王道学園のコミュ障ニセチャラ男くん、憧れの会長と同室になったようで

伊月乃鏡

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監禁! 最後の文化祭

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「師匠も来ていたのか。偶然だな」
「真道こそ……見回りとかいらんだろここに」
「休憩だ」

休憩で写真展って。いや、真道らしくはあるのか。
いつも一緒にいる副委員長はいないらしい。真道によく懐いていて、自分こそが彼をわかっていると言動の端々から主張するような彼でも、こいつと離れることはあるのか。

「そういえば、師匠は何をしたんだ? 出し物があると言っていただろう」
「占いだよ占い。Cクラス教室で今他の人がやってる」

制服の着崩しもなく、面白みも何もないいつもの格好。せっかくの最後の行事だというのに、と思わないでもないが、それが真道らしいと言えばそうだった。
やけに神妙な顔をして、資料館でも巡るみたいにゆっくりと一周したあと、すっかり飽きたのか隣に立って同じものを見上げた。

「懐かしいな、体育祭」
「数ヶ月前の話だけど」
「もうそろそろ半年経つぞ」

そうか、もうそんなに経つのか。
確かになんか、イブキのことあんなに腹立ってたのに、今や普通にアネラの店員だものな。今日もあいつだけ何故か出店してたし。呼べばいいのに。

「だがそうだな……歳を取ると、半年も少し前の話に感じるようになるのかもしれん」
「え? 今俺のこと年寄り扱いした? 信じられないんだけど……」
「!? いやっ、そんなことは!」

真道は俺の言葉にたいそう驚いた様子で。大きな手振りで訂正する慌てように思わず笑ってしまった。相変わらず、変なところで真面目だ。こんな嘘も見抜けないなんて。

喧騒は遠く、秋の涼しい空気が教室内に充満していた。日に温められた体を冷やす心地のいい風。これももう数日したら吹かなくなるだろう。

二人で体育祭の写真を見上げていた。写真の中では、武藤様が完璧に格好良く笑っている。そういえばこの笑い方、最近は見なくなったなぁ。角を立たせないための、機嫌のいいふり。誰かに望まれた顔。

「少し前」

ポツリと話し始めた真道の声に、耳を傾ける。

「瑛一が、恋人とは何をするのかと聞いてきた」
「……へぇ」
「特別とは何だと、珍しく、戸惑ったように」

真道の前の武藤様はいつも戸惑ってるだろ。
茶化そうとして、そういう雰囲気ではないな、と思い直す。少なくとも、真道は真剣に俺に向き合ってほしいと思っている。

……真剣だよ。ただ、変な勘違いを起こさないようにしているだけだ。
今こうして付き合ってもらっているんだから、それで充分だ。そうだろ。

「今日だって本当は、あいつ、お前と回るつもりだったんだぞ」
「はっ?」
「師匠は他の人と回っているようだからと、利口な顔をしてやめていたがな、それで双子に捕まった」
「な、なんでそこまで」

俺なんかに。
俺がねだったのは二日目だけだ。一日目は自由行動のはずだったし。こうちゃん達と遊ぶのだって、先に言っていたはずだろう。

それに武藤様なら二人とも知り合いで、入ってくればよかったのに。
水瀬だって口では嫌がるけど、結局は許してくれる。根明だから、案外絆されるのが早いのだし。

「特別なんだ」

混乱してゆだった俺の頭に、さらに燃料を投下される。特別と言ったか、今。いや、武藤様の特別になんてなれるわけがない。夢か? それにしては妙にリアルで。

眼鏡の奥から、男のまっすぐな目が貫いた。

「特別だ、お前は。半年前からずっと」

何を言っているのかわからない。武藤様に選ばれるわけないだろ、俺なんかがさ。格っていうものが違うんだよ。
振り返ってもらったら嬉しい。叶わぬ夢だ。夢なのだから、今だって刻一刻とその終わりが近づいている。夢から覚めたら俺は、いつも通りのモブに戻らなきゃいけない。

ああだめだ、言葉全てが薄っぺらい。

「大人の顔をするなよ。お前達は本当に不器用だな、利口になることばかり覚えて……。難しい話なんぞ、歳上の誰かに任せていればいい、悩むな」

ゆっくりと、噛み締めるように、低い声が耳を通って降り積もっていく。大人の顔をするななんて、こいつが言えたことじゃないくせに。

「なぁ師匠、笑ってやらないでくれ。お前と違って、あいつは何もかもが初めてなんだ」
「は? いや、俺は別に経験豊富なんかじゃ──」
「違う」

こちらを向いた真道は笑っていた。仕方のないこどもを見るみたいに、呆れたように。

「人に恋をするのも、されるのも。自分だけを見てほしいと願うのだって」

おかしい。まるで、武藤様が俺に恋してるみたいな言葉がつらつらと。

「ち、」

違うよ真道、あの人はただ、お前を越えたかっただけなんだよ。それを俺への恋だと勘違いした可哀想な人で、俺はそれに乗っかってる。

「俺はお前が好きだ、師匠」

二の句が告げなかった。
否定しようとした言葉を全部、ぶった斬られて、薙ぎ倒される。そのくらいの重さがそこにはあった。

アザレアの瞳。夜の祭りで同じ熱を見た。もっと前は、金色の海に映った自分が。

「…………叶わないでくれ」
「真道……」
「どうか、応えないでくれと、瑛一に縋りたいよ。毎夜毎夜、そう祈っている」

その気持ちは知っている。好きな人が誰かのものになると思うだけで、はらわたが煮え繰り返りそうになるんだ。本当はずっと一緒にいたいよ。
喉から引き絞るような、嘘つきが無理やり本音を吐き出すような、苦しげな声だった。

