悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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いざゆけ魔法学校

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起きてひとつ伸びをして窓を開ける。暖かな日差しが網膜を焼いて、目を細めれば朝の風が吹いてきていた。俺はいつもの作業着用ローブでも貴族らしいベストでもないフードのついた厚手のコートを羽織り、ジャラジャラついた銀細工を見栄えがいいように整えた。
黒いシャツと深藍色のベストが見えないように前を閉め、寮の徽章を胸元につけて、完成だ。

「よし……」

呟いた声は自分でもわかるほど喜色に溢れている。
何しろ、明後日からは学校が始まるのだ!

館にいた間特に何もなく、俺は新発見のわらび餅と戯れて過ごしつつセリオンと朝露の採取に出かけていたし、ヴィンセントも気ままに過ごしていた。
特にあれ以降一緒に寝るとかもない。ヴィンセントを起こしにきた執事長には要らぬ誤解をされ何度も同室にされかけたり逆に相談に乗ろうとしたりされたが友人同士で乗り切った。

つまり平穏無事。俺たちは余暇を過ごし終わり、魔法学校へ旅立つ日が来たわけだ。

「セリオン、ヴィンセント殿下! 準備は出来たか? そろそろ出発するぞ!」
「う、うるせぇ~学級長……今何時だと思ってんだ……」
「もう昼時だよ、王子様」
「まだ、だろ! どうせ明日も休みだってのに……」

ゲストルームに顔を出せば相変わらず整頓された部屋とヴィンセント、そのヴィンセントを起こしに行ったセリオンがこちらを見ている。

普段無気力な弟ですら魔法学校への入学は楽しみらしく、今日はいつもより少し早く起きていた。

「学級長ってそんな学校好きだったん? はしゃぎすぎ……その割に、普段超ローテンションだし」
「あの人は……そんなもん。実験とかして、二、三日寝食を忘れる……」
「え? じゃああれ不眠によって意識朦朧としてたの? 気持ち悪っ」

おい聞こえてるぞ。今日はよき日だから見逃してやるけど!
どうにか準備できた二人を連れて屋敷から出れば、庭には公爵、オーロラさん、執事長、使用人たちがわらわらと集っていた。使用人の中には居ない人も多く、まぁ別に見送りは強制していないので来なくても良いのだけれど。

(ルースとヴィンセントがここで接点を持ってルート突入……とかされるとシナリオが変動しそうだしな。できればゲームに沿って欲しい)

そして俺は死亡フラグを回避しお前たちはくっつき世界が幸せになりハッピーエンド……ということでね。必ず幸せにしてやるので、今は待っていてくれ二人とも……

「じいや、ばあや。公爵に命じられでもしたのか? すまないな、忙しいのに」
「何を仰いますかお坊ちゃん! 幼い頃より見ていたセリオン様のご入学な上に、お坊ちゃんは今日から暫く屋敷にいないのでしょう?」
「じじいも寂しいのよ、この歳になるとねぇ」
「お爺さん、敬語!」

俺より小柄な可愛い感じのお爺ちゃんが口髭をふわふわさせながら俺の手を握り、お爺ちゃんと同じくらいのおばあちゃんがその手をパシリと叩く。
この二人はじいやとばあや。
引き取られてきた俺に貴族としての教育をつけてくれた張本人だ。

商人の知恵や喧嘩のやり方は知っていても、貴族としての礼儀作法は一からどころかゼロから。
元錬金術師のばあやには錬金術の真髄を、元剣聖(自称……)のじいやには剣の稽古を合間の時間につけてもらっていた。

(じいやの稽古もばあやの錬金術も、礼儀作法よりよほどしんどかったな……しかも実戦形式だったから、結局学校では成績不良……)

じいやは狙っちゃいけないとこを狙わせるしばあやはシンプルに錬金術に対して雑である。
結局どうやったのかいいのは出来るが薬というのは報告書とサンプルが必要なので、再現性のない錬金術は無価値である。そのため俺はわりと成績が悪い。得意分野では、あります。

「俺も四年目だからな、肩の力を抜いて頑張るよ」
「それがよろしい」「今年は手紙書いて欲しいのよ」
「ははは……」

俺は筆不精なタイプである。
ともかくじいやとばあやと別れ、両親に抱きしめられていたセリオンを横目に俺は箒を呼び出した。

「ん? 学級長様、両親に挨拶は?」
「いらん」
「ひゅ~」

何がヒュウなのか。
じいやとばあやには悪いが屋敷からは一刻も早く離れたい。ヒソヒソとされる噂話を一瞥し、トランクの上に乗る。みるみるうちに上昇すればガーデンフェンスが見えて、奥の花畑が見えて、丘の盛り上がりがわからなくなって、街が見える。

「ちょ、ちょ、ちょっ飛びすぎじゃない!?」
「そうか?」

必要なものはすべてトランクの中に。地味な旅行鞄といった見た目のトランクだが、丈夫で傷一つつかず、美しい臙脂の下地に深緑のベルトが巻かれていて、なんとなく可愛らしさを感じさせる。
よくよく留め具を見れば茶色の宝石があしらわれている、そんな魔法道具である。

「てか、学級長の杖初めて見たんだけど……っうお、普段使ってない?」
「使って意味あるか?」
「まぁ……」

ちょっとした魔力行使ならどうにかなるが、三年にもなると大抵金を作るとか芽を大木にまで成長させるとかで俺の魔力ではどうにもならない。
そう話している間もぐんぐん上昇しながらフィレンツェの領を走っていく。

「てか弟くん。いいの? 一緒に行くんじゃね?」
「は? 空飛ぶ馬車があるだろ、不安定な箒を使う必要あるか?」
「弟くんってほんとかわいそう」

お前に弟の何がわかる。
上空まで来れば寒く、空気も薄くなる。その辺り防寒性バッチリな魔法のコートがどうにかしてくれるわけだが。

遥か遠く、孤島に浮いた島。フィレンツェ領から二つ三つ領地を挟んで海の奥に魔法学校はある。霧に覆われて他者からの侵入を許さない孤高の城。かつての賢者が暮らした島。

「へぇ、……ここまで……、来れば……学校見えるんだ……」
「息切れてるぞ。領の魔力を借りれないんだから、普通に馬車に乗ればよかったのに」
「そ……………そういう仕組み……!?」

おおかた魔力なしの俺に対抗してきたのだろう。アホなやつである。まぁ、領地内ならほぼノーコストで魔法を使える俺にここまでついてくる時点でこいつの魔力量は尋常じゃないが。
俺は気にせず地図を広げる。いつでもどこでも自分の居場所がわかる魔法の地図。あれだ、ゲームのミニマップみたいなやつ。

「よし」
「何──は!?」

王子が大きな声を出す。
それもそのはず、俺はそのはるか上空で──トランクから飛び降りたのだから。

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