悪役令息に転生したので、死亡フラグから逃れます!

伊月乃鏡

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二年目の魔法学校

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氷のような声に、男が思わず固まる。激情をたたえながら、ひとまず表面上は落ち着こうとしている肉食獣のような音だ。

げぽっ、と血を吐きながら声の方を見れば、そこにはセリオンが立っていた。どうして、さっきの子はどうしたんだ、と尋ねようとしても声にならない。思っていたより消耗していたらしい。

(すぐに癒し手……いや拘束してからだな。致命傷は避けている、出血多量に気をつければ死ぬこたない)

運のいいことにヴィンセントはこの場に来ていたはずだ。体と密接な関係があるとはいえ、刺された程度で乱れる魔力操作を覚えたつもりはない。
痛みは酷いが、問題なく拘束魔法も助けを呼ぶ緊急魔法、伝書魔法も使える。

「これ、あんたがやったの」
「……ええ、ええ! 大丈夫安心して、もう助かりませんよ、俺はこの人と死ぬんです」

ひとまず傷口を氷魔法で凍らせ、無理やり血液が流れ出るのを塞いだ。無理やり焼いて溶接しても良いがこちらの方が痛みが少ない。

「ぅげほ、げほ! ……ゔっ」

即興で体内の血液を水と取り換える。問題なく循環するように常に気を回しながら、不純なもの──毒を取り除く。
その過程でビチャビチャとドス黒い血がこぼれ落ちた。ガチの毒じゃん。いやでも、放っておいても効かなかったな……損した。

這々の体だがとりあえず生命を確保すれば、何を勘違いしたのか男が俺に乗り上げてくる。

「ああ! アーノルド様! お可哀想に、俺が今助けてあげますからね、完全に、痛みのない二人だけの世界へ……」
「お、っまえ」

良い加減ふざけるなよ、と口にする前に、肌を刺すような殺気がビリッと肌を揺らした。

怒りだとか、そういう可愛らしいものではない。殺気だった。相手に確実に殺意を持っている。
言うは易しだが傭兵すら簡単に持てない感情だ。

仕事で殺しているだけ、享楽で、恨みつらみで。
そう言う奴らは大抵人を殺す覚悟なんて決まっていない。人と思っていないだけだ。

「ふざけるなよ」

だから──これは本物だと。
相手を人として認識した上で、殺すことを決めたみたいな、そういう殺意がある。

「それはぼくの兄だ。ぼくだけのものだ。あんたのものじゃないし、兄さんは兄さん自身のものでもない……!」
「せ、り……」
「それを勝手に傷つけて、許されると思ってるの。殺されたいの、あんた」

吠えている訳ではない。が、嫌な予感のする話し方だと思った。セリオンが怒りを押し殺している。どうにか噛み砕いて抑えて理性的になろうと努力していて──たいていこいつのそんな努力は、成就したことがない。

何よりセリオンに対して覚えたことのない恐怖が迸っていた。ダメだ。決定的に嫌な予感がする。絶対に阻止しなければならないことがこれから起こる。そんな気持ちになって。

「もういい」

ぱちん、と指を弾いた音が聞こえた瞬間俺はセリオンの隣に居た。ゴロンと転がされて、目の前には呆けている男。その手にはベッタリと血のついた果物ナイフ。セリオンはそれを忌々しげに睨みつけた。

「さっさと死んで」

その手のひらから魔力が噴き出す前に俺は駆け出していた。

やはり動くと苦しい、無理やり水を循環させている訳だから、寒い。
血管が悲鳴をあげている。
それでも起き上がった。
霞む視界とぐらつく頭と力の入らない体を叱咤してほとんど這いつくばりながらも男の元へ足を動かす。
がくん、と身体が揺らいだ。筋肉が動かなくても構わない。

人形師の意図puppeteer!!」

無機物を少しの間だけ操り人形にする魔法。思い通りにならない四肢を無機物と見做し無理やり糸を繋いだ。何しろ魔法は幻想イマジネーション、なんだってできる!

とんでもない純度の青い炎。とてつもない高温の火球が迷いなく男の方へ向かう。ほとんど賭けだった、俺はその目の前へ躍り出た。

「ッ!?」
「っ、ぁあああああ!!!!!!」

ようやく叫び声が出る。

じゅぅうう……と肉が爛れ焼け落ちる匂い。音。
脂がぼたぼたと地面に落ちて高温に皮膚が裂けてさらに血液が出る。
それでは飽き足らず前に差し出した手のひらから燃え広がり、腕全てがあっという間に炎に飲み込まれた。燕尾服が台無しだ、と頭のどこかで考えるけど、そうでないと正気でいられない痛みが痛烈に俺を襲う。
火刑とは古今東西苦しい死に方で有名だ。皮膚が焼け爛れ、裂け、汚らしい血が流れ落ち、そしてやがて出血多量とあまりの苦しみに死を迎える。

「アーノルド様!! そんな、俺を庇って」
「おっ、お前じゃねぇ……!! お縄につけ!!」

どれほど気絶しそうな痛みだろうと、正気がある限り魔力操作は間違えない。サッと手のひらを男に向けて拘束し、セリオンの方を見た。
ラベンダーと視線がかち合う。顔色が悪い。後悔するなら、しなければ良いのに──そんなところまで母親そっくりだ。

「ご、ごめんなさい! ごめんなさい兄さん、ごめんなさい!!」

うめいていれば火が掻き消え、新鮮に焼け爛れた腕が残る。消し炭にならなくてよかった、痕は残るだろうが十分魔法で治せる範囲内だ。
氷魔法で治癒しようとしたところを制した。セリオンの治療はいつも荒々しい、今回ばかりはちょっと間違うと死んでしまうので。

──死んだって良いか、と一瞬思ってしまったのは、俺の最大の過失だったな。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ぼく、嫌、ダメダメダメ兄さん生きて死なないで! ごめんなさい! こんなことになるなんて!」

流石に意識朦朧としていれば、セリオンがぼたぼたと大粒の涙を流す。
その姿がどうしようもなく、彼の母親に重なった。オーロラさん。懸命で優しく、精一杯な人。愛することが苦手なのに愛が深くて、空回りする、あれでもとっても不器用なだけなのだ。

だから、セリオンの顔に傷が残らなくてよかった。真っ白な頬を見るたびに俺はそう思う。セリオンはオーロラさんが大好きだ。母親を母親として慕えるなんて、とても幸福だと思う。
俺に火傷を与えた日も彼女は泣いていた。同じ顔でセリオンが泣いていた。だから俺は許したいと思ったんだ……美しいと思ったから。

「おまえ……やっぱり、母親似だよ……」

いよいよもって意識がもたない。流石に緊急事態だから、魔神が延命のための魔法を回してくれているのを感じた。ひとまず体力だけでも回復しなければいけない。
そうして起きたらどうにでもしよう──そんなことを考えていたからなのか。

俺は、絶望を絵に描いたような顔をする弟に気が付かず、意識を落としてしまったのだ。


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