血反吐を吐き出すその音を、俺は聞き届けなければいけない。

「お前だってそのはずだ。俺とお前は、同じ顔をしているよ……よく知っている」

ごめんと口にしかけて、飲み込んだ。
謝るな。謝ったら、真道は許さなきゃいけなくなる。ただの俺の自己満足に、これ以上は。

「どうか諦めてくれ、俺を選んでくれ。俺ならば、お前を不安にさせない。何が恋か特別かなんて一番よく知っている、なぁ……」

鮮烈な恋だ。熱を持ったアザレアの瞳で見つめられたら、恋に落ちない人間なんていないだろうと思えるほど、必死で、綺麗で、思わず息を呑む鮮やかさを持った恋の色だと思った。

喧騒が遠い。何も聞こえない。呼吸音が混じって、心臓が跳ねる。必死な男が目の淵からこぼした雫が嫌に目を引いた。涙は赤い頬を冷やして、ぐしゃぐしゃに握り締めた胸元のシャツに落ちる。

「特別なんかじゃなくていい」

これが嘘偽りのない、真道一之進という男。

「二番目でいいから、お前の隣をくれ……」

決して俺に触れてこない男に、俺から触れることもない。きっとそこが真道の引いたボーダーラインなのだろう。吐き出すような言葉は心からのもので、俺は今からでも自分をぼこぼこに殴ってしまいたくなった。

(……言わせてしまった……)

真道が今本音を曝け出して、自分を傷つけているのが、俺だけのためではないと知っている。

目の前でぐちゃぐちゃの顔で下手くそに泣く男は目の光だけはずっと変わらなく強いまま。
唇を引き結んで、俺が逃げられないようにまっすぐと見つめて。

「苦しいだけじゃなかった。幸せだった。嫉妬に押し潰されかけて、お前の目に映るたびに幸福になったんだ。俺はお前に、たくさんの幸せをもらっていたよ」
「……うん」
「だからこそ、お前の恋心だって知っていた……知っていて尚、死にきれていない」

どうしてこの人は、神様に向ける懺悔のように語るのだろうか。何一つ悪いことなんてしていないのに、いいやそれは傲慢だ。
真道の感情は真道のもので、それでも俺と同じ熱は、外に出すとこんなにも美しかった。

「どうか、話を聞いてやってほしい。今日、俺以外の人間と並んだお前を見て、話しかけられなかったあいつの言葉を」

どこまでもこいつはお人よしだ。他人の幸せのために、自分の思いまで使って。
本当ならばこんなところで、こんな話に繋げるためのものではなかった。真道が折り合いをつけて向き合えたときに、俺自身が受け止めるべき思いだった。

「焦らなくたっていい。どうか貪欲になってくれ、欲しがってくれ。勝手に諦めるな、大人みたいな顔をするな! 俺たちは子供なのだから!」
「真道、」
「お前が好きだ、だが瑛一の事だって愛してる……! 幸せになってほしいと思っている!」

何千回愛を叫ばれるより、引き絞ったこの言葉の方がずっとまっすぐ届いた。お前ならそれができるだろうと無上の信頼を。犠牲にならずそうしてみせろと挑戦を。

目の前で火花が散ったような心地になった。眩しくて前が見えない、頭が熱い。
同じ感情を抱えた男の叫びが、薄っぺらい理屈を射殺した。

「……俺は、真道の思いに応えられない」

わかったような顔をして、今後の人生をさっさと決めた俺が遠くでやめろと首を振っている。
黙ってろ、この意気地なしめ。
ここでやめたら男じゃない。

真道の表情は変わらずまっすぐで、こう言われることを承知の上だったのだろう。すごい覚悟だと思う、俺には出来なかったから。

「武藤瑛一が好きだ。ひとめ見た時からずっと、誰よりも」
「……ひとめ惚れか」
「きっとそうだったよ」

入学式に壇上でスピーチをする彼を見て、俺の人生の一番が決まった。きっとそんな人間他にごまんといて、それがどうしたという話なのだ。

「敵わんな……叶わんなぁ……」

真道の目から、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。胸ポケットに手を突っ込んで、ブレザーの内側を確認して、ズボンのポケットをバタバタと見て、よれたハンカチを取り出す。

「いや、いい。それは瑛一に使ってやってくれ」
「……わかった」
「うん」

鼻声の、ぐしゃぐしゃな顔で綺麗に微笑まれる。嘘つきの仮面だ。彼が兄貴分でいるために、幼いこの男が作り出したもの。
真道一之進という男の本心に触れる機会は、今後一切ないのだろう。友人にだってなれる、心からの親愛を向け合える。

恋など全くなかったかのように。

「ありがとう、真道」
「構わん」

こうちゃんみたいなことを言う。そうかうつったのか、幼馴染だから。
真道の顔が落ち着いて、声色も声音も全く平常通りになるまで、俺たちはなんでもなかったかのように思い出を語り合っていた。夕暮れの光が強く差し込んでいる。文化祭の一日目が終わる。

「じゃ、そろそろ行くな」
「ああ」

三年間が詰まった教室に、真道だけが取り残される。俺は踵を返して、振り返らずに教室を出た。
秋の風が空いた窓から頬を撫でた。窓を閉めるために近づくと、今日の片付けをする生徒たちが見えた。


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