悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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二年目の魔法学校

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嵐のようだったペアを見送れば、セリオンがスッと寄ってきた。少し疲れた様子で、爪先をじっと見ている。こういう場で自信のないそぶりを見せるのは推奨されないが……おいおい覚えていけばいいだろう。何しろ、未来の公爵はこの子なのだから。

ちょうど曲調が変わる。二人でゆったりと踊れるワルツだ。

「セリオン」
「……なに」

少年の前にそっと跪く。王族である殿下に仕込まれたその所作は、我ながら大貴族に引けを取らないものであると自信をもって言えるだろう。

「よければ、俺と踊ってくれませんか?」

そうして手のひらを差し出せば、ぱちりとアメシストが弾けた。シャンデリアが柔らかな白の猫っ毛を反射して輝かせている。どこからどう見ても完璧で、愛らしく、無垢な天使がそこにいた。
おろしたての燕尾服に着られているような印象もなく、ただそこにある美しさ。彼と二人で踊りたい男はたくさんいるだろうけれど、残念ながら今のパートナーは俺なので。

セリオンは一も二もなく頷いて、だが手を重ね合わせようとした瞬間、ぴたりと止まる。

「ぼく、リードできない……」
「大した自信!」

俺相手に男役をするつもりだったのか? エスコートをする立場で、三つも年上で、こんなにガタイのいい男相手に。ただその無垢な傲慢さこそこの弟であり、彼のこの気質は折れる事があってはいけない。

「今回は俺がリードしてやるから、習ったことを思い返しながらついてくるだけでいい。ただ、きちんと見て覚えるように」

そしてそんな彼の傲慢に技術を添えるのは、今のところ俺の役目だ。魔法も所作も何もかも、俺がこの子に教えている。俺はセリオンのものだけれど、セリオンはいつか俺を捨てられるように。
本当はわかっている、この優しい子供が俺を捨てるなんてできないこと。

小さな手を軽く引いて中央へ移動する。公爵家で教えられた体勢を辿々しくとる弟を微笑ましく思いながら、何も考えず踊れるようにリードした。

ドレスの代わりにテールがひらめく。編み込んだ髪は豪奢で目を惹くが、完成された顔立ちはその派手な髪型に一切負けていない。俺みたいな最低保証顔はサイドバックくらいしかできないのに。

「着いてきて。足を踏んでも怒らないし、転んでも恥ずかしくない。お前のすることは全部が正解だから」
「ぅ、うん……」

一生懸命合わせている弟が愛おしい。
今はまだとびきり細っこくて心配だが、もう少ししたら護身用の剣なんか教えてやってもいいかもしれない。何か教えられるものも、与えられるものがあれば、すべてこの子にあげたかった。

「兄さんは」

え今兄さんって言った????
ごめんね。黙ります。

「家のこと、きらいなの」

セリオンの言葉に、動揺したのは見破られただろうか。くるくると回る視界に光だけが入ってくる心地になる。叩き込まれた身体の感覚だけでぶつからないように人を避け、踊っていた。一瞬だけだけど。

「あのお屋敷を……兄さんは、家だと思っていないの」

聡い子供だと思う。
大人の顔を見て、愛されて、駆け引きのできない。聡くて純粋で愚かな子供。無能な兄のことなんて気にしなければいいのに。
ゆったりとした音楽に合わせて足を動かす。少し下からこちらを見上げる顔は、オーロラさんによく似ていた。

(なんて答えようかな)

嘘をついてもいい。どうせバレないし、セリオンが今この瞬間嬉しいなら、俺はあの家に傅いたって構わなかった。貧民街いえを裏切って母さんを奪い、俺をからっぽにしたあの家に。

(ああ嫌だ……)

燻っている。
何もないと蓋をして、残り滓だと呼んでいるこの心に、確かにあの家への嫌悪が。火傷の痛みが時折疼くように、死にたくなる程醜い憎悪が蘇るのだ。
特にこの、俺とそろいのアメジストが見えた時は。

「嫌いだよ」

言葉がするりと出た。もはや音楽は耳に入っていなかったけれど、体は勝手に動いていた。
何もかも全部終わらせて、罰されて、人生すら破滅に追い込まれたのならば──この心にも風が吹き抜けてくれるだろうか。

俺自身に残った心はもはや、憎しみだけになってしまった。

「嫌いだ、何もかもが……復讐したいんじゃない、そんな心も奪われた。今あるのは残り滓だけだ。あそこにいては幸せも、感謝も、何もかも……薄っぺらい絵本の中みたいで」

絶句しているセリオン。可哀想な子だ、可愛い子。どうして聞いてしまったのだろう? 傷付くとわかっているのならば、見ないフリをすればいいのに。
夜な夜な抜け出す時、時折視線を感じていた。起きているのだろう。起きていて何も言ってこない。それは向き合うのが怖かったからだろ? お前の兄が、お前の愛するものを嫌っている事実にさ。

「あの人もさして俺には興味がないさ。火傷を見て開口一番なんて言ったと思う? ……聞きたくないなら言わない、そんな顔するなよ」

怖いままでいればよかったのに。
そうすれば何も知らず、身近な人間の悪意も憎悪も気が付かず、いずれ別れておしまいだったのに。

「じゃあ、なんで……」
「知ってるだろ」

俺自身の怒りも嫌悪も憎しみも全部合わせて、お前への愛と依存に敵わないからだよ。


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