の奥までジワジワと迫ってくるようだった。
そんな中、御者から今の状況について説明される。
「1つの車輪がかなり深くはまってしまい、抜け出すのに時間がかかりそうです」
「手伝いますよ」
雨上がりの領地では、よくある事だったので、僕は御者へそう声をかけたが、御者は首を左右に振り、代わりにこう提案された。
「私の見立てだと、残念ながらもう何人かの人手が必要なようです。
ですので、あちらをご覧ください」
今いる場所は小高い丘の上にいるようで、御者が示した方向は、ここより下手になるが平野となっていて、ポツン、ポツンと灯りが見える。
「あの灯りがある所が次の村の入口でして、そこから何軒か民家があり、目的地の北の教会も近くにあります。
これから先はなだらかな下り坂で、足への負担はそれほど感じないと思いますし、30分もあれば着きます。
申し訳ありませんが、ここで車輪の脱出を待つより、こちらに来て手助けしてもらえるよう、何軒かの民家に声をかけに行ってもらえませんか?
民家に依頼した後は、ここに戻るのではなく、そのまま教会へ行ってください」
御者の説明を聞き終え、僕はリリーに顔を向けると、リリーは首を何回か縦に振って頷き、見解を述べた。
「レンヤード様、確かにその提案に従った方が良いかと。
峠は超えたとはいえ、日が暮れてしまい、この場所は旅人にとって警戒すべき地帯になります。
ここに留まるよりも、我々は歩いて教会へ行きましょう」
リリーの判断に、僕も賛成する。
「そうだね、そうしようか。
しかし御者がここに1人で留まることになるけど、大丈夫かな?」
僕がそう心配すると、僕らの会話を黙って聞いていた御者は、嬉しそうに笑った。
「私の心配をしてくださり、有り難い限りです。
ご安心ください、身体は鍛えておりますし、護身の心得もありますので」
今は外套に包まれているが、確かに身体つきはしっかりしているようで、その表情も落ち着いて見える。
僕をジッと見つめる茶色の瞳に、なんだか少しだけ既視感を覚えた僕だったが、深く考え込む前にリリーから歩き出すことを促され、疲れを感じていたこともあって、その考え自体が霧散してしまった。
「すぐに応援を呼んでくるので、身の安全を確保できる場所にいてください」
そう御者に声をかけ、僕とリリーは家の灯りを目指して、その場を後にする。
